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家の中
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祖父と祖母の家は大きくて、広い。
戦前に建てられたこの家は、それでも年に一度、建設会社の人がちゃんと点検をしてくれるので、不便なところはない。
「ただいま~」
「おかえり。お友達にはちゃんとお礼を言った?」
涼しげな水色の浴衣を着ている祖母は、ちょっとボケているが、静かで大人しい。
感情を爆発させたことなんてなさそうな人だ。
「うん…。でもノド渇いちゃった」
「一緒に食べてこなかったの?」
「うん。お客さんが来てたから、遠慮したの」
ある意味、ウソじゃない。
「そう。じゃあ麦茶でも飲む? オレンジジュースも買ってあるよ」
「麦茶飲みたい。オレンジは夜に飲む」
「分かった。茶の間で待ってて」
親戚は多いものの、この実家に帰ってくる者は少ない。
みんな都会に出てしまい、親族が集まるのは年始ぐらいなものだ。
だからわたしが夏休みに帰って来ると、祖父と祖母は大歓迎で甘やかしてくれる。
そのせいか、毎年来てしまう。
茶の間に行くと、夕方の涼しい風が開いた窓から流れてくる。
わたしは風を浴びながら、座布団の上に座った。
風鈴の涼しい音色を聞いていると、眠気が襲ってくる。
「お待ちどおさま。冷えた桃、食べるかい?」
「うん」
祖母は麦茶と切った桃を持ってきてくれた。
わたしは桃を味わいながら、山で出会った三人のことが頭から離れなかった。
「ねえ、お祖母ちゃん」
「何だい?」
「お祖母ちゃんとお祖父ちゃんは、昔からここに住んでいるんだよね?」
「ああ、そうだよ。もう生まれてからずっとだね」
「じゃあ山のウワサ話みたいなこと、知ってる?」
「山? 山って、湖があるって話した山のことかい?」
「うん、そう。あそこにお社があったんだけど、手入れされていないみたいでさ。何かあの山にあるのかなって」
「山にお社がねぇ…」
麦茶を飲みながら、祖母はう~んとうなっていた。
「あっ、お社に関係あるかもしれないけど」
そう言って祖母は語りだした。
「…まあ随分昔のことだけど、私がまだ10にも満たない頃だったかねぇ。あの山のお祭りに参加した覚えがあるよ」
「お祭り?」
「部屋の中から、祭囃子が聞こえてきたの。だから夜だったけど、思わず家から飛び出て山に入ったの」
「けっ結構行動派なんだね」
「昔はね、それこそ若かったもの」
祖母は軽く笑った後、ふと遠い眼をした。
「そこではね、動物のお面を付けた人が参加していたわ」
「お面?」
ふと、コムラのお面が浮かんだ。
「そう。動物のお面。私は持っていなかったから、最後までお祭りにいられなかったんだけどね」
「なんでお面を持っていないと、最後までいられないの?」
「お祭りに参加していた人に言われたのよ。普通の人間が、このお祭りの最後までいてはいけないって。最後までいたら、食べられちゃうんですって」
「たっ食べっ…! って、誰に?」
「山の神様達に」
どきっと、胸が嫌な高鳴りをした。
何故か―あの三人の顔が浮かんだ。
「昔から両親に、あの山にはたくさんの神様がいるって聞いていたのよ。それこそ鳥や狐、狸が祀られていて、神社も山の中にはたくさんあるって聞いたわ」
「どっどうしてそんなに神社が?」
「さあね。ただ昔の人が信仰深くて、建てたらしいけど…。昔はそれこそお供え物とかたくさん置いてたらしいけど、最近じゃサッパリでしょう? だから神様達は供物をくれない人間を恨み、迷い込んだ人間を食べてしまうらしいわ」
…お腹が減っているのだろうか?
ふとそんな冷静な考えをしてしまった。
……ミトリはスイカに眼を輝かせていた。
だからだろうなと思った。
「でもお祖母ちゃんは助かったのよね?」
「ええ、そのことを教えてくれた人が、こっそり送ってくれたから。本当かどうかは分からないけどね」
そこで祖母は一息ついた。
「昔は神隠しとか多かったらしいし、その人もそれを心配してあえてそんな話をしただけかもしれないしね」
…いや、真実なのだろう。
「お祖母ちゃん、その人のこと、もうちょっと覚えていない?」
「そうねぇ…」
祖母は頬に手を当て、眼を閉じた。そしてしばらくしてから、口を開いた。
「ああ、その人、狐のお面をしていたわ」
ざあっ…!
