26 / 60
26犬史君の主張
しおりを挟む
「先生、僕、早くおにいちゃんに会えるように頑張るから」
最近、彼はこの言葉を口にすることが多くなった。頑張ったところで彼の言う、お兄さんに会えるわけはないが、誰に言われたのだろうか。犬史君の必死に頑張る姿に危うさを感じた。
「ねえ、朔夜先生は、死んだ人に会えるかもしれないとわかったらどうする?」
そんな彼が私にこんな質問をしてきた。授業中ではあるが、今日は彼が一番最初に塾に来たため、まだ他の生徒は来ていない。私は彼の宿題の確認をしながら、軽く答えることにした。
「先生は、もうお母さんとお父さんはいないけど、会えるかもって言われたら、会ってみたいかな」
「先生も同じだよね。僕も会えるなら会いたいって言ったんだ!」
いったい、誰にそんなありもしないことを言われたのだろうか。私たちの話を聞いていた翼君と車坂は何の反応も示していない。彼らは私たち生身の生きている人間とは違い、本来なら、人間に認識されない、死んですらいない存在だ。今は人間のふりをして人間の世界に紛れて生活をしているが、普段はそんな空気のような存在である。ちらりと二人の様子をうかがうが、何を考えているのかわからなかった。
「僕、おにいちゃんにもう一度会いたいんだ。突然いなくなって、死んだみたいに扱われているけど、僕にはわかる。おにいちゃんはどこかで絶対に生きている。だから、会って、僕の近くにいて欲しいってお願いするんだ!」
話はまだ続いているようだ。彼にこのような話を吹き込んだ人物は、小学生の素直な子供に残酷なことを言っている自覚はあるのだろうか。自分の発言が、素直な小学生を逆に苦しめる結果になるとは思っていないに違いない。死んだ人間に会うことなんてできるはずがない。それこそ、私の近くにいる、死神や神様にでも頼まない限り不可能だ。
「私が彼にそんなことを言うとでも?朔夜さんとは、塾で一緒に働いている期間も長くなり、私のことを少しは理解してきたと思ったのですが」
無意識のうちに私は車坂を見つめていたらしい。苦笑したように、私はやっていないと言外に言われた気がして、私は慌てて謝罪した。
「すいません。ただ、そんな人外じみたことができる人物となると、犬史君に吹き込んだ犯人は絞られるのかなと。いや、そもそも車坂先生がやっているなんて思っていないですよ」
「吹き込まれてなんかない!僕、本当に死んだ人が生き返るのを見たんだ!」
私と車坂の話を聞いていた犬史くんが、大声で主張する。
「お姉さんはこうも言っていた。僕がおにいちゃんに会いたいと強く思うのなら、この塾に通った方がいいって。そこで一生懸命勉強していれば、必ずおにいちゃんに会えるからって。お姉さんが嘘つくわけないもん!」
大声で叫ぶと、感情が高ぶってしまったのか、犬史君は最後には泣き出してしまった。
「犬史君」
泣き出した子供の対処などどうしたらいいのかわからない。私はあわあわと落ち着きなく犬史君の周りをうろつくが、かける言葉が見つからない。
そんな私と泣いている犬史君の間に割って入ったのは、翼君だった。静かな、けれどもよく通る声で、犬史君を諭していく。
「犬史君、君は本当にお兄さんが大好きだったんだね。でもさ、考えてみなよ。みんな、必ず大事な人をいつか亡くすんだ。どんなに大好きでも突然別れは来る。みんな、いずれは経験することなんだよ。朔夜先生もお父さんとお母さんを亡くしたと言っていたよね。僕も大切な人と別れたよ」
「でも、僕は」
「だから、会えるのなら会いたい、っていう気持ちは、先生たちは痛いくらいによくわかる。きっとそのお姉さんは、代償のことを言っていなかったんだね。漫画やアニメでもよくあるでしょう?死んだ人間をよみがえらせるのには、それなりの対価がいることは知っているかな?」
「対価?」
犬史君には、難しい言葉だったのか、首をかしげている。そんな犬史君の様子に怒ることなく、翼君は簡単に説明する。
「対価というのは、例えば、犬史君は買い物で欲しいものを手に入れるとき、お店の人になにを渡す?」
「買い物をするのなら、絶対にお金が必要だよ」
「そうだね。お金が必要だ。つまり、何かを手に入れるためには、代わりに何かを相手に渡す必要があるということだね。それが対価だ。しかも、その欲しいものと同等の価値のものを渡す必要がある」
「どういうこと?」
話が最終的にどこにたどりつくのか興味を持った私も、翼君の話を真剣に聞いてしまう。車坂も彼らの会話に口を挟まず、じっと耳を澄ませている。
「だからね、話を最初に戻すけど、死んだ人に会わせてくれるということは、犬史君にはそれなりのものを払う必要があるってことだよ。死んだ人を生き返らせるなんて、相当のものを払う必要があるよね。マンガとかだと、身体の一部とか、それこそ、君自身の命とかを要求されることもある」
暗に、死んだ人に会うのは、自分自身が危険に晒されるといいたかった翼君の言葉に、なるほどと感心した。
「身体の一部、自分の命……。でも、僕、僕の腕とか足とかがなくなってもいいよ。もし、それでおにいちゃんに会えるなら!自分の命とか言われたら、さすがにあげられないけど」
翼君の言葉に多少ひるんだ犬史君だったが、自分自身が傷つけられようと、自分の命が取られないならば、おにいちゃん、つまり狼貴君に会いたいと言っている。
「時間切れですね。そろそろ他の生徒が来ますよ」
「ガラガラガラ」
「こんばんは!」
思いの他長く話し込んでいたようだ。時計を見ると、すでに犬史君が来てから30分以上が経過していた。そして、次の時間の生徒が車坂の言葉と同時にやってきた。
最近、彼はこの言葉を口にすることが多くなった。頑張ったところで彼の言う、お兄さんに会えるわけはないが、誰に言われたのだろうか。犬史君の必死に頑張る姿に危うさを感じた。
「ねえ、朔夜先生は、死んだ人に会えるかもしれないとわかったらどうする?」
そんな彼が私にこんな質問をしてきた。授業中ではあるが、今日は彼が一番最初に塾に来たため、まだ他の生徒は来ていない。私は彼の宿題の確認をしながら、軽く答えることにした。
「先生は、もうお母さんとお父さんはいないけど、会えるかもって言われたら、会ってみたいかな」
「先生も同じだよね。僕も会えるなら会いたいって言ったんだ!」
いったい、誰にそんなありもしないことを言われたのだろうか。私たちの話を聞いていた翼君と車坂は何の反応も示していない。彼らは私たち生身の生きている人間とは違い、本来なら、人間に認識されない、死んですらいない存在だ。今は人間のふりをして人間の世界に紛れて生活をしているが、普段はそんな空気のような存在である。ちらりと二人の様子をうかがうが、何を考えているのかわからなかった。
「僕、おにいちゃんにもう一度会いたいんだ。突然いなくなって、死んだみたいに扱われているけど、僕にはわかる。おにいちゃんはどこかで絶対に生きている。だから、会って、僕の近くにいて欲しいってお願いするんだ!」
話はまだ続いているようだ。彼にこのような話を吹き込んだ人物は、小学生の素直な子供に残酷なことを言っている自覚はあるのだろうか。自分の発言が、素直な小学生を逆に苦しめる結果になるとは思っていないに違いない。死んだ人間に会うことなんてできるはずがない。それこそ、私の近くにいる、死神や神様にでも頼まない限り不可能だ。
「私が彼にそんなことを言うとでも?朔夜さんとは、塾で一緒に働いている期間も長くなり、私のことを少しは理解してきたと思ったのですが」
無意識のうちに私は車坂を見つめていたらしい。苦笑したように、私はやっていないと言外に言われた気がして、私は慌てて謝罪した。
「すいません。ただ、そんな人外じみたことができる人物となると、犬史君に吹き込んだ犯人は絞られるのかなと。いや、そもそも車坂先生がやっているなんて思っていないですよ」
「吹き込まれてなんかない!僕、本当に死んだ人が生き返るのを見たんだ!」
私と車坂の話を聞いていた犬史くんが、大声で主張する。
「お姉さんはこうも言っていた。僕がおにいちゃんに会いたいと強く思うのなら、この塾に通った方がいいって。そこで一生懸命勉強していれば、必ずおにいちゃんに会えるからって。お姉さんが嘘つくわけないもん!」
大声で叫ぶと、感情が高ぶってしまったのか、犬史君は最後には泣き出してしまった。
「犬史君」
泣き出した子供の対処などどうしたらいいのかわからない。私はあわあわと落ち着きなく犬史君の周りをうろつくが、かける言葉が見つからない。
そんな私と泣いている犬史君の間に割って入ったのは、翼君だった。静かな、けれどもよく通る声で、犬史君を諭していく。
「犬史君、君は本当にお兄さんが大好きだったんだね。でもさ、考えてみなよ。みんな、必ず大事な人をいつか亡くすんだ。どんなに大好きでも突然別れは来る。みんな、いずれは経験することなんだよ。朔夜先生もお父さんとお母さんを亡くしたと言っていたよね。僕も大切な人と別れたよ」
「でも、僕は」
「だから、会えるのなら会いたい、っていう気持ちは、先生たちは痛いくらいによくわかる。きっとそのお姉さんは、代償のことを言っていなかったんだね。漫画やアニメでもよくあるでしょう?死んだ人間をよみがえらせるのには、それなりの対価がいることは知っているかな?」
「対価?」
犬史君には、難しい言葉だったのか、首をかしげている。そんな犬史君の様子に怒ることなく、翼君は簡単に説明する。
「対価というのは、例えば、犬史君は買い物で欲しいものを手に入れるとき、お店の人になにを渡す?」
「買い物をするのなら、絶対にお金が必要だよ」
「そうだね。お金が必要だ。つまり、何かを手に入れるためには、代わりに何かを相手に渡す必要があるということだね。それが対価だ。しかも、その欲しいものと同等の価値のものを渡す必要がある」
「どういうこと?」
話が最終的にどこにたどりつくのか興味を持った私も、翼君の話を真剣に聞いてしまう。車坂も彼らの会話に口を挟まず、じっと耳を澄ませている。
「だからね、話を最初に戻すけど、死んだ人に会わせてくれるということは、犬史君にはそれなりのものを払う必要があるってことだよ。死んだ人を生き返らせるなんて、相当のものを払う必要があるよね。マンガとかだと、身体の一部とか、それこそ、君自身の命とかを要求されることもある」
暗に、死んだ人に会うのは、自分自身が危険に晒されるといいたかった翼君の言葉に、なるほどと感心した。
「身体の一部、自分の命……。でも、僕、僕の腕とか足とかがなくなってもいいよ。もし、それでおにいちゃんに会えるなら!自分の命とか言われたら、さすがにあげられないけど」
翼君の言葉に多少ひるんだ犬史君だったが、自分自身が傷つけられようと、自分の命が取られないならば、おにいちゃん、つまり狼貴君に会いたいと言っている。
「時間切れですね。そろそろ他の生徒が来ますよ」
「ガラガラガラ」
「こんばんは!」
思いの他長く話し込んでいたようだ。時計を見ると、すでに犬史君が来てから30分以上が経過していた。そして、次の時間の生徒が車坂の言葉と同時にやってきた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる