私の大事な妹は

折原さゆみ

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21作戦会議①

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「自己紹介は必要かな?」

 歩武たちは彼女の部屋に集まっていた。床にクッションを置いて、向かい合って腰を下ろす。先に口を開いたのは清春だった。

「オレはセサミ」

「僕はアル」

「それだけじゃあ、自己紹介にならないんじゃ……。ええと、先輩、彼らは」

 清春の言葉に名前だけを名乗った二人はそれっきり口を閉じて、じっと歩武の様子をうかがってくる。これだけでは説明不足かと歩武が口を開くが、特に説明を必要なかったらしい。

「別に構わないよ。彼らが話したくないのならね。オレの名前は清春。お互いに名前さえわかればいいさ」

「そうですか……」

 自己紹介が必要だと言ったのは清春だった。それなのに、名前を名乗るだけであっけなく互いの自己紹介が終わってしまう。歩武はこの場にいるセサミやアルのことは知っているし、清春のことも多少知っている。だが、彼らは昨日会ったばかりでお互いの存在を知らない状態である。そんなよく知りもしない相手と協力などできるものだろうか。

「大丈夫だよ。こういう存在のことは、オレの仕事柄、よくみているからね」

「僕たちもお前みたいな存在は気をつけろと言うことはわかっているから、問題はないね」

「同感だ。そんな奴を助けに呼んだ歩武の神経を疑うが、あいつを助けたいのなら仕方ないのかもしれないな」

 歩武が思っている以上に、彼らはお互いのことを理解していた。険悪な雰囲気ではあるが、今この場で、争いごとが起こる気配はなかったので、歩武は本題に入ることにした。

「じゃあさ、セサミたちはミコの救出作戦に協力してくれるってことでいいよね?その作戦会議をするために、今日は先輩を家に呼んだんだよ」

「そうだね。そのためにオレは遠野さんの家にお邪魔している」

 ミコの言葉に一瞬、嫌な顔をした二人だが、協力を否定されることはなかった。

「仕方ないけど、あいつが家に帰って来ないこと自体が異常事態だぞ。いったい、誰に捕まったんだ?場合によっては、オレ達では対抗不可能かもしれない」

「僕もそれが気になっていた。そこの祓い師くらいなら僕たちだけで何とか対処できるけど、もし、それより強い奴に目をつけられて捉えられているのなら、難しいと思うよ」

 しかし、セサミたちの次の言葉に歩武の心配はさらに増えることになる。彼らから見ても、清春の兄は手ごわい相手ということらしい。そんな相手からミコを救出するとなれば、念入りに計画を練る必要がある。


「君たちにそんなことを言われるとは心外だね。オレだって、やろうと思えば君たちのこと」

『無理だ』

 兄の評価を聞いた清春が口をはさむが、セサミたちに即座に否定される。あまりの即答に苦笑した清春だったが、すぐに表情を切り替えて作戦会議が始まった。




「まずは、ミコのいる場所を特定しなくちゃいけないよね。先輩はお兄さんと一緒に住んでいるのですか?」

 手始めに清春の兄の居場所を質問する。もし、一緒に住んでいるのだとしたら、ミコは別の場所に監禁されている可能性がある。

「残念ながら、一緒には住んでいないよ。兄は大学に入るのを機に一人暮らしを始めてしまった。住所は教えてもらっているけど、そこにはもう、住んでいないみたいで、最近、引っ越しをしたみたいだ」

「引っ越し……。じゃあ、まったくお兄さんの居場所はわからないってことですか。そうなったら、ミコの居場所なんて」

 到底わからないではないか。

 救出作戦は最初から躓いてしまっているということになる。居場所がわからないのに作戦などたてられない。どうしたらいいのか、歩武は清春の顔を見つめる。そこで、救いの手を伸べたのは、セサミたち人外だった。

「こいつの兄に捕まっているということは、歩武たちの話しから分かったけど、あいつの居場所はすぐに見つかると思うぞ」

「そうだね。僕たちなら、簡単に見つけ出せるよ」

 どうやら、彼らには彼らなりのミコを見つける方法があるようだった。すがるような目を彼らに向けると、セサミが首をかしげて歩武に問いかける。

「歩武は、今まであいつを見失ったことはあるか?いや、あいつがそばから離れていたことはあるか?」

 まるで、そこに答えがあるのに、なぜわからないんだという調子のセサミに、歩武は今まで過ごしたミコとの思い出を振り返る。

「そういえば、私が迷子になって家族とはぐれたときは、ミコがいつも私を迎えに来てくれたかも……」

 思えば、いつも歩武のそばにはミコの姿があった。最近は一緒に寝ることはなくなったが、昔はよく夜も一緒に寝ていたくらいだ。ミコという存在は、歩武の隣にいることが当たり前の存在となっていた。姉妹の絆よりも深い絆か何かで結ばれているような気さえしてくる。

「それがどうしたの?もし、そうだとしても、私がミコの居場所がわかる能力はないと思うよ。だって、迷うのはいつも私で、探し出してくれるのはミコの役目だったから」

 話していて、改めて逆の立場になったことはないと自覚する。妹だと思っていたミコが実は人外だと知った今となっては、どうしてミコが歩武のことを探し当てられていたのか納得できた。きっと、人外の力で歩武の居場所を知ったのだろう。

「いや、逆も可能かもしれない」

 清春がうんうんと頷いていた。何を根拠にと思ったが、口にすることはできなかった。




「ただいま」

 玄関が開く音がして、続いて両親の声が二階まで聞こえてきた。部屋にかけられた時計に目を向けると、話し始めてから30分以上が経過していた。そろそろ両親が帰ってきてもおかしくない時間となっていた。外を見ると、すっかり日が暮れていて、うす暗い闇が広がっていた。慌ててカーテンを閉めて、歩武はこの場にいる先輩の対処はどうしようかと焦りだす。

「大丈夫だよ。これでも、祓い師のはしくれだからね。いろいろ、依頼者の記憶に残ってはいけない秘密事項もあるから、他人の記憶をいじることができるよ」

 君の両親が待っているだろうから、いったん、部屋の外に出ようか。

 歩武の腕を引き、清春は彼女の部屋から出ようとする。そんなことが可能なのかと思ったが、急がないと両親に怪しまれてしまう、ここは先輩のことを信用することにして、おとなしく二階の自分の部屋から玄関に向かうことにした。

「さっさと戻ってきてねえ」

「あいつを助けたいのなら、時間がないかもしれないぞ」

 人外の二人は、彼らに手を振るだけだった。 


「お、お帰り。お母さん、お父さん」

「ただいま。あら、そちらの方はどなたかしら?初めて見る顔ねえ。もしかして」

 歩武たちが玄関に顔を出すと、両親はすぐに歩武の後ろの清春に気付いた。なんて説明しようかと迷っていると、先輩が前に進み出て自己紹介を始めた。

「初めまして。僕は歩武さんとお付き合いをさせていただいています、安倍清春(あべきよはる)と言います。ご両親に何も言わずに、自宅にお邪魔してしまって申し訳ありません」

「つ、付き合っているって、いやいや。先輩。話とちが」

「つき合っているということは、君は歩武の彼氏だと?見たところ、君は歩武と同じ学年ではないようだが」

「確か、その校章の色は歩武の一つ上の学年ね」

 一体どこで知り合ったのかと言いたいのだろう。父親が驚いていたが、歩武も同じ気持ちだった。まさか、そんな自己紹介をするとは思ってもいなかった。両親は驚いている割に、冷静に清春のことを見ていたようだ。歩武も清春も制服のまま、セサミたちと話し込んでいた。男子も女子も制服に学年色である校章ピンを胸につけている。そこで清春の校章が歩武の学年色と違うことに気付いたらしい。

 両親の指摘に頭を抱えたのは歩武だけだった。指摘された当の本人はすました顔で平気で嘘をつく。

「ええと、話をすると長くなるのですが、簡単に出会いを説明すると、部活です」

『部活!』

 両親の問い返しの言葉には、歩武の声も混じっていた。両親は当然、歩武が入部した部活を知っている。運動部でもない、ほとんど活動をしていない美術部に入った娘に、男の先輩との接点は見つからないだろう。歩武もその考察に同感だった。むしろ、歩武の方がどうやって部活で先輩と知り合い、彼氏と彼女の関係に発展するのか聞いてみたいところだ。


「はい、部活です。とはいえ、実際に出会ったのは部活ではないんですが……」

「あ、あの。お母さん。私、先輩を家に送ってくるね。先輩、今日は遅くまでありがとうございました。また、明日学校でゆっくりお話ししましょう」

 これ以上、先輩の好き勝手に話を進められては適わない。歩武は、今日はもう、先輩を家に帰すことに決めた。

「確かに日が暮れているし、帰った方がいい時間ですね。今日はお邪魔しました」

 もっと、家に居座ることを想定していた歩武は、先輩があっさりと帰ると言い出したことに拍子抜けする。とはいえ、両親とこのまま話し続けるわけにもいかない。両親たちも引き留めては悪いと思ったのか、歩武たちを快く外に出してくれた。ここで、夕食を一緒に取ろうと言い出さなかったことにほっとした。

 いったん、荷物を取りに歩武の部屋に戻った二人は、セサミたちに事情を説明して、急いで荷物を持って玄関まで戻る。両親はリビングに居たので、手短に挨拶をして、二人は家を出た。




「両親がこんなに早く帰ってくるとは思いませんでした」

「いや、オレも両親についてはある程度、予想していたことだから、問題ないよ」

「問題なくはないです。さっきの会話は何ですか?記憶をいじることができるって嘘だったんですか!」

 二人は暗闇が広がる道路を歩いていた。二人になった途端、先ほどの両親との会話が思い出されて、つい、攻めるような口調になってしまう。

「嘘ではないけど、君の両親を見て、いじる必要を感じなかったんだ。それに」

 すでに両親の記憶は何者かにいじられている。

 清春の返事に歩武は言葉を失ってしまう。次々に明るみに出る自分の妹による行為にめまいがしてくる。どう考えても、両親の記憶をいじるなんて人間離れした行為ができるのは、一人しか考えられない。

「それって……」

「君の思っている相手で間違いはないと思うよ。ああ、この辺で見送りはいいよ。女子を夜道で一人歩かせるのは危険だからね。それとも、今日はオレの家に泊る?」

 歩みを止めた歩武を見かねて、清春が唐突に別れを告げる。そして、にっこりと後輩を試すようなことを口にする。しかし、彼女は清春の意図していたことに気付くことなく、しばらく考え込んでいた。


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