寝起きでロールプレイ

スイカの種

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第一章

第68話 キス

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 少し動きが硬いが、エロ女は問題なく飛び降りてきた。
 チャンスをモノにしようと気を張っているのか余裕なのか分からないが、
息が少し荒い。
 個人的には、こういう清々しく有能で貪欲な奴は応援したい。
 それに、可愛いし。
 でも、データ収集目的の企業スパイがよく来るらしいので、過度に肩入れするのは避けよう。
 ファージ関連技術の運用は、今も昔と変わらず、特許を取れば安全などというコンプライアンスのしっかりした環境ではない。
 予測される特許や実用新案など諸々の登録には、膨大な数の虚偽申請があり、少しでもかすめ取ろうとハゲタカ企業や業者が躍起になっている。
 それらを跳ね除け、潰していくための弁護組織も比例して大きい。
 大きな弁護団には相応の発言力があり、法の範囲内ではあるものの、敵対組織への武力介入まで認められている。
 事実、これまでに俺がサルベージした内容を元に研究機関から論文が公開された事があったが、公開の翌日には、その関連技術の特許申請が何故か数か月前の申請日で有象無象大量に発生して担当弁護団がブーブー文句を垂れていた事もあった。
 実質、おいしい技術は、申請者が弱いと特許庁が大手に横流ししてしまうという事だ。
 価値のある技術はバックボーン付けてがっちりと守らないとトラブルの種になるだけで全く稼げない。
 やったもん勝ちなのはいつの世も同じか。

 ウルフェン・ストロングホールドはその点清々しい。
 作って演奏して、自由に演奏する権利だけ確保して後は二ノ宮に丸投げだ。
 欲の欠片も無い。昔ではあり得ない。

 昔と違い、音楽の著作権判別は、ファージネットワークを介してアカシック・レコード上においてナノ秒単位で行われ、二番煎じやコピーは即マージンが発生する。
 この機能は特許庁と違いかなりイーブンな裁定だ。
 面白いのは、売り上げに比例したマージンになるという点で、いくら曲を作って登録を増やしても、その曲で稼いでいないと発生するマージンもゼロとなる。
 また、登録したモノが使われていた場合、そこから発生するマージンもあるので、それを逆手にとって人気が出そうなコード進行や使えそうなフレーズを開発して売り切りするだけの専門業者もいる。
 
「もっと力を抜いて、深く呼吸するんだ」

 妙に右側に力が掛かっている。
 嫌な予感がする。
 エロ女の呼吸はどんどん荒くなり、完全に過呼吸だ。
 怖いなら怖いで、言っておいてくれれば。
 そういや、名前聞いてなかったな。
 チャットログでスミレさんに確認を取ろうとしたが、エロ女から止められた。

「待て、畜生。連絡するな!おぇ」

 過呼吸の対処法なんて知らないぞ。
 ファージ接続で検索しても良いが、気付かれて発狂でもされたら困る。
 ヘッドギアの中で吐いて窒息でもされたら面倒だ。

「右側に負荷がかかり過ぎてる。こっちで制御する、接触するぞ」

 既に、ウーファーの影響下に入っている。空気中のファージは弄らない方が良いだろう。

「うぅ」

 アシストスーツのバランス制御に対して、自分の筋力で負荷をかけてしまっていて、フレームが疲労破壊を起しそうになっている。
 高速の状態でフレームが破損したらと考えるとゾッとする。

 つつみちゃんの乗るパイルの真上に差し掛かったとき、スミレさんからログが入った。俺がエロ女の手に触れたのと同時だ。

”彼女の体内ファージにアクセスして。スーツのカウンタープログラムは直前にこちらで解除するわ”

「畜生」

 エロ女が呻いた。
 強制介入しメンタルバランスチェックから強制的に安静化。とはいっても、セロトニンを少しずつ生成するだけだ。
 この状況でいきなりイロイロするのは危険すぎる。
 右足のフレームが少し歪んでいるが、五秒もしない内に安定してきた。
 どうせ、後十五秒で着く。
 爪先の気流が乱れて風切り音が少ししているが、最悪、俺が抱えて揚力使わずにそのままジェットで運べばいい。
 ここから五番目のパイルまではショゴスの危険はほぼ無い。
 残り十秒で減速開始。
 気持ちに余裕が出てきたのか、三種類のパートがクリアに反響するのに気付いた。
 楽器毎に距離があるから、特定の対象に同時に同じ音を聴かせるのはかなり難しい筈なのだが、テックスフィアと同じ原理なのだろうか?
 タイムラグも音の歪みも無いのはどうなっているんだ?
 念の為、俺も一緒に下りた。

