Cafe au lait!!

羔坂珀

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第一章

一杯目「まだ君を知らない世界」

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「勇者様が魔王を倒したぞーー!!!」

 誰かが叫んだ。それに共鳴し、数万といる兵士の地震のような怒号が雨の空に響く。王国と魔王国の長年続いた戦いに今、ついに終止符が打たれたのだ。
そんな中、白い息を吐く男が一人、喜びに包まれた世界の中でこんな願いを呟いた。

「白と黒が交わることのできないこんな世界なんて、消えてしまえばいいのに」



「こうして、王国には平和が訪れ、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

わぁぁと湧き上がる歓声。煌めくカーテンコールと鳴り止まぬ拍手。勇者役と思われる男子生徒を中心に、王様、王女、姫、騎士…それぞれの役者たちが手を繋いで笑顔を見せている。もう閉じていく幕で隠れてしまったそんな舞台の端っこで、名前もない村人役の……矛盾してしまうがこの物語の「主人公」は光を受けて影を落としてた。



「劇は大成功!今日は打ち上げだー!」
「「おおーー!」」

 手を掲げ盛り上がる人たちにより熱狂する教室を背に、彼はそこを後にする。ドアをくぐり廊下を出たその時、

「にいちゃん!」

 と彼を呼ぶ声が聞こえた。小さな手を一生懸命振りながら駆け寄ってきたのは

タミ
 
 少し歳の離れた彼の弟である。彼が直毛なのに対して彩は髪も顔つきも少しふわふわしている。しかし特徴的な三白眼がそっくりなところが兄弟だと感じさせる。

「劇面白かった!勇者がドーンてバーンって!」
「はは、よかったな。まぁ俺は勇者でもなんでもない村人役だけどな」
「そ、そうだけどすごかったよ!」

 少し自嘲的にいう彼に対してタミが焦ったように付け加えると、彼はふっと優しく笑った。

「…ありがと」

 彼がタミの柔らかい頭を少し豪快に撫でると、タミはくしゃりと笑った。
 
"僕のにいちゃんは優しい"

 彼らの母親は重い病で、タミが物心ついた時には既に自身の周りのことは全て兄がやってくれていた。彼は学校が終わるとアルバイトに向かい、帰りに夕食を買ってくる。休日なんかには兄お手製の料理が食べれるのがタミの楽しみだ。
 彼はタミにとって、すごくて大好きな家族、なのだ。

 しかし、そんな兄と過ごす時間が長いからか、まだ幼いながらにタミは思うことがあった。きっかけは先週出された小学校の作文の宿題『自分の家族について』を書こうとしてからだろう。
 兄は、タミの好きなもの嫌いなもの、得意なことも苦手なことも全部知っているのに対して、タミは兄のことを何も知らなかった。彼の好きなものも、

「にいちゃんは、さ――――」

なんて言いかけた時、ぐううううと小さな体に見合わぬ大きなタミのお腹の音が彼自身の言葉を塞いだ。

「お腹減ったな。何食べる?」
「えっ、えっとねぇ……」

 彼が聞くとタミは少し恥ずかしそうにしながらも自身の好きな食べ物を思い浮かべようとした、がその時何かを思いついたかのように、ハッとして彼を見上げた。

「に、にいちゃんの好きなのでいいよ!!」

 キラキラと光る眼差しを向けられた彼は彩
タミを見つめ、少しの沈黙の後微笑み、小さく「分かった」と言った。



 数分後、彼はタミの前にプラスチックの容器を二つ抱えて戻ってきた。彼はそのうちの一つをタミに渡した。透けて見える茶色は彩の心を踊らせ、蓋を開けると熱を持った温度と共に食欲をくすぐる匂いが漂ってきた。お祭り定番のその食べ物の名前をタミは思わず叫んだ。

「わーーい!焼きそばだぁー!!…ってこれ僕の好きなのじゃん!?」

 喜んだのは束の間、タミはこれが兄の好きなものではないことに気付く。先ほども述べた通り"にいちゃんは優しい"のだ。それ故このようなことがよくあるのだ。
 「俺も好きだよ」と彼は笑ったが「そういうことじゃなくてぇ……!」とタミは悔しそうに焼きそばを口に運んだ。「美味しい…」と口では言うがどこか腑に落ちない表情をしているタミを見て彼ははてなを浮かべた。

