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56塾でも変化がありました
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「こんにちは!」
「こんにちは」
「あれ、車坂先生がいないね。やめたの?」
「でも、新しい先生がいるよ!」
「車坂先生は、用事がありまして、5月からしばらくお休みとなります。代わりに私がこの塾の先生としてきました。渡辺と言います。よろしくね」
「えええ、車坂先生、面白かったのに。残念」
「つまらないけど、朔夜先生がいるからいいや」
塾に入ってきた生徒たちは、塾に車坂の姿が見えないとわかると、彼がいない不満を私たちにぶつける。しかも、車坂がいなくても、私がいるからいいやという意見に落ち着く生徒が多数で、何とも微妙な気持ちである。
生徒たちの対応をしていると、一本の電話が教室に鳴り響く。たまたま、受話器の近くにいた渡辺先生が電話に出るが、何やら深刻そうな顔で話し込んでいる。生徒の相手をしながらも、彼女の様子をうかがっていると、ワカリマシタと電話を切ってしまった。
「あの、朔夜先生。今、紅犬史君という男の子の母親から電話があったのですが、塾が終わったら、お話ししますね」
「犬史がどうしたの?」
「もしかして、塾をやめるとか?」
「それはあり得る。ていうか、それくらいしか、電話の内容が思いつかない。だって、先生が深刻そうな顔をしているから」
私が彼女に話しかける前に、めざとく先生の電話を盗み聞きしていた三つ子が、彼女に話しかける。
「あはははは。君たち、よくわかったね。ええと」
「僕たち三つ子だから、見分けがつかないのは仕方ないね。左から陸玖(りく)、海威(かい)、宙良(そら)だよ」
渡辺先生が自分たちのことを呼びにくそうにしていることを察知して、すぐにフォローしたのは、長男の陸玖君だった。だいぶ三つ子の見分けがついてきて、声や様子をよく見れば判断できるようになった。
「あ、ありがとう。それで、陸玖君たちは、犬史君とは仲が良かったのかな?」
「休憩時間に少し話した程度だよ。でも、同じ塾の子がやめるのは少し寂しいな」
彼女の質問に答えたのは宙良君だった。同じ塾の生徒がやめるのは確かに寂しい。講師として働いている身からしても、寂しいと感じる。まあ、働いている身からすると、生徒が減ると、会社に入るお金が減るという、別の意味合いもある。
「じゃあ、あなたたちは彼のことを」
「渡辺先生、まだ生徒は授業中です」
彼女は犬史君のことが気にかかるらしい。三つ子に問い詰めようとしていたが、今は授業中である。このまま話を続けてもいいものか悩んだが、まだ休憩時間まで時間があるので、あえて厳しくいくことにした。他の生徒もいる中で、彼らだけ特別扱いはできない。
「すいません。じゃあ、陸玖君たち、休憩時間に話を聞かせてね。休憩時間までテキストを進めてください」
『はあい!』
仲良く返事をして、三つ子は文句を言うことなく、与えられた課題に取り組みだした。なんだか、私や車坂以外の人に指示されて素直に言うことを聞いている三つ子は、なんだか新鮮に思えた。
結局、三つ子と渡辺先生が話をすることはなかった。その後、他の生徒が一気に塾にやってきて、その対応に追われてしまい、休憩時間も他の生徒の対応で終わってしまった。そうして、三つ子の帰る時間となり、犬史君との話をすることができなかった。
「先生、さようなら。早く、車坂先生が復帰するといいね」
「やっぱり、朔夜先生と、車坂先生、それに翼先生の三人そろっているのが、面白い」
「この三人の組み合わせが、結構いい味出しているよね」
帰り際、よくわからない言葉を残して、三つ子は仲良く帰宅していった。
「この塾は真面目な生徒さんが多いので、驚きました」
生徒が全員帰宅して、再び、教室には私と渡辺先生のみとなった。片付けや次回の生徒たちへのカリキュラムの確認作業などをしていると、彼女が話しかけてきた。
「他の塾の生徒は、こんな感じではないのですか?」
