156 / 206
番外編【変人になりたい】3先生呼び
しおりを挟む
ということで、今回のネタは決まったわけだが、問題は大鷹さんがまだ私の部屋に居座っていることだ。疑問は解決したのに、なぜか私の部屋から出ていかない。
「ほかに何かあるんですか?疑問は解決したんでしょう?」
「疑問は解決しました。ただ……」
「ただ?」
「紗々さんがパソコンに向かっている姿をまた見られてうれしいというか」
「はあ」
大鷹さんはよほど、私が小説の執筆を再開したことがうれしいらしい。とはいえ、さすがにじっと見つめられるのは嫌だし、執筆に集中できない。ドアの前でずっと立ったままの状態も申し訳ない。
「リハビリも兼ねているので、そこまで長くなりませんよ。16時ごろにまたおやつ休憩をしたいので、そこで小説の進捗とか話しますので、いったん、私の部屋からでて」
「そうですよね。僕も読みかけの漫画とかあるので、いったん自分の部屋に戻ります。またおやつの時間になったら、部屋に来ますね」
私の言葉に大鷹さんは納得して、思いのほかあっさりと部屋から出ていった。さて、ここからが問題である。
「そこまで長くないとは言っても、かなり長い間、文字を書いていなかったからなあ」
ブランクが長いと、パソコンに文字を打つスピードも遅くなるし、感覚も鈍ってくる。それに、スポーツでもよく言われることだが、休んだ分の体力などを取り戻すのは案外時間がかかる。
「ああ、あんなこと、言わなきゃよかったな」
大鷹さんが出て行ってから数分後、早くもあきらめムードになってしまった。とりあえず、乱雑に文章は作っては見たが、どうにもしっくりこない。
「あああああああああ」
叫んでも何ともならないことはわかっていたが、つい、大声を出してしまう。とはいえ、大鷹さんが私の声に反応して部屋に駆け込んでくる気配はない。もしかしたら、自分の部屋に行くとは言ったが、それは嘘で私の為にお菓子でも買いに外に出ているのかもしれない。
「読者の期待には応えたい……」
せっかくやる気が出た時にやらなくてどうする。机に置かれたスマホの誘惑に負けそうになったが、ぐっとこらえて、私はまた執筆に戻ることにした。
暇なとき(小説執筆以外の余暇)の時間は結構ゆっくり過ぎるのに、いざ集中して小説執筆に取り組むと、時間はあっという間に過ぎていく。ふと、時計を見るとすでに大鷹さんとの約束の16時5分前に迫っていた。
「昼ご飯が終わって、そこから始めたから……」
一応、短編の形にはなった。あとは誤字脱字や表現などの違和感をなくす作業が必要だ。とはいえ、この2時間くらいでこれだけのものが書きあがったのだ。ブランク空けとはいえ、ずいぶん頑張った方だと思う。
「これでいいか」
文章の最終チェックをして、何とか時間内に出来上がった短編小説を小説投稿サイトにアップする。「投稿されました」の文字が出るころには、すでに16時を回っていた。
「トントン」
そして、タイミングよく大鷹さんがドアをノックする音が聞こえた。まるで私のことを監視していたかのようなタイミングだが、大鷹さんに限ってそんなストーカーじみたことをするとは思えない、こともないがきっとそんな漫画みたいなことはしていないと信じたい。私の部屋に監視できるような道具はぱっと見では見当たらない。
「どうぞ」
当然、私が大鷹さんを拒否することはない。すぐに大鷹さんが部屋に入ってくる。手には先ほどと同様にスマホを片手に持っていた。
「よ、ようやく先生が新作を……」
「ま、まあ、短編だし、大したネタではないのでそこまで感動されるようなことでもないのかと」
「いえいえ、更新された、という事実が読者にとってはとても重要なんですよ。今まで、コメントはしないけれど、ささのは先生を心配していた人は多いと思います。少しでも、こうして更新してもらえると、読者はかなり安心するのではないでしょうか。かくいう僕も安心している読者の一人ですし」
「はあ」
そういうものか。とはいえ、大鷹さんのいうこともわからないわけでもない。私だって、創作者であると同時に読者の一人でもあるのだから。
