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「ほら、だから雅貴くんを許してあげなさいな。紛らわしい格好をしているあなたもあなたなんだから」
伯母に言われ、由月は渋々手を離した。
けれどすぐに踵を返し、廊下を走り去ってしまった。
「あっ、由月!」
追いかけようと思ったけれど、あっと言う間に姿は見えなくなった。
「雅貴くん、気にしないでね? あの子、はじめて会う人には必ずと言って良いほど女の子に間違われちゃうのよ」
「…伯母さん、せめて浴衣は寝る時とお祭りの時だけ着せた方がいいのでは?」
「でも本人が普段着として気に入っちゃってて…。わたしもつい縫っちゃうから、悪いんでしょうけどね」
伯母は苦笑しながら、冷たい麦茶を淹れてくれた。
「まあ外見のせいもあるでしょうけど、ちょっとからかわれやすいみたいでね。学校でも浮いているみたいで…」
「ああ、何だか思い浮かべます」
「ええ。それでわたし達家族にもあんまり口を利いてくれないどころか、最近では1人で閉じこもってばっかりでね。心配してたのよ」
確かにどことなく、暗い雰囲気があったな。
「だから雅貴くんと一緒にいるところを見た時は安心したわぁ。どうやら気に入ったみたいね、雅貴くんのことを」
僕は麦茶を一口飲んで、唸った。
「でもさっき怒らせちゃったみたいだし…」
「あんなのいつものことだから、気にしないで。それよりこれからもできれば相手してやってね。本当はわたし達、両親が構ってあげればいいんだけど…」
伯父はまだ、母と口論中。
伯母は苦笑した。
「まだあの子の下に2人もいるし、なかなか構ってあげられないの。ここにいる間だけでもいいから、お願いしていい?」
「えっええ…。何とか頑張ってみます」
…とは言え、さっきの怒りを思い出すと、難しそうな気がしてきた。
とにかくもう少ししたら、謝りに行こう。
性別を間違えたのは、やっぱり僕が悪いんだし…。
そう思っていたのに、この後次から次へと親族が集まってきて、僕は動けずにいた。
特に由月の5人のお姉さん達がとにかくパワフルで、僕に興味を持ったらしく、なかなか放してくれなかった。
やがて夕飯の時間になったけれど、由月は来なかった。
呼びに行った伯母が、困り顔で広間に戻って来た。
「由月、後から食べるって」
「なら先に食べるか」
どうやらいつものことらしく、伯母と伯父はさっさと話を進めてしまう。
…何か、責任を感じずにはいられない。
「あの僕、一応由月に声かけてきますね」
「でもあのコ、言い出したら聞かないわよ?」
「分かっていますけど、さっきのこと、謝りたいので…」
「気にしなくてもいいんだが…。雅貴は雅子と違って、繊細で優しい子だな」
「そういう兄さんの頑固は見事に由月ちゃんに引き継がれたわね」
「お前だって頑固じゃないか!」
「だってって言うなら、認めるのね!」
ああ、またはじまった。
僕は宙を飛ぶ物を避けながら、廊下に出た。
何とか記憶を頼りに、歩き進む。
だけど昼と夜とじゃ、邸の雰囲気が全然違う…。
「ううっ…。怖いなぁ」
それでも奥へ進むと、とある部屋から明かりがもれているのを見つけた。
「あっ、あそこかな?」
思わず早足で進み、襖の前に立つ。
え~っと、襖でノックするのはおかしい。
ここはやっぱり声をかけるべきだろう。
そう思って口を開くも、
「―何?」
中から不機嫌そうな由月の声。
「あっあれ? 僕だって分かった?」
「足音、ウチの家族以外の音だったから、分かるよ」
「そっそう。スゴイね!」
…っと、感心している場合じゃなかった。
「あの、ちょっと話があるんだ。部屋に入ってもいいかな?」
「…勝手にすれば?」
「うっうん、ありがとう」
僕は恐る恐る襖を開けた。
中は思った以上に広かった。
二十畳はあるんじゃないだろうか?
