私の大事な妹は

折原さゆみ

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24作戦会議③

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 結局、歩武たちは、今日は清春の家に泊ることに決めた。両親の説得はすでにセサミたちが済ませたということで、両親に迷惑がかからないということが決め手となった。

「じゃあ、今すぐ作戦会議と言いたいところだけど、先にお風呂に入ってくるといいよ。そろそろ、風呂が沸くころだと思うから」

『お風呂が沸きました』

 清春の言葉のすぐ後に、タイミングよく電子音声が部屋に鳴り響く。泊まらせてもらう身でありながら、先にお風呂をいただくことを遠慮した歩武だったが、強引に清春に入れと言われてしまい、しぶしぶ先に風呂に入ることにした。



「さて、遠野さんは風呂に行ってしまったけど、君たちはもちろん、人間ではないのだから、風呂なんて入らなくてもいいよね?」

「まあ、入らなくても汚れないからね」

「案外、この身体も便利なものだぞ」

 部屋には清春とセサミとアルの三人が残された。この三人の間には友好関係などなく、歩武がいなくなった途端に、セサミとアルは清春を敵意に満ちた表情で見つめる。清春もまた、歩武には見せなかった、鋭い視線で見つめ返す。両者のにらみ合いは数秒間続いた。

「ところで」

 先に視線をそらしたのは清春だった。彼らから、後輩の妹だという存在について聞いておきたいことがあった。

「彼女は、どうして遠野さんに固執しているのか理由を知っているか?」

 あんな化け物じみた存在をそばに置いておく後輩もたいがいだと思う。とはいえ、彼女が後輩に取り憑いている理由が今は知りたかった。兄のもとから奪い返したとして、その後、害をなす存在にならないとも限らない。

「理由、ねえ。そんなの一つしかないだろ」

「そうそう。一つだけ。それは」

『歩武がお人好しだから』

 息をそろえた回答に清春は苦笑する。人外にお人好しと称される彼女に同情した。しかし、お人好しなど、彼女以外にもいるはずだ。それなのになぜ、彼らも後輩の妹という存在も、後輩に取り憑いているのだろうか。

「不思議に思っている顔だな。そんなの、一人が取り憑けば、その相手は居心地がいいだろうと俺たちは認識する。つまり、一人に取り憑かれるということは、俺たちみたいな存在を引き寄せるきっかけにもなるということだ」

「だから、僕たちは最初からあいつに憑りついていた歩武に興味を持った。興味を持ったうえで、歩武との生活は楽しそうだと感じたから、無理やり彼女の家に居座ることにした」


 なるほど。彼らの言うことには一理ある。人の物が羨ましくなるというやつだ。とはいえ、彼女にそこまで人外の存在を引き付けるような魅力があるとは思えなかった。後輩に興味がわいた清春だが、今はそんなことを悠長に話し合っている暇はない。

「まあ、それはまた、いずれ詳しく聞きたいところだ。その前にさっさと目の前にある問題を片付ける方が先決だ」

 話題をもとに戻した清春に気を悪くすることなく、セサミたちは黙って頷く。歩武が風呂から上がるまで、彼らはどうやってミコを救出するのかについて話し合った。





 風呂から上がった歩武は先輩が用意してくれた灰色のスウェット上下に身を包んでいた。女性用の下着が準備されていたことに驚いたが、すぐに先輩には姉か妹がいるのだろうと推測して、おとなしくそちらも黙って身に着けることにした。

「先輩、お風呂、ありがとうございました。服も準備してくださって」

 歩武が風呂から上がり、リビングに入ると、清春たちはソファに座り向かい合って、真剣にミコ救出の作戦会議をしている最中だった。



「やっぱり、あいつより興味を持つ存在を見つけるのは難しいな」

「当たり前でしょ。僕たちが祓い師だったら、絶対にあいつを手放すわけないし」

「じゃあ、その作戦は没だな。次の作戦はオレの働きが重要になるな。とはいえ、相手は自分の兄だから、何とかなるかもしれない」

「それがいいよ。歩武に協力すると言ったのはお前だし、そもそも、お前の兄が今回の騒動を引き起こした張本人だ。弟のお前が責任を持つのが妥当だ」

「オレもその意見に同感!」

 猫耳少年とうさ耳少年、それに学校の先輩の三人が顔を寄せて真剣に妹のために作戦会議をしている。異様な状況だったが、自分一人ではどうしようもない問題に仲間と一緒に取り組もうとしている。そんな事実に気づき、歩武は胸が熱くなる。