外の木々が風で大きく揺れた。
「あっ、そうそう。そのお祭り、もうすぐみたいだから、りんも気を付けてね」
「…何で分かるの?」
「季節になると、何となくね。村の人も、夜の祭囃子が聞こえると、それは山の神様達の祭りだって言って家からは一歩も出ないらしいから」
「その祭りに最後まで参加したら…本当に山の神様達に食べられちゃうのかな?」
「どうかしら…? でも昔から、神隠しにあう子供達は、夜の祭囃子に誘われて消えているって言うし…。気を付けるにこしたことはないでしょう?」
「…まあね」
「村の祭りは遅くても7時まで。山の中じゃ絶対にやらないから、それだけは覚えておいてね」
「……分かった」
戦前に建てられたこの家は、それでも年に一度、建設会社の人がちゃんと点検をしてくれるので、不便なところはない。
「ただいま~」
「おかえり。お友達にはちゃんとお礼を言った?」
涼しげな水色の浴衣を着ている祖母は、ちょっとボケているが、静かで大人しい。
感情を爆発させたことなんてなさそうな人だ。
「うん…。でもノド渇いちゃった」
「一緒に食べてこなかったの?」
「うん。お客さんが来てたから、遠慮したの」
ある意味、ウソじゃない。
「そう。じゃあ麦茶でも飲む? オレンジジュースも買ってあるよ」
「麦茶飲みたい。オレンジは夜に飲む」
「分かった。茶の間で待ってて」
親戚は多いものの、この実家に帰ってくる者は少ない。
みんな都会に出てしまい、親族が集まるのは年始ぐらいなものだ。
だからわたしが夏休みに帰って来ると、祖父と祖母は大歓迎で甘やかしてくれる。
そのせいか、毎年来てしまう。
茶の間に行くと、夕方の涼しい風が開いた窓から流れてくる。
わたしは風を浴びながら、座布団の上に座った。
風鈴の涼しい音色を聞いていると、眠気が襲ってくる。
「お待ちどおさま。冷えた桃、食べるかい?」
「うん」
祖母は麦茶と切った桃を持ってきてくれた。
わたしは桃を味わいながら、山で出会った三人のことが頭から離れなかった。
「ねえ、お祖母ちゃん」
「何だい?」
「お祖母ちゃんとお祖父ちゃんは、昔からここに住んでいるんだよね?」
「ああ、そうだよ。もう生まれてからずっとだね」
「じゃあ山のウワサ話みたいなこと、知ってる?」
「山? 山って、湖があるって話した山のことかい?」
「うん、そう。あそこにお社があったんだけど、手入れされていないみたいでさ。何かあの山にあるのかなって」
「山にお社がねぇ…」
麦茶を飲みながら、祖母はう~んとうなっていた。
「あっ、お社に関係あるかもしれないけど」
そう言って祖母は語りだした。
「…まあ随分昔のことだけど、私がまだ10にも満たない頃だったかねぇ。あの山のお祭りに参加した覚えがあるよ」
「お祭り?」
「部屋の中から、祭囃子が聞こえてきたの。だから夜だったけど、思わず家から飛び出て山に入ったの」
「けっ結構行動派なんだね」
「昔はね、それこそ若かったもの」
祖母は軽く笑った後、ふと遠い眼をした。
「そこではね、動物のお面を付けた人が参加していたわ」
「お面?」
ふと、コムラのお面が浮かんだ。
「そう。動物のお面。私は持っていなかったから、最後までお祭りにいられなかったんだけどね」
「なんでお面を持っていないと、最後までいられないの?」
「お祭りに参加していた人に言われたのよ。普通の人間が、このお祭りの最後までいてはいけないって。最後までいたら、食べられちゃうんですって」
「たっ食べっ…! って、誰に?」
「山の神様達に」
どきっと、胸が嫌な高鳴りをした。
何故か―あの三人の顔が浮かんだ。
「昔から両親に、あの山にはたくさんの神様がいるって聞いていたのよ。それこそ鳥や狐、狸が祀られていて、神社も山の中にはたくさんあるって聞いたわ」
「どっどうしてそんなに神社が?」
「さあね。ただ昔の人が信仰深くて、建てたらしいけど…。昔はそれこそお供え物とかたくさん置いてたらしいけど、最近じゃサッパリでしょう? だから神様達は供物をくれない人間を恨み、迷い込んだ人間を食べてしまうらしいわ」
…お腹が減っているのだろうか?
ふとそんな冷静な考えをしてしまった。
……ミトリはスイカに眼を輝かせていた。
だからだろうなと思った。
「でもお祖母ちゃんは助かったのよね?」
「ええ、そのことを教えてくれた人が、こっそり送ってくれたから。本当かどうかは分からないけどね」
そこで祖母は一息ついた。
「昔は神隠しとか多かったらしいし、その人もそれを心配してあえてそんな話をしただけかもしれないしね」
…いや、真実なのだろう。
「お祖母ちゃん、その人のこと、もうちょっと覚えていない?」
「そうねぇ…」
祖母は頬に手を当て、眼を閉じた。そしてしばらくしてから、口を開いた。
「ああ、その人、狐のお面をしていたわ」
ざあっ…!
外の木々が風で大きく揺れた。
「あっ、そうそう。そのお祭り、もうすぐみたいだから、りんも気を付けてね」
「…何で分かるの?」
「季節になると、何となくね。村の人も、夜の祭囃子が聞こえると、それは山の神様達の祭りだって言って家からは一歩も出ないらしいから」
「その祭りに最後まで参加したら…本当に山の神様達に食べられちゃうのかな?」
「どうかしら…? でも昔から、神隠しにあう子供達は、夜の祭囃子に誘われて消えているって言うし…。気を付けるにこしたことはないでしょう?」
「…まあね」
「村の祭りは遅くても7時まで。山の中じゃ絶対にやらないから、それだけは覚えておいてね」
「……分かった」
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