8 / 18
8年ぶりの再会
8
しおりを挟む
…と言うより、頭の中が真っ白になった。
「あなたは…!」
「ん? 何?」
彼は怒りに満ちる俺の顔を見ても、けろっとしている。
ああ、そうだった。
この人は俺にどう思われようと、どうでもいいんだった。
「…いえ。ただあんまり飲み過ぎると、翌日の仕事に差し支えますので」
「仕事、忙しい?」
「忙しいですけど、楽しいです。…櫂都さんは?」
「ん~。まあ楽しいと言えば、楽しいかな?」
彼の場合、人の悩みなど顔で真剣に聞いても、心の中では笑っていそうだな。
「…何か今、とても失礼なこと、考えなかった?」
さすがは精神科の先生、人の心の動きが素早く察知できるようだ。
「悪趣味だな、と思っただけです」
「そうかな? いろんな人の心を知るのって、結構楽しいよ?」
それを悪趣味と言わず、何と言うのだろう?
軽く頭痛がしてきたので、水を飲む。
あんまり酒は飲まない方が良いだろう。
しかしそういう動きも素早く気付くのが、彼だ。
「…何かあんまり飲んでいないね? ワインは好きじゃなかった? それとも明日は仕事?」
「いえ、休みですが…」
正確には休むよう、兄から命令されていた。
ここしばらく終電に駆け込むか、会社で寝泊まりすることを繰り返していたら、さすがに社長命令が下されてしまったのだ。
「なら他のお酒にしようか? 確か棚にしこたま良いお酒があったような…」
言い出しやがった!
「いりません! 俺はあんまり酒飲みじゃないんですよ!」
なので慌てて止める。
「そう? せっかくの週末なんだから、飲めば良いのに」
「…と言いますか、今日は帰るんですよね?」
「うん?」
さっきからちょっと不安に思っていた。
彼は酒を飲むスピードが速い。
すでに二本目に突入するほどに。
このままだと、また泊まりそうな勢いだった。
「僕も明日は休みなんだ」
「そうですか」
「だから飲む。―ここでね」
彼はスッと眼を細め、妖艶に微笑む。
その笑みに思わず見惚れてしまいそうになり、慌てて我に返る。
「なっ何言い出しているんですか! タクシーを呼びますから、今日は大人しく帰ってくださいよ!」
「え~、一人じゃいたくない」
「三十過ぎた男が甘ったれたこと抜かさないでください!」
彼の甘いマスクで言うと、威力があるから恐ろしい…!
だが彼はふと眼を伏せ、愁いの表情を浮かべた。
「…真面目な話、一人でいたくないんだ」
「なら兄の元へでも行ってください。今日は飲みに行くって言ってましたから、ちょうど良いでしょう?」
「ヤダよ。傷心している時に、八雲の相手は疲れる」
…それには激しく同意する。
兄は飲むと愉快になるタイプだ。
でも一応理性は残っているので、派手に暴れたりはせず、家にもタクシーを呼んで一人で帰れる。
「じゃあ別の人と過ごせばいいでしょう?」
「だからそんなのいないって」
彼は笑顔で手を振る。
…この人の場合、心の中を明かす相手がいないと言うことだろう。
「ここにいると婚約破棄のこと、いろいろ聞いてしまいますよ?」
「いいよ。何でも聞いて」
最大級の嫌味も、あっさり受け入れられてしまう。
俺は軽く唇を噛んだ後、口を開いた。
「昨夜、どこで飲んでいたんです?」
「この近くの公園」
「はい?」
想像もしていなかった返答に、声が裏返ってしまった。
「このアパートから十メートルも離れていない所に、小さな公園があるだろう? そこでコンビニから酒を買って、飲んでた」
「…よく通報されませんでしたね」
「飲み始めたのは夕方ぐらいだし、暗くなってからはここに来たから」
確かに彼の言う通り、近くに公園はある。
だけどそこで一人で飲んでいたなんて、あまり想像ができない…。
「と言うか、何でここに来たんですか?」
それが一番の疑問だった。
傷心しているのなら自宅で飲むか、それこそ友達と飲んだ方が気が紛れる。
なのに俺を選んだ意味が分からない。
彼はワイングラスから唇を離すと、意味深げに微笑んだ。
「―会いたかったから、空耶くんに」
ぐっと握っている手に力がこもる。
爪が手の平に突き刺さっても、歯を噛んで堪えた。
「…バカなこと、言わないでください」
「本気。キミに会いたいなぁって思ってたら、いつの間にかここへ来てた」
「何で…俺なんです?」
声が震えるのを抑えきれない。
「…キミなら、僕を拒絶しないから」
バシャッ
「あなたは…!」
「ん? 何?」
彼は怒りに満ちる俺の顔を見ても、けろっとしている。
ああ、そうだった。
この人は俺にどう思われようと、どうでもいいんだった。
「…いえ。ただあんまり飲み過ぎると、翌日の仕事に差し支えますので」
「仕事、忙しい?」
「忙しいですけど、楽しいです。…櫂都さんは?」
「ん~。まあ楽しいと言えば、楽しいかな?」
彼の場合、人の悩みなど顔で真剣に聞いても、心の中では笑っていそうだな。
「…何か今、とても失礼なこと、考えなかった?」
さすがは精神科の先生、人の心の動きが素早く察知できるようだ。
「悪趣味だな、と思っただけです」
「そうかな? いろんな人の心を知るのって、結構楽しいよ?」
それを悪趣味と言わず、何と言うのだろう?