「俺、飲み物買ってくるよ。タミ何がいい?」
「あ!僕行く!にいちゃんは待ってて!」

 そう言って立ち上がった彼に対してタミは即座に返した。再び訪れたチャンスに目を輝かせていたことがバレていたのか「じゃあお願いしよっかな」と彼がいうと、タミは小さくガッツポーズをして走っていった。



 自分の身長の倍近くある自動販売機を見上げるタミタミの身長ではまだ一番上の段のボタンには手が届きそうにはないので、仕方なく正面の段の飲み物を見ながら考えた。

(にいちゃんのすきな飲み物……なんだろう………やっぱりにいちゃんは大人っぽいからコーヒーとか……………)

 なんて、子供ながらの考えで結論を出したタミは自分の体よりも少し左の位置にあるコーヒーのボタンに手を伸ばした。そんな時、「え~何それマジでウケるんだけど」などと複数の男子高校生の声が聞こえてきたと思うとそのうちの一人の体がタミに当たった。相手は話に夢中で気が付かなかったが、小さなタミの体にとってそれは大きな衝撃であった。

「わっ」

 タミの体はよろめき倒れていく。そして指は狙いのボタンに伸びることはなく、自身の額を正面のボタンに見事命中させてしまったのだ。ピッと機械音がした後に、ガコンと飲み物が落ちる音が聞こえた。



「おかえり。タミ

 芝生を歩く小さな足音に気付いて彼は振り返る。そこには予想通りタミがいたが、何故か珍しく下を向いていた。

「はい、これ……」

 タミは申し訳なさそうに体の後ろに隠していたソレを彼に差し出した。

「………!!!」

 ソレはコーヒー缶と同じくらいのサイズであったが、ラベルには”CAFE AU LAITーカフェオレ”と書かれていた。
カフェオレとはコーヒーとミルクをちょうど1:1になるように割った飲み物であり、甘くなっているものがほとんどで子供でも美味しく飲める飲み物である。

「本当はコーヒーにしようと思ったんだけど間違っちゃって……にいちゃんそんな甘いの飲まないよね……………」

 タミは目を逸らして話した。タミをよく見るとカフェオレを購入した額は少し赤くなってしまっている。タミは「ぶつかってきた人たち許さない…!」と心の中で恨みの念を向けていると、カシュッと缶を開ける音が聞こえた。タミが反射的に前を向く頃には、ゴクッと兄の細い喉が揺れていた。


「ん~~~~!!美味しいっ」



 彼はカフェオレを一口飲むと、くしゃりと笑った。そんな彼の表情を見たタミの心臓は揺れた。秋の真っ只中、春一番が吹いたような、そんな衝撃だった。少し暮れた日に照らされて彼の短いまつ毛が見えて、初めて兄の"素顔"が見れた気がした。

「俺、カフェオレすげぇ好きなんだよね。タミがまだ小さい頃母さんがよく作っててくれててさ……最近あんま飲まなくなっちゃたんだけどやっぱ美味しい~」

 カフェオレの缶を両手で優しく包みながら彼はタミの知らない思い出を呟いた。先程までのタミならすぐにでも食いつく話題であったが、時が止まったかのように動けなかった。そんなタミを見て、彼は笑顔を向けて言った。

「ありがとな、タミ

 その言葉でタミの時は再び動き出した。そして今までよりも更にキラキラと、チカチカするほど目の前が輝いた。

「じゃ、じゃあ僕もっとカフェオレ探してくる!」
「えっ、ちょ、タミ!?」

 彼が呼び止める声には気付かず、タミは彼の顔を直視できないまま駆け出した。



 タミは息を切らしながら人混みの中を走っていた。自分よりも背の高い人たちが廊下を埋めていたが、それでも走りたい気分だった。

(そっか……にいちゃんはカフェオレが好きなんだ………ほんとはちょっと子供っぽくて………)

 カフェオレを探しに行く、なんて言って飛び出したが出店には目もくれられなかった。ただ脳裏にのあの景色が焼き付いて離れなかったのだ。

(そして、笑顔がとっても可愛い人だったんだ!!)

