41 / 72
41体育際が始まる
しおりを挟む
体育祭当日はあっという間にやってきた。当日は雲一つない快晴で、6月だというのに真夏のような陽気だった。
「第32回体育祭を始めます」
開会式のために校庭に集合していた生徒たちは、立っているだけなのに汗ばんでいる。光詩もまた、他の生徒たちと同様に汗をかいていた。もともと体育祭に対してのやる気がないため、すでに家に帰りたくなっていた。
開会のあいさつが終わり、体育祭が幕を開けた。
「お兄ちゃん、同じ団として、優勝目指して頑張ろうね!」
光詩の通う高校は、校則で髪を染めることが禁止されている。必然的に生徒の髪の色は黒一色だ。そんな中、光詩たちの団の色は黒であるため、鉢巻を巻いても他の団に比べて目立たない。
(なんか、地味に面白いな)
暑さで現実逃避をしていた光詩は、開会式が終わって自分の団の持ち場の席に座っていた。校庭の隅の木陰が生徒たちの応援席となっていた。そこで、これから行われる競技を前に現実逃避をしていた。そこに声をかけてきたのは同じ団の妹だった。
「ねえ、聞いてる?まだ開会式しか終わってないのに、どうしてそんなに疲れ切った顔をしているの?まったく、これだから帰宅部は体力がなくてダメだといわれるんだよ」
『どうして、ここによ゛夜奏楽がい゛る゛んだ?』
妹の声に現実に戻された光詩は、妹が応援席にいることに疑問を抱く。
基本的に競技に出ない生徒は、自分の指定された場所に待機ということになっているが、この暑さで、光詩ように素直に席についている人は少ない。校舎の片隅の日陰の涼しいところで休んでいるか、他の生徒の競技の応援のために席を外していた。
「アリスが出るから、お兄ちゃんと一緒に応援しようかなと思って」
(そういえば、そうだった)
夜奏楽の言葉に先日、アリスと交わした約束を思い出す。
【お願いがあります】
光詩の家で二人きりになり、互いの気持ちを伝えあった光詩とアリスは、その後、光詩に一つの頼みごとをしていた。
【私、体育祭で100m走とリレーに出るんですけど、その時に私を応援してくれませんか?】
両想いになったからという理由でのお願いに、何か特別なことを言われるかと身構えていた光詩だが、アリスからの願いは普通の人間にとってはとても簡単なものだった。そう、普通の人間にとっては。
『そ、それ゛は……』
【私ってば、図々しいお願いでしたよね。両想いになったからと言って、出過ぎたお願いでしたよね】
光詩は学校では極力、声を出さないように生活している。そんな自分に体育祭での応援を頼むとは予想外だった。アリスだって、光詩が学校で声を出さないようにしていることは知っているはずだ。どうして、このタイミングでそんな願いを口にしたのだろうか。
【私、実は結構あがり症で、本番に弱いタイプだから、もし、光詩先輩が応援してくれたら失敗せずに頑張れるかなって。無理ならただ、私が出る競技を見てくれるだけで充分です。それだけで力になりますから】
光詩の戸惑いの言葉に、アリスはとても寂しそうな顔をした。それでも、光詩は彼女の願いに頷くことができなかった。
そしてそのまま、アリスは悲しそうな表情のまま、家に帰ってしまった。その後はなかなか互いの時間が合わないことや、夜奏楽がアリスを光詩たちの家に呼ぶことがなかったので、体育祭当日をぎくしゃくした関係のまま迎えてしまった。
あれから光詩は、アリスのお願いについて自分なりに考えていた。アリスはなぜ、光詩に体育祭の応援をしてくれなどと口にしたのか。声に悩みを持つ者同士でわかり合えていたと思ったのは、気のせいだったのか。
気のせいではなかったと思いたい。何かアリスなりに意図があったのかもしれない。とはいえ、そんな大層な理由がなくても、両想いで恋人同士になった今、応援してほしいという頼みを無碍にするわけにはいかない。
「第32回体育祭を始めます」
開会式のために校庭に集合していた生徒たちは、立っているだけなのに汗ばんでいる。光詩もまた、他の生徒たちと同様に汗をかいていた。もともと体育祭に対してのやる気がないため、すでに家に帰りたくなっていた。
開会のあいさつが終わり、体育祭が幕を開けた。
「お兄ちゃん、同じ団として、優勝目指して頑張ろうね!」
光詩の通う高校は、校則で髪を染めることが禁止されている。必然的に生徒の髪の色は黒一色だ。そんな中、光詩たちの団の色は黒であるため、鉢巻を巻いても他の団に比べて目立たない。
