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ヒミカの張り込み
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「今が寒い季節じゃなくて、心底嬉しいわ」
「そうですねぇ。それにしてもヒミカ、分かっています?」
「何がよ?」
「マカさんに囮の役目、押し付けられたんですよ?」
「分かっているわよ。だから引き受けたのよ」
専門学校の屋上で、ヒミカとキシはお弁当を食べていた。
すでに空は暗く、月が高い位置まで昇っている。
お弁当はキシの手作りで、ヒミカはパクついていた。
「アタシは殺される女性の条件に当てはまるでしょうし、万が一襲われても対処できるからね」
「分かってて、乗ったんですか?」
「マカだって、面倒だって分かってて引き受けたわ。将来の幹部としては、時期当主には良い顔していたのよ」
「よく言いますね。本当は心配なのでしょう? マカさんのことが」
苦笑するキシを見て、ヒミカはそっぽを向いた。
「さぁね」
やがて白く厚い雲が出てきた。
細い三日月が、雲によって見え隠れする。
ふと、ヒミカは空気の流れが変わったのを気付いた。
「…おいでなすったわね」
「ヒミカ…」
「キシはここにいて。カミナ先生、よろしくお願いします」
「はい」
二人から少し離れた所に、専門学校の教師であり、キシの護衛役の女性・カミナがいた。
ヒミカはジーンズのポケットから、手のひらサイズの小瓶を取り出した。
中身は赤い。―血だ。
ヒミカはフタを開けると、ためらい無く飲み干す。
血族が作り出した、人工血液だった。
「あ~、マッズイ。じゃあ、行ってくるわね」
「ご武運を」
苦笑するキシに微笑みかけ、ヒミカは屋上を飛び降りた。
その両目は血のように赤く染まっていた。
建物の屋上を次々に飛び移り、やがて土手に舞い降りた。
そこで対面したのは―。
「…何、コレ…」
大きな『人形』だった。
全長2メートル。
形は人型。
しかし体の作りは、明らかに人間ではない。
顔は白いマスクで、無表情。
体は緑色で、手足は細長く、まるで刀の刃を太く・大きくしたような形だった。
胴体はまるでドラム缶のような形をしている。
手足と後頭部には太いチューブがあり、胴体へと繋がっている。
チューブの中身は赤く、常に液体は流れているようだった。
どくんっどくんっ…!
離れた位置にいても、その動きの振動は伝わってくる。
ヒミカは顔をしかめた。
この『人形』からは、複数の人間の血の匂いがする。
しかも死者の匂いだ。
「ウチは確かに人成らざるモノの担当だけど…コレって明らかに違うわね」
ヒミカは目を細め、右手を上げる。
すると右手には黒い紋様が浮かび、ヒミカの手から離れ、黒き薙刀となった。
2メートルもあり、太い薙刀を持ち、ヒミカは構える。
「日本製…ではないわね。外国のモノ…。チッ、魔女絡みか」
忌々しく呟くと同時に地を蹴り、『人形』に薙刀を振り下ろした。
がきんっ!
しかし薙刀は人形のクロスした腕に止められた。
「へぇ。ウチの血族特製の武器を止めるなんて、やるじゃない」
ヒミカは更に力を込める。
ぐぐぐっ…!と押されるも、『人形』は片足を上げ、ヒミカの胴体を蹴りつけようとした。
だが寸前でヒミカは離れた。
「動きも体格にしては素早い。高性能か最新式か知らないけど、話が通じればいいわね」
一定の距離を取り、薙刀の刃を下ろす。
「あのさぁ、聞きたいことがあるんだけど」
『人形』は動きもしなければ、反応もしない。
「何の為に女性を狙って、顔を剥ぎ取っているの? しかもその魂、どこにやってんのよ?」
しばらく待ってみたが、『人形』は何も動かない。
ヒミカはため息をついた。
このまま壊すのは少々手こずるが、ムリではない。
しかしそれでは被害者達の魂の行方が分からなくなる。
せめて製作者が近くにいればと周囲を探るが、他の気配はない。
『…カオ』
だが突如、『人形』が言葉を発した。
しかし口元は動いていない上に、言葉は奇怪な音みたいだ。
『ウツクシク…サイ、アルモノノカオガ、ホシイ』
静かに体から殺意が湧き上がる。
「お褒めいただき、嬉しいわ。だけど生憎アタシは売却済みなのよね。あのストーカー男に」
ヒミカも薙刀を構えなおす。
「アイツが自分の身も心も魂もくれるって言うなら、アタシだってくれてやる。だから誰にも譲る気はないの。悪いわね」
再び切りかかるも、今度は向こうも切りかかってくる。
ガキンッ! バキっ!