 今まで兄はタミに”兄らしい姿”しか見せてくれなかった。優しくて、かっこいい頼りがいのある背中を自分に見せてくれるそんな姿。タミはそんな兄も大好きだったが、笑顔を見せてくれた兄はもっともっと素敵だと思った。こっちの方が彼らしい、とも思った。手付かずだった宿題もこれで進むだろう。

「おーいタミ!!まったく………」

 遠くへ、人混みに紛れて段々小さくなってしまう弟を見失わないよう彼は必死に追いかけたが、するすると小さな体で人の群れをかけていく姿を見て諦めたように息を吐いた。
 子供の成長は早いもので(と、いう彼も十五歳程ではある)、この前までろくに言葉を発音出来なかったのに今では流暢に話せるどころか、彼のことを更に知りたい、と行動に移してきたのだ。そのことに彼は初め複雑な気持ちを抱いたが、今は少し清々しかった。そして自身に向き合おうとしてきたタミに対して彼自身も、

(俺もそろそろ、ちゃんとタミに向き合わないといけないな………)

 なんて思った。しかしその願いはしばらく叶わないこととなる。

「あんま遠く行くなよ…」

 と彼が言いかけた時、


トスッ


 っと、何かを刺すような音が聞こえた。それは前からでも、後ろからでもなく、彼自身から聞こえてきたのだ。自分の目線よりも下の、ちょうど腹部の部分。
 理解が追いつくよりも先に彼は自身を裂いたその物の正体を目にした。

「…………え?」

 下を向くと、着用していたパーカーを、彼の肉体を突き抜けた赤い鋭利な四分円が顔を覗かせていた。
「後ろから刺されたんだ」なんて気付く頃にはじわじわと血と痛みが滲み、ぐにゃりと視界が反転した。
 
(何が起こって……力、入んな…………………)

 女子生徒の悲鳴を筆頭として、騒がしかった文化祭に更に油が注がれた。そんな騒ぎの中心に彼は居たが、自身が思っているよりも彼は冷静であった。意識が朦朧とし始めていたが"死"を目前にしているということは脳が理解していた。

(俺、死ぬのか………?タミを一人にする訳に、は…………………)

 薄れゆく意識の中で、彼は走馬灯のようなものを見ていた。ノイズが走る。「にいちゃん!」と曇りのない笑顔で自分を呼ぶタミ。さらに強いノイズが走る。遠い昔、忘れもしない運命を託されたあの背中―――。それすらもぼやけて、彼の意識は先の見えない闇へと沈んで行ってしまう………

 そんな時、闇の世界を一筋の赤い光が駆け抜けた。まるで沈んでいく彼を引き戻すかのように突如現れたそれに、導かれるかのように手を伸ばした。





「ここ……………どこ…………………」

 温かい光が、木々の間を差し込んで緑を照らす。この世のものとは思えない神秘的な雰囲気を漂わせる森。木の上では一角鳥が囀っていた。そんな世界で、彼は目を覚ました。
 しかし顔を隠す程の黒髪は煌めく白銀に染まっていて、服も彼が好んで着ないような真っ白なフリルが多くついたものを纏っていた。首にかかっているループタイについた赤く濁った石が唯一の色だった。
 今まで感じたことのない幻想的な雰囲気。そして少し過去のことを思い出し、彼は自身の今の状況を理解する。

「ああ……そうだ、俺…………死んだ………のか」

 



 彼はぼーっとしながら森の中を歩いた。靴は履いていなかったので裸足で歩いた。地面は、草は柔らかくて痛くなかった。
 そして彼は水を張った井戸を見つけた。御伽噺によく出てくるそれに顔を覗かせてみると、彼は思わず声をあげた。

「うわぁ、なんだこれ…………」

 見覚えのない白い服を着ているのには気が付いていたが、水面の自分の髪まで真っ白に染まっていることには今気付いたのだろう。どうりで前が見やすいわけだ…なんて呟く。
 そして改めて自身の全身を見渡してみる。

「髪も目も真っ白、悪趣味な服、まるで文化祭の劇じゃねえか………それに…汚ねぇ石」

 なんて、首元の石を触った時、ガサッっと彼が来た方向、後ろの茂みが揺れた。

「!」

 反射的に後ろを振り返ると、そこには真っ白に染まってしまった自分とは対極的な、この明るい森には似合わない真っ黒な男が佇んでいた。

(なんだ…?コイツ………)

 前髪の伸びた、肩につきそうな黒髪。地面にすり引きそうな真っ黒なロングコート。そして前髪から少し覗かせる肌にも、服にも傷や汚れが付いていて、何よりもソレから感じるドス暗い何かを察知して、彼の脳が危険信号を送っていた。
 そんな危険信号の決め手となったのは黒い男の右手に握られていた物だった。

(剣………?)