「ええ、ここまで熱心に課題に取り組んでいる生徒が多いのは珍しいと思います。何か、特別な指導などはしていますか?」
「そうですねえ。これと言って特別なことはやっていませんけど。ですが、私ではなく、車坂、先生の圧に生徒が本能的に逆らえないのかもしれません」
渡辺先生の質問に対して、車坂のおかげだと伝える。彼は人間ではないので、生徒たちはきっと、本能的に自分たちとは違う存在だと思い、逆らってはいけないと感じているのだろう。それが勉強意欲につながっているのかはわからないが、そのおかげで学校での成績が伸びるのなら、車坂も役に立っていると言える。
「圧と言えば、確かに彼は独特な雰囲気を持っていますからね。なるほど」
「あまり参考になることを言えず、すいません」
「いえいえ、気にしない下さい。それで、犬史君の話ですけど、彼は最近この塾に入ったばかりみたいですね。塾で何かトラブルでもありましたか?」
急に話題を変えた彼女に背筋がすっと伸びる。犬史君については、塾を辞める理由に心当たりがありすぎる。とはいえ、彼女に本当のことを言うわけにもいかず、言葉を選びながら回答する。
「きっと、塾の雰囲気が彼にあわなかったのかもしれません。ほら、生徒と先生の相性ってあるでしょう。私たちは犬史君に対して相性が悪いと思ったことはありませんでしたが、彼の方が私たちとはやっていけないと思ったのかも」
「それは本当ですか?彼の母親の話を聞く限り、そのような感じには思えませんが。そもそも、彼がやめる理由は引っ越しというのが大きいですし」
「えっ!」
「あれ、知らされていなかったのですか?なんでも、犬史君が学校でいじめにあったみたいで、そのせいで引っ越しするという話でした。ですから、塾を辞めるのはそれが原因ですが、なるほど」
私の回答と彼の母親との回答にずれが生じたことに、渡辺先生は引っかかりを覚えたようだ。しかし、深く追及されることはなかった。
「わかりました。いじめと塾の相性は偶然重なったものだったと思うことにします。それで、彼がやめる手続きですが」
その後は、手短に塾を辞める際の書類の書き方や保護者との話の進め方を簡単に教わり、今日の塾は解散となった。
「こんにちは」
「あれ、車坂先生がいないね。やめたの?」
「でも、新しい先生がいるよ!」
「車坂先生は、用事がありまして、5月からしばらくお休みとなります。代わりに私がこの塾の先生としてきました。渡辺と言います。よろしくね」
「えええ、車坂先生、面白かったのに。残念」
「つまらないけど、朔夜先生がいるからいいや」
塾に入ってきた生徒たちは、塾に車坂の姿が見えないとわかると、彼がいない不満を私たちにぶつける。しかも、車坂がいなくても、私がいるからいいやという意見に落ち着く生徒が多数で、何とも微妙な気持ちである。
生徒たちの対応をしていると、一本の電話が教室に鳴り響く。たまたま、受話器の近くにいた渡辺先生が電話に出るが、何やら深刻そうな顔で話し込んでいる。生徒の相手をしながらも、彼女の様子をうかがっていると、ワカリマシタと電話を切ってしまった。
「あの、朔夜先生。今、紅犬史君という男の子の母親から電話があったのですが、塾が終わったら、お話ししますね」
「犬史がどうしたの?」
「もしかして、塾をやめるとか?」
「それはあり得る。ていうか、それくらいしか、電話の内容が思いつかない。だって、先生が深刻そうな顔をしているから」
私が彼女に話しかける前に、めざとく先生の電話を盗み聞きしていた三つ子が、彼女に話しかける。
「あはははは。君たち、よくわかったね。ええと」
「僕たち三つ子だから、見分けがつかないのは仕方ないね。左から陸玖(りく)、海威(かい)、宙良(そら)だよ」
渡辺先生が自分たちのことを呼びにくそうにしていることを察知して、すぐにフォローしたのは、長男の陸玖君だった。だいぶ三つ子の見分けがついてきて、声や様子をよく見れば判断できるようになった。
「あ、ありがとう。それで、陸玖君たちは、犬史君とは仲が良かったのかな?」
「休憩時間に少し話した程度だよ。でも、同じ塾の子がやめるのは少し寂しいな」
