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5目的地にたどり着く

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 大学に向かう線とは反対の電車に乗り、3駅ほどで雨水君は電車を降りた。大学以外にあまり出かけない私にとっては未知なる場所へと足を踏み入れた気分だ。電車を降りた雨水君の後を追って、私たちも電車を降りる。

 改札を抜けて駅構内から出ると、外はどんよりとした曇り空だった。辺りを見回すが、目新しいというほどのものはなかった。駅の近くにスーパーがあるくらいだ。

「がっかりした顔をしているが、3駅しか離れていないのに、何が変わるというんだ?」

「蒼紗さんって、意外に子供ですよね」

「意外ではないと思う」

 九尾たち三人の人外に生暖かい視線を向けられる。いくらイケメンだからと言って、私の性癖外の見た目なら、目が合ったとしても正気を失うことはない。

「失礼な奴らですね。私は年相応の」


『何をぼさっと突っ立っている。雨水、さっさとこいつらをビルに案内しろ。代表が首を長くして待っている』

 突如、私の言葉は謎の男の声に遮られる。頭の中にガラガラにしわがれた男の声が響き渡る。辺りを見渡すが、そんな声を持った人間はこの場にいない。しかし、人外との生活に慣れてしまい、疑問に思うことはなかった。

「やっぱり、このカラスは普通ではないですね」

 いつの間にか、電車に乗る前に九尾が追い払った赤い瞳を持つカラスが私たちの上を旋回していた。

「今日はフライドチキンでも買って帰りましょうか?蒼紗さん、今日は鶏肉の気分ですよね?」

「スーパーが近くにある。鶏肉でも買って、唐揚げにするのもいいかもしれない」

「食べる必要もないが、我も食べたくなってきた」

「ねえ、静流。僕も今日の夕飯は」

「仕方ないな」

 私以外のこの場にいる者が、まるで頭に響く声が聞こえないかのように夕飯の相談を始めた。緊張感のない奴らである。彼らが聞こえないというのなら、私もそれに倣うまで。

「翼君と狼貴君はここ一年でかなり料理の腕が上達したので、ぜひ、今日は家で手作りの唐揚げが食べたいです」

 とはいえ、その場にずっと留まっていたら、通行人の注目を浴びてしまう。雨水君もそれがわかったのか、ゆっくりと歩き始める。私たちも話しながらも歩を進める。



『私の声がお前たちに届かないはずがない。なのになぜ、こいつら全員、こんなに落ち着いているのだ。おかしいおかしいおかしい!』

 しばらくすると、頭にまた例のしわがれた男の声が聞こえ始める。何やら、怒り心頭のようで、かなり機嫌が悪そうだ。いい加減、声の主に返事をした方がいいだろうか。そんなことを考えていると、雨水君が突然、足を止める。

「ここが、組合の本部になる」

 雨水君の立ち止まった先を見ると、5階建てほどの鉄筋コンクリート造りのビルが目の前に建っていた。建てられてから間もないのか、まだビルの壁が新しく見えた。

「頭の中の声が騒がしいな。雨水、この声はどうにかできないのか?」

 ようやく、私が思っていたことを九尾が口にする。雨水君は私たちの頭上を飛んでいるカラスに向かって話しかける。


「だそうですよ、唐洲さん、もう案内は不要です」

「カー」

『私と最愛のこいつを馬鹿にしたお前らをオレは認めない!西園寺家元当主の世話焼きだか何だか知らないが、雨水、お前も落ちぶれたものだ。こんな非常識で無礼な奴らの面倒を見させられるとは』

 負け台詞のように頭に男性のしわがれ声が響くが、誰も相手にしない。それどころか、雨水君はずんずんとビルの中に向かって歩き始める。私も後に続いてビルに入ることにした。

カラスは用なしとなったのか、そのままどこかに飛び去ってしまった。

「じゃあ、改めまして。ようこそ、サイオン寺子屋組合へ。私、代表補佐の雨水が案内を務めさせていただきます」

「ヨ、ヨロシクオネガイシマス」

 ビルに入る前、雨水君は私たちの方に振り返り、わざとらしくお辞儀をした。突然の言葉に返事がカタコトになってしまった。



「いらっしゃいませ。こちらに来るのは初めてですか?」

 ビルに入ると、エントランスの正面は受付になっていた。受付を担当している女性が私たちに気付いて問いかける。

「オレの知り合いなんだ。今日、代表と面接を予定しているんだけど」

「雨水さん!」

 雨水君が受付の女性に声をかけると、彼女たちは一斉に色めき立つ。組合の中で雨水君はモテモテらしい。確かにイケメンではあるので、女性が放っておかないだろう。梅雨の時期だというのにサラサラと湿気知らずの黒髪に、切れ長の瞳。鼻筋はすっと通っていている。背も高いしスタイルもいいので、モテる要素満載だ。

「モテる男は罪だな」

「僕には劣るけど、静流もいい男ではあるんだよ」

 そんな雨水君と受付の女性たちの様子を見ていた九尾と七尾がぼそりとつぶやく。しかし、彼らだって傍から見たら、イケメンに分類される。金髪碧眼の七尾に、同じく金髪に金色の瞳を持った青年姿の二人に、受付の女性が声をかけないわけがない。

「彼らが雨水さんの推薦される方たちですか?」

「雨水君と同じくらいかっこいい人ばかりですね。あの、失礼ですが、彼女とかいますか?」

 彼女たちは、雨水君の言葉に目の前のパソコンで予定を確認していたようだが、それが終わると次に目をつけたのが九尾たちだった。雨水君に向けていた熱い視線が今度は彼らに向けられる。そんな視線を受けても、九尾を筆頭に人外たちは動じない。ただ、淡々と言葉を返すだけだ。

「我たちは、付き添いで来ただけだ。面接を受けるのは、そこの女性だ」

「彼女はいないよー。とはいえ、募集もしていないけど」

「僕たちにそういう視線を向けてもらっても困ります」

「女のそういう視線は嫌いだ」

 ウっと、胸を押さえる女性たち。辛辣な言葉を投げかけられても、それにすらときめきを覚えるらしい。かくいう私も。ケモミミ美少年姿の九尾たちに言われたら、ときめきで胸を押さえていただろう。女性たちの気持ちはよくわかる。

 その場には翼君と狼貴君もいたので、雨水君も合わせて総勢4人のイケメンが彼女たちの目の前に姿を見せたことになる。翼君は少したれ目の優しそうな草食系イケメン。狼貴君は反対につり気味の瞳に不愛想な口調。受付の女性の目がハートになっているのが見て取れた。

 このままでは彼らのせいで、ここに来た目的を果たせそうにない。私は、仕方なく自らが面接に来たことを彼女たちに伝えようと口を開く。

「あの、雨水君や彼らに夢中になるのはわかりますが、私が」

 しかし、私の言葉は途中で止まってしまう。興奮した彼女たちの身体から、人間ではありえないものがはみ出していた。
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