Cafe au lait!!

羔坂珀

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第一章

三杯目「魔法」

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俺たち王国が間違ってる…?ハハハ!笑わせるぜ!!」

 グランはそう言い放つと、槍斧を掲げ死神に飛びかかった。彼の『篝火の槍斧イグニス・ハルバード』はその名の通り、死神の剣と交わると同時に火を吹いた。しかしそれをものともせず死神はそれを防ぎ、キィンとした金属音が響く。死神は受けた槍斧を即座に弾くと、それに押されグランは体制を崩す。

「!?」

 それだけではない。弾いたと同時に死神の剣はグランの頬に赤い切り傷を入れていた。彼の頬につぅと鮮血が伝う。それを拭う間もない刹那、死神は二撃目を繰り出そうと剣を構える。その容貌、気迫は黒い悪夢。まさに死神という名がよく似合うものであった。グランの背筋に寒気が走る。彼に流れる獣の本能は間一髪でそれに反応した。
 ガキィンと先程よりも強い金属音が鳴る。ぶつかり合った死神の剣と、グランの槍斧はギリギリと音を立てながら張り合う。力には少々自信があるとグランは今まで思っていたが、それはこの大きな力の前では無意味だと思い知らされた。死神がグランを睨み、力を入れるとグランは簡単に吹き飛ばされてしまった。

「ぐあっ!」

 近くの草むらの上に落ちたグランは死神をキッと睨むと、再び彼に飛びかかっていった。重なる金属音。その様子の横センは荒く息を切らしいた。

(異端者に無剣者…?グランに死神……もう意味わかんねぇ……なんでこんなことに………………)

 知らない世界に、知らない言葉。誰が敵で、何が味方か。目まぐるしく変わる状況にセンはもう何も分からなくなっていた。どうしてただ普通に高校生活を送っていたのに、殺され、知らない世界に飛ばされた挙句、また殺されかけているのだろう。一体自分が何をしたというのだろう。
そう思った時、センは、ああ、そうか、と息を吸い込んだ。

(俺がまた人を信じたからか……………………)

 それに気付いた時、センは言葉にならないやるせなさに襲われた。悔しそうに、怯えるように歯を食いしばると、もう二度と同じ過ちを繰り返さぬよう地面を蹴った。

「!?」

 自身から目を背けるように、逃げ出したセンに死神は思わず目を向ける。一方、死神の監視下から外れた獲物をグランは見逃さなかった。「ハハ、チャーンス」と笑うと、自身の槍斧を槍投げのような形で構えた。

「まずはッ…!弱い奴から!!!」

 か弱い獲物を定めた槍斧を振りかぶると、ソレはセンに向かって一直線に飛んでゆく。炎が纏ったそれを喰らえば一溜りも無いだろう。なんて、命の危機を感じるのは同時だった。グサッ。肉を切り裂く鈍い音が響いた……
…しかし、その衝撃は一向に現れなかった。恐る恐るセンは閉じた目を開ける。ふわり、視界に黒いマントが舞った。

「なん、で………」

 センを守るようにはためく黒いマントは死神の物であった。彼は身を呈してセンの事を庇っていた。センの方からは良く見えないが、『篝火の槍斧イグニス・ハルバード』は死神の脇腹を焼くように突き刺さり、彼の黒い服にじわりと黒い染みが滲んだ。

「大丈夫」

 そう言った死神の背は、あの時、“あの人”と同じ、黒く大きな背中だった。


「俺を信じろ」



 センの方を振り向いた死神は優しくそう言った。怯え戸惑うセンを安心させようとするような、死神とは言い難い、強く、温かみを含んだそんな笑顔だった。上手く言い表せない感情が込み上げてきて、思わずセンの目頭は熱くなった。
 しかし同時に死神に刺さった『篝火の槍斧イグニス・ハルバード』も熱を放っていた。傷口からは白い煙が立ち上り、死神は顔を顰めるとそれを勢いよく引き抜く。それに伴って赤い血が酷く飛び散る。想像よりも傷が深かったようで、死神は堪らず膝を着いてしまった。

「お前ッ!!!」

 センが駆け寄り、死神の顔を覗くと彼の白い頬には冷や汗が伝っていた。息もみるみると荒くなっていることが分かる。

(どうして……俺はお前を信じられなかったのに…!)

 奥歯を噛み締めながら、センは先程の自分の行動を深く悔やんでいた。自身の行動がまた悲劇を生んでしまった。俺が人を信じても、信じなくても誰かを傷つけてしまう...それならば一体どうすればいいというのだろうか。センは自分の無力さに思わず溢れそうになる涙をぎゅっと堪えた。

「はははっ、バカだなぁ。そんな無剣者ザコなんて庇うからこんな目に遭うんだぜ?」

 そんな彼らを他所に、グランは笑いながら血の焼き付いた槍斧を拾い上げ言った。
 そうだ、コイツの言う通りだ。とセンは自分の拳を握りしめた。グランの言う“剣力チカラ”も無ければ、に向き合うことも怖くて、逃げて、挙句死んでしまった愚かな自分。そして逃げた先で逃げて、このザマだ。そう思うとセンは自身の横で必死に意識を繋ぎ止めている死神を見つめた。今にも倒れてしまいそうなその人は傷口を押さえながら、まだセンのことを守ろうとグランを鋭い青で睨んでいた。そんな姿に、センの内は熱くなる。

(でも、それでも....)

