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8年ぶりの再会

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 …と言うより、頭の中が真っ白になった。
「あなたは…!」
「ん? 何?」
 彼は怒りに満ちる俺の顔を見ても、けろっとしている。
 ああ、そうだった。
 この人は俺にどう思われようと、どうでもいいんだった。
「…いえ。ただあんまり飲み過ぎると、翌日の仕事に差し支えますので」
「仕事、忙しい?」
「忙しいですけど、楽しいです。…櫂都さんは?」
「ん~。まあ楽しいと言えば、楽しいかな?」
 彼の場合、人の悩みなど顔で真剣に聞いても、心の中では笑っていそうだな。
「…何か今、とても失礼なこと、考えなかった?」
 さすがは精神科の先生、人の心の動きが素早く察知できるようだ。
「悪趣味だな、と思っただけです」
「そうかな? いろんな人の心を知るのって、結構楽しいよ?」
 それを悪趣味と言わず、何と言うのだろう?
 軽く頭痛がしてきたので、水を飲む。
 あんまり酒は飲まない方が良いだろう。
 しかしそういう動きも素早く気付くのが、彼だ。
「…何かあんまり飲んでいないね? ワインは好きじゃなかった? それとも明日は仕事?」
「いえ、休みですが…」
 正確には休むよう、兄から命令されていた。
 ここしばらく終電に駆け込むか、会社で寝泊まりすることを繰り返していたら、さすがに社長命令が下されてしまったのだ。
「なら他のお酒にしようか? 確か棚にしこたま良いお酒があったような…」
 言い出しやがった!
「いりません! 俺はあんまり酒飲みじゃないんですよ!」
 なので慌てて止める。
「そう? せっかくの週末なんだから、飲めば良いのに」
「…と言いますか、今日は帰るんですよね?」
「うん?」
 さっきからちょっと不安に思っていた。
 彼は酒を飲むスピードが速い。
 すでに二本目に突入するほどに。
 このままだと、また泊まりそうな勢いだった。
「僕も明日は休みなんだ」
「そうですか」
「だから飲む。―ここでね」
 彼はスッと眼を細め、妖艶に微笑む。
 その笑みに思わず見惚れてしまいそうになり、慌てて我に返る。
「なっ何言い出しているんですか! タクシーを呼びますから、今日は大人しく帰ってくださいよ!」
「え~、一人じゃいたくない」
「三十過ぎた男が甘ったれたこと抜かさないでください!」
 彼の甘いマスクで言うと、威力があるから恐ろしい…!
 だが彼はふと眼を伏せ、愁いの表情を浮かべた。
「…真面目な話、一人でいたくないんだ」
「なら兄の元へでも行ってください。今日は飲みに行くって言ってましたから、ちょうど良いでしょう?」
「ヤダよ。傷心している時に、八雲の相手は疲れる」
 …それには激しく同意する。
 兄は飲むと愉快になるタイプだ。
 でも一応理性は残っているので、派手に暴れたりはせず、家にもタクシーを呼んで一人で帰れる。
「じゃあ別の人と過ごせばいいでしょう?」
「だからそんなのいないって」
 彼は笑顔で手を振る。
 …この人の場合、心の中を明かす相手がいないと言うことだろう。
「ここにいると婚約破棄のこと、いろいろ聞いてしまいますよ?」
「いいよ。何でも聞いて」
 最大級の嫌味も、あっさり受け入れられてしまう。
 俺は軽く唇を噛んだ後、口を開いた。
「昨夜、どこで飲んでいたんです?」
「この近くの公園」
「はい?」
 想像もしていなかった返答に、声が裏返ってしまった。
「このアパートから十メートルも離れていない所に、小さな公園があるだろう? そこでコンビニから酒を買って、飲んでた」
「…よく通報されませんでしたね」
「飲み始めたのは夕方ぐらいだし、暗くなってからはここに来たから」
 確かに彼の言う通り、近くに公園はある。
 だけどそこで一人で飲んでいたなんて、あまり想像ができない…。
「と言うか、何でここに来たんですか?」
 それが一番の疑問だった。
 傷心しているのなら自宅で飲むか、それこそ友達と飲んだ方が気が紛れる。
 なのに俺を選んだ意味が分からない。
 彼はワイングラスから唇を離すと、意味深げに微笑んだ。
「―会いたかったから、空耶くんに」
 ぐっと握っている手に力がこもる。
 爪が手の平に突き刺さっても、歯を噛んで堪えた。
「…バカなこと、言わないでください」
「本気。キミに会いたいなぁって思ってたら、いつの間にかここへ来てた」
「何で…俺なんです?」
 声が震えるのを抑えきれない。
「…キミなら、僕を拒絶しないから」

 バシャッ
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