朔夜蒼紗の大学生活⑤~幼馴染は彼女の幸せを願う~

折原さゆみ

文字の大きさ
44 / 59

44彼らの仕事

しおりを挟む
 しばらく沈黙が続いたが、喫茶店に来て何も注文しないのも怪しまれると思い、私と車坂は飲み物を注文することにした。

「アイスコーヒーをお二つでよろしいですか?」

「大丈夫です。さて」

 店員が注文を聞き終えてその場から去っていくのを見送ると、車坂が私に視線を向けてくる。ごくりと自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

「今回の件で面白い人物を見つけたと言いましたが、いったい誰だと思いますか?」

「黙秘します」

「賢明な判断です。口は災いの元とも言いますからね。では、私が丁寧に説明して差し上げましょう」

 なぜ、上から目線の話し方になるのか不明だが、車坂の話に耳を傾ける。私の幼馴染の生死にかかわってくるかもしれない大事な話である。私の真剣な表情に気付いたのか、車坂は少し目を細めて声を潜めて本題に入った。


「……ということなんですよ。私は彼女に何者かが能力を使って弱らせたのだと考えています。どうやら、朔夜さんはその能力者、いや犯人に心あたりがありそうですね」

 説明を終えた車坂は、注文したアイスコーヒーを口に含む。やはり、予想していた通りの出来事が起こっていた。健康体で持病がなかった彼女の容態が急変し、入院にすることは異常なことだった。それを起こしてしまった原因は私にあるのだろう。能力者たちは基本的に世間から身を隠すように生きていて、能力を他人に大っぴらに示すものはいない。それなのに、今回は能力を利用して私に喧嘩を売ってきた。

「彼女はもうすぐ、死んでしまうのですか?」

 車坂の質問に答えることなく、逆に私から彼に問いかける。犯人は一人ではないだろう。彼らの中の誰かが、私に見せつけるように能力を行使したのだ。それが確実になっただけでも、車坂からの話は有益な情報だった。

「彼女がそこまで心配ですか?見たところ、彼女と今のあなたの容姿ではかなりの年齢差があるように見えます。まさか大学の友達、というわけではないですよね?となると、可能性として考えられるのは……」


「こんなところにいたのか、さっさと帰るぞ」

 車坂の言葉を遮るものが現れた。病院では姿を見せなかったくせに、今更現れるとは。

「どうして病院に居なかったのですか?」

 少し恨みがましい口調になってしまう。私は彼らの力を使って病院まで来たのだ。当然、帰りも同じ方法で帰ろうと思っていた。その足がなくなったとなれば、私の今の気持ちは理解できるはずだ。

「まったく、我たちの心配をしているかと思えば、帰りの足がいなくなったことへの心配とは、おぬしもなかなか図太い神経を持っているようだな」

「うわあ。一年以上居候させてもらっていますけど、さすがにそれはヒドイですね」

「薄情者、だ」

 声のした方に視線を向けると、予想通り、私の家に居候している九尾たちの姿があった。このタイミングで現れたということは、何か理由があり、私の見舞いが終わるまで病院の外にいたのかもしれない。

「そういえば、向井さんの母親はどうなりましたか?」

 九尾たちが私と荒川結女で二人きりで話したいことを察し、母親を病室の外に連れ出してくれたことを思い出す。

「話題を変えようとしても無駄だぞ。とりあえず、さっさとここから離れた方がいいぞ。奴らが病院にやってきた」

疑問に思ったことを口にしただけなのに、なぜか哀れみの表情を彼らに向けられてしまう。そして、重要なことをさらりと口にする。

「おや、やはり、あなたたちが関与していましたか。道理であやしい死に方をしそうなわけですね。上の者に相談して、さっさとあなたたちを捕まえて」

「死神風情に負ける我ではないぞ」

「ぼ、僕たちもいます!」

「オレも、いる」

 奴らとは、組合の誰かだろう。だとしたら、こうしている間にも、荒川結女の命は。車坂と九尾たちがにらみ合っているが、そんなことを気にしている場合ではない。

「助けたいのはわかるが、あきらめろ。そもそも、目の前に死神がいる時点で、結末は目に見えているだろう?」

 しかし、私の心情に気付いた九尾が残酷な言葉を口にする。見た目は小学校高学年ぐらいの少年姿なのに、語る言葉は無情である。彼らが人間ではないのだと思い知るのはこういう瞬間だ。

「そろそろ時間ですね。朔夜さんも、そちらの彼らを連れてさっさとこの場を離れなさい。おそらく、そこの狐が言う通りのことが起こっているのでしょう」

 死神である車坂も、当然人間と同じ感情は持ち合わせていない。おもむろに左手につけられた腕時計らしきものに目を向けると、グラスに残ったアイスコーヒーをすべて飲み切り席を立つ。

「では、私は現場の確認、および己の仕事を全うしてまいります。とりあえず、あなた方は私の仕事を増やしたり、邪魔をしたりしないようにしてくださいよ」

 車坂は机に自分の飲み物代とばかりにポケットから財布を取り出し、千円札をテーブルに置いて颯爽と去っていく。真夏に近づいてきているのにも関わらず、黒い上下のスーツをかっちり着込んだイケメンが立ち去っていく。

「お客様、あのう」

「すまないな。我たちはもう店を出る」

 ずっと私たちの席の前で立っていた九尾たちを不審に思った店員が声をかけてきた。とはいえ、ここに長居することはない。九尾たちは喫茶店に来たにも関わらず、席に座りもしなかった。そのまま出口に向かって歩いていく。翼君も狼貴君もそれに続く。

 私も目が合った店員に軽く会釈して、頼んだアイスコーヒーをごくごくと飲み干した。伝票を片手に出口を目指す。店員は首をかしげていたが、席に誰もいなくなったことに気付いて、グラスを片付け始めた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...