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失った恋人との再会
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「うう~ん」
陽一は頭を抱え、唸った。
会社の大きな利益に繋がるかもしれない良い話。しかし相手の本心は隠されたまま。
「…実際、会って話さなきゃこの話は進まないってことですよね?」
「はい。あまりお力になれずに申し訳ないです」
「いやいや、水野さんはよくやってくれていますよ」
慌てて手と頭を振り、否定した。その後、ため息を一つついた。
「とりあえず、話を聞くだけなら行ってみますよ」
「行ってくださいますか?」
「ええ。もし本当に裏がないのなら、ありがたいお話ですからね。まあ裏がないとは思えませんが…」
「その辺はこちらで調査を進めます。ですが陽一さん、くれぐれも注意してくださいね?」
「分かっていますよ。護衛の方、よろしく頼みますよ?」
「了解しました。では準備はこちらの方で用意しておきます」
「ええ、お願いします」
水野と話をしたせいか、会議室を出ていた後はすっきりした気分になった。
翌日の会議の書類も作成し、定時には家に帰れた。
工場から歩いて十分、一戸建てが茜家だった。
「ただいま」
「おかえり。夕飯できるまでまだ時間がかかるから、お風呂先に入る?」
「ん~。後でいいや。部屋にいるから」
「分かったわ」
母は専業主婦をしており、時々工場の手伝いもしていた。
夕飯のカレーの匂いを嗅ぎながら、陽一は二階の自室に入った。
スーツを脱ぎ、私服に着替える。
「スーツってどうしてこう動きにくいんだろうな?」
五年も着ているが、未だに慣れていなかった。
高校を卒業してから大学へは行かず、この土地に家族三人で越してきた。
本当は行く大学は決まっていた。準備もしていたが…。
「羽月…」
机に置いた写真たてを手に取り、陽一は深く息を吐いた。
写真に写っているのは二人の男子高校生だ。
一人は陽介。人懐こい笑みを浮かべている。
そしてもう一人は茶色の髪と眼を持ち、ふんわりと笑う―羽月だった。
二人とも真新しいブレザーの制服を着て、満開の桜の樹を背景に笑っている。高校の入学式に撮った写真だった。
二人で撮った写真はまだたくさんある。けれど陽一はこの写真が一番気に入っていた。
「…この頃が、一番楽しかったのかもな」
ぽつりと呟き、写真たてを持ちながらベッドに腰を下ろした。
この頃はまだ、二人は幸せだった。何にも考えず、二人で一緒にいることが普通で当たり前、そして楽しいことだった。
それが崩れたのは…いつのことだったか。
「少なくとも、この頃はまだ大丈夫だったよな」
苦笑を浮かべ、眼を閉じる。
―そう。少なくともこの頃はまだ、あの冬の日の出来事が起こるなんて、お互いに予想もしていなかったはずだった。
しかしそのことを、羽月に聞く術を陽介は持っていなかった。
…いや、持っていたとしても、使わなかっただろう。
『愛しているよ。陽一』
「…ウソツキ」
陽一は幻の中の羽月に囁いた。
「オレを…殺したくせに」
翌日の会議は滞りなく進んだ。
そして休憩の時に、水野から呼び出された。
「今度の週末に会う予定を入れました。向こうも了承済みです」
「そうですか」
「会社には出張としておきました。とりあえずまだこのお話は陽一さんとわたしだけのことにしておきたかったので…」
昨日と同じように会議室で、二人は話をしていた。
「良いですよ。他の人は多分、すぐに賛成するでしょうから」
世間の恐ろしさをあまり知らない人ばかりなので、こういう話にはすぐに飛びついてしまいそうだった。
「ははっ、申し訳ないです。それでS&Mまでもお供しますが、護衛役が何人か隠れてついてきます。何か異常があればすぐに動いてくれますから、ご安心ください」
「それは心強いですが…水野さん、護衛なんてどこで用意したんですか?」
「あはは」
笑って誤魔化すところを見ると、陽一には言えないところかららしい。
水野はとんでもないところに人脈を広げているらしく、特に情報の分野ではこんな田舎に引っ込んでいるのが勿体無いと思えるほどだった。
「とりあえずは一泊する予定です。新幹線もホテルもこっちで用意しました」
「こっちでと言うと…?」
「本当は向こうが用意してくれると言ってくれたんですけどね」
水野は苦笑した。
「さすがに契約前に気が引けますから」
「それに変に借りを作ったりしたくないですもんね」
「おっしゃる通りです」
二人は力強く頷きあった。
「ちなみに社長には伝えたんですか?」
「今日にでも思っています。一人息子の陽一さんを危険な所に行かせるわけですから、難しい顔をされるのは眼に見えていますが」
「…まあそんなに危険とは思いたくないですが」
そもそもこんな田舎の工場の社長の息子など、地位も金もないも同然なのだ。
「詳しいことは東京に着いてからご説明しますので、準備をお願いします」
「分かりました。父の説得、お願いします」
ここまで準備しといて、行かせないということはないだろうが…。
「でも陽一さん、東京に戻って…大丈夫ですか?」
「えっ?」
驚いて顔を上げると、水野は心配そうな表情を浮かべていた。
「東京は五年ぶりでしょう? …その、あの事件以来」
ズキッと胸に痛みが走った。吐く息が熱くなるのを静かに抑え、陽一は笑みを作った。
「…大丈夫、ですよ。もう五年も経っていますから」
「そうですか」
それ以上、水野は聞いてこなかった。
