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5章 獣人国編

70話 無駄無駄無駄無駄無駄、です

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 俺は既に、目の覚めないエドモンを連れて観客席へ戻った。本当は狼獣人なんて殺してやろうと思ったのに……。

「確かにエドモンさんが蹴られた時は僕だって頭にきたけど、オサム君が踏みとどまってくれて良かったよ」

「狼獣人も止めてくる奴も、この国ごと破壊してやっても良かったんだけどな」

「オサム、脳内でこの国を三回くらい滅ぼしてたし」

「どこの魔王ですの!?」

「まぁでも、死体蹴りを禁忌に出来るくらいの国民性はあるようだし、これほど盛り上がっている大会を壊すのは気が引けるからな」

「ホークス!さあ野郎ども、待ちに待った決勝戦だ!出場者は、黒い三連獣から瞬影の黒豹マァァァシィィ!!対するは今大会のダークホース!ある時はチキン狼、ある時は死体蹴りの、狼獣人牙狼ォォォ!!!」

「この決勝で勝った方と、さっき飛び込んできた特級枠が戦うカバァ!」

「ホークス……、どちらが……え?これ今?え?獣王様からの指示?」

 司会が獣王から指示を受けたらしく、何か困惑しているようだ。地球だったら完全に放送事故だな。

「ホークス!野郎ども決勝の勝負方式が変更だぜ!先程乱入した特級出場者も加わり、三名での勝ち残り戦に変更だァァァ!!!」

「そういえば、特級出場者って本当に強いカバァ?」

「ホッホークス!そんな疑問もあるだろうぜ!特級参加証は伊達じゃないってぇ所を見せてくれ!熊井ィィ理ゥゥゥ!!!」

「え?俺も入っていいってこと?」

 会場中の視線が俺に集まる。闘技場に倒れていたエドモンを連れて普通に帰ってきたからな、場所はバレバレだったわけだ。

「ストレス発散させてくれるってことかな?」

「パパ!ぶっころなのです!」
「オサム君、手加減だよ!手加減!」
「オサム様!国を壊さないで下さいませ」

 俺は仲間の声援を受けながら観客席から闘技場へと歩いて向かう。それは声援でいいんだよね?

「ホッホークス!この変更は先程の乱入が獣王様の怒りを買った処刑という意味なのか!?それとも特級参加証を持つ漢の真価は、これだけしなければ測れないものなのか!?」

「獣王様の決定とはいえ、黒豹と牙狼からすると試合を邪魔されたことに変わりないカバァ!二人で先に狙うことも考えられるカバァ!」

 俺は、既に闘技場で向き合っている二人と互いが等間隔になるような位置に立つ。

「よう、獣王に感謝だな。お前を殺していいってよ」

 俺は狼獣人を煽る。

「残念ニャ……観客の要望にはできる限り答える必要があるニャー」

 俺は狼獣人に話しかけたのだが、黒豹が話しを遮ってくる。

「つまり、どういうことだ?」

「悪いけど、二対一ニャ」
「そういうことらしいぞ」

 二人が俺に攻撃を仕掛けてくる。

 さっき司会が余計なことを言ったからか、面倒くせぇな……。

 俺は一撃で沈めるため、オーバーライドを発動した状態で全力のカウンターを当てにいく。

 黒豹は四つん這いのような低い姿勢で俺の足を狙ってきているのでその顔に足を、狼獣人は右ストレートで顔を狙ってきているのでその顔に裏拳を合わせる。

 ん?

 黒豹には当たったけど、狼獣人は避けたな。いや、避けたのか?なにか違和感が……。
 
「ホッホ、ホッホ……?しゅ、瞬殺!!瞬殺だァァァ!俺は司会失格だぜ……何をしたのかが全く分からない!!これが特級出場者の実力だァァァ!!!」

「超高速で二人が同時に攻めたのに、二人同時にカウンターを合わせたカバァ!黒豹は避けることが出来ず撃沈、狼獣人は何とか避けたカバァ!」

 うん、そう……。避けたんだよな。

「よく避けたな」

「テメェは攻撃力に特化したタイプみてぇだな。俺様との相性は抜群だぜ?いくら力でゴリ押そうと……っな!?」

 俺は得意気に話している牙狼へ魔力を魔素でコーティングさせた魔素粒子球エーテルボールを投げつけたのだが、それも避けられた。

 コイツ……質量が無いからダメージもないような攻撃も避けたな。先読みの類いかと思ったが、もしや極端に目がいいだけか?