彼女の質問に答えたのは宙良君だった。同じ塾の生徒がやめるのは確かに寂しい。講師として働いている身からしても、寂しいと感じる。まあ、働いている身からすると、生徒が減ると、会社に入るお金が減るという、別の意味合いもある。
「じゃあ、あなたたちは彼のことを」
「渡辺先生、まだ生徒は授業中です」
彼女は犬史君のことが気にかかるらしい。三つ子に問い詰めようとしていたが、今は授業中である。このまま話を続けてもいいものか悩んだが、まだ休憩時間まで時間があるので、あえて厳しくいくことにした。他の生徒もいる中で、彼らだけ特別扱いはできない。
「すいません。じゃあ、陸玖君たち、休憩時間に話を聞かせてね。休憩時間までテキストを進めてください」
『はあい!』
仲良く返事をして、三つ子は文句を言うことなく、与えられた課題に取り組みだした。なんだか、私や車坂以外の人に指示されて素直に言うことを聞いている三つ子は、なんだか新鮮に思えた。
結局、三つ子と渡辺先生が話をすることはなかった。その後、他の生徒が一気に塾にやってきて、その対応に追われてしまい、休憩時間も他の生徒の対応で終わってしまった。そうして、三つ子の帰る時間となり、犬史君との話をすることができなかった。
「先生、さようなら。早く、車坂先生が復帰するといいね」
「やっぱり、朔夜先生と、車坂先生、それに翼先生の三人そろっているのが、面白い」
「この三人の組み合わせが、結構いい味出しているよね」
帰り際、よくわからない言葉を残して、三つ子は仲良く帰宅していった。
「この塾は真面目な生徒さんが多いので、驚きました」
生徒が全員帰宅して、再び、教室には私と渡辺先生のみとなった。片付けや次回の生徒たちへのカリキュラムの確認作業などをしていると、彼女が話しかけてきた。
「他の塾の生徒は、こんな感じではないのですか?」
「ええ、ここまで熱心に課題に取り組んでいる生徒が多いのは珍しいと思います。何か、特別な指導などはしていますか?」
「そうですねえ。これと言って特別なことはやっていませんけど。ですが、私ではなく、車坂、先生の圧に生徒が本能的に逆らえないのかもしれません」
渡辺先生の質問に対して、車坂のおかげだと伝える。彼は人間ではないので、生徒たちはきっと、本能的に自分たちとは違う存在だと思い、逆らってはいけないと感じているのだろう。それが勉強意欲につながっているのかはわからないが、そのおかげで学校での成績が伸びるのなら、車坂も役に立っていると言える。
「圧と言えば、確かに彼は独特な雰囲気を持っていますからね。なるほど」
「あまり参考になることを言えず、すいません」
「いえいえ、気にしない下さい。それで、犬史君の話ですけど、彼は最近この塾に入ったばかりみたいですね。塾で何かトラブルでもありましたか?」
急に話題を変えた彼女に背筋がすっと伸びる。犬史君については、塾を辞める理由に心当たりがありすぎる。とはいえ、彼女に本当のことを言うわけにもいかず、言葉を選びながら回答する。
「きっと、塾の雰囲気が彼にあわなかったのかもしれません。ほら、生徒と先生の相性ってあるでしょう。私たちは犬史君に対して相性が悪いと思ったことはありませんでしたが、彼の方が私たちとはやっていけないと思ったのかも」
「それは本当ですか?彼の母親の話を聞く限り、そのような感じには思えませんが。そもそも、彼がやめる理由は引っ越しというのが大きいですし」
「えっ!」
「あれ、知らされていなかったのですか?なんでも、犬史君が学校でいじめにあったみたいで、そのせいで引っ越しするという話でした。ですから、塾を辞めるのはそれが原因ですが、なるほど」
私の回答と彼の母親との回答にずれが生じたことに、渡辺先生は引っかかりを覚えたようだ。しかし、深く追及されることはなかった。
「わかりました。いじめと塾の相性は偶然重なったものだったと思うことにします。それで、彼がやめる手続きですが」
その後は、手短に塾を辞める際の書類の書き方や保護者との話の進め方を簡単に教わり、今日の塾は解散となった。
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