銀の魔眼は楽園を夢見る

黄舞

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第1話【脱退、そして……】

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「突然だが、今日で俺はパーティを抜けさせてもらう」

 言葉通り突然の申し出に、パーティのメンバーは口に運ぼうとしていたミンミン鳥の肉に絡まったソースを、ぽたぽたと机の上にこぼしながら固まっていた。
 ややあってパーティのリーダー、ミトラが困った顔をしながら口を開く。

 ミトラは黒目黒髪の男で、ゆったりとした黒いローブと脇に置いた鈍鉛色の杖から魔術師だということが見て取れる。

「突然どうしたんだよ。ルーシェ。何か不満でもあるのかな? 出来ることがあれば善処するよ」

 発言の主、赤目赤髪の煌びやかな長剣と鎧を纏った男ルーシェは話を続けた。

「大体、なんでいつまでもミトラがリーダーなんてやってんだよ。どう考えても俺がリーダーだろ?」
「いや。ルーシェ、それはこのパーティを組んだ時からの約束で……」

 神官のセトが何度言ったか分からない説明を再び口にした。
 深い藍色の瞳と水色の髪の毛、法衣を纏っていて首から主神クサビラへの忠誠を誓うアークを下げている。

 以前からルーシェはリーダーは自分が相応しいと言ってたばからなかった。
 実際、今日の依頼であるバジリスク討伐後の報告の時も、雇い主である領主が間違ってルーシェに話しかけた時は嬉しそうに対応しようとしたし、セトが訂正した時は大きく舌打ちをしていた。

「だから、俺はこんなパーティ抜けるって言ってんだよ。他にも自分のパーティに不平不満があるやつがいてな。全員仲間が使えねぇって嘆いてるような凄腕ばかりだ」
「それでそいつらと新しくパーティ組むってか? はぁ。頭の弱いお前らしい馬鹿みたいな考えだな」

 そう言い放ったのは焦げ茶色の瞳と土色の髪をしたジルバ。
 このパーティの盾役で、自身は身軽に動けるような皮鎧を身に付けているが、傍に置いてある大盾はこれまでに数々の魔物の攻撃を受け止めてきた。

「はっ! 俺がいないとろくに攻撃も出来ないような奴らがよく言うぜ! とにかく! 俺は今日でこのパーティとは関係ねぇ。せいぜい俺の作った新しいパーティの武勇伝でも楽しみにしてな!」
「ちょっと。いきなりそれは困るよ。考え直してくれないかな?」

 もう一度ミトラが口を挟む。
 確かに今のメンバーで有効な攻撃手段を持つのはルーシェしかいないし、ようやく夢の足がかりまであと少しといったところでメンバーが抜けるのは損失が大きい。

「それじゃあ、俺をリーダーにするか? どうなんだ? 自分じゃ何も出来ないリーダーさんよ!!」

 ミトラは魔術師でも強化や弱体化、状態異常付与に特化した補助魔法の使い手だった。
 このメンバーが若手のホープと噂されるほどの活躍ができたのはミトラの能力によるものなのだが、残念ながらルーシェは気付いていない。

「それは出来ないな。分かった。ルーシェ。君の脱退を正式に認めるよ」

 意外にもあっさりミトラが脱退を認めたため、ルーシェは肩透かしを食らったような顔をする。
 しかし、一度放った言葉を撤回する気も無いようで、食事の途中にも関わらずそのまま自室へと消えていった。

「ねぇ。いいの? 性格はあれだけど、実質ルーシェがいないと僕たち攻撃するメンバーが居なくなっちゃうよ?」
「ふんっ! 俺は清々したけどな! あんなやつでも仲間だから魔物の攻撃から護ってやったが、いつ後ろから俺ごと貫かれるかと、ひやひやしてたぜ」

 二人は自分の思いを言葉にする。
 それを聞いたミトラは苦笑いを浮かべ、こう答えた。

「まぁ。しょうがないよ。それにしても早急に攻撃手を探さないとなぁ。彼もだけは一級品だったんだけどなぁ」

 ミトラはそう言うと、再びおあずけになっていた目の前の料理を口に運んだ。
 二人もそれに習い、ルーシェのことを忘れたかのように料理に舌鼓を打った。



「あんのヤロー!!」

 翌朝ミトラたちが定宿にしているマーマ亭にミトラの叫び声が響いた。
 事情を知ったセトは絶句し、ジルバは頭を抱えている。

 普段温厚なミトラは、大抵のことは笑って許すし物腰も穏やかな青年なのだが、金銭のことになると人が変わった。
 それを知っている旧知の中である二人は、眠れる獅子を起こしたルーシェの行く末を案じ祈りを捧げた。