軽く頭痛がしてきたので、水を飲む。
あんまり酒は飲まない方が良いだろう。
しかしそういう動きも素早く気付くのが、彼だ。
「…何かあんまり飲んでいないね? ワインは好きじゃなかった? それとも明日は仕事?」
「いえ、休みですが…」
正確には休むよう、兄から命令されていた。
ここしばらく終電に駆け込むか、会社で寝泊まりすることを繰り返していたら、さすがに社長命令が下されてしまったのだ。
「なら他のお酒にしようか? 確か棚にしこたま良いお酒があったような…」
言い出しやがった!
「いりません! 俺はあんまり酒飲みじゃないんですよ!」
なので慌てて止める。
「そう? せっかくの週末なんだから、飲めば良いのに」
「…と言いますか、今日は帰るんですよね?」
「うん?」
さっきからちょっと不安に思っていた。
彼は酒を飲むスピードが速い。
すでに二本目に突入するほどに。
このままだと、また泊まりそうな勢いだった。
「僕も明日は休みなんだ」
「そうですか」
「だから飲む。―ここでね」
彼はスッと眼を細め、妖艶に微笑む。
その笑みに思わず見惚れてしまいそうになり、慌てて我に返る。
「なっ何言い出しているんですか! タクシーを呼びますから、今日は大人しく帰ってくださいよ!」
「え~、一人じゃいたくない」
「三十過ぎた男が甘ったれたこと抜かさないでください!」
彼の甘いマスクで言うと、威力があるから恐ろしい…!
だが彼はふと眼を伏せ、愁いの表情を浮かべた。
「…真面目な話、一人でいたくないんだ」
「なら兄の元へでも行ってください。今日は飲みに行くって言ってましたから、ちょうど良いでしょう?」
「ヤダよ。傷心している時に、八雲の相手は疲れる」
…それには激しく同意する。
兄は飲むと愉快になるタイプだ。
でも一応理性は残っているので、派手に暴れたりはせず、家にもタクシーを呼んで一人で帰れる。
「じゃあ別の人と過ごせばいいでしょう?」
「だからそんなのいないって」
彼は笑顔で手を振る。
…この人の場合、心の中を明かす相手がいないと言うことだろう。
「ここにいると婚約破棄のこと、いろいろ聞いてしまいますよ?」
「いいよ。何でも聞いて」
最大級の嫌味も、あっさり受け入れられてしまう。
俺は軽く唇を噛んだ後、口を開いた。
「昨夜、どこで飲んでいたんです?」
「この近くの公園」
「はい?」
想像もしていなかった返答に、声が裏返ってしまった。
「このアパートから十メートルも離れていない所に、小さな公園があるだろう? そこでコンビニから酒を買って、飲んでた」
「…よく通報されませんでしたね」
「飲み始めたのは夕方ぐらいだし、暗くなってからはここに来たから」
確かに彼の言う通り、近くに公園はある。
だけどそこで一人で飲んでいたなんて、あまり想像ができない…。
「と言うか、何でここに来たんですか?」
それが一番の疑問だった。
傷心しているのなら自宅で飲むか、それこそ友達と飲んだ方が気が紛れる。
なのに俺を選んだ意味が分からない。
彼はワイングラスから唇を離すと、意味深げに微笑んだ。
「―会いたかったから、空耶くんに」
ぐっと握っている手に力がこもる。
爪が手の平に突き刺さっても、歯を噛んで堪えた。
「…バカなこと、言わないでください」
「本気。キミに会いたいなぁって思ってたら、いつの間にかここへ来てた」
「何で…俺なんです?」
声が震えるのを抑えきれない。
「…キミなら、僕を拒絶しないから」
バシャッ
10
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【R18+BL】狂恋~狂おしい恋に身を焦がす~
hosimure
BL
10年前、好奇心から男と付き合っていたオレは、自分の浅はかさを知って勝手にアイツから離れて行った。
その後、全てのことから逃げるように生きてきたのに、アイツがオレの会社へやって来た。
10年前のケリをつけに…。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる