柘榴【マカシリーズ・5話】

hosimure

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 キシに手を引かれ、職員室の奥へ行く。
 そこは受付事務所になっていて、数人の事務職員がいる。
「カガミさん」
 キシが笑顔で声をかけたのは、大きなお腹をさすっている女の人だ。
 あっ、知っている。
 主に宣伝を担当している人で、30代の女性。昨年結婚したって聞いたけど、オメデタになったのか。
 このお腹の具合だと、6ヶ月だな。
「あら、キシくん。それにヒミカちゃん。おはよう。どうしたの?」
 おだやかで優しい声と表情。幸せいっぱいなのが、伝わってくる。
「カガミさんにこの間教えてもらった料理教室、とても気に入りましてね。ヒミカも通いたいと言って来たんですよ」
「あら、本当? 嬉しいわぁ。あそこ、わたしの姉がやっているのよ」
「ええ、姉妹揃って美人ですね」
「まあお上手ね。ヒミカちゃんにゾッコンなのに」
「えっ!?」
 カガミさんはアタシを見て、クスクス笑った。
「『大事な女性の為に、美味しい料理を作りたい』って言ってきたのよ。ほら、わたし宣伝を担当しているでしょう? だから料理教室にも詳しいんじゃないかって、尋ねて来たのよ」
 もしかして容疑者5人全員にバレるのか!?
 思わずフラッ…とするも、二人はニコニコと話を続ける。
「ちょっと待ってね。…ああ、あった」
 机の上のファイルから、チラシを取り出し、アタシに差し出してきた。
「あっ、どうもです」
「何ならわたしから、姉に話しておきましょうか? 今実家に帰っているから、すぐにでも話できるわよ?」
「大丈夫ですよ。こちらで全て済ませますから。それよりカガミさんは、お体を大事になさってください。お子さん、今が大事な時でしょう?」
「もう安定期に入ったから平気よ。あっ、ちなみに場所はここからバスで5つ先に教室があってね。実家でやっているの。気が向いたら、いつでもどうぞ」
「ありがとうございます。それじゃあ、失礼します」
「しっ失礼します」
 カガミさんに頭を下げて、アタシとキシはフロアに出た。
「…こう言っちゃなんだけど、カガミさんだけは容疑者だとは思えないわ」
「そうですね。まあ妊婦ですけど」
 そう言うキシは、どこか冷めている。
「…何か冷たい反応ね。カガミさん、良い人じゃない」
「別に彼女が嫌いなワケではないですよ。どうでもいいだけです」
 ……あっさりとんでもない言葉を返しやがった。



「さて、次は四階の実習室に行きましょう」
 四階は調理実習室だ。
 フロア全てが実習室なので、広い。
 階段を上っていくと、四階には一人の男性がいた。
「ヤスヒロ先生、おはようございます」
「おおっ! キシにヒミカ! おはようさん」
 にかっと豪快に笑うのは、カミナ先生の他にもう一人、肉料理を教える先生だ。
「朝から仕込みですか?」
「ああ、朝一に実習があるからな。でも二人とも、この実習には来ないはずだろう?」
「ええ、実は先生に紹介してもらった料理教室のことについてですが…」
「ああ、俺がやっているヤツか」
「えっ、ヤスヒロ先生ご自身が経営してるんですか?」
 初耳だった。
「おうよ! 一人でも多くの人に、肉料理の素晴らしさを知ってほしくてな。3年前から始めたんだ」
「ヤスヒロ先生の創作肉料理は評判が良いんですよ。ヘルシーなものから、豪快なものまで多種多様ですからね」
「へぇ~。確かにヤスヒロ先生の授業って、おもしろいもんね」
 豪快で独創的な料理を教えてくれるので、生徒の間ではとても評判が良い。
「ありがとよ! ところでキシ、何か質問でもあんのか?」
「ええ…。ヤスヒロ先生のレシピは、他の人に教えたりもしてます?」
「レシピってもんでもないが…。まあ俺の料理教室では一通り教えるし、他の先生方にも意見を求める為に料理法を言ったりしているぞ」
「と言うことは、かなりの人数が先生のレシピを知っているわけですね?」
「まあな。簡単で覚えやすいのを重視しているからな。レシピなんてホントは必要ないぐらいだ」
 そう言ってヤスヒロ先生は豪快に笑った。
「何だ? レシピでも欲しくなったか?」
「ええ、ヒミカの為に、いろいろ研究中でして」
 またか!
「おおっ、ついに付き合いはじめたか!」
 ついに!?
「はい。ヤスヒロ先生のおかげでもあります」
「俺の料理が役に立って良かった! 仲良くしろよ」
 先生はそう言って、アタシとキシの頭を力強く撫でた。
「もちろんですよ」
「そっかそっか。それじゃあレシピだが、後でまとめて渡す。今はちょっと手が離せないからな」
「次の授業までで構いません。それじゃあ、よろしくお願いします」
 キシと二人で頭を下げて、階段の所へ行った。
「…ついに? ついにって、何?」
「いやぁ、ヤスヒロ先生は話しやすい人ですからね。ついウッカリ」
「確信犯だろう! お前!」
「まあ否定はしません。けどワリと情報は集められましたね」
 キシは真面目な顔になり、壁に寄り掛かった。
「ヤスヒロ先生のレシピは、言わば知る者が知るってカンジですね。そして先生はここから地下鉄で2駅先のマンションに住んでいるんですけど、住居用の部屋とは別に、隣の部屋を料理教室用として借りているんですよ」
「ふぅん。まあ先生にとっちゃ、通勤時間が無いも同然で楽じゃない」
「ええ、そうですね。教室が終わった後、先生の部屋に集まって、飲み会をすることもありましたから」
「いいなぁ。今度連れてってよ」
「喜んで。でも二人だけってのも、良いですよ」
「それは後でにしてね」
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