部屋は本棚がいっぱいで、難しそうな本がたくさんあった。
「スゴイ本の量だね? コレ全部、由月が…」
「オレが集めるワケないじゃん。祖父さんのだよ」
「あっ、そっか」
「ここは祖父さんの書斎を改造した部屋なんだ。オレの自室用に」
「へ? でも部屋ならいっぱいあるよね?」
「あるけど…ここが一番落ち着く」
この部屋は玄関から一番遠くて、窓から見る景色も中庭に面している。
静かで、あんなにいた人の気配がここにはない。
「確かに静かだね。でも静か過ぎて、僕には怖いな」
「別に完全な沈黙はないよ。耳を澄ませば風の音や虫の声、川の音が響いてくるし。普段はパソコンやテレビ、ラジオの音が響いているしね」
確かに今もテレビとパソコンがつけられている。
でも音は小さ過ぎて、僕達の声の方が大きいぐらいだ。
由月はこんな部屋に1人でいるんだ。
そう思うと少し胸が苦しくなった。
「あの、さっきはゴメン。女の子に間違えちゃって…」
「…別にいい。冷静になってみれば、確かにオレも紛らわしい格好してたし」
「うっうん。…あと、みんなで一緒にご飯食べないの?」
「それはいつものこと。アイツらうるさいし、一緒に食べる気しない」
そうイヤ~そうな顔で言わなくても…。
「家族のこと、嫌い?」
「キライ…じゃないけど、少し苦手。うるさいから」
「でも伯母さんは優しいよ? まあ子育てに忙しそうだけど」
「弟や妹はまだ小さいから…。母さんに文句はないよ。弟や妹にもね」
…要は父親と姉5人にはあるわけだ。
でも予想はつく。
お父さんは由月を後継者にしたくて、口うるさくなってしまうんだろう。
お姉さん達は…しょうがないとしか言いようがない。
女性は大家族だと、気が強く育つって何かで聞いたことあるし。
「じっじゃあさ、僕と一緒に食べるのはどうかな?」
「アンタと? 何で?」
「えっと…お姉さん達のことでは同感としか言いようがないんだけど…」
「ああ。アイツら、ここから出たことないから、都会から来たアンタが珍しいんだろうな」
「うん、そうみたい」
さっきのことを思い出すと、少しうんざりしてしまう。
伯母に言われ、由月は渋々手を離した。
けれどすぐに踵を返し、廊下を走り去ってしまった。
「あっ、由月!」
追いかけようと思ったけれど、あっと言う間に姿は見えなくなった。
「雅貴くん、気にしないでね? あの子、はじめて会う人には必ずと言って良いほど女の子に間違われちゃうのよ」
「…伯母さん、せめて浴衣は寝る時とお祭りの時だけ着せた方がいいのでは?」
「でも本人が普段着として気に入っちゃってて…。わたしもつい縫っちゃうから、悪いんでしょうけどね」
伯母は苦笑しながら、冷たい麦茶を淹れてくれた。
「まあ外見のせいもあるでしょうけど、ちょっとからかわれやすいみたいでね。学校でも浮いているみたいで…」
「ああ、何だか思い浮かべます」
「ええ。それでわたし達家族にもあんまり口を利いてくれないどころか、最近では1人で閉じこもってばっかりでね。心配してたのよ」
確かにどことなく、暗い雰囲気があったな。
「だから雅貴くんと一緒にいるところを見た時は安心したわぁ。どうやら気に入ったみたいね、雅貴くんのことを」
僕は麦茶を一口飲んで、唸った。
「でもさっき怒らせちゃったみたいだし…」
「あんなのいつものことだから、気にしないで。それよりこれからもできれば相手してやってね。本当はわたし達、両親が構ってあげればいいんだけど…」
伯父はまだ、母と口論中。
伯母は苦笑した。
「まだあの子の下に2人もいるし、なかなか構ってあげられないの。ここにいる間だけでもいいから、お願いしていい?」
「えっええ…。何とか頑張ってみます」
…とは言え、さっきの怒りを思い出すと、難しそうな気がしてきた。
とにかくもう少ししたら、謝りに行こう。
性別を間違えたのは、やっぱり僕が悪いんだし…。
そう思っていたのに、この後次から次へと親族が集まってきて、僕は動けずにいた。