「漏らすかと思ったぜ」

 着地するなり、エロ女はヘッドギアを外してしまった。

「あ!まだショゴスが!」

「知ってるよ!大丈夫だろ。どの道、メットしたままじゃ上手く歌えないしな」

 手がガタガタ震えていたので、接続を手伝う。
 エロ女がビクッとした。

「熱っつ。ジェット燃えてるぞ?」

 連続で吹かすことになったので、アシストスーツの方が二個ほど赤熱している。小雨で水蒸気が出ていた。
 俺の方は下に着ているがアトムスーツだったので遮熱がしっかりめだったので気付かなかった。

「すまない。火傷したか?」

「そこまでじゃない。大丈夫だ」

 二の腕を擦っているが、大した事はなさそうだ。
 エロ女は、湿気のこもった空気を深く息を吸い込むと、雨に濡れ始めた髪をかき上げ、夜空に向かって大きく伸びをした。

「高さ感じなくするエフェクトいるか?」

「いや。奴らが見えなくなるからいらない」

 暗い中眼光強く睨むエロ女の視線を追うと、ワイヤーフレーム表示しかされていないが、動いていないようでも、視界一面、確実に迫ってくる肉の大地と雲が表示される。
 ウーファーパイルの範囲外では、上空は既に赤い霧と厚い肉雲で半分以上覆われている。
 どうせなので、視覚補助で昼間と同じ感覚で見えるように色と光と足しておく。

「ん?」

 第二北大通線の谷、下層が既に入り込まれ始めてないか?
 あそこは防衛ラインの内側だろ?

”つつみちゃん、星川周辺地下。割れ目”

 ここからだと、一塊の雫が落ちた程度に見えるが、目算で百トン近くありそうだ。
 あの辺りには崖面沿いにバラック集落があったはずだ。
 避難は済んでいるのか?

 見えなかったんで整頓範囲に入っていなかったのか。だが、直ぐに進路誘導が開始され、それ以上の流入は止まった。たとえ範囲内でも、落ちてしまったのを引き上げる指示は流石に出せないようだ。
 音が届かないのか?
 場所が場所だけに、気になる。あの辺りはドンピシャに見える。

”あいつの所は大丈夫なのか?”

”落ちたのが脳付きだったみたい!谷間だからこっちの音も弱いし、ジャミングが酷くて繋がらないの!”

 ジャミングまでする脳付きか。
 燃料も足りるし、ちと行ってくるか。

”確認してくる”

”ありがと”

”やめなさい”

つつみちゃんとスミレさんから同時にレスが来た。

”大宮のヘリに頼むわ”

 大宮が行くとは思えない。

”行くのか?二十秒だけ待つ”

”リョウ君が行くって言えば、代わりに行くはずよ。待って”

 とりあえず待つ。時間の無駄だろ。

”行くそうよ”

 マジか?

”何秒かかるんだ?”

 それから五秒タイムラグがあった。
 言い淀んだな。
 エンジンを起動する。

”市内のヘリポートから新しく出すから。到着まで六分かかるって”

 うん。知ってた。
 くそっ。三十秒無駄にした。

”今から向かう”

