朔夜蒼紗の大学生活④~別れを惜しむ狼は鬼と対峙する~

折原さゆみ

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「これはいったい……」

「使い道がわからない道具ばかりだけど、何に使うつもりなのかしら?怪しい宗教にでも入って、道具を買わされた、みたいな感じがするわね」

「非日常を作り出すための道具、ということでしょうか。あれ、これは」

 箱をあさっていたら、一枚の写真を見つけた。ジャスミンも私が手にした写真を覗きこむ。壁に飾られていた写真のような心霊写真もどきではなく、私たちが参加した新歓コンパの時に撮られた写真だった。

「SNSで炎上していた写真よね、これ。よほどお気に入りだったのかしら?まあ、床の写真を見るに、そういう系が趣味だったのはわかるから、納得だけど」

「九尾たちは、本物の非日常ですから、彼女はつい興奮してしまったのでしょう」

 そのせいで、こちらはひどい目に遭ったので、許すつもりはないが、すでに彼女は九尾によって記憶を改ざんされている。許す、許さないの次元を超えて、もうこの件について、彼女に問うても、意味がない。

 しばらくの間、私たちは空いた段ボールや床に散乱したものなどで、何か今回の件について参考になりそうな証拠を探していた。そして、ついに目的のものを見つけ出すことに成功した。



「蒼紗が探しているのは、これじゃないかしら?」

 ジャスミンが見つけたのは、束にされた書類だった。ホチキスで綴じられたその書類には、「まがい物が現実となる」「薬の入手方法」「お香の使い方」と章立てされたレポートのようなもので、明らかに今回の件に関連する書類だろう。しかし、あまりにあからさまなタイトルに不信感を覚える。もしこのような書類が、普通の人間から見たら非日常だと思われる生活をしている人、能力者などにばれたら大変なことになる。どうしてまとめて綴じられているのだろうか。

 べらべらと書類の束をまくっていくが、私たちが知りたかった肝心な箇所は、黒く塗りつぶされていた。彼女が意図的に消したのか。あるいは。

「ばれてしまいましたか。先に該当箇所を黒く塗りつぶしておいて正解でした」

「駒沢!いつの間に!」

「あんな風に睨まれるだけで身動きができないとは、佐藤さんも僕たちとは違う人種だったのですね。まったく、本当に欲しい人間には与えられず、能力を使いこなせない無能な奴らに能力を与えた神様とやらを呪い殺したくなりますね」

 駒沢の声に振り替えると、ドアを開けて、不気味な笑みを浮かべて立っていた。書類と彼の発言を元に推測すると、どうやら書類の大事な部分を黒く塗りつぶしたのは彼のようだ。



「蒼紗、外を見なさい!」

「ジャスミン、私は駒沢、先生と話しています。外など見ている暇は」

「いいから見な」

 彼女の声は途中で遮られる。ぴかっと稲光が走り、その直後、腹に響く雷鳴の音が鳴り響く。慌てて窓の外を確認すると、空は薄暗く、真っ暗雲がアパート全体を覆っていた。割れた窓からは豪雨が部屋に入り込んでくる。雷も鳴り始め、本格的に外に出るのは危険な空模様になりつつあった。

「ああ、これでは当分、外に出られそうになさそうですね。どうしましょうか。私はまだ大学に戻ってやるべきことが山積みなのに。困りましたね」

 突然の豪雨と雷鳴に駒沢も窓の様子を確認する。そして、大きなため息をつくが、言葉とは裏腹に、あまり困った様子は見られない。むしろ、この状況を楽しいと思う余裕まであるようで、うっすらと笑みを浮かべていた。

「雨が止むまで外に出られないのは、私たちも同じです。雨が止むまで少し話でもしましょうか」

 私は雨水君の降らせてくれている雨がやまないうちに話を切り出した。

「私も朔夜さんには聞きたいことがたくさんありましたので、この雨はある意味、私たちにとって幸運だったのかもしれないですね」

 外は相変わらず、ザーザーと音を立てて雨が降り続いている。時折、ぴかっと空が光り、数秒後に雷鳴が響く。外は相変わらず荒れ模様だった。



「それで、私から何を聞きたいのですか」

 さっそく、駒沢に私への質問を問いかける。ジャスミンもその場にいるが、ジャスミンはすでに私の正体や九尾たちの存在について知っているため、彼女に聞かれて困る回答はない。

「せっかちなところは、一年のころから変わっていませんね」

 そうですねえと、あごに手を当て考え込んでいる駒沢をしり目に、ジャスミンが私に近寄って耳打ちする。

「ねえ、あいつは、蒼紗のこと、実際にどれくらい知っているの?ていうか、どこまでばれているのかしら?」

「ええと、ハロウィン騒動の時、屋上で二人きりで話したことがあって、その時に彼は、私や西園寺さん、雨水君が能力者だと言っていました。まあ、証拠はないので、私たちが白を切っていれば、彼のただの妄言になりますけど」