「テメェ!武闘家に見せかけた暗器使いだったのか!?」

「そうだ!」

「そうなの!?」
「そうでしたの!?」

 今気づいたけど、闘技場って観客席の声も結構聞こえるんだな。今も、美砂とエリーズの声が聞こえた気がする。

 さて、ここまで避けるのが上手いタイプとの戦いは初めてだな。

 俺は狼獣人に接近し、連続で攻撃を仕掛ける。ジャブやフック、ローキックなど比較的当てやすい攻撃を続けるが見事に避けられる。

 俺の攻撃に合わせて狼獣人も反撃してくるのだが……なんだ?なんか避けづらいな。避けた所に攻撃がくる感じだ。

 くっ、一旦離れ……。ちっ面倒くせぇな。

 俺が離れようと行動すると、距離を詰めて連打してくる。俺が攻撃しようとすれば距離をとって躱してくる。

 呼吸を読むのが上手いのか?いや……。

「ヌルい、ヌルいな!俺を殺すんじゃなかったのか?口だけデカい奴ってのは哀れなもんだなァ!?」

「お前、俺の行動を読んでるだろ?少し未来が見えていると言ってもいい、そういうレベルで俺の行動が見えているな?」

「はんっ!よく分かったじゃねぇか、これだけ早くバレたのはテメェが初めてだぜ!まぁいいだろう、俺はこの能力で獣王を殺す!新たな獣王はこの俺様だァァァ!」

「お前、予選や本戦の所詮でも手を抜いてやがったな。その能力はなんだ?獣人のくせに魔法でも使ってんのか?」

「哀れな噛ませ犬に教えてやろう。俺は厳しい訓練の末、人が動こうとする時に発せられる臭いを嗅ぎ分けることに成功した」

「臭い?」

「テメェの身体からも臭ってくるぜぇ?ジャブならジャブの、蹴りなら蹴りの臭いがするし、攻撃の場所、テメェが避ける場所まで全て教えてくれる」

「なるほど、犬はフェロモンの臭いまで嗅ぎ分けるって言うもんな。それでお前アレか、犬のシェパードみたいな見た目してんのか」

「俺様を犬畜生なんざと一緒にするんじゃねぇ!!!」 

 さてどうしようか。こちらの攻撃が全て読まれてるんじゃ、攻撃を当てる事が出来ないってことだよな。

 狼獣人の攻撃を避けながら攻略方法を考えていると、観客席の声が聞こえてくる。

「腕力でゴリ押すしかないゴリ」
「それはゴリラ獣人だけだ」
「じゃあサイ獣人ならどうするゴリ?」
「ブチカマシまくる」

 結局ゴリ押しじゃねぇか。『圧倒的な暴力があれば大抵のことは解決する』だっけか、ルウの発想は獣人の本能だったんだなぁ。

 ふむ……。

 心が読まれている訳じゃないが、動きが読まれるならコンマ数秒の反応がモノを言うこともあるだろう、極力考えることを減らすべきだ。

 つまり何も考えなきゃいいんだろ?ただ何も考えないだけじゃ脳筋な獣人達と同じだからな、ここはプログラミング的思考だ。
 
「よし、俺はお前が倒れるまで何も考えない。お前に勝つためのプログラムは、突撃してお前を殴る、お前が避けたら殴る、お前が攻撃してきたら殴る、の三つだ」

「アイツ無茶苦茶言ってるゴリ!」
「ゴリラ獣人のゴリラよりゴリラみてぇな発想だぞ!」
「おいアイツもしかしてゴリラ獣人なんじゃないか?」
「た、確かに!それなら納得だ!そうかアイツはゴリラだったのか!」

 おい、お前ら顔覚えたからな?

 俺は八つ当たりするように狼獣人へ襲いかかる。

「テメェがどれだけ意気込もうが、どれだけ速かろうが、当たらなければどうということは……あれ?こんな、ただのゴリ押しで……痛っ、ちょっ止め……」

 俺のジャブを避けようとしたら、ジャブを曲げ当てにいく。俺の蹴りを避けようとしたら蹴りを曲げて当てにいく。

 要は後出しジャンケンをやり続ければ当たるんだろう?無理やり攻撃の軌道を変えるから筋肉がミシミシいっているけど、気にしなければどうということはないんだよッ!!

 渾身の右ストレートがようやく胴体に入り、狼獣人は這いつくばるような姿勢で嗚咽する。

 一時殺そうと思ったけど、そういやコイツらにとっては死ぬより三大屈辱の方が響くんだよな。

 コイツらの流儀に倣って価値観を合わせてすり潰してやろう。 

「お前なんざゴリ押しでもどうとでもなるが、技でも上回っている事を示してやる。覚悟しろよ?お前には三大屈辱を全部やってやるからな」

 ロア!行くぜッ!!

 『任せるし!』

 ロアと頭の中で会話し、俺の隣に魔力で人を象り魔素の単体で全身をコーティングする、魔素粒子幽魔ドッペルゲンガーだな。

 このままでは質量がないので、攻撃するための手の部分には闘技場の岩を詰め込み、ボクサーのグローブのように形を整える。

 想像してたよりもアンパ〇マンの手を巨大化したみたいになったな、魔素粒子籠手エーテルナックルと名付けよう。

 それよりロアさん。

 なぜ魔素粒子幽魔ドッペルゲンガーの口が口裂け女みたいにクワッとしているんだね?

 俺の魔力では口なんて作ってないから、魔素でコーティングしているロアが担当しているはずだ。薄ら紫色の顔なしが口だけ裂けてるのは結構恐怖だと思うんだが……。

 さて、戦いに戻ろうか。準備が終わったので牙狼へ視線を戻すと、口をあんぐりと開けて驚いているようだ。

「さて、ぶっ飛ばすから覚悟しろよ」

 驚いている牙狼を気にせず、俺は殴りかかる。牙狼は俺の攻撃を読み、避けようとするが……。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!!」

 俺とドッペルゲンガーのパンチが次々と牙狼に直撃し、倒れ込んだ後も上から闘技場ごと殴り続ける。

 しばらく殴って気が済んだので、意識を無くした牙狼の頭を軽く蹴ったりデコピンしたり、顔の上に座ったりしてみた。

 こちらとしては無駄無駄出来て気分爽快だし、死体蹴りはあまりいい気分ではなかったので、いい子いい子してあげた後、優しく介抱するように闘技場の外へ下ろしてやる。

 そういえば、未だに意識が戻らず倒れている黒豹をどけるのを忘れていたので、蹴っ飛ばして闘技場の外へ落とした。

 あっ、三大屈辱の漢受けをやってねぇじゃん。
 
「……八、九、十!ホッホークス!圧倒的!特級出場者が決勝出場者二名を無傷で完勝だァァァ!!」
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