ヒミカは薙刀の全てを使って、『人形』の攻撃を防ぐ。
『人形』は四肢を使い、ヒミカに切りかかる。
「チッ! パワーはアタシ並みかっ!」
薙刀の底を使い、『人形』の胴体を突いた。
『人形』は10メートルほど後ろに下がった。
「ちょっとマズイかな?」
ヒミカの顔に、汗が流れる。
向こうは疲れを感じぬ体だが、ヒミカは違う。
いつまでもフルパワーで戦えない。
そもそも最初に口にした血液が少な過ぎた。
そろそろ切れてしまう。
「敵を甘く見過ぎたわね」
ヒミカの想像では、てっきり能力者の男だと思っていた。
しかしいざ現われたのは、まさに異形のモノ。
敵を甘く見ていたことを悔やむも、すでに戦いははじまっている。
「ホントは本望じゃないけど、最後にフルパワーを出して破壊するか」
このままでは、こちらがやられてしまう。
薙刀を握る手に、汗が滲む。
『人形』が体勢を立て直し、再びヒミカに襲い掛かってきた。
だがその『人形』の体に、黒い糸が巻きついた。
「えっ!?」
「ギリギリセーフかしら?」
ヒミカが声をした方を見ると、ルナがいた。
その両手には、『人形』を縛り上げている糸がある。
ルナの武器だ。
ルナの両目も、すでに赤く染まっていた。
「ルナ、何故ここにいるの?」
「マカから頼まれたのよ。ヒミカの護衛をね」
見た目10歳の美少女のルナは、今は険しい顔をしていた。
「また懐かしいモノが復活したわね…」
「知っているの? ルナ」
「ちょっと昔に、ね。同じモノを見たことがあるわ」
そう言いつつ糸を操り、力を込める。
「まったく…。誰がよみがえらせたか知らないけれど、厄介なモノを出してくれちゃって」
ルナの糸は強力だ。
『人形』の体はすでに、ねじれてきている。
「ルナ、破壊して大丈夫なの?」
「ええ。そうじゃなきゃ、中に封じられている被害者の魂が解放されないもの」
「はあ?」
ヒミカは目を丸くして、『人形』を見る。
確かにこの『人形』には並々ならぬ力を感じていた。
まさか動力源こそ、被害者の魂なのか?
「今回も破壊するわよ。観念なさい」
『人形』の体に次々とヒビが入っていく。
壊れるのも目前というところで、予想外のことが起こった。
ピシピシっ バリンッ!
『人形』の体は壊れた。
しかし中から、一回り小さい『人形』が現われたのだ。
「えっ!」
「うそっ!」
二人が目を見開いている間に、人形は糸の隙間から脱出し、そのまま逃亡してしまった。
「あっ、待て!」
「ヒミカ! やめなさい! 深追いは危険よ!」
追いかけようとしたヒミカだが、ルナに止められた。
「きっと製作者の元へ帰ったんでしょう。追いかけるには危険過ぎるわ」
「でもこのままじゃ…!」
「慌てなくても、糸はつなげたわ」
そう言ったルナの人指し指には、ピンッと張り詰めた糸があった。
「これで居場所は知れる。だからいったん戻りましょう。キシも心配しているわ」
「…分かった」
「そうですねぇ。それにしてもヒミカ、分かっています?」
「何がよ?」
「マカさんに囮の役目、押し付けられたんですよ?」
「分かっているわよ。だから引き受けたのよ」
専門学校の屋上で、ヒミカとキシはお弁当を食べていた。
すでに空は暗く、月が高い位置まで昇っている。
お弁当はキシの手作りで、ヒミカはパクついていた。
「アタシは殺される女性の条件に当てはまるでしょうし、万が一襲われても対処できるからね」
「分かってて、乗ったんですか?」
「マカだって、面倒だって分かってて引き受けたわ。将来の幹部としては、時期当主には良い顔していたのよ」
「よく言いますね。本当は心配なのでしょう? マカさんのことが」
苦笑するキシを見て、ヒミカはそっぽを向いた。
「さぁね」
やがて白く厚い雲が出てきた。
細い三日月が、雲によって見え隠れする。
ふと、ヒミカは空気の流れが変わったのを気付いた。
「…おいでなすったわね」
「ヒミカ…」
「キシはここにいて。カミナ先生、よろしくお願いします」
「はい」
二人から少し離れた所に、専門学校の教師であり、キシの護衛役の女性・カミナがいた。
ヒミカはジーンズのポケットから、手のひらサイズの小瓶を取り出した。
中身は赤い。―血だ。
ヒミカはフタを開けると、ためらい無く飲み干す。
血族が作り出した、人工血液だった。
「あ~、マッズイ。じゃあ、行ってくるわね」
「ご武運を」
苦笑するキシに微笑みかけ、ヒミカは屋上を飛び降りた。
その両目は血のように赤く染まっていた。
建物の屋上を次々に飛び移り、やがて土手に舞い降りた。
そこで対面したのは―。
「…何、コレ…」
大きな『人形』だった。
全長2メートル。
形は人型。
しかし体の作りは、明らかに人間ではない。
顔は白いマスクで、無表情。
体は緑色で、手足は細長く、まるで刀の刃を太く・大きくしたような形だった。
胴体はまるでドラム缶のような形をしている。
手足と後頭部には太いチューブがあり、胴体へと繋がっている。
チューブの中身は赤く、常に液体は流れているようだった。
どくんっどくんっ…!
離れた位置にいても、その動きの振動は伝わってくる。
ヒミカは顔をしかめた。
この『人形』からは、複数の人間の血の匂いがする。
しかも死者の匂いだ。
「ウチは確かに人成らざるモノの担当だけど…コレって明らかに違うわね」
ヒミカは目を細め、右手を上げる。
すると右手には黒い紋様が浮かび、ヒミカの手から離れ、黒き薙刀となった。
2メートルもあり、太い薙刀を持ち、ヒミカは構える。
「日本製…ではないわね。外国のモノ…。チッ、魔女絡みか」
忌々しく呟くと同時に地を蹴り、『人形』に薙刀を振り下ろした。
がきんっ!
しかし薙刀は人形のクロスした腕に止められた。
「へぇ。ウチの血族特製の武器を止めるなんて、やるじゃない」
ヒミカは更に力を込める。
ぐぐぐっ…!と押されるも、『人形』は片足を上げ、ヒミカの胴体を蹴りつけようとした。
だが寸前でヒミカは離れた。
「動きも体格にしては素早い。高性能か最新式か知らないけど、話が通じればいいわね」
一定の距離を取り、薙刀の刃を下ろす。
「あのさぁ、聞きたいことがあるんだけど」
『人形』は動きもしなければ、反応もしない。
「何の為に女性を狙って、顔を剥ぎ取っているの? しかもその魂、どこにやってんのよ?」
しばらく待ってみたが、『人形』は何も動かない。
ヒミカはため息をついた。
このまま壊すのは少々手こずるが、ムリではない。
しかしそれでは被害者達の魂の行方が分からなくなる。
せめて製作者が近くにいればと周囲を探るが、他の気配はない。
『…カオ』
だが突如、『人形』が言葉を発した。
しかし口元は動いていない上に、言葉は奇怪な音みたいだ。
『ウツクシク…サイ、アルモノノカオガ、ホシイ』
静かに体から殺意が湧き上がる。
「お褒めいただき、嬉しいわ。だけど生憎アタシは売却済みなのよね。あのストーカー男に」
ヒミカも薙刀を構えなおす。
「アイツが自分の身も心も魂もくれるって言うなら、アタシだってくれてやる。だから誰にも譲る気はないの。悪いわね」
再び切りかかるも、今度は向こうも切りかかってくる。
ガキンッ! バキっ!
