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瀧という男②

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 ある日、子供の幽霊が瀧さんのそばに寄ってきた。



「僕は病気で死んだけれども、もしもっと生きることができていたなら、勉強をたくさんしてお医者さんになりたかったな。まあ、もう死んでしまっているし、かなわぬ願いなのだけど。」

 

 そして、子供の幽霊は自分のことについて話してくれた。その子供は小学校高学年くらいの男の子、かれこれ10年くらい、この世に幽霊としてとどまっているらしい。成仏したいけれど、どうしても出来ないという。彼の他にも成仏したいけれど成仏できない幽霊が何人かいたようだ。


 彼らはそろって『もっと勉強がしたかった』としきりに言っていた。『死んでしまった今では無理だとは思うけど』と残念そうにつぶやく。

 


 あるとき、ふと思いついた。こんなに勉強したいと言っている子供の幽霊がいるのなら、塾でも開いて勉強を教えてあげるのはどうだろうか。この時の瀧さんは高校3年生で、ちょうど進路を決める大事な時期であった。親の家業であるお寺を継いで、お寺の住職になるか、企業に就職して、会社員になるか悩んでいた。両親からはお寺を継がなくてもいいから、自分がやりたいことをしなさいと言われていた。

 


 高校3年生になるころには、たくさんの幽霊たちと知り合いになった。お寺にはたくさんの幽霊がいて、いろいろなことを相談してきた。幽霊たちの悩みを聞いているうちに彼はある決心をした。




 結局、彼は大学に進学することに決めた。そして、教育学部がある大学を受験することにした。自分が幽霊である子供たちに何ができるか考えた結果である。それが勉強を教えてあげることだった。子供たちに勉強を教えられるような立派な人間になるためにも、教師の免許を取らなければと考えたのだ。
 

 大学は無事に第一志望に合格した。大学では4年間、必死に勉強を重ねて教師の免許を取得した。もともと、人に教えることが好きだったようで、さらに人前で話すことにも抵抗はなかったらしい。大学卒業後は、お寺を継がずに塾の講師になろうと決めた。

 学校の先生になろうかとも考えたが、そうすると、学校の生きている生徒にかかりきりになってしまい、肝心の子供の幽霊たちに勉強を教えることができない。それでは本末転倒だと思ったようだ。

 



 こうして、瀧さんは塾の講師になった。夜は生きている生徒に勉強を教え、空いている土曜日の午前中に、幽霊たちを塾に集めて勉強を教える。その生活に瀧さんは満足していた。
 

 彼は、土曜日以外にも、休みの日には子供の幽霊たちを自分の部屋に集めて勉強を教えた。これまで何年も成仏できなかった幽霊たちが次々に成仏していった。最初に相談してきた男の子も、勉強を教えて1年ほどで満足したのか成仏していった。


 成仏できると聞いて、たくさんの子供の幽霊が瀧さんのもとに集まってきた。最近では、生前自分は能力者であったという子供の幽霊も塾に勉強に来るようになった。そんなことをいう子供たちは、大抵、頭に猫や犬などの動物の耳が生えていて、お尻には尻尾がついていた。
 

 最初は驚いたが、すでに幽霊という普通ではないものに慣れているせいで、特に気にすることなく、普通の幽霊たちと同じように勉強を教えた。
 

 ちなみに幽霊は基本的に実体がないので、ものに触ることはできないらしいが、勉強用具にだけは触ることができるらしい。


 




 瀧さんの話はこれで終わりである。瀧さんと幽霊の関係は理解できたが、今塾に通っている幽霊たちには記憶がない。これはどういうことだろうか。


「記憶がないのは最近の幽霊の特徴です。自分が自殺してしまったとして、それを覚えていたいと思うでしょうか。生前の人生が嫌で嫌でたまらずに、忘れてしまっている生徒も多いのですよ。事故も病気もそうです。最近の子供たちは、嫌なことについての耐性があまりに弱い。我慢ができずにいるので、きっと幽霊になってまで覚えていたい記憶なんてない子供が多いのではないのでしょうか。」


 瀧さんに疑問に思ったことを聞いてみると、このように言われた。確かに嫌な記憶は忘れてしまいたくなる。ただそれだけで、塾にいる生徒全員が、自分の生前の記憶を忘れてしまうものだろうか。瀧さんの答えに納得はできなかったが、これ以上追及することはあきらめた。追及したところで真実にたどりつけるとは限らない。


 


 瀧さんの話を聞き終えて、家に帰る途中で寺の前を通り過ぎた。そして立ち止まって寺の境内を覗いてみる。いつもは通り過ぎるだけで、寺の前で立ち止まったりはしない。しかし、瀧さんがお寺の息子だということを思い出した。

 とはいえ、時間はすでに夜の10時過ぎである。いくらなんでも寺の境内にまで入る勇気はなかったので、境内を遠くから覗くだけにして、そのまま家に帰った。
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