五年前のことは、両親の他に水野も知っていたのを忘れていた。
高鳴る鼓動に無視を決め付け、陽一は仕事に集中した。
陽一は頭を抱え、唸った。
会社の大きな利益に繋がるかもしれない良い話。しかし相手の本心は隠されたまま。
「…実際、会って話さなきゃこの話は進まないってことですよね?」
「はい。あまりお力になれずに申し訳ないです」
「いやいや、水野さんはよくやってくれていますよ」
慌てて手と頭を振り、否定した。その後、ため息を一つついた。
「とりあえず、話を聞くだけなら行ってみますよ」
「行ってくださいますか?」
「ええ。もし本当に裏がないのなら、ありがたいお話ですからね。まあ裏がないとは思えませんが…」
「その辺はこちらで調査を進めます。ですが陽一さん、くれぐれも注意してくださいね?」
「分かっていますよ。護衛の方、よろしく頼みますよ?」
「了解しました。では準備はこちらの方で用意しておきます」
「ええ、お願いします」
水野と話をしたせいか、会議室を出ていた後はすっきりした気分になった。
翌日の会議の書類も作成し、定時には家に帰れた。
工場から歩いて十分、一戸建てが茜家だった。
「ただいま」
「おかえり。夕飯できるまでまだ時間がかかるから、お風呂先に入る?」
「ん~。後でいいや。部屋にいるから」
「分かったわ」
母は専業主婦をしており、時々工場の手伝いもしていた。
夕飯のカレーの匂いを嗅ぎながら、陽一は二階の自室に入った。
スーツを脱ぎ、私服に着替える。
「スーツってどうしてこう動きにくいんだろうな?」
五年も着ているが、未だに慣れていなかった。
高校を卒業してから大学へは行かず、この土地に家族三人で越してきた。
本当は行く大学は決まっていた。準備もしていたが…。
「羽月…」
机に置いた写真たてを手に取り、陽一は深く息を吐いた。
写真に写っているのは二人の男子高校生だ。
一人は陽介。人懐こい笑みを浮かべている。
そしてもう一人は茶色の髪と眼を持ち、ふんわりと笑う―羽月だった。
二人とも真新しいブレザーの制服を着て、満開の桜の樹を背景に笑っている。高校の入学式に撮った写真だった。
二人で撮った写真はまだたくさんある。けれど陽一はこの写真が一番気に入っていた。
「…この頃が、一番楽しかったのかもな」
ぽつりと呟き、写真たてを持ちながらベッドに腰を下ろした。
この頃はまだ、二人は幸せだった。何にも考えず、二人で一緒にいることが普通で当たり前、そして楽しいことだった。
それが崩れたのは…いつのことだったか。
「少なくとも、この頃はまだ大丈夫だったよな」
苦笑を浮かべ、眼を閉じる。
―そう。少なくともこの頃はまだ、あの冬の日の出来事が起こるなんて、お互いに予想もしていなかったはずだった。
しかしそのことを、羽月に聞く術を陽介は持っていなかった。
…いや、持っていたとしても、使わなかっただろう。
『愛しているよ。陽一』
「…ウソツキ」
陽一は幻の中の羽月に囁いた。
「オレを…殺したくせに」
翌日の会議は滞りなく進んだ。
そして休憩の時に、水野から呼び出された。
「今度の週末に会う予定を入れました。向こうも了承済みです」
「そうですか」
「会社には出張としておきました。とりあえずまだこのお話は陽一さんとわたしだけのことにしておきたかったので…」
昨日と同じように会議室で、二人は話をしていた。
「良いですよ。他の人は多分、すぐに賛成するでしょうから」
世間の恐ろしさをあまり知らない人ばかりなので、こういう話にはすぐに飛びついてしまいそうだった。
「ははっ、申し訳ないです。それでS&Mまでもお供しますが、護衛役が何人か隠れてついてきます。何か異常があればすぐに動いてくれますから、ご安心ください」
「それは心強いですが…水野さん、護衛なんてどこで用意したんですか?」
「あはは」
笑って誤魔化すところを見ると、陽一には言えないところかららしい。
水野はとんでもないところに人脈を広げているらしく、特に情報の分野ではこんな田舎に引っ込んでいるのが勿体無いと思えるほどだった。
「とりあえずは一泊する予定です。新幹線もホテルもこっちで用意しました」
「こっちでと言うと…?」
「本当は向こうが用意してくれると言ってくれたんですけどね」
水野は苦笑した。
「さすがに契約前に気が引けますから」
「それに変に借りを作ったりしたくないですもんね」
「おっしゃる通りです」
二人は力強く頷きあった。
「ちなみに社長には伝えたんですか?」
「今日にでも思っています。一人息子の陽一さんを危険な所に行かせるわけですから、難しい顔をされるのは眼に見えていますが」
「…まあそんなに危険とは思いたくないですが」
そもそもこんな田舎の工場の社長の息子など、地位も金もないも同然なのだ。
「詳しいことは東京に着いてからご説明しますので、準備をお願いします」
「分かりました。父の説得、お願いします」
ここまで準備しといて、行かせないということはないだろうが…。
「でも陽一さん、東京に戻って…大丈夫ですか?」
「えっ?」
驚いて顔を上げると、水野は心配そうな表情を浮かべていた。
「東京は五年ぶりでしょう? …その、あの事件以来」
ズキッと胸に痛みが走った。吐く息が熱くなるのを静かに抑え、陽一は笑みを作った。
「…大丈夫、ですよ。もう五年も経っていますから」
「そうですか」
それ以上、水野は聞いてこなかった。
五年前のことは、両親の他に水野も知っていたのを忘れていた。
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