私の大事な妹は

折原さゆみ

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3居候

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「ねえ、あの猫耳少年は、本当にあの捨て猫の幽霊なの?」

 ミコの言う通り、少年と話していた時間は操作されていたらしく、部屋を出てリビングに着くと、母親が朝食を準備して待っていた。しかし、怒られることはなく、早く食べて学校に行きなさいと諭されるのみだった。少年と話していた時間は結構長かったと思うので、やはりミコが何かしたらしい。

 学校には当然、ミコと一緒に登校していた。そのため、歩いている最中に歩武が気になることを妹に問いかける。それ以外にもどうやって時間を操作したのか、どうして猫耳少年が私の部屋にいるのかなどの疑問がたくさんあったが、一番気になることを聞くことにした。

「お姉ちゃんがそう思うのなら、そうなんだよ。ねえ、もし、あいつが本気で邪魔だと思うのなら、私がすぐに消してあげるけど」

「そんな物騒なこと言わないで。とりあえず、人間じゃないってことは間違いないんだね?」


 念のため、今朝見た少年が人外であることを確認する。そうでないと言われてしまえば、歩武と同じ年ごろか、それよりも年下である人間を家にかくまっていることになる。歩武は犯罪者になってしまう。人間だった場合は、丁重にお帰り願う必要がある。

とはいえ、今朝からの会話を聞いていれば、人外であることは間違いない。人外なら、家においてもいいのか、という問題もあるが、歩武はその辺の感覚が鈍っていた。

「今更そんなこと聞く意味あるの?ああ、他人に見られる心配しているのなら、そこは心配ないよ。あいつはお姉ちゃんの思っている通りの存在で、私とお姉ちゃん以外には姿が見えないことになってるいから。当然、お姉ちゃんのお母さんとお父さんにも見えないよ」

 まるで、歩武の心の中を読んでいるかのような回答がミコから返ってくる。

「見えないのなら、まあいいか」

 それにしても、自分の両親のことを他人事のように話すミコに違和感を覚える。しかし、少年の今後のことの方が歩武には重要なことで、気にすることはなかった。




「なあ、お前はどうしてオレを拾わなかったんだ」

「宿題をやっているときは、私に話しかけないでくれる?」

 猫耳少年が家に居着いてから一週間が経過した。少年は結局、歩武の家で過ごすことにしたようだ。歩武たち以外には本当に姿が見えないらしい。歩武が一階のキッチンで夕食の手伝いをしているところに、突然少年が現れても、母親は彼の存在を無視して、普通に歩武に話しかけていた。


「お前って、薄情者だよなあ。捨て猫だったオレのことは拾わないし、オレよりもあの人間もどきを優先するし。このままだとお前、人間やめることになるかもしれないぞ。いや、最悪、お前の存在自体、奴らに消される可能性もある」

「セサミ、私のことは別にどうでもいいでしょ。あんたは人間に復讐がしたい。私たち家族に被害が及ばないという条件のもとなら、何をしてもいいという約束をしたはず。どうして、私の心配をしてくれるの?まさか、ミコの言う通り、私にほだされちゃったとか?」

「ほ、ほだされるわけないだろ。ただ、お前があまりにも無防備だから心配、いや気になっただけだ」

 歩武の言葉が図星だったのか、急に慌て出した少年に歩武は苦笑する。しかし、それと宿題の邪魔をすることは関係ない。

「とにかく、私はセサミみたいな存在とは違って、人間社会を生きていかなくてはいけないの。そのために勉強することが必要なの。だから、宿題をやっているときは邪魔しないこと。それと、私はお前じゃなくて歩武だから、私のことは名前で呼んでよね」

「もし、オレがお前のことを名前で呼びだしたら、オレの居場所がここだと認めるようなものだが、それでいいのか?」

「今更過ぎるでしょ。だって、セサミの名前を付けたのは私だもの。その辺についてはもう、あきらめたわ。だから、復讐したいのなら、私の目の届かないところでやって頂戴。それなら私の生活に影響も出ないし、文句も言わないから」

 歩武はセサミが語った過去を思い出す。彼の過去は捨て猫だった彼らしい悲惨なものだった。だからこそ、歩武は彼をこの家に住まわせようと思ったのだ。




「なあ、本当にオレをこの家に追いえてもらえるのか?」

「私は反対なんだけど、お姉ちゃんが追い出さないんだから、仕方ないわ」

「まあ、あなたについて、私はまだ知らないことが多いから、なんともいえないけど」

「なら、オレが今までのことを話せば」

「話次第では」

「わかった」

 猫耳少年が目の前に現れたのは平日だったため、その日は彼をおいて学校に向かった。そして、帰宅しても宿題をやったり、明日の準備をしたりと忙しく、歩武は猫耳少年が部屋の隅にいることも忘れて普段通りの生活をしていた。

 彼とゆっくり話すことができたのは週末になってからだった。歩武とミコは美術部に入ることにしたので、週末に部活があることはめったになかった。そのため、土曜日の朝、歩武とミコと少年は、ようやくゆっくりと話し合うことができる時間を確保することができた。


「お前らも見た通り、オレはあの日、飼い主に捨てられた。オレの元飼い主は」

「まあ、よくある話ね。可愛いと思ったペットの世話が、思いの外面倒だったから、お前は捨てられた」

「そうかもしれない。だが、あいつらはオレを捨てる前に、とんでもないことをしでかした」

 少年は顔をしかめて不機嫌に言い捨てる。

「ふうん、なかなかえげつないことするわね。動物相手に」

 ミコは少年の心を読めるのだろうか。話す前からうんうんと頷いていた。そして、彼の代わりに説明を始めた。

「こいつが話したがらないのは無理ないわ。だって」

 目の前で自分の兄弟が殺されたんだから。

「ころ、された?」

「そう。こいつはペットショップとかで買われた猫じゃなくて、くそ飼い主が飼っていた親猫から生まれた子猫。結構兄弟はいたみたいだね。全部で、5匹かな。でも、外に捨てられたのはあんただけだった」

 いったい、何の話をしているのだろう。ミコがその場に居合わせたかのように、猫耳少年の過去を話していく。少年は黙ってミコの話に口をはさむことはない。どうやら、ミコの話していることは真実のようだ。

「どうしてあんただけが私たちの目に着くところ、あんな川沿いの歩道に箱に入れられて捨てられたのか。それは、ただ単に運が良かっただけよね。ただの飼い主の気まぐれ。皆殺しにするより、一匹くらいは助けてやってもいいかもしれないという、飼い主の」

「オレは、目の前でオレの兄弟や母親が殺されるところを見せつけられた。目をつぶることも耳をふさぐこともかなわなかった。無理やり……」


「もういいよ」

 これ以上彼らの話を聞いていられず、歩武はミコと少年の言葉を遮る。どう考えても、この猫耳少年は人間の被害者だった。自分の兄弟たちを目の前で殺されて、自分は外に捨てられて、誰にも拾われることなく亡くなってしまった。いくら人間よりも知能が低い動物と言え、人間に復讐したくなる気持ちも湧き上がるというものだ。

「お姉ちゃん、こいつの話はこれで終わりなわけだけど。こんな物騒な奴を家に置いておくの?私は最初から言っているけど、反対だな」

 確かにそんな物騒なことを考えている人外の存在を家に置いておくことは危険である。しかし、歩武は彼を家に置くことをした。

歩武たち家族に被害が及ばないという条件のもとなら、何をしてもいいという約束して、彼に新たな名前を付けることになった。

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