 スミレさんからのログは無い。無言の抗議だろうが今は無視させてもらう。
 ここからなら、一分かからないだろう。
 知ってて邪魔したのか?
 あわよくばルルルを殺しておきたいのだろうか、どうみても犬猿の仲だが、殺したいほどじゃ無いと思ってたんだけどな。
 時速二キロなら、六分で二百メートル進む。
 落下の衝撃で多少は死ぬだろうが、音の届きにくい崖下のあのシャッター入口に肉が詰まったら、ルルルは中に閉じ込められる事になる。
 地上の搬入口は既にタイムオーバーで論外だ。
 あのシャッターは爆撃には耐えていたよな。でも、押し寄せる百トンもの肉の塊の前では紙っぺら程度にしか役に立たない気がする。
 中に餌も無く誰も居なければ侵入はしていかないだろうが、ダクトやら給排水管やらは対策してあるのだろうか?
 してあるよな、天才だし。
 逃げ出していればそれはそれで良い。
 つつみちゃんのあの感じだと、避難はしていない様だ。
 ショゴスが屋内に入り込まれたら音波も減衰し、ウーファーパイルの効果は著しく減少する。
 あの天才科学者も、火器を使わずに百トンを返り討ちにするのは骨が折れるだろう。
 入口の上空から直下で崖を下りるのではなく、少し手前から滑空で侵入していく。
 エンジンはそんなに吹かさなくとも一分かからず近くまで下りてきた。
 崖にへばりつくバラックたちには結構人が残っている。
 避難警報は出ていた筈だが、逃げ場がなかったのか、諦めていたのか。
 今の俺にはどうする事もできない。

 そういえば。
 中でショゴスを飼ってなかったか?
 大した量では無かったが、嫌な予感がする。
 底に近づくほど立ち込める霧は深くなり、谷間を大量に飛んでいたフローターはほとんど帰投している。
 霧が少し赤く表示されているのは既にショゴスが混じっているからだな。
 シャッターがある筈の場所に近づくと、大きな炎が見えた。
 まだ間に合う時間だが、何だ?侵入されたのか?

 サーチで一人表示されている。警戒しようか迷ったが、スラスターから発生する爆音でもうバレてるだろうし、このスピードで近づけば一人ならなんとかなるだろう。
 分厚い服を着ていた所為で赤外線による確認が出来なかったので分かりにくかったが、近づいたら、フレーム表示がルルルだった。
 無事だった。
 雨合羽でも着ているのか。特徴的なノッポ猫背なので直ぐ分かった。

 小さく爆発を繰り返しながら燃え盛るショゴスの前で、火炎放射器を俺に向けて構えている。

「無事か?」

 燃料節約のためスラスターをあまり使いたくなかったので足の翼膜を仕舞って何度か跳ねながら走って着地した。シダが絡まって足が捥げかけた。痛ぇ。ケチるもんじゃないな。


「あれ?おやおや?!」

 フルフェイスの防毒マスクだ。光源が隣で燃えているショゴスしか無いので表情は全く分からない。放射ノズルをソケットに戻すと、両手を広げて大笑いしている。俺のこの特徴的なアトムスーツで直ぐ気付いたみたいだ。

「元気そうだな」

 この燃えているショゴスは量が少ないから、中で飼っていた物だろう。
 仲間がいると入り込まれるから外に出して燃やし殺したんだな。
 しっかり殺しておかないと、このショゴスの記憶から中に人がいたとバレて結局入り込まれる。
 近づいていったら、そのまま抱きしめられて持ち上げられた。
 油断した!ぐるぐるすんな!

「重いだろ!下ろせ!」

 現在、もろもろコミで自重は八十キロになっている。
 ひざ丈までのシダで覆われた下の地面は湿ってぐちゃぐちゃにぬかるんでいる。
 ルルルの背負っている火炎放射器も重そうだ。この重さで二人して倒れたら怪我じゃ済まない。こいつもアシストスーツを着ている様だが、こけた時、咄嗟にフォロー出来るようにファージの展開状況を確認しておく。
 それに、恥ずかしい。

「乙女のピンチにヒーロー登場とは!互いにメットして無ければフレンチキスでもしたいところだ!おっと。つつみが聞いてないかな?」

 慌ててキョロキョロしている。
 大丈夫。聞こえていない筈だ。多分。
 色々突っ込み入れたいのだが、時間が惜しい。

「逃げないのか?逃げ遅れか?」

 羞恥プレイに満足したのか、俺を下ろしたルルルはシャッターを潜り手招きをすると暗闇に消えてゆく。
 中にはアイドル状態のトレーラーが待機していた。

「この通り、逃げようとして逃げ遅れたのさ」

 急な進路変更で上からの脱出が間に合わなくて谷底を走るつもりだったのか。
 タイヤの径がデカいから走れなくはないだろうが、谷底には道など無いのに。無謀過ぎる。
 知り合いのギャングたちは手伝ってくれなかったのか?
 聞くまでもないか。借りを作りたくなかったか、間に合わなかったかのどちらかだろう。