「先輩、セサミにアル、あ、ありがとう。私と妹のミコのために」

 今までミコと二人の狭い世界で生きてきた。ミコさえいれば、歩武にとってはそれだけでよかった。そんな歩武の生きがいともいえる存在だったミコがいなくなって、初めてそれがまやかしだったのだと思い知らされる。三人に感謝の言葉が出たのは自然なことだった。

「い。いきなり感謝されてびっくりだよ。えっ!どうして感謝しながら泣いているの?」

「まだ、助け出せてもいないのに、気が早い奴だな」

「まったく、姉をこんな風にした妹は罪深いね。さっさと助け出して、問いたださないとね」

 歩武が感謝の言葉を述べると、三人は彼女が部屋に入ってきたことにようやく気付いたようだった。三人が顔を上げて彼女を見ると、なぜか涙を流していた。突然泣き出した歩武に三人は慌てて慰めようと口を開く。

 不器用な彼らの様子に歩武は泣いているのに、笑ってしまう。彼らとなら、ミコを取り戻せる。そんな気がした歩武は、彼らの話していた作戦会議に加わることにした。




「先ほどは、突然、泣き出してしまってすみません。私一人ではないと、仲間がいるのだと思ったら、思わず涙があふれてきてしまいました」

 涙が引っ込み、落ち着いたころ、歩武は彼らに先ほどのことを謝罪する。そして彼らの返答を待たずに話を続ける。

「それで、何かミコを助ける良い作戦は思いつきましたか?私が入浴中にずいぶんと話が進められていたみたいですが」

「ええと、そうだな。先に話していたんだが、とりあえず、現段階で三つほど、アイデアが上がった」

 泣き止んだとはいえ、まだ精神状態が不安定だと思っていた後輩からの言葉に戸惑いながらも、清春は応えていく。それに続いてアルが簡単にその3つの作戦を説明してくれた。

「そんなに難しいことじゃないよ。まずは……」

①陽動作戦
ミコより興味が持てるような相手を見つけて誘い出す

②油断作戦
弟が兄に取り入り、ミコの居場所を教えてもらう

③おとり作戦
歩武がおとりになる

 アルの説明を要約すると、確かに簡単なことだった。歩武がおとりになるという三つ目の作戦は、自分がメインになるもので、ぜひ採用して欲しいと思った。

「私は三つ目の作戦をぜひ、採用して欲しいと」

『却下』

 作戦を考えたのは三人なはずなのに、なぜか否定されてしまった。納得いかない顔の歩武に仕方ないと清春が補足する。

「さすがに一般人の君を最前線に使う作戦はダメだよ。もちろん、君の妹ということで、遠野さんも一緒に助けるために手伝うことはして欲しい。でも」

「相手がこいつの兄という情報だけじゃ、危険すぎる」

「僕の思い付きだけど、発言したことを後悔しているよ」

 手伝うことは反対されなかったことに、少しだけ安心した。とはいえ、おとりという作戦は没となり、深夜になるまで、歩武たちは清春の部屋で議論するのだった。




 日付をまたぐ頃になったが、なかなかこれだと思うような作戦が立てられないでいた。しかし、歩武があくびを始めたところで、清春が中断を切り出した。そうなると、次の問題は寝る場所となる。

「隣の部屋を使ってくれればいいよ。隣にオレの姉の部屋があるから。もう、家を出ていて、ほとんど家に帰って来ないから、使って大丈夫だよ」

「やっぱりお姉さんがいたんですね。お風呂場の謎が解決できてよかったです」

 とはいえ、すぐに問題は解決する。清春が提案したことであっさりと寝る場所が決定する。セサミとアルも当然、歩武の部屋で寝ようとするが、そのことに清春は文句を言うことはなかった。


「おやすみなさい」

 隣の部屋に入ると、そこは大人女子という感じの部屋だった。姿見があり、化粧道具が机の上にたくさん置かれていた。

 お姉さんに感謝して、歩武はベッドにもぐりこむ。ほとんど家に帰っていないのは本当らしく、布団からは他人の匂いはそこまで感じ取れなかった。

「ポン」

「セサミ、アル」

 ケモミミ少年姿だった二人はいつの間にか動物の姿になっていた。猫とウサギが歩武のもぐりこんだベッドに忍び込んできた。

「今日は疲れたね。早く、ミコを助けるために、今日はもう、寝ようか」

 歩武は二匹を胸に抱えて目を閉じる。すぐに睡魔が押し寄せてきた。

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