 私も駒沢に聞こえないように小声でジャスミンに返答する。彼女と話していてようやく思い出した。あれ以来、二人きりで話す機会がなかったので、彼が私に対してどこまで詳しく調べているのかわからないままだった。



「では、私から質問をしてもいいでしょうか?」

 私たちが小声で話し合っているのを遮るように、ゴホンと咳ばらいをした駒沢が話を再開させた。

「朔夜さん、私はあなたが能力者だということは以前話しました。昨年のハロウィンの時ですね。ですが、あなたが能力者とは言っても、その証拠がなかなか集まりませんでした。何せ、あなたの能力の厄介なところは、相手を従わせるというものがありますからね」

「その話は、すでに終わった話です。私は普通の人間で、そんなたいそうな能力を持ち合わせていない。そう言ったはずですが」

「あくまで白を通すつもりなのですね。まあ、その件はどうにも証拠が集まらないので、おそらく立証は無理かもしれません。とはいえ、朔夜さんの周りに面白い存在が集まるのはどうでしょうか。ここでいう、面白い存在というのはもちろん」

「その面白い人っていうのは、もしかして、西園寺さんたちのことかしら?」

 ジャスミンが駒沢の言葉を最後まで聞かずに途中で割り込む。西園寺さんたちに目をつけていたのは間違いない。彼らのことを駒沢は口にしていた。

「おやおや、私と朔夜さんの話に勝手に割って入らないでもらいたい。ああ、佐藤さんも朔夜さん側の人間だったのでした。あまりにも品のない様子に、ただの普通の人間の不良にしか見えなかったものですから、間違えてしまいました」

 駒沢の言葉は、ジャスミンを煽るために発せられたようなものだ。短気なジャスミンが案の定、煽られて顔を真っ赤にして怒っていた。



「じゃ、ジャスミン、彼の言うことに耳を傾けてはいけませんよ。そもそも、私もジャスミンも普通の人間でしょう?特別な人間ではないのだから、怒る必要はありません」

 私の言葉にジャスミンが少し冷静になってくれるだろうか。彼女の顔はいまだに赤いが、駒沢を睨みつける瞳はまだ、人間の瞳を維持している。彼女の瞳が変わりだしたら、駒沢の思うつぼだ。それは何としてでも避けなければならない。

「もし、もしジャスミンがここで私の言うことを聞いてくれたら、私にお願いことをしてもいいですよ!だから、冷静になってください!」

 最終手段をとることにした。なぜか、彼女は私のことが大好きらしい。もはや執着していると言ってもいい。だからこそ、この発言は確実に耳に届くはずだ。

「えっ!蒼紗、今のよく聞こえなかったから、もう一度言ってくれる?今、とんでもないことを聞いた気がするんだけど」

「二度は言いません。それで、どうしますか?」

 ジャスミンは一気に怒りを鎮めて私の方をじっと見つめる。私も負けじと彼女をじっと見つめ返すが、そんなことをしている場合ではないことに気付き、慌ててジャスミンをそばに引き寄せて小声でささやく。

「蒼紗、今の言葉に二言はないわよね。私はどうしたらいいの?全力で指示に従うわ」

「どうしようもこうしようもありません。まずは、書類に黒く塗りつぶされていた箇所の解明でしょう。そこがわかれば後は九尾たちが犯人の後をたどってくれますから」

「OK。それなら簡単だわ。要は吐かせりゃいいってことよね」

 わかったと言いながら、駒沢と対峙するジャスミン。この短期間に何かいいアイデアでも考え付いたとも思えないが、とりあえずお手並み拝見というところだろう。


「話し合いは終えられたのですね。私は朔夜さんと話したいのであって、佐藤さんに用はありません」

「本当にそうかしら?先生って、能力者とかに興味があるのでしたよね。だとしたら、私って、とってもいい研究材料になるのではないかと思うのですけど」

「研究材料、ですか。確かにそう言われるとそうですけど」

 何やら話の流れがおかしな方向に進みそうだ。いったい、彼女の何が大丈夫だというのかわからない。ちらりと外を見ると、雨は先ほどより少し小降りになっている。スマホで時刻を確認すると、すでに部屋に入ってから30分が経過していた。




「あの」

「あなたがそこまで言うのなら、私に協力してもらいましょう。ただし、先に彼らに洗いざらい話してもらうのはどうでしょう?」

 私が駒沢に声をかけようとしたが、無視された。駒沢は突然、ズボンのポケットからスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

「雨も小降りになってきましたので。ええ、よろしくお願いします」


「いったい誰に電話していたのかしら?」

「あなたたちの話し相手ですよ」

駒沢が電話をかけ終え、スマホをポケットにしまった直後、パトカーの音がアパート近くからけたたましく聞こえた。何事かと窓から外を見ると、アパートの周りをぐるりと何台ものパトカーで囲まれていた。
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