「逃げるのは最後の手段。捨てていくには忍びない設備が多くてね」

 だろうな。新世代通信規格のデータは持って行けても、トレーラーに開発設備は入らないだろう。
 ここにあるのは、ぶっちゃけ、現状世界一の宝と言っても過言ではない。
 出来れば守りたいよな。
 あの芸術的な温室も、置いていけば喰われてしまうだろう。
 ルルルはエルフでつつみちゃんに対して以外はサイコパスっぽい性格だと思っていたのだが、勿体なくて置いていけなくて自分が死にそうになってる本末転倒具合は、何故か人間臭くて微笑ましい。

「シャッターは耐えきれないのか?」

 何か方法は無いのだろうか?

「無理無理、瞬間的な衝撃には強いんだけど、継続的な加重には耐えて十トンが限界だね。内側から発泡コンクリで固めればその場しのぎにはなるかな。外から固めるだけだとまず間違いなく通っただけで剥がされるね」

 ここにたどり着くまでに十トン以下に減らさないと入り込まれるって事か。
 燃やすか。

「まだ、たどり着くまで数分あるだろ。爆薬あるか?三十キロまでなら持って飛べるから、後ろから投下する」

「それはお勧めしないね」

 ルルルが燃料容器系を確認している。

「スラスター用の燃料は痛みやすいからここにはストックが無い。百トンの肉塊を行動不能にする爆薬も燃料もここには無い、軍事施設じゃないんだよここは」

 普通に持ってそうだが。
 迫ってくるのを手前だけ燃やしても、死骸取り込まれて喰われて増えるから結局意味ないんだよなぁ。

「ここを守るの。手伝ってくれるかい?」

 俺を見つめる瞳が妖しく光る。
 何か思いついたのか?

「後五分もすれば、ヘリが来る。それまで耐えきれば良いんだろ?」

「来てくれ」

 親指で奥へ誘う手の動き、癖ががつつみちゃんと同じだ。
 案内されたのはあの場所。

「だいぶ改修したし、ウェーブの阻害も発生しない!ベルコンの向きも、背中で三百六十度回転可能だよ!」

 スポットライトがガコンと点灯して、照らし出されたソレは、前回見た物からまたかなり変形していた。

「これか。今動くのか?」

 ベルコン付きに魔改造された地下製アシストスーツ。以前のは、ベルコンの中心部がアシストスーツの背中に固定されていたのだが、今回はベルコン中心部がリング状のパーツに通してあり、中で回転できる仕組みなのだろう。リング自体も上下に可動域がありそうだ。

「充電は百パーセントだ。ベルコンには摩擦熱抑える機構は無いから、長時間運用には向かないだろうけど、数分なら余裕さ!」

 レベルを上げて、物理で殴りに行けと。

「直ぐ出せるか?」

「ウィングスーツとアシストスーツは脱いでおくれ。流石に絡まって危ない」

 急いでアトムスーツだけになる。
 この地下製アシストスーツは、着るのは簡単だ。危機的状況下で何度も練習していたのを身体も覚えていたようで、久々だけどスルッと装着できた。
 やっぱり俺用サイズになっている。着心地も前より全然良い。
 最低限の操作確認をしていると。

「そうだ。願掛けに少し、メット取れるかい?」

 何だ?エルフの魔法でも使うのか?
 ルルルがマスクを取ってネックレスを外している。
 案外迷信深いのかな?

「なんっ?!」

 メットを取ると顔を両手で押さえられ、そのまま口づけをされた。
 フレンチじゃなくてディープだ。
 払いのけるとアシストスーツで潰してしまいそうで動けなかった。
 ルルルの舌は柔らかく、少し甘く、夏みかんの香りがした。
 マスクの下は、口裂け女でも、怪物でもなく、普通のエルフ美人だった。

「・・・・・・。頼んだよ。あたしのヒーロー」

 唾液に濡れて艶めいた唇を舐め、悪戯に成功した悪ガキの顔をしている。

 ネックレスはどこかの神社の護符だ。少し綻びて煤けている。
 ちょっとボーっとしてしまった俺の首にそれをかけると、メットを被せてから俺の胸を拳でポンポンと叩く。

「世界を守ってくれ」

 恥ずかしい奴だ。

「ちょっと救ってくる」

 仕方ないのでノッてやる。
 別に絆された訳じゃない。
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