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神無月/校庭の封印
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神無月は数歩歩いて、異変に気付いた。
この体を撫でる、生温い気配には覚えがある。
昨年、同じ気配で絶叫を上げた覚えもある。
「また、か……」
諦めと共に吐き出した言葉が、体にずっしりとのしかかる。
が、こうなっては部員としての使命を果たすのみ!
イヤホンのスイッチに触れる。
「こちら神無月。校庭より封印を行います!」
『榊だよ。――くれぐれも気を付けて』
「分かりました。いったん通信を切ります。そちらもご武運を」
『うん。ありがと』
神無月は通信を切り、制服のポケットからとある物を取り出した。
それは半分になったメガネ。
左目側だけにレンズがあり、イヤホンと同じように耳にかける。
「やれやれ……。コレをかけると、昔のマンガ思い出すのよね」
黒いレンズは、しかし耳元のスイッチを入れると赤く染まる。
レンズの向こうには、あの気配が実体となり、眼に映る。
九曜のように<視>える力を持たない他の四人の力を補う為に作られた道具の一つ。
同じ<視>る力でも、依琉はあくまで生きている人間の強く思った映像をその眼で見るだけで、この世のものではないモノを<視>る力は無い。
「だからと言って、九曜を羨ましがることは全然無いんだけどね」
神無月は深く深呼吸した。
黒い気配達は、手となり校庭から生えていた。
もがくように、何かを掴みたいのか、その手達は蠢いている。
神無月は口の中で呟いた。
――私に触れるな――
びくっ、と手の動きが一時止まった。
神無月の<言霊>の力が、手達に浸透していく。
しかしまだ、だ。
神無月のこめかみに冷たい汗が流れる。
この手達にも、本体がある。
この広い校庭のどこかにある本体を見つけなければ、封印は出来ない。
「消耗戦はゴメンよ!」
そう言って走り出した。
手達は神無月を捕まえようともがくも、<言霊>の力の影響で触れられない。
校庭から生えている手は、<言霊>の力が続いているうちには届かないし、触れない。
しかし消えればそうもいかない。
庭を埋め尽くす手、手、手――。
まるで赤ん坊のように小さな手から、年寄りのような手まで、さまざまな手が自分を引きずり込もうとしている。
そう考えただけで、体中からイヤな汗が出る。
本当は泣き叫びたかった。
逃げ出したかった。
怖くて、辛くて――でも逃げたくも無い。
他の四人も同じように頑張っている。
特に自分は他の四人よりも、対抗手段を持っているだけマシなのだ。
「だからっ……泣いてるヒマなんかないのよっ!」
涙目になりながらも、校庭を走る。
レンズには強い気を感知する力を込めた。
実際、惹かれている。
実体に。
……とは言え。
「やっぱり……怖いものは怖い~!」
涙目で絶叫しながら、ありえないスピードでダッシュする。
実は神無月、ホラーやオカルトが大の苦手。
しかしうっかり高校入学してすぐ、依琉に見つかってしまい、オカルト研究部に強制入部させられた。
そして一年前の封印の時にも参加はしたのだが、今と同じように絶叫しながら走り回っていた。
「うわ~ん! 榊部長のばかぁ! 依琉のあほぉ!」
悪口を叫びながら、それでも確実に本体に近付くが…気付くのが少々遅かった。
「ん?」
ぴたっ、と止まる。
レンズが、本体の場所を示している。
その示している場所は………。
神無月はゆっくりと下を見た。
そこは黒い穴。黒い穴の上に、二つの大きな穴がある。そして穴を囲むように、白い影が丸く出来ている。
ちなみに上から見ると、地面に浮かぶ白い顔の口の上に、神無月は立っているように見える。
……と言うよりは、本当に神無月は校庭の手達の本体にたどりついていた。
正確には口の上に。
「ぎっ……いやあああああ!」
再び絶叫、しかしここから逃げることはできない。
口はそのまま神無月を飲み込もうと、引きずり込むように蠢き出す。
「ううっ……」
イヤイヤながらも、レンズを本体の両目に映す。
――私を見なさい――
びくっ、と本体が動いた。
黒い穴に、赤い光が浮かび上がる。
その間も神無月の体はズブズブと穴に飲み込まれていく。
だが暴れるワケにも逃げるワケにもいかない。
このまま本体の眼をレンズに映し続けなければ。
やがて、本体の両目がレンズ越しに神無月を見た。
そこでレンズが白く光った。
「吸引っ!」
神無月が叫ぶと、本体が地面からベリベリ剥がれ始めた。
ぐおおおおお!
大気が揺れる。
しかし本体の両目はレンズに合わせられたまま、ずらせない。
本体は地面から完全に剥がれ、そのままレンズに引きずり込まれた。
「うっ!」
倒れ込みそうになるのを、神無月は踏ん張った。
ここで倒れるわけにもいかない。
本体が全て吸い込まれた後、神無月はその場に座り込んだ。
もう校庭には手は無い。
静かな、いつもの校庭だ。
神無月は震える手でレンズを一枚外した。
白いレンズには本体の顔が映っている。
「こっこの封印の方法は、何とかならないのかしら……」
ぐったりした顔で、神無月は制服のポケットからカードファイルを取り出し、そこにレンズを入れた。
「これで私のは終わり。早く九曜の所に行かなゃ……」
ふらつく体を何とか立ち上げ、神無月は歩き出した。
この体を撫でる、生温い気配には覚えがある。
昨年、同じ気配で絶叫を上げた覚えもある。
「また、か……」
諦めと共に吐き出した言葉が、体にずっしりとのしかかる。
が、こうなっては部員としての使命を果たすのみ!
イヤホンのスイッチに触れる。
「こちら神無月。校庭より封印を行います!」
『榊だよ。――くれぐれも気を付けて』
「分かりました。いったん通信を切ります。そちらもご武運を」
『うん。ありがと』
神無月は通信を切り、制服のポケットからとある物を取り出した。
それは半分になったメガネ。
左目側だけにレンズがあり、イヤホンと同じように耳にかける。
「やれやれ……。コレをかけると、昔のマンガ思い出すのよね」
黒いレンズは、しかし耳元のスイッチを入れると赤く染まる。
レンズの向こうには、あの気配が実体となり、眼に映る。
九曜のように<視>える力を持たない他の四人の力を補う為に作られた道具の一つ。
同じ<視>る力でも、依琉はあくまで生きている人間の強く思った映像をその眼で見るだけで、この世のものではないモノを<視>る力は無い。
「だからと言って、九曜を羨ましがることは全然無いんだけどね」
神無月は深く深呼吸した。
黒い気配達は、手となり校庭から生えていた。
もがくように、何かを掴みたいのか、その手達は蠢いている。
神無月は口の中で呟いた。
――私に触れるな――
びくっ、と手の動きが一時止まった。
神無月の<言霊>の力が、手達に浸透していく。
しかしまだ、だ。
神無月のこめかみに冷たい汗が流れる。
この手達にも、本体がある。
この広い校庭のどこかにある本体を見つけなければ、封印は出来ない。
「消耗戦はゴメンよ!」
そう言って走り出した。
手達は神無月を捕まえようともがくも、<言霊>の力の影響で触れられない。
校庭から生えている手は、<言霊>の力が続いているうちには届かないし、触れない。
しかし消えればそうもいかない。
庭を埋め尽くす手、手、手――。
まるで赤ん坊のように小さな手から、年寄りのような手まで、さまざまな手が自分を引きずり込もうとしている。
そう考えただけで、体中からイヤな汗が出る。
本当は泣き叫びたかった。
逃げ出したかった。
怖くて、辛くて――でも逃げたくも無い。
他の四人も同じように頑張っている。
特に自分は他の四人よりも、対抗手段を持っているだけマシなのだ。
「だからっ……泣いてるヒマなんかないのよっ!」
涙目になりながらも、校庭を走る。
レンズには強い気を感知する力を込めた。
実際、惹かれている。
実体に。
……とは言え。
「やっぱり……怖いものは怖い~!」
涙目で絶叫しながら、ありえないスピードでダッシュする。
実は神無月、ホラーやオカルトが大の苦手。
しかしうっかり高校入学してすぐ、依琉に見つかってしまい、オカルト研究部に強制入部させられた。
そして一年前の封印の時にも参加はしたのだが、今と同じように絶叫しながら走り回っていた。
「うわ~ん! 榊部長のばかぁ! 依琉のあほぉ!」
悪口を叫びながら、それでも確実に本体に近付くが…気付くのが少々遅かった。
「ん?」
ぴたっ、と止まる。
レンズが、本体の場所を示している。
その示している場所は………。
神無月はゆっくりと下を見た。
そこは黒い穴。黒い穴の上に、二つの大きな穴がある。そして穴を囲むように、白い影が丸く出来ている。
ちなみに上から見ると、地面に浮かぶ白い顔の口の上に、神無月は立っているように見える。
……と言うよりは、本当に神無月は校庭の手達の本体にたどりついていた。
正確には口の上に。
「ぎっ……いやあああああ!」
再び絶叫、しかしここから逃げることはできない。
口はそのまま神無月を飲み込もうと、引きずり込むように蠢き出す。
「ううっ……」
イヤイヤながらも、レンズを本体の両目に映す。
――私を見なさい――
びくっ、と本体が動いた。
黒い穴に、赤い光が浮かび上がる。
その間も神無月の体はズブズブと穴に飲み込まれていく。
だが暴れるワケにも逃げるワケにもいかない。
このまま本体の眼をレンズに映し続けなければ。
やがて、本体の両目がレンズ越しに神無月を見た。
そこでレンズが白く光った。
「吸引っ!」
神無月が叫ぶと、本体が地面からベリベリ剥がれ始めた。
ぐおおおおお!
大気が揺れる。
しかし本体の両目はレンズに合わせられたまま、ずらせない。
本体は地面から完全に剥がれ、そのままレンズに引きずり込まれた。
「うっ!」
倒れ込みそうになるのを、神無月は踏ん張った。
ここで倒れるわけにもいかない。
本体が全て吸い込まれた後、神無月はその場に座り込んだ。
もう校庭には手は無い。
静かな、いつもの校庭だ。
神無月は震える手でレンズを一枚外した。
白いレンズには本体の顔が映っている。
「こっこの封印の方法は、何とかならないのかしら……」
ぐったりした顔で、神無月は制服のポケットからカードファイルを取り出し、そこにレンズを入れた。
「これで私のは終わり。早く九曜の所に行かなゃ……」
ふらつく体を何とか立ち上げ、神無月は歩き出した。
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