 日が昇るよりも前に、ルーシェはこの宿を出ていたらしい。
 それなりの実績を収めてきたパーティは若い割に裕福で、みなそれぞれ個室をとっていた。

 その中がもぬけの殻になっていたことは予想できたし、パーティの財産で買い与えた装備や道具も全て持っていかれたが、使う者もいないのでそれも問題にはならなかった。

「パーティ名義の借金が1000万イェンあるってどういうこと!?」
「はぁ。そう言われましても。ルーシェ様はミトラ様のパーティの一員でしょう?」

 宿の主が困った顔をする。
 主からすれば、ルーシェが街の至るところで作った借金の証書の写しを受け取っていただけなのだから、怒鳴られてもどうすることも出来ない。

 ルーシェが宿を出ていく時に、主から借金のことを聞かれ、ミトラが払うと言ったらしい。
 しかもルーシェはこうなることをまるで見越していたかのように、きちんと借金の名義をパーティ名にしていた。

 これではルーシェ捕まえて払わせようとしても、拒否されればそれまでだ。
 更に王立法で私闘は禁止されているから、もし怒りに任せてルーシェを討ったとして、捕まるのはミトラたちだった。

「しょうがない……ひとまず払える分は今日中に払おう。特に後ろにやばい組織がいるやつだ」

 借金の多くはいわゆる飲む打つ買うと、ろくでもないものばかりで、借りた先も良くない相手が多かった。
 ここで知らぬ存ぜぬは通用しそうにない。

「ねぇ……ミトラ。大丈夫? 殺人は犯罪だよ?」

 目が据わったままのミトラにセトがおずおずと声をかける。
 昔からよく知る親友が捕まって欲しくない気持ち半分、それでもミトラがすると言い出せば喜んで手を貸す気持ち半分だった。

「大丈夫だよ。セト。心配しないで。そんないちイェンの得にもならないことなんてしないよ」

 冷たい笑顔を向けるミトラに、セトはうすら寒いものを感じ身震いをした。

「それにしても、ミトラの力は助かるけど、能力だけじゃなく人間性も見れないもんかね」
「できないよ。できたらルーシェなんて、最初っからパーティに誘うわけないだろ?」

 三人は同じ孤児院育ちで、小さい時から互いをよく知っていて信頼も厚い。
 一方、三人だけでは現状のように攻撃手がいない。

 そこでミトラが【才能】を読み取り、仲間に誘ったのがルーシェだった。

「前も説明しただろ? この目で見えるのは今の能力と才能だけ。実際、ジルバもセトも言った通り、今の役目が合ってるんじゃない?」
「うん。僕にこんな才能あるなんて、ミトラに教えて貰わなかったら絶対気付かなかったよ!」

 そう言ってミトラは目に魔力を流し、ジルバを見つめる。
 黒から銀色に変わった瞳で見つめられ、ジルバは久しぶりなこともありくすぐったそうな顔をする。

 ミトラに宿った魔眼【洞察】を使うと、その人物がどのくらいの力量を持つか、どの能力が伸びやすいかなどが分かる。
 ジルバの場合は体力と筋力、そして瞬発力も持久力も高い。

「うん。順調に上がってるよ。これならもうティターンの攻撃も受けれるんじゃないかなぁ」
「まじか!? やったぜ!」

「それで。どうするの? 新しいメンバー。またルーシェみたいな人が来たら、僕やだなぁ」
「そうだねぇ。借金のこともあるし、せっかくもう少しで手が届いたのに夢が遠くなっちゃたから、今まで以上に頑張らないと。メンバーは……当てがないことも無い」

 ミトラたちの夢は、自分たちのような孤児たちが幸せに暮らす街を作ることだった。
 子供のような夢、と言われてしまえばそれだけだが、ミトラを筆頭にそれぞれ熱意も実力も兼ね備えていた。