(なんか、地味に面白いな)
暑さで現実逃避をしていた光詩は、開会式が終わって自分の団の持ち場の席に座っていた。校庭の隅の木陰が生徒たちの応援席となっていた。そこで、これから行われる競技を前に現実逃避をしていた。そこに声をかけてきたのは同じ団の妹だった。
「ねえ、聞いてる?まだ開会式しか終わってないのに、どうしてそんなに疲れ切った顔をしているの?まったく、これだから帰宅部は体力がなくてダメだといわれるんだよ」
『どうして、ここによ゛夜奏楽がい゛る゛んだ?』
妹の声に現実に戻された光詩は、妹が応援席にいることに疑問を抱く。
基本的に競技に出ない生徒は、自分の指定された場所に待機ということになっているが、この暑さで、光詩ように素直に席についている人は少ない。校舎の片隅の日陰の涼しいところで休んでいるか、他の生徒の競技の応援のために席を外していた。
「アリスが出るから、お兄ちゃんと一緒に応援しようかなと思って」
(そういえば、そうだった)
夜奏楽の言葉に先日、アリスと交わした約束を思い出す。
【お願いがあります】
光詩の家で二人きりになり、互いの気持ちを伝えあった光詩とアリスは、その後、光詩に一つの頼みごとをしていた。
【私、体育祭で100m走とリレーに出るんですけど、その時に私を応援してくれませんか?】
両想いになったからという理由でのお願いに、何か特別なことを言われるかと身構えていた光詩だが、アリスからの願いは普通の人間にとってはとても簡単なものだった。そう、普通の人間にとっては。
『そ、それ゛は……』
【私ってば、図々しいお願いでしたよね。両想いになったからと言って、出過ぎたお願いでしたよね】
光詩は学校では極力、声を出さないように生活している。そんな自分に体育祭での応援を頼むとは予想外だった。アリスだって、光詩が学校で声を出さないようにしていることは知っているはずだ。どうして、このタイミングでそんな願いを口にしたのだろうか。
【私、実は結構あがり症で、本番に弱いタイプだから、もし、光詩先輩が応援してくれたら失敗せずに頑張れるかなって。無理ならただ、私が出る競技を見てくれるだけで充分です。それだけで力になりますから】
光詩の戸惑いの言葉に、アリスはとても寂しそうな顔をした。それでも、光詩は彼女の願いに頷くことができなかった。
そしてそのまま、アリスは悲しそうな表情のまま、家に帰ってしまった。その後はなかなか互いの時間が合わないことや、夜奏楽がアリスを光詩たちの家に呼ぶことがなかったので、体育祭当日をぎくしゃくした関係のまま迎えてしまった。
あれから光詩は、アリスのお願いについて自分なりに考えていた。アリスはなぜ、光詩に体育祭の応援をしてくれなどと口にしたのか。声に悩みを持つ者同士でわかり合えていたと思ったのは、気のせいだったのか。
気のせいではなかったと思いたい。何かアリスなりに意図があったのかもしれない。とはいえ、そんな大層な理由がなくても、両想いで恋人同士になった今、応援してほしいという頼みを無碍にするわけにはいかない。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
月曜日の方違さんは、たどりつけない
猫村まぬる
ライト文芸
「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」
寝坊、迷子、自然災害、ありえない街、多元世界、時空移動、シロクマ……。
クラスメイトの方違くるりさんはちょっと内気で小柄な、ごく普通の女子高校生。だけどなぜか、月曜日には目的地にたどりつけない。そしてそんな方違さんと出会ってしまった、クラスメイトの「僕」、苗村まもる。二人は月曜日のトラブルをいっしょに乗り越えるうちに、だんだん互いに特別な存在になってゆく。日本のどこかの山間の田舎町を舞台にした、一年十二か月の物語。
第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます、
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろうでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる