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26犬史君の主張
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「先生、僕、早くおにいちゃんに会えるように頑張るから」
最近、彼はこの言葉を口にすることが多くなった。頑張ったところで彼の言う、お兄さんに会えるわけはないが、誰に言われたのだろうか。犬史君の必死に頑張る姿に危うさを感じた。
「ねえ、朔夜先生は、死んだ人に会えるかもしれないとわかったらどうする?」
そんな彼が私にこんな質問をしてきた。授業中ではあるが、今日は彼が一番最初に塾に来たため、まだ他の生徒は来ていない。私は彼の宿題の確認をしながら、軽く答えることにした。
「先生は、もうお母さんとお父さんはいないけど、会えるかもって言われたら、会ってみたいかな」
「先生も同じだよね。僕も会えるなら会いたいって言ったんだ!」
いったい、誰にそんなありもしないことを言われたのだろうか。私たちの話を聞いていた翼君と車坂は何の反応も示していない。彼らは私たち生身の生きている人間とは違い、本来なら、人間に認識されない、死んですらいない存在だ。今は人間のふりをして人間の世界に紛れて生活をしているが、普段はそんな空気のような存在である。ちらりと二人の様子をうかがうが、何を考えているのかわからなかった。
「僕、おにいちゃんにもう一度会いたいんだ。突然いなくなって、死んだみたいに扱われているけど、僕にはわかる。おにいちゃんはどこかで絶対に生きている。だから、会って、僕の近くにいて欲しいってお願いするんだ!」
話はまだ続いているようだ。彼にこのような話を吹き込んだ人物は、小学生の素直な子供に残酷なことを言っている自覚はあるのだろうか。自分の発言が、素直な小学生を逆に苦しめる結果になるとは思っていないに違いない。死んだ人間に会うことなんてできるはずがない。それこそ、私の近くにいる、死神や神様にでも頼まない限り不可能だ。
「私が彼にそんなことを言うとでも?朔夜さんとは、塾で一緒に働いている期間も長くなり、私のことを少しは理解してきたと思ったのですが」
無意識のうちに私は車坂を見つめていたらしい。苦笑したように、私はやっていないと言外に言われた気がして、私は慌てて謝罪した。
「すいません。ただ、そんな人外じみたことができる人物となると、犬史君に吹き込んだ犯人は絞られるのかなと。いや、そもそも車坂先生がやっているなんて思っていないですよ」
「吹き込まれてなんかない!僕、本当に死んだ人が生き返るのを見たんだ!」
私と車坂の話を聞いていた犬史くんが、大声で主張する。
「お姉さんはこうも言っていた。僕がおにいちゃんに会いたいと強く思うのなら、この塾に通った方がいいって。そこで一生懸命勉強していれば、必ずおにいちゃんに会えるからって。お姉さんが嘘つくわけないもん!」
大声で叫ぶと、感情が高ぶってしまったのか、犬史君は最後には泣き出してしまった。
「犬史君」
泣き出した子供の対処などどうしたらいいのかわからない。私はあわあわと落ち着きなく犬史君の周りをうろつくが、かける言葉が見つからない。
そんな私と泣いている犬史君の間に割って入ったのは、翼君だった。静かな、けれどもよく通る声で、犬史君を諭していく。
「犬史君、君は本当にお兄さんが大好きだったんだね。でもさ、考えてみなよ。みんな、必ず大事な人をいつか亡くすんだ。どんなに大好きでも突然別れは来る。みんな、いずれは経験することなんだよ。朔夜先生もお父さんとお母さんを亡くしたと言っていたよね。僕も大切な人と別れたよ」
「でも、僕は」
「だから、会えるのなら会いたい、っていう気持ちは、先生たちは痛いくらいによくわかる。きっとそのお姉さんは、代償のことを言っていなかったんだね。漫画やアニメでもよくあるでしょう?死んだ人間をよみがえらせるのには、それなりの対価がいることは知っているかな?」
「対価?」
犬史君には、難しい言葉だったのか、首をかしげている。そんな犬史君の様子に怒ることなく、翼君は簡単に説明する。
「対価というのは、例えば、犬史君は買い物で欲しいものを手に入れるとき、お店の人になにを渡す?」
「買い物をするのなら、絶対にお金が必要だよ」
「そうだね。お金が必要だ。つまり、何かを手に入れるためには、代わりに何かを相手に渡す必要があるということだね。それが対価だ。しかも、その欲しいものと同等の価値のものを渡す必要がある」
「どういうこと?」
話が最終的にどこにたどりつくのか興味を持った私も、翼君の話を真剣に聞いてしまう。車坂も彼らの会話に口を挟まず、じっと耳を澄ませている。
「だからね、話を最初に戻すけど、死んだ人に会わせてくれるということは、犬史君にはそれなりのものを払う必要があるってことだよ。死んだ人を生き返らせるなんて、相当のものを払う必要があるよね。マンガとかだと、身体の一部とか、それこそ、君自身の命とかを要求されることもある」
暗に、死んだ人に会うのは、自分自身が危険に晒されるといいたかった翼君の言葉に、なるほどと感心した。
「身体の一部、自分の命……。でも、僕、僕の腕とか足とかがなくなってもいいよ。もし、それでおにいちゃんに会えるなら!自分の命とか言われたら、さすがにあげられないけど」
翼君の言葉に多少ひるんだ犬史君だったが、自分自身が傷つけられようと、自分の命が取られないならば、おにいちゃん、つまり狼貴君に会いたいと言っている。
「時間切れですね。そろそろ他の生徒が来ますよ」
「ガラガラガラ」
「こんばんは!」
