結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ

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番外編【ファンが増えました】6距離を取るのは寂しい

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「オレ、恋人作ることに決めた」

「えっ?」

 それは、いつものように会社帰りに一緒に電車で帰宅していた時のことだ。今日はたまたま電車が空いていて、僕と彼は隣同士に座ることができた。そこで彼がまるで明日の天気を言うかのような軽いノリで、僕にとっては衝撃的な発言をした。驚いて固まっていると、彼に苦笑される。

「そこまで驚くことないだろう?君の恋人と別れてずいぶんと経っているんだ。オレにだって新たな恋をする権利くらいあるはずだ」

「そ、そうだけど……。いきなりすぎるから」

「まあ、確かに君に言うのは唐突だったかもしれない。でも、年が明けて、今年はなにをしようかなと考えた結果、真っ先に思いついたのがこれだった」

「ぼ、僕の事はもう、どうでもよくなった?それとも、彼のことが嫌になった?」

「そんなわけないだろう?むしろ、君のためを思って」

「僕のため?」

「そもそも、オレたちの今までの関係がおかしかったんだ。どうして、元カレのオレと、今カレの君が親しくできた?普通なら、オレと君は恋のライバル同士だ。まあ、オレはもう、あいつの事は好きじゃないけどな」

『次の停車駅は○○です。右側の扉が開きます。ご注意ください』

 話しているうちに降りる駅が近づいてきた。駅のアナウンスが電車内に響き渡る。

「この話はまた今度、ゆっくりしよう。とはいえ、オレの意思は固いけど」

 彼は何か吹っ切れたような顔をしていた。



 彼とは最寄り駅が同じなので、そこで別れた。別れてからの記憶は正直なかった。しかし、毎日通っている道は身体が覚えているらしい。僕は事故に遭うことなく、無事に恋人がいる家に帰りつくことができた。

「ただいま。あのね、今日、帰りに彼が」

「おかえりなさい。話しはあとでゆっくり聞きますから、先に着替えてきてください。今日の夕食は君の好きなシチューです」

「ありがとう!」

 帰宅すると、僕の恋人が優しい笑顔で出迎えてくれた。恋人はテレワークの仕事が多いので、僕が帰宅すると、大抵家にいることが多い。恋人の笑顔を見ると、電車での彼の言葉で乱れた感情がゆっくりと静まっていく。

 感謝の気持ちを込めて、玄関で靴を脱ぎ、勢いよく恋人に抱き着く。僕の恋人は僕より身長が高いので、抱き着くと、顔が恋人の胸に当たってしまう。恋人の胸板の固さにうっとりとしながら、ついでに恋人の匂いをしっかりと吸い込む。

 やはり、好きな人の匂いは落ち着く。しばらく、恋人の身体と匂いを堪能していたら、頭上から、恥ずかしそうな声が聞こえてくる。

「い、いったん、離れてもらえますか?そんな可愛らしい行動をされたら、が、我慢できません」

「どうしようかなあ」

 恋人の表情を確認しようと上を見上げると、真っ赤な顔の恋人と目があった。いつもはクールでカッコよい恋人だが、今はとても可愛らしく見える。僕の事を食べたくて仕方なさそうな顔が愛おしい。試すつもりであごに手を当てて考えるふりをする。

 さて、どういう反応を見せるのか。


「君と言う人は……」

 ぼそりとつぶやかれた言葉と同時に身体がふわりと宙に浮く。何事かと思えば、恋人が僕の事を持ち上げていた。いくら僕が小柄だからといっても、立派な成人男性だ。力持ちなところもカッコいい。

 恋人は僕の唇に軽いキスをすると、僕を抱えたまま、寝室に直行する。

「夕食の準備はしていましたけど、先に君を食べることにします。私を煽った責任、とってもらいますからね」

「お手柔らかにお願いします」

 こうして、僕は夕食を取る前に、恋人においしくいただかれてしまった。



「それでね、彼がいきなり【恋人を作る】なんて言ってきたんだよ!てっきり、彼はもう、恋愛になんか興味がないかと思っていたんだけど」

 恋人と致したら、かなりのエネルギーを消費してしまった。仕事帰りで疲れているのに盛ってしまった。とはいえ、恋人とするのは嫌いじゃないので、まんざらでもない。僕の身体で欲情してくれるのは恋人冥利に尽きる。

 さて、事が済んでようやく食事にありつくことになり、僕は帰宅後、すぐに話そうと思っていたことを改めて、恋人に話した。恋人はシチューを口に入れていた手を止め、嫌な顔をした。

「せっかく良い気分で食事をしていたのに、【彼】の話しで半減ですね。でもまあ、いいんじゃないですか?彼にだって、彼の人生があります。いつまでも、君にべったりとはいかないでしょう?そもそも、君には私がいるでしょう?」

「そ、そうだけど。でも……」

「でも?」

「なんだか、彼が僕から離れていくみたいで寂しいなって」

「はあ」

 恋人は子供を見るような目で僕を見て、大きな溜息をつく。先ほどまで僕に欲情していた彼とは大違いだ。いったい、僕のどこが子供みたいに見えるのだろうか。

「そもそもの話しですけど、普通、恋人の目の前で他の男の話はしません。相手を不快にさせないためです」

「はあ」

 突然、何を言いだすのかと思えば、当たり前のことを話しだす。そんなことは誰だって知っていることだ。それがなんだというのか。

「わかっていないみたいですから、この際、はっきり言いますけど、【彼】の話を出すというのはそういうことです」

「でもさ、【彼】は君の元カレでしょう?」

 今更過ぎる話しだ。僕たちの間に元カレである【彼】の話題が出ることは多い。僕から振ることが多いが、恋人は不機嫌になることはあっても、最後まで話を聞いてくれる。

「不機嫌になるのはそういう理由か」

「ようやくわかってもらえましたか?」

「じゃあ、これからは【彼】の話題は出さないし、僕から話しかけることもやめたほうがいいの?」

 もし、恋人がダメと言ったらやめたほうがいいのだろう。

『恋人に言われて、オレとの関係をなしにするなんて、ずいぶんとあいつに手名付けられているな。犬みたいで滑稽だな』

『別にオレは構わないけど。だって、新しい恋人が見つかったから。これからはこいつと仲良く過ごすから、お前らはお前らで勝手にいちゃついてろよ』

『オレはお前のことは好きでも何でもない。ただの仕事仲間だ。それ以上でもそれ以下でもなくなるってことだ。勝手にしろよ』


「なんか、嫌だな……」

「ちょっ、どうして涙目になっているんですか?そんなにあいつのことが大切ですか?」

 彼と距離を置くことを想像したら、彼の言葉が脳内で再生された。それがあまりにも悲しくて、涙が出てきてしまった。恋人に指摘されて、慌てて手で涙をぬぐう。

「あなたって人は……」

 恋人は再度、大きな溜息を吐き、スマホを手元に引き寄せて誰かに電話をかけ始める。

「もしもし、今から私の家に来られますか?緊急事態です。僕の恋人が、あなたが恋しくて泣いてしまいました。電車での件での弁明を聞いて差し上げますから、急いできてください」

「ど、どうして……」

 電話の相手は【彼】だった。彼に僕たちの家に来るように言って、一方的に切ってしまった。なんて自分勝手な恋人だ。

「仕方ないでしょう?私はあなたの涙に弱いんですから。それに【彼】もあなたのことを自分で思っている以上に好きになっているみたいです」

 スマホをテーブルに置いた恋人が僕の顔に手を伸ばし、涙の後をなぞってくる。

「君は【彼】がいないと寂しいんでしょう?だったら一つ、提案があります」

 本当は嫌ですけど、君のためなら仕方ありません。

「提案、ですか?」

「三人で一緒に住みましょう。そして、私と君、彼の三人で付き合いましょう」

 恋人が話した内容は、世間からは認められないようなものだった。恋人や彼には残酷な提案だが、僕にとっては魅力的に聞こえた。

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