 俺が信じなかったせいで、誰かが傷つくことになるくらいなら...!


(俺は、この人を“信じたい”………!!)


 小さく無力な身体が思ったそれは、自身の過去を抱え、自身のこれからさえも変えていくようなそんな大きな決意であった。それに同調するように、センの胸元にぶら下がる光を失っていた石は...深紅の宝石は力強く光を放ち輝き出した。そしてセンの精神は光に包まれた後、深い暗闇へと沈んでいったのだ―



(どこだ、ここ…)

 気が付けばセンはふわりと無重力の暗闇に浮かんでいた。死神は?自分は森の中に居たはずで…...なんて思考の余裕の間もなく、背後から伸びた暗闇よりも黒く大きな爪のようなものががセンの顔に影を落とした。
 振り返るとそこには闇に溶け込む巨大な影がひとつ。それには目であろうか、センのことをじっと見つめる二つの赤い光が揺らめいていた。それは胸元の宝石の色によく似ていた。ちっぽけな自分なんて今にも飲み込んでしまいそうなその巨大な影を、他の人が見れば不気味だと言うような赤い瞳を、不思議とセンは怖いとは思わなかった。なんてことを思っていると影は実態の安定しない手をゆっくりとセンに伸ばした。そして、センもそれに惹かれるように手を伸ばす。一瞬躊躇した後、彼女は本能のままその手に応じた。
 その突如、センの頭の中に大量の情報が流れ込む。呪文、詠唱、術式、陣、道具、薬………それはありとあらゆる“魔”に関する膨大な知識、いや、“記憶”といったものだろうか。センは黒い深淵で“魔”を見た。気付けば目の前の赤い光のうちの一つは消えており、その情報の波に溺れるようにセンの意識は再び浮き上がっっていくのであった。



「ちょっと手こずっちまったけどもう終わりだぜ…!!正義は必ず勝つんだよ!」

 グランは槍斧を振りかぶって飛び上がると、センの頭頂部めがけて真っ直ぐ振り下ろす。すると、その斧先に向かってセンは静かに左腕を伸ばした。そんな姿を見て、力無く無様に散っていくであろう無剣者の様を想像してグランは嘲笑った。しかしその嘲笑と同時にセンの唇は動いていた。


「『水晶盾の番人クアルソ・グアルディア』」


 目にも、時間も捉えられないほどの一瞬のことだった。センがそう唱えると同時に、何も無いところから左掌を中心に開花するように透き通った結晶が構築され、巨大な水晶の盾が彼らを守るように現れた。

「!?」

 振り下ろした槍斧はガキィンと大きな音を立てて水晶の盾に当たると、押し切れなかった勢いが反射され、槍斧の柄はグランの額に直撃する。「い”っ!!」という声と共にゴチンという鈍い音が聞こえ、飛ばされるようにグランは転がって背後の木に身体を打ちつけた。少し離れた場所へ行き着いたグランは、センとそれらを守る浮遊する水晶の盾を見上げ、今起きた事を理解する。

「なんっ、で……………?お前はなんも、剣力を持ってねぇはずなのに……!?」

 思い切り槍斧を打ちつけてしまったからか、あまり頭が回らない中グランは必死に考える。センは剣力を持っているのに、持っていないと嘘を付いたのか?しかし奴は手ぶらで武器を持っている様には見えない。そもそもあんな何も無いところから巨大な物を作り上げるような力なんて、聞いたことさえも無かった。思考するほど、勝利を確信し熱くなった身体が冷めていくのを感じた。

「なんなんだよっ…!?その力はッ!?」

 その声は先程まで威勢を張っていたグランのものとは思えないほど、苦し紛れで、少し震えていた。

「……さっきお前がバカにしていた…」

 その問いに答えるべくセンはゆっくりと口を開く。風が白銀の白い髪を撫で、隠れていたセンの顔を顕にする。


「廃れた文化『魔法』だよ」



 白いベールから覗かせたセンの右目は、宝石と同じ深紅に輝いており、細い悪魔のような瞳孔がグランを見下ろしていた。そんな凍てつくような空気を纏ったセンを見て死神は大きく目を見開いた。

「魔法…ッ?そんな、馬鹿な…!」

 一方、そんなセンの姿を見てグランはゆらゆらと立ち上がった。そして自身に伝う冷や汗をかみ殺すと、再び槍斧を取って走り出した。

「舐めやがってーーッ!!!」

 焦りと動揺を含んだそれを捉えることは今のセンには容易いことだった。センがクイと人差し指を曲げる。

「『水晶槍の騎士クアルソ・ナイツ』」
「ぐあぁああぁ!」

 詠唱と同時に地面からは巨大な水晶の槍が次々と現れグランを襲った。彼は白目を向いて吹き飛ばされ、飛び散った水晶のプリズムはキラキラと死神を照らしていた。そして森には先程の騒がしさが嘘だと思える様な静寂が訪れた。巨大な水晶のオブジェクトと気を失ったグランをすり抜けるようにヒュオオと冷たい風が吹く。
 そんな静寂の中で白い息を吐き出したセンは、ふっ、と力が抜けたように倒れていった。しかしセンの体は地につくことなく、死神の黒手袋によって抱えられていた。死神は焦って顔を覗き込むと、センはすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。安心したように死神は息を吐くと、その寝顔を見つめながら怪訝そうな、少し苦しそうな様な表情を浮かべた。
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