寝起きでロールプレイ

スイカの種

文字の大きさ
上 下
46 / 71
第一章

第46話 音合わせ

しおりを挟む
「僕らはいつも、ヤる前に音合わせなんて全くしないんだけど」

 客が入り始め、ガヤガヤしてきた店内で、狼男は何杯目か分からないテキーラのショットをあおる。
 そんなにバカスカ飲んで、差し支えるぞ?

「済まなかったな」

 人のよさそうなその狼の横顔を見てると、なんとなく口に出しておきたくなった。

「んん?ふっ。僕も君を殺そうとしたしな。おあいこだ」

 やはりアルコールで掠れ始めた声でシャリシャリと笑った。
 カウンターにスミレさんが戻ってきた。
 俺らの斜め前で控えていた傷だらけの顔したバーマンが、するりと抜けてフロアに出ていく。
 まだ、客は続々と入ってくる。オーダーも詰まっているな。居なくていいって言ったのに。

「なんとか始められそうね」

 スミレさんは俺の飲みかけたストローハットを目ざとく見つけて下げた後、只のレモンスカッシュ割のトマトジュースをさらりと出し直してくる。

「あーっ。ボス、僕の奢りでテキーラで乾杯してたんだぜ?」

「未成年にお酒はダメよ」

 大人なんだよなぁ。
 これはこれで美味いので、狼と乾杯し直す。
 因みにこのノンアルもストローで飲む。メット取ると皆警戒するからな。

「ノリユキの奢りはお姉さんが貰っとくわ」

 ワザとらしく俺の飲みかけのストローを口に含み、俺を見てウィンクする。
 お茶目さんか。

「もう大丈夫そうだな」

 ちょっと恥ずかしくなってステージに目を向けると、つつみちゃんがノリノリでベースを搔き鳴らしていた。口がとんがっているのでかなりご機嫌だ。
 ツインドラムが小さく併せる中、金属袋のスーツ女が奏でるサックスと張り合っていて。その前で、ケラケラ笑いながらソフィアがタップを踏んでいる。
 ステージ前には少し人だかりができ始め、グルーヴしている客も何人かいる。
 暫く三人で互いをおちょくり合いながらバカ話していると、ノッポ巨乳ドラマーが音合わせを止めて、肩を回しながら近づいてくる。

「始まる前に腹減りそう。ボス、飯下さい」

 俺の隣のスツールに腰掛け、足を組むと俺の方を向く。
 女の汗の瑞々しい匂いが熱気と共に広がる。

「つつみがいつも自慢してたけど、ホント荒事慣れてるな」

 耳に刺さるハスキーボイスだったが、第一声がそれで白目を向きそうになる。
 確かに、本来味方のはずの彼らに対して、初対面に脳死状態で荒事に訴えるのはクソムーブだった。だいぶこの世界に染まっているな。暴力直結の人格破綻者として今後そういう目で見られてしまう。
 まぁ、俺としてはつつみちゃんファーストなのは間違いないが、今回の事は教訓として刻んでおく。

「済まなかった」

 とりあえず、何かの機会に全員に謝っておくか。

「別に責めちゃいない。お前の立ち位置だったら、誰相手でも直ぐ抜けるくらいじゃないと、寿命が半年持たないぞ」

 そういう世の中なのは、散々身に染みてるよ。

「それより、あの分解と組み立てはどうやったんだ?幻覚かと思ったんだが、マジで組み立て直してただろ」

 無口さんかと思ったら、結構おしゃべりだなこいつ。

「シュクタカそれ聞いちゃうの?手品は種で飯食うんだぜ?」

 狼が呆れている。が。

「別に。隠すほど高尚なネタじゃない。ファージ使って空気中の塵と水分で動かした。構造はネットで拾って設計図通りの手順で動かしただけだ」

 と、ざっくり説明する。実際にはもっと細かい手順やらネタがあるが、説明が面倒だし、嘘は言っていない。
 ぴくぴく虫の事を殺し屋から聞いて、実際にあの映像見てから、かなり練習していた事だ。初回でデザートイーグルの分解に使う事になるとは思わなかったが、起動手順は何種類か用意していた内の一つが咄嗟に使えて、偶々巧くいっただけだ。

「エネルギーが足りる気がしないが、実際目の前で起きたしな」

「エネルギー保存の法則からは外れちゃいない。映画の中の魔法じゃないんだ」

「ははは。シネマティックファージを使うのに?」

「僕には魔法に見えたぜ」

 スミレさんの出してきた香ばしいオムライスを頬張りながら、ノッポ巨乳ドラマーがスプーンで俺を指す。

「ナチュラリストは大丈夫か?散々気を付けてたんだろ?」

 知ってたのか。

「つつみから自慢話何度も聞いててミミタコだ。さっきミミサンドだけど、警備が阿鼻叫喚だったらしいが、侵入はされなかったのか?」

 あ、対処できなかったんだ。やべぇ。邪魔されるのヤダから警備会社にも反撃したんだよなぁ。損害賠償請求されたらめんどくせーな。

「アクセスはあったな。すぐメット被ったし、問題は無い」

 奴らが乗り込んで来たりとかあるのか?一応、スミレさんからアクションあったら対応できるようにはしておこう。

「珍しい名前だな」

「ん?あたし?」

 名前なのか?

「あたしがシュクタカ、あいつがシャカタカ。このバンドに入るときに何にしよっかって、つつみが付けた」

 つつみちゃん名付け親かよ。

「ツインドラムって、大抵、微妙にいらなそうだったり、邪魔そうだったりするんだ。あたしらは二人で仲良く叩いてたんで、擬音からシュクタカとシャカタカねって」

 つつみちゃんぽいと言えばぽいな。
 実際、ステージ上は無理に詰め込んだ機材とドラムでジャングル化している。

「僕僕、僕にも聞いてよ」

「ああ。リンス何使ってるんだ?」

「お。それ聞いちゃう?いや違うよ。芸名だよ」

「どうせいつもノリでイってるからだろ」

 ノッポ巨乳ドラマーとスミレさんがバカウケしている。
 狼男は苦虫を噛み潰していた。

「え?マジで?」

「可哀そうなものを見る目で見ないでくれるかな?!失礼だよ。君たち!」

 このバンドはつつみちゃんが作ったのか。

「結成は、あそこでサックスやってるメタルザックとツツミだけだったんだ。言うて、始めは時々この箱で音響試してただけだけどね」

 メタルザックって言うのか。まんまだな。

「顔見せろとか聞くなよ?ガチ切れするからな」

「だねぇ。”オッパイ見せて?”のがまだ可能性あるよ」

「なにお前見たことあんの?」

「いや、ボーイならの話さ、美乳らしいよ?」

 何でだよ。

「ケッ。結局カネかよ。世知辛いねぇ」

「僕は違うよ?露出の度にライヴライヴ言ってる金の亡者とは違う」

「ロマンで魚は釣れまちたかぁ~?」

「シュクタカ。後で泣かすね」

「ボスー、駄犬がモラハラでーす」

 仲良いなこいつら。
 しゃべりながらも超早食いなオッパイはお手拭きで顔をガシガシ拭くと肩を回してまたステージに向かって行った。
 あれ、スッピンだったのか。めっちゃ美形だな。
 てか、脇のホルスター丸見えなんだが、どうなのよ。

 二時間近く音合わせしていただろうか。夜の帳が下りる頃、客足も落ち着き、つつみちゃんとソフィアがステップ踏み合いながらカウンターにやってきた。

「よこやまクン、始まったらわたしの前に来てね」

 ハイハイ。楽しみにしてるよ。

「うぃー。今日の流れどーすんだい?」

 この犬もうベロンベロンだが、大丈夫なのか?

「選曲はわたしとヤッポンで順番つ。ノリ悪かったらイントロだけで回すって」

 そんなテキトーなモノなのか?ライヴとアルバムはストーリーが超重要だとか散々聞いてたんだが、二世紀半も経つと変わるものなのか?
 俺が不思議そうな顔をしているのにスミレさんが気付き、皆に気づかれないようにチャットでコメしてくる。

”この子たちはいつもこんな感じよ。ライヴは自己表現じゃなくて人体実験なの”

 不気味なワードに不穏な空気を感じ。一瞬だけ、周囲の音が遮断される感覚に陥る。

「のわっ!?」

 びっくりした。後ろからメットに小さな手が目隠しをしてきた。
 つつみちゃんだ、油断してたんでびくっとした。

「スミレさん禁止、そういうの禁止です」

「フィフィがエスコート投げて遊んでたからね」

「あたしぃ?!」

 俺、スミレさんが良いな。

「スミレさんでお願いします」

「コノガキ・・・」

 ドヤ顔のスミレさんは俺のメットを抱きしめるつつみちゃんと俺を射殺そうとするソフィアを見下しながらシガ―をくゆらせる。
 人生で初めてタバコが美味そうに見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

未来から来た美女の俺

廣瀬純一
SF
未来から来た美女が未来の自分だった男の話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

MARINE CODE

大賀 零
SF
インターネット上に仮想空間が築かれた時代。その姿を見ると深い眠りにつくといわれるコンピュータウィルス「ホワイトアリス」は世界中のネットを席巻し、人々を恐怖に陥れていた。警視庁ネットポリスの問題刑事・桐生はアリスを見つけ出す為、伝説の特A級ハッカーと名高い「マリーナ」にコンタクトを取ろうと動き出す。

クトゥルフの神々VS人類の神々

puni2fox
SF
神話を調べている時にふと思いついたので、暇つぶしにChatGPTで遊んでみたものです。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
SF
1,769年の時を超えて目覚めた古代の女王壱与と、現代の考古学者が織り成す異色のタイムトラベルファンタジー!過去の邪馬壱国を再興し、平和を取り戻すために、二人は歴史の謎を解き明かし、未来を変えるための冒険に挑む。時代考証や設定を完全無視して描かれる、奇想天外で心温まる(?)物語!となる予定です……!

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

処理中です...