 ギラリと輝くそれに気付いた瞬間、寒気が体中を駆け巡り、彼は弾かれるように走り出していた。先刻の出来事がフラッシュバックする。血肉を焼かれるようなあの痛み。

(もうあんな痛いのはごめんなんだよ………!)

 彼は腹部の服をギュッと握りしめた。一度死んだからかもう血は出ていなく、傷もなかったが、その痛みはしっかりと記憶が覚えていた。刺された直後は変に冷静であったが、その恐怖は体に刻まれていて、彼は極度に刃物が苦手になってしまっていた。

「って!追いかけてきてる!?」

 ちらりと背後の様子を見てみると案の定、黒い男はロングコートをはためかせながら彼のことを追いかけてきていた。それもかなり早いスピードで。彼は運動があまり得意ではなかったこともあり、

(このままじゃ追いつかれる……!)

 と、思わず目を閉じてしまった。そんな時だった。駆け抜ける森の中。そんな彼の目の前の一本の木の影から何者かの腕が生えてきて、ガシッと逃げる彼の腕を掴んだ。そして驚く間もなくその影の中に引き込まれてしまった。

 しばらくして黒い男は彼のいた場所に辿り着いた。が、辺りを見渡しても彼の姿は見当たらなかった。
 一方、彼は何者かに体と口を押さえられ「ん゛ー!」と声にならない声をあげていた。
 
(なんだ、これ、息、できな……!)

 突如体と声の自由を奪われた彼は酷く混乱し、藻がいたが簡単に解ける様子はなかった。必死に抵抗しようとした力を込めた時、

「しっ、静かに」

 と、耳元で声が鳴った。彼と同い年くらいである少年の声だった。そしてその声には焦りを含んでいた。彼はそれを聞くと抵抗していた力を少し緩めた。




 しばらくして、男が去っていく足音を確認すると彼を拘束していた少年は手を離した。

「行ったみてぇだな。もう大丈夫だぜ」

 息苦しさが消え、彼は「ぷはっ」と息を吐いて吸い込んだ。そして素早く後ろへ飛び退き、少年から距離を置いた。そしてまじまじと少年の姿を見た。

(動物みたいなツノに、耳が生えてる………人間じゃない……!?)

 少年の頭からは曲がった牛のような角が、薄めの金の短髪からは茶色の短い獣の耳が顔を覗かせていた。その耳には金の輪っかのピアスが、少し筋肉質な腕にも太い黄金のアクセサリーが付いている。少しラフに着崩してはいるが、白い軍服を着ており、何かの組織に所属しているのだろうと思わせる。

(それに……)

 「んな警戒すんなよ…」と少年は呆れたが、その背中でギラつく槍斧を見て彼は顔をしかめた。

「お互い散々だったな。に追っかけまわされて」
「死神……」

 アイツの事か、と彼はすぐ自身を追いかけてきた黒い男を連想させた。確かに、あのロングコートをはためかせる姿は死神という言葉がよく似合う。
 その正体を知れたからか、同じ境遇に陥ったと思われる少年に出会えたからか、彼は一度落ち着いて空を見上げた。
 
(神秘的な森、そして獣人に、死神………ここはまるで劇中のような死後の世界。いや、異世界、と言った方がいいのだろう)

 そして、今出せる答えを出した。どうして死んだのにこんなに意識が覚醒しているのか、どうして髪も目も服も真っ白なのか。細かいことはまだ何も分からない。

「ま、死神に目つけられた者同士仲良くしようぜ。俺、グラン=イグニス!王国騎士見習いだ!お前は?」

 少年は…グランは彼に手を差し伸べる。笑った口から尖った犬歯が見えた。

「……俺は」

 自分含めた死んだ人間がこの世界に送られているのかも、と彼は考えたが、少年の珍しいの名形。王国騎士。というワードを聞いてその線は薄そうだと考えた。ここはきっと、物語のような歴としたファンタジーの世界なんだろう。彼はそして心の中で覚悟を決めたような、でも少し安心したような言葉を漏らした。

"恐らく、ここでは俺のことを知る人は誰もいない"


「俺は、セン。……宜しく」


 そして彼は…センは、恐る恐るグランの手を取った。
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