 しかし物事には順序がある。
 何も持たない孤児が街を作るなど、夢のまた夢。

 ミトラが最初に目指したのは、冒険者たちの集う場所、クランを設立することだった。
 ある程度の実績、そして管理局に納める上納金、この二つがあればクランを設立できた。

 その後実績をさらに積めば、爵位と領地を授かることが出来るらしい。
 これが三人の描く夢だが、もう少しのところでハシゴを外されたのだから、ミトラでなくても怒るのは仕方がないことだった。



「ちょうどいい。は今グール討伐受かったらしい。グールならセトが何とかできる。俺らも行こう」

 用があると管理局に向かい、受付で話をし終えたミトラが二人にそう告げる。

「え? 彼女って。おい。当てってのは女かよ!?」

 女性経験の少ない、と言うよりも全くないジルバは、今から会いに行く相手が女という事実だけで顔を真っ赤に染めた。
 セトはその様子を見てクスクスと笑い、ジルバにげんこつを食らうと、涙目で文句を言った。

「そう。それにしても今日は随分強気に出たなぁ。到着する前に死なれても困るし、急ごう」

 これから迎える才能豊かな前衛を想像し、それがグールごときにやられると言われて二人は首を傾げる。
 しかし二人はミトラに絶大な信頼を寄せているから、文句も言わずに目的の場所まで急いだ。

 依頼場所である廃村にたどり着き、ミトラは目的の人物が目に入りほっとする。
 どうやらまだ無事のようだ。

 廃村の入口に小綺麗なローブを纏い、先端に赤い宝石の付いたねじれた木の杖を手に持つ一人の女性が居た。
 長い金髪をなびかせ、翡翠色の目はしっかりと前を見つめている。

 杖を天高く掲げ、何を思ったか詠唱ではなく名乗りを上げた。

「我こそはレーム国魔術師団第三師団長ガークが娘、ククル! 死肉を貪るグールどもよ! 我が魔法で消え……って、えええええ?」

 ククルが長々と叫んでいる間に、すでに廃村からグールが数匹這い出してきていた。
 グールは死体に悪霊が憑依して発生する魔物で、死肉だけでなく生きた人間も襲い食す。

 獲物を見つけたグールはククルに向かって、悪臭を放つその腐った身体を近付けていく。

「いやあああああ! 来ないでぇぇぇ!! 【火球ファイアボール】!!」

 ククルは実戦の経験は皆無なのか、はたまたグールの見た目にやられたのか、腰を抜かしてその場にへたりこみながら夢中で魔法を唱えた。
 放たれた拳大の火の玉は明後日の方向に飛んでいく。

「まずい、行くよ!」

 ミトラの合図で三人は走り出す。
 グールがククルに噛み付こうとしたところを、ジルバが盾ごと体当たりをして吹き飛ばす。

 かなり距離があったが、間に合ったのはミトラの強化魔法のおかげだ。
 驚いているククルを半ば強制的に起こすと、ジルバはそのままミトラたちのところまでククルと共に下がる。

 その間に準備が完了したセトの聖魔法が目の前のグールたちを覆う。
 本来は一体にかけるのがやっとな魔法だが、ミトラのおかげで複数を同時に攻撃できるほどの範囲に広がっている。

 光に包まれたグールたちは口から黒い霧のようなものを吐き出す。
 やがてそれも光の中で霧散すると、グールは糸が切れたように地面にその身体を投げた。

「す……すごい……」

 ククルは突然現れた三人が、いとも簡単に目の前のグールたちを討伐していく様子に興奮していた。
 先ほどの自分の醜態も忘れ、三人に丁寧にお礼を言う。

「かたじけない。私はククル。貴殿たちの助力、感謝する!」

 この国、レーム国の騎士団などの敬礼である、右手の拳を胸に当てる格好を取りながら、ククルは三人の顔を見つめ、あることに気付いた。

(ローブの男、目はこんな銀色をしていたか?)

 そんなククルの様子に構うことなく、ミトラはククルに笑顔を向けて問いかける。

「やぁ。俺はミトラ。こっちはジルバとセト。見ての通り、君と同じ冒険者なんだけど。ねぇ、ククル。君、良かったら俺らのパーティに入らない? ただし、として」
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