この声が君に届くなら

折原さゆみ

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『夜奏楽!』

 家に帰ると、光流は昼休みのことを妹に追求しようとしたが、すでに家には先客がいた。玄関には女性ものの靴が二足並べられている。一足は夜奏楽のスニーカーで、もう一足は光流にとって見慣れたものだった。

「おかえり。アリスちゃんが来ているわよ」

『しってる゛』

 母親が光詩の帰宅に気づいて声をかけるが、光詩はそれどころではなかった。

(アリスが来ているのなら)

 さすがに夜奏楽が光詩の部活のことを話すとは思えないが、妹のことだ。何をしでかすかわからない。最近、家にアリスを呼んでいなかったのに、急に家に呼んだことが気にかかる。

母親への帰宅の挨拶も適当に、光詩は二階の夜奏楽の部屋に突撃する。ドアをノックすることなく、光詩は部屋のドアを開ける。

「ああ、お兄ちゃん。ちょうどよいところに」
【お、お邪魔しています!】

『ああ』

 部屋には部屋の主とその親友がベッドに隣同士で座っていた。光詩が来ることを予想していたのか、夜奏楽に驚きの表情はなかった。アリスもまたそこまで驚いてはいなかった。

「乙女の部屋に入るのにノックしないとか非常識だけど、今日は特別に許そう。その辺にあるクッションを使って床に座りたまえ」

 ノックをしなかったことは許されたのでほっと胸をなでおろす。話し方が妙に上から目線なことが気になるが、妹に言われるがまま、光詩は部屋の隅に置かれたクッションを手に取り、床に敷いて腰を下ろす。

「そういえば、お兄ちゃん、ずいぶんと慌てて私の部屋に来たようだけど、着替えなくていいの?」

 腰を下ろしたとたんに、夜奏楽が光詩の服装について言及する。光詩は帰宅したときのままであり、制服を着たままだった。夜奏楽は既に半そで短パンというラフな私服に着替えていたが、アリスは制服を着ていた。

『べつに、へい゛き、』

 光詩が部屋に来た理由を知っているはずなのに、夜奏楽ははぐらかすかのように大声を出す。

「お兄ちゃんがいいなら別にいいけどね。それでは、今日も張り切って学校の宿題を進めますか!」

 元気がいいのは妹の夜奏楽のみ。その兄と親友は顔を見合わせ、小さく溜息をついた。部屋はエアコンがよく効いていて、快適に勉強できそうな環境ではあった。



「お兄ちゃん、この問題の意味わかんないんだけど」
【夜奏楽ちゃん、ここの意味は……。光詩先輩の勉強の邪魔はダメだよ】

「えええ、せっかく年上がいるんだよ。『使えるものは親でも使え』って言うでしょ。だったら、お兄ちゃんも使っていいってことでしょ」

【あのねえ。夜奏楽ちゃんはもっと、年上を敬うべきだよ】

 妙に機嫌のよい妹に何かしかけられるのかと警戒していたが、特に変わったことはなかった。ただいつものように三人で学校の宿題をするだけの時間が続いていく。いつもと違うことといえば、光詩の部屋ではなく、夜奏楽の部屋で宿題をやっていることくらいだろうか。

『あ、あの。あ゛りす』

 アリスが光詩の部活のことを知っているのかが気になって、光詩は学校の宿題が手につかなかった。とはいえ、知っていても知らなくても、光詩はどうせ話すことになるのだったら、話すのはいまだと、腹をくくることにした。

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