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相対する二人の心
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「んっ…。今日は泊まっていきなよ。ボクの部屋でも、ホテルでも良いから」
「あっ」
そこで陽一は、ようやく水野のことを思い出した。
確か二時間以上連絡がなかった場合は…というところまで思い出し、慌てて携帯電話を取り出した。
時間を確認すると、一気に現実に戻された。
「わっ! 羽月、ちょっとゴメン。電話かけさせて」
「えっ、うん」
約束の二時間まで、あと三分だった。
羽月が腕を離してくれたので、壁際に向かった。
慌てて水野に電話をかけると、もう少しで行動に出るつもりだったらしいことを聞いて、血の気が下がった。
それで担当者が昔の知り合いだったことを告げて、今夜は彼の所へ泊まると言った。
水野は心配していたが、契約が上手くいきそうだと伝えると嬉しそうになった。
電話を切り、深くため息をついた。
水野は羽月のことをあまりよく知らない。陽介も詳しいことは教えていないだろう。
しかしここで羽月の名前を出すわけにはいかなかった。
五年前の事件のことは、水野の耳にも入っていたのだから。
「…あっ、そうだ。ずっと疑問に思っていたことがあったんだけど」
「何? 陽一」
「水野さんって、お前の親父さんの仕込みなのか?」
五年前のあの時、独立の話を持ちかけてきたと聞いた時は、あまりにタイミングが良過ぎだと思った。
だから考えていた。
もしかしたら水野は羽月の父親の指示で、動いているのではないかと。
しかし羽月は腕を組み、考え込んだ。
「それは…違うね。ボクも疑った部分があったけど、そこは否定するよ。彼は本当に自分の意思だけで行動したんだ。…まあ陽介さんのお金のことに関して、薄々何かを感付いてはいたらしいけど」
「父さん、やっぱり金を貰っていたか…」
分かっていたこととはいえ、改めて聞くとショックだった。
両親はやはり、羽月の生存を知っていた。
けれどそれを言わないようにと、羽月の父親から口止め料を貰っていたのだろう。
「陽介さん達は多分、その方が良いと思ったんだろうね」
「オレ達がまた心中しないよう、と思ってか」
お互い生きていることを知ったら、再び心中するかもしれないと思ったのだろう。それを防ぐ為に、あえてウソを告げたのか。
「まあ言い出したのはボクの父さんだろう。お金でボクを売ること自体、あの人らしいや」
笑顔は五年前とあまり変わらないのに、心の中は暗い闇に囚われているようだ。
この五年間、陽一は周囲の人達のおかげもあって、何とか立ち直れた。
羽月のことを愛していたものの、裏切られた気持ちの方が強くて、生きている可能性があっても再会を望むことはできなかった。
けれどこうして会って見て、気付かされることもある。
五年前のあの時、確かに死にたくはなかった。
だが羽月の手にかかって、一緒に逝くなら…という気持ちもなかったわけではない。
そのぐらい、羽月を愛していた。
こんな狂気を持つぐらい愛されていることを実感したら、恐怖と共に優越感を感じてしまった。
それはあの薬を飲んだ時以上に、身も心も震えることだった。
「あっ、それでどっちが良い?」
「えっ、何がだ?」
羽月は無邪気な笑顔を向けてきた。
「ボクの部屋とホテル、泊まるのはどっちがいい?」
「ああ…」
電話の前に、聞かれていたことを思い出した。
咄嗟に水野にも外泊するとは伝えたが、羽月と一緒に泊まるというのは…とそこまで考えて、顔に血が上るのを感じた。
「ちなみに羽月の家はどこにあるんだ?」
「ここ」
羽月は指でこの場所をさした。
「つまり…このビルの中か?」
「正確にはこのフロアの中。この部屋は仕事部屋で、入ってきた部屋は応接室。後はボクの住居になっているんだ」
フロアの構造を聞いて、陽一は水野と会議室で話したこの会社の怪しい部分を思い出した。
「…大事なことを聞くのを忘れてた。この会社の実態はどうなっているんだ?」
改めて聞くと、羽月は腕を組み、首を傾げた。
「社員はボクを含めて十人、けれどそれぞれ自宅に仕事用のパソコンを置いて、仕事をしている。それぞれ自分の判断で動いているから、会社と言っても個人プレーだね」
「じゃあ水野さんに接触してきた受け付けの女性は?」
「その人も社員だよ。ボクが頼んで依頼させた」
「何で直接オレに話を持ってこなかったんだよ?」
「だって陽一」
羽月はにっこりと微笑んだ。その笑顔はどこか冷たい雰囲気がある。
「こんな旨い話、陽一だったらすぐに怪しいと思って断るだろう? 水野さんだったら少しは興味を持つんじゃないかなぁって思ってさ。予想通り、営業を担当している陽一に相談したみたいだしね」
「うっわ…」
陽一どころか、水野の性格まで熟知している。恐らく水野以上に、情報に詳しい人物と知り合いなのだろう。
全ては陽一をここに来させる為に。
あまりのことに、目眩がした。
「ホテルも近くにあるよ。父の会社が経営するホテルで、ボクならすぐに一番良い部屋が…」
「ここで良い。ここで」
羽月の言葉を強く遮った。
どうやら羽月はこの五年で、ものの考え方がガラリと変わったようだ。
「…うん、それなら嬉しい」
羽月は頬を赤く染め、ゆっくりと陽一を抱き締めた。
「本当はすぐにでも、陽一を抱きたかったんだ」
「ばっバカ…」
耳元で熱く声をふきかけられ、顔に熱が集まる。
「寝室はこっち」
羽月に手を引かれ、奥の部屋へと進む。この部屋の奥は、リビングになっていた。このフロアが最上階だと思っていたのに、階段があり、そこに寝室があったのには驚いた。
「応接室のある階が最上階じゃなかったのか?」
「まあこのビル建てたのはウチの会社の人達だし、ホームページ作ったのもウチの社員だから」
個人的なスペースまでは、公表しないと笑顔で語っているようなものだった。
寝室は大きなベッドの他は何も無かった。…壁一面に貼られている陽一の写真以外は。
部屋の中を見て、陽一の血の気が一気に引いた。普通サイズの写真から、特大に引き伸ばされた写真まで、壁を埋め尽くすように貼られていた。
「あっ」
そこで陽一は、ようやく水野のことを思い出した。
確か二時間以上連絡がなかった場合は…というところまで思い出し、慌てて携帯電話を取り出した。
時間を確認すると、一気に現実に戻された。
「わっ! 羽月、ちょっとゴメン。電話かけさせて」
「えっ、うん」
約束の二時間まで、あと三分だった。
羽月が腕を離してくれたので、壁際に向かった。
慌てて水野に電話をかけると、もう少しで行動に出るつもりだったらしいことを聞いて、血の気が下がった。
それで担当者が昔の知り合いだったことを告げて、今夜は彼の所へ泊まると言った。
水野は心配していたが、契約が上手くいきそうだと伝えると嬉しそうになった。
電話を切り、深くため息をついた。
水野は羽月のことをあまりよく知らない。陽介も詳しいことは教えていないだろう。
しかしここで羽月の名前を出すわけにはいかなかった。
五年前の事件のことは、水野の耳にも入っていたのだから。
「…あっ、そうだ。ずっと疑問に思っていたことがあったんだけど」
「何? 陽一」
「水野さんって、お前の親父さんの仕込みなのか?」
五年前のあの時、独立の話を持ちかけてきたと聞いた時は、あまりにタイミングが良過ぎだと思った。
だから考えていた。
もしかしたら水野は羽月の父親の指示で、動いているのではないかと。
しかし羽月は腕を組み、考え込んだ。
「それは…違うね。ボクも疑った部分があったけど、そこは否定するよ。彼は本当に自分の意思だけで行動したんだ。…まあ陽介さんのお金のことに関して、薄々何かを感付いてはいたらしいけど」
「父さん、やっぱり金を貰っていたか…」
分かっていたこととはいえ、改めて聞くとショックだった。
両親はやはり、羽月の生存を知っていた。
けれどそれを言わないようにと、羽月の父親から口止め料を貰っていたのだろう。
「陽介さん達は多分、その方が良いと思ったんだろうね」