特に由月の5人のお姉さん達がとにかくパワフルで、僕に興味を持ったらしく、なかなか放してくれなかった。
やがて夕飯の時間になったけれど、由月は来なかった。
呼びに行った伯母が、困り顔で広間に戻って来た。
「由月、後から食べるって」
「なら先に食べるか」
どうやらいつものことらしく、伯母と伯父はさっさと話を進めてしまう。
…何か、責任を感じずにはいられない。
「あの僕、一応由月に声かけてきますね」
「でもあのコ、言い出したら聞かないわよ?」
「分かっていますけど、さっきのこと、謝りたいので…」
「気にしなくてもいいんだが…。雅貴は雅子と違って、繊細で優しい子だな」
「そういう兄さんの頑固は見事に由月ちゃんに引き継がれたわね」
「お前だって頑固じゃないか!」
「だってって言うなら、認めるのね!」
ああ、またはじまった。
僕は宙を飛ぶ物を避けながら、廊下に出た。
何とか記憶を頼りに、歩き進む。
だけど昼と夜とじゃ、邸の雰囲気が全然違う…。
「ううっ…。怖いなぁ」
それでも奥へ進むと、とある部屋から明かりがもれているのを見つけた。
「あっ、あそこかな?」
思わず早足で進み、襖の前に立つ。
え~っと、襖でノックするのはおかしい。
ここはやっぱり声をかけるべきだろう。
そう思って口を開くも、
「―何?」
中から不機嫌そうな由月の声。
「あっあれ? 僕だって分かった?」
「足音、ウチの家族以外の音だったから、分かるよ」
「そっそう。スゴイね!」
…っと、感心している場合じゃなかった。
「あの、ちょっと話があるんだ。部屋に入ってもいいかな?」
「…勝手にすれば?」
「うっうん、ありがとう」
僕は恐る恐る襖を開けた。
中は思った以上に広かった。
二十畳はあるんじゃないだろうか?
部屋は本棚がいっぱいで、難しそうな本がたくさんあった。
「スゴイ本の量だね? コレ全部、由月が…」
「オレが集めるワケないじゃん。祖父さんのだよ」
「あっ、そっか」
「ここは祖父さんの書斎を改造した部屋なんだ。オレの自室用に」
「へ? でも部屋ならいっぱいあるよね?」
「あるけど…ここが一番落ち着く」
この部屋は玄関から一番遠くて、窓から見る景色も中庭に面している。
静かで、あんなにいた人の気配がここにはない。
「確かに静かだね。でも静か過ぎて、僕には怖いな」
「別に完全な沈黙はないよ。耳を澄ませば風の音や虫の声、川の音が響いてくるし。普段はパソコンやテレビ、ラジオの音が響いているしね」
確かに今もテレビとパソコンがつけられている。
でも音は小さ過ぎて、僕達の声の方が大きいぐらいだ。
由月はこんな部屋に1人でいるんだ。
そう思うと少し胸が苦しくなった。
「あの、さっきはゴメン。女の子に間違えちゃって…」
「…別にいい。冷静になってみれば、確かにオレも紛らわしい格好してたし」
「うっうん。…あと、みんなで一緒にご飯食べないの?」
「それはいつものこと。アイツらうるさいし、一緒に食べる気しない」
そうイヤ~そうな顔で言わなくても…。
「家族のこと、嫌い?」
「キライ…じゃないけど、少し苦手。うるさいから」
「でも伯母さんは優しいよ? まあ子育てに忙しそうだけど」
「弟や妹はまだ小さいから…。母さんに文句はないよ。弟や妹にもね」
…要は父親と姉5人にはあるわけだ。
でも予想はつく。
お父さんは由月を後継者にしたくて、口うるさくなってしまうんだろう。
お姉さん達は…しょうがないとしか言いようがない。
女性は大家族だと、気が強く育つって何かで聞いたことあるし。
「じっじゃあさ、僕と一緒に食べるのはどうかな?」
「アンタと? 何で?」
「えっと…お姉さん達のことでは同感としか言いようがないんだけど…」
「ああ。アイツら、ここから出たことないから、都会から来たアンタが珍しいんだろうな」
「うん、そうみたい」
さっきのことを思い出すと、少しうんざりしてしまう。
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