見た目と性格が一致しなくてもいいですか?

折原さゆみ

文字の大きさ
2 / 27

2手をつなぐ行為

しおりを挟む
「僕、水族館なんて久しぶりに来ました。真珠さんはどうですか?」

「私も仕事が忙しかったので、久しぶりです。やっぱり、休日は人が多いですね」

「でも、混んでいる理由がわかる気がします。魚を見ると、なんだか心が癒されます」

 水族館は彼の言葉通り、混雑していた。しかし、事前にチケットをネット購入していたおかげでスムーズに入館することができた。パンフレットをもらって、一緒に水槽の中の魚を見ていたが、確かに彼の言葉通り、生き物を見ているとそれだけで心が穏やかになる。

「葛谷さんと一緒に水族館に来られてよかったです」

「それはよかったです。僕も真珠さんと一緒に来られてよかったです」

 彼はずいぶんと女性に慣れているように見えた。私が彼に好意を持っているのを感じ取ったのか、さりげなく手を差し伸べてきた。恐らく、手をつなぎながら、水族館を回りたいのだろう。辺りを見渡すと、家族連れも多いが、カップルで来ている人たちも多い。親と子供、大人同士、手をつないでいる人が目に入る。

「あ、近くでアシカショーがやるみたいですよ。ちょうど11時から見たいです。折角だし、見ていきましょう!」

「そ、そうですね。見に行きましょう」

 私は彼の手を取ることなく、急ぎ足でアシカショーの会場に足を進める。彼は自分の手をじいと眺めていたが、何も言うことなく私の後に続く。

(まだ私たちは出会って二度目だ。手をつなぐほど親しくなったわけじゃない。それに、人前で手をつなぐのは、恥ずかしい。それが理由だから)

 決して、彼と手をつなぎたくなかったわけではない。

 手をつながなかった理由を頭の中で必死に考える。公共の場で手をつなぐことがいけないわけではない。誰にも迷惑をかけていないし、自分たちの仲の良さをアピールできる。子供と大人なら、子供を見失わないようにするという理由がある。

(でも、一番の理由は……)
 
 基本的に私は他人との接触があまり得意ではない。モデル時代もメイクや衣装を担当してくれる人たちには申し訳ないが、なるべく自分の手でできるところは自分でやってきた。自分の手汗も気になるが、他人に触られると気分が悪くなる。将来、付き合うかもしれない人でさえ、今の段階だと手をつなぐ行為に気持ち悪さを感じる。

「私、これで本当に恋人ができるかなあ」

「何か言いました?」

「いえ、ただ、アシカショーを楽しみにする大人って、どうかなと」

 つい、心の中の声が口から出てしまう。慌てて笑顔を作って取り繕う。隣には手をつないでもらえなかった彼が、少し寂しそうな表情をして歩いていた。差し伸べた手を取ってもらえなかったのだから当然だろう。とはいえ、私にだって事情がある。

 アシカショーの会場に着くまでの間、私たちは無言だった。


「やっぱり、アシカショーは人気ですね」

「人が多くて、後ろの席になってしまいましたね。でも、水はかからないので、逆に良かったと思うことにします。上からだとショー全体も見えますし」

「水がかからないのはよいことですけど……」

「葛谷さんは前で見たかったですか?もっと早くアシカショーの会場に来ていればよかったですね」

「いえ、それは大丈夫です。もうすぐ始まるみたいです」


 私が手をつながなかったことで、彼は少し不機嫌な様子だった。言葉は丁寧だが、その中にいらだちが見え隠れしている。やはり、気持ち悪くなっても手をつなぐべきだっただろうか。隣の席に座る彼の手を見つめるが、どうしても彼と手をつなぐ気にはなれない。

 彼は私にぴったりと身体を寄せてきた。手を繋げない代わりとでもいうように、距離を詰めてきた。そして、再度手を私に伸ばしてくる。それに対して、私はばれない程度に横にずれて、彼の手はさりげなく彼の身体に戻しておく。

 マッチングアプリで出会ったからには、当然、大人の付き合いを期待する者も多いだろう。彼もまた、私との夜を期待している。一度目は様子見と言うことだったのか。二度目に会った時には手を出そうという魂胆か。

【それでは、ショーを開始します!まずは今日活躍してくれるアシカの紹介をしていきます!あーちゃんと、しいちゃん、よろしくね】

 私たちが静かな攻防をしている間に、ショーが始まった。二匹のアシカが飼育員の指示に従って水槽と観客席ぎりぎりの場所を泳いでいく。最後に中央で高くジャンプすると、観客から盛大な拍手が送られる。

「きょ、今日の夕食、楽しみですね」

「そうですね。人気の店を予約できたので、真珠さんも気に入ってもらえると思います」

 アシカショーの最中、彼はずっと私に手を伸ばし続けてきたが、私が彼の手を取ることは一度もなかった。
  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く

魚谷
恋愛
「好きだ、愛している」 帝国の英雄である将軍ジュリアは、幼馴染で、眉目秀麗な冷血魔導ギルフォードに抱きしめられ、愛を囁かれる。 混乱しながらも、ジュリアは長らく疎遠だった美形魔導師に胸をときめかせてしまう。 ギルフォードにもジュリアと長らく疎遠だったのには理由があって……。 これは不器用な魔導師と、そんな彼との関係を修復したいと願う主人公が、お互いに失ったものを取り戻し、恋する物語

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...