ヒミカは薙刀の全てを使って、『人形』の攻撃を防ぐ。
『人形』は四肢を使い、ヒミカに切りかかる。
「チッ! パワーはアタシ並みかっ!」
薙刀の底を使い、『人形』の胴体を突いた。
『人形』は10メートルほど後ろに下がった。
「ちょっとマズイかな?」
ヒミカの顔に、汗が流れる。
向こうは疲れを感じぬ体だが、ヒミカは違う。
いつまでもフルパワーで戦えない。
そもそも最初に口にした血液が少な過ぎた。
そろそろ切れてしまう。
「敵を甘く見過ぎたわね」
ヒミカの想像では、てっきり能力者の男だと思っていた。
しかしいざ現われたのは、まさに異形のモノ。
敵を甘く見ていたことを悔やむも、すでに戦いははじまっている。
「ホントは本望じゃないけど、最後にフルパワーを出して破壊するか」
このままでは、こちらがやられてしまう。
薙刀を握る手に、汗が滲む。
『人形』が体勢を立て直し、再びヒミカに襲い掛かってきた。
だがその『人形』の体に、黒い糸が巻きついた。
「えっ!?」
「ギリギリセーフかしら?」
ヒミカが声をした方を見ると、ルナがいた。
その両手には、『人形』を縛り上げている糸がある。
ルナの武器だ。
ルナの両目も、すでに赤く染まっていた。
「ルナ、何故ここにいるの?」
「マカから頼まれたのよ。ヒミカの護衛をね」
見た目10歳の美少女のルナは、今は険しい顔をしていた。
「また懐かしいモノが復活したわね…」
「知っているの? ルナ」
「ちょっと昔に、ね。同じモノを見たことがあるわ」
そう言いつつ糸を操り、力を込める。
「まったく…。誰がよみがえらせたか知らないけれど、厄介なモノを出してくれちゃって」
ルナの糸は強力だ。
『人形』の体はすでに、ねじれてきている。
「ルナ、破壊して大丈夫なの?」
「ええ。そうじゃなきゃ、中に封じられている被害者の魂が解放されないもの」
「はあ?」
ヒミカは目を丸くして、『人形』を見る。
確かにこの『人形』には並々ならぬ力を感じていた。
まさか動力源こそ、被害者の魂なのか?
「今回も破壊するわよ。観念なさい」
『人形』の体に次々とヒビが入っていく。
壊れるのも目前というところで、予想外のことが起こった。
ピシピシっ バリンッ!
『人形』の体は壊れた。
しかし中から、一回り小さい『人形』が現われたのだ。
「えっ!」
「うそっ!」
二人が目を見開いている間に、人形は糸の隙間から脱出し、そのまま逃亡してしまった。
「あっ、待て!」
「ヒミカ! やめなさい! 深追いは危険よ!」
追いかけようとしたヒミカだが、ルナに止められた。
「きっと製作者の元へ帰ったんでしょう。追いかけるには危険過ぎるわ」
「でもこのままじゃ…!」
「慌てなくても、糸はつなげたわ」
そう言ったルナの人指し指には、ピンッと張り詰めた糸があった。
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