「オレ達がまた心中しないよう、と思ってか」
お互い生きていることを知ったら、再び心中するかもしれないと思ったのだろう。それを防ぐ為に、あえてウソを告げたのか。
「まあ言い出したのはボクの父さんだろう。お金でボクを売ること自体、あの人らしいや」
笑顔は五年前とあまり変わらないのに、心の中は暗い闇に囚われているようだ。
この五年間、陽一は周囲の人達のおかげもあって、何とか立ち直れた。
羽月のことを愛していたものの、裏切られた気持ちの方が強くて、生きている可能性があっても再会を望むことはできなかった。
けれどこうして会って見て、気付かされることもある。
五年前のあの時、確かに死にたくはなかった。
だが羽月の手にかかって、一緒に逝くなら…という気持ちもなかったわけではない。
そのぐらい、羽月を愛していた。
こんな狂気を持つぐらい愛されていることを実感したら、恐怖と共に優越感を感じてしまった。
それはあの薬を飲んだ時以上に、身も心も震えることだった。
「あっ、それでどっちが良い?」
「えっ、何がだ?」
羽月は無邪気な笑顔を向けてきた。
「ボクの部屋とホテル、泊まるのはどっちがいい?」
「ああ…」
電話の前に、聞かれていたことを思い出した。
咄嗟に水野にも外泊するとは伝えたが、羽月と一緒に泊まるというのは…とそこまで考えて、顔に血が上るのを感じた。
「ちなみに羽月の家はどこにあるんだ?」
「ここ」
羽月は指でこの場所をさした。
「つまり…このビルの中か?」
「正確にはこのフロアの中。この部屋は仕事部屋で、入ってきた部屋は応接室。後はボクの住居になっているんだ」
フロアの構造を聞いて、陽一は水野と会議室で話したこの会社の怪しい部分を思い出した。
「…大事なことを聞くのを忘れてた。この会社の実態はどうなっているんだ?」
改めて聞くと、羽月は腕を組み、首を傾げた。
「社員はボクを含めて十人、けれどそれぞれ自宅に仕事用のパソコンを置いて、仕事をしている。それぞれ自分の判断で動いているから、会社と言っても個人プレーだね」
「じゃあ水野さんに接触してきた受け付けの女性は?」
「その人も社員だよ。ボクが頼んで依頼させた」
「何で直接オレに話を持ってこなかったんだよ?」
「だって陽一」
羽月はにっこりと微笑んだ。その笑顔はどこか冷たい雰囲気がある。
「こんな旨い話、陽一だったらすぐに怪しいと思って断るだろう? 水野さんだったら少しは興味を持つんじゃないかなぁって思ってさ。予想通り、営業を担当している陽一に相談したみたいだしね」
「うっわ…」
陽一どころか、水野の性格まで熟知している。恐らく水野以上に、情報に詳しい人物と知り合いなのだろう。
全ては陽一をここに来させる為に。
あまりのことに、目眩がした。
「ホテルも近くにあるよ。父の会社が経営するホテルで、ボクならすぐに一番良い部屋が…」
「ここで良い。ここで」
羽月の言葉を強く遮った。
どうやら羽月はこの五年で、ものの考え方がガラリと変わったようだ。
「…うん、それなら嬉しい」
羽月は頬を赤く染め、ゆっくりと陽一を抱き締めた。
「本当はすぐにでも、陽一を抱きたかったんだ」
「ばっバカ…」
耳元で熱く声をふきかけられ、顔に熱が集まる。
「寝室はこっち」
羽月に手を引かれ、奥の部屋へと進む。この部屋の奥は、リビングになっていた。このフロアが最上階だと思っていたのに、階段があり、そこに寝室があったのには驚いた。
「応接室のある階が最上階じゃなかったのか?」
「まあこのビル建てたのはウチの会社の人達だし、ホームページ作ったのもウチの社員だから」
個人的なスペースまでは、公表しないと笑顔で語っているようなものだった。
寝室は大きなベッドの他は何も無かった。…壁一面に貼られている陽一の写真以外は。
部屋の中を見て、陽一の血の気が一気に引いた。普通サイズの写真から、特大に引き伸ばされた写真まで、壁を埋め尽くすように貼られていた。
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