思いの他長く話し込んでいたようだ。時計を見ると、すでに犬史君が来てから30分以上が経過していた。そして、次の時間の生徒が車坂の言葉と同時にやってきた。
最近、彼はこの言葉を口にすることが多くなった。頑張ったところで彼の言う、お兄さんに会えるわけはないが、誰に言われたのだろうか。犬史君の必死に頑張る姿に危うさを感じた。
「ねえ、朔夜先生は、死んだ人に会えるかもしれないとわかったらどうする?」
そんな彼が私にこんな質問をしてきた。授業中ではあるが、今日は彼が一番最初に塾に来たため、まだ他の生徒は来ていない。私は彼の宿題の確認をしながら、軽く答えることにした。
「先生は、もうお母さんとお父さんはいないけど、会えるかもって言われたら、会ってみたいかな」
「先生も同じだよね。僕も会えるなら会いたいって言ったんだ!」
いったい、誰にそんなありもしないことを言われたのだろうか。私たちの話を聞いていた翼君と車坂は何の反応も示していない。彼らは私たち生身の生きている人間とは違い、本来なら、人間に認識されない、死んですらいない存在だ。今は人間のふりをして人間の世界に紛れて生活をしているが、普段はそんな空気のような存在である。ちらりと二人の様子をうかがうが、何を考えているのかわからなかった。
「僕、おにいちゃんにもう一度会いたいんだ。突然いなくなって、死んだみたいに扱われているけど、僕にはわかる。おにいちゃんはどこかで絶対に生きている。だから、会って、僕の近くにいて欲しいってお願いするんだ!」
話はまだ続いているようだ。彼にこのような話を吹き込んだ人物は、小学生の素直な子供に残酷なことを言っている自覚はあるのだろうか。自分の発言が、素直な小学生を逆に苦しめる結果になるとは思っていないに違いない。死んだ人間に会うことなんてできるはずがない。それこそ、私の近くにいる、死神や神様にでも頼まない限り不可能だ。
「私が彼にそんなことを言うとでも?朔夜さんとは、塾で一緒に働いている期間も長くなり、私のことを少しは理解してきたと思ったのですが」
無意識のうちに私は車坂を見つめていたらしい。苦笑したように、私はやっていないと言外に言われた気がして、私は慌てて謝罪した。
「すいません。ただ、そんな人外じみたことができる人物となると、犬史君に吹き込んだ犯人は絞られるのかなと。いや、そもそも車坂先生がやっているなんて思っていないですよ」
「吹き込まれてなんかない!僕、本当に死んだ人が生き返るのを見たんだ!」
私と車坂の話を聞いていた犬史くんが、大声で主張する。
「お姉さんはこうも言っていた。僕がおにいちゃんに会いたいと強く思うのなら、この塾に通った方がいいって。そこで一生懸命勉強していれば、必ずおにいちゃんに会えるからって。お姉さんが嘘つくわけないもん!」
大声で叫ぶと、感情が高ぶってしまったのか、犬史君は最後には泣き出してしまった。
「犬史君」
泣き出した子供の対処などどうしたらいいのかわからない。私はあわあわと落ち着きなく犬史君の周りをうろつくが、かける言葉が見つからない。
そんな私と泣いている犬史君の間に割って入ったのは、翼君だった。静かな、けれどもよく通る声で、犬史君を諭していく。
「犬史君、君は本当にお兄さんが大好きだったんだね。でもさ、考えてみなよ。みんな、必ず大事な人をいつか亡くすんだ。どんなに大好きでも突然別れは来る。みんな、いずれは経験することなんだよ。朔夜先生もお父さんとお母さんを亡くしたと言っていたよね。僕も大切な人と別れたよ」
「でも、僕は」
「だから、会えるのなら会いたい、っていう気持ちは、先生たちは痛いくらいによくわかる。きっとそのお姉さんは、代償のことを言っていなかったんだね。漫画やアニメでもよくあるでしょう?死んだ人間をよみがえらせるのには、それなりの対価がいることは知っているかな?」
「対価?」
犬史君には、難しい言葉だったのか、首をかしげている。そんな犬史君の様子に怒ることなく、翼君は簡単に説明する。
「対価というのは、例えば、犬史君は買い物で欲しいものを手に入れるとき、お店の人になにを渡す?」
「買い物をするのなら、絶対にお金が必要だよ」
「そうだね。お金が必要だ。つまり、何かを手に入れるためには、代わりに何かを相手に渡す必要があるということだね。それが対価だ。しかも、その欲しいものと同等の価値のものを渡す必要がある」
「どういうこと?」
話が最終的にどこにたどりつくのか興味を持った私も、翼君の話を真剣に聞いてしまう。車坂も彼らの会話に口を挟まず、じっと耳を澄ませている。
「だからね、話を最初に戻すけど、死んだ人に会わせてくれるということは、犬史君にはそれなりのものを払う必要があるってことだよ。死んだ人を生き返らせるなんて、相当のものを払う必要があるよね。マンガとかだと、身体の一部とか、それこそ、君自身の命とかを要求されることもある」
暗に、死んだ人に会うのは、自分自身が危険に晒されるといいたかった翼君の言葉に、なるほどと感心した。
「身体の一部、自分の命……。でも、僕、僕の腕とか足とかがなくなってもいいよ。もし、それでおにいちゃんに会えるなら!自分の命とか言われたら、さすがにあげられないけど」
翼君の言葉に多少ひるんだ犬史君だったが、自分自身が傷つけられようと、自分の命が取られないならば、おにいちゃん、つまり狼貴君に会いたいと言っている。
「時間切れですね。そろそろ他の生徒が来ますよ」
「ガラガラガラ」
「こんばんは!」
思いの他長く話し込んでいたようだ。時計を見ると、すでに犬史君が来てから30分以上が経過していた。そして、次の時間の生徒が車坂の言葉と同時にやってきた。
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