私たちは約束通り、おやつを食べるためにリビングにやってきた。予想した通り、大鷹さんは買い物に出かけていたようで、私が知らないお菓子を取り出して、テーブルに準備していた。どうやら、私の家の近くにあるケーキ屋で買ってくれたようだ。
「脳を使う作業には、やはり糖分が必要でしょう?だから、先生のために、奮発してケーキを買ってきました!」
大鷹さんは、今日は私を先生呼びすることにしたようだ。商業化もしていない、読者もそこまでいない底辺作家であるのに先生呼びは恥ずかしい。とはいえ、先生と呼ばれることは初めての経験ではない。
「先生、なんて呼ばれると、なんだか昔のバイトを思い出します」
「バイト、ですか?」
「はい。大鷹さんには話していませんでしたっけ?私、大学時代に塾講師のバイトをしていたんですよ。その時に」
「ああ、なるほど」
先生、なんて久しぶりに呼ばれた気がする。いや、たまに大鷹さんが勝手に先生と呼んでいたかもしれない。とはいえ、もし今、大鷹さん以外に先生と呼ばれるとしたら、シチュエーションはひとつしかない。
「私の作品が商業化した暁には、編集者の方とかに呼ばれる可能性があるということか……」
「そうなるように、もっとたくさん小説を投稿してくれると嬉しいです」
「まあ、精進します」
「それで、どれにしますか?先生が好きそうなものを買ってきたんですが」
ケーキは二つあり、チーズケーキとフルーツタルトだった。どちらもおいしそうだが、今回はフルーツタルトを選択する。
「いただきます」
気が利く大鷹さんは二人分の紅茶を用意してくれた。ケーキに紅茶。優雅な休日のティータイム。私たちは、まったりとおやつの時間を堪能した。
「ほかに何かあるんですか?疑問は解決したんでしょう?」
「疑問は解決しました。ただ……」
「ただ?」
「紗々さんがパソコンに向かっている姿をまた見られてうれしいというか」
「はあ」
大鷹さんはよほど、私が小説の執筆を再開したことがうれしいらしい。とはいえ、さすがにじっと見つめられるのは嫌だし、執筆に集中できない。ドアの前でずっと立ったままの状態も申し訳ない。
「リハビリも兼ねているので、そこまで長くなりませんよ。16時ごろにまたおやつ休憩をしたいので、そこで小説の進捗とか話しますので、いったん、私の部屋からでて」
「そうですよね。僕も読みかけの漫画とかあるので、いったん自分の部屋に戻ります。またおやつの時間になったら、部屋に来ますね」
私の言葉に大鷹さんは納得して、思いのほかあっさりと部屋から出ていった。さて、ここからが問題である。
「そこまで長くないとは言っても、かなり長い間、文字を書いていなかったからなあ」
ブランクが長いと、パソコンに文字を打つスピードも遅くなるし、感覚も鈍ってくる。それに、スポーツでもよく言われることだが、休んだ分の体力などを取り戻すのは案外時間がかかる。
「ああ、あんなこと、言わなきゃよかったな」
大鷹さんが出て行ってから数分後、早くもあきらめムードになってしまった。とりあえず、乱雑に文章は作っては見たが、どうにもしっくりこない。
「あああああああああ」
叫んでも何ともならないことはわかっていたが、つい、大声を出してしまう。とはいえ、大鷹さんが私の声に反応して部屋に駆け込んでくる気配はない。もしかしたら、自分の部屋に行くとは言ったが、それは嘘で私の為にお菓子でも買いに外に出ているのかもしれない。
「読者の期待には応えたい……」
せっかくやる気が出た時にやらなくてどうする。机に置かれたスマホの誘惑に負けそうになったが、ぐっとこらえて、私はまた執筆に戻ることにした。
暇なとき(小説執筆以外の余暇)の時間は結構ゆっくり過ぎるのに、いざ集中して小説執筆に取り組むと、時間はあっという間に過ぎていく。ふと、時計を見るとすでに大鷹さんとの約束の16時5分前に迫っていた。
「昼ご飯が終わって、そこから始めたから……」
一応、短編の形にはなった。あとは誤字脱字や表現などの違和感をなくす作業が必要だ。とはいえ、この2時間くらいでこれだけのものが書きあがったのだ。ブランク空けとはいえ、ずいぶん頑張った方だと思う。
「これでいいか」
文章の最終チェックをして、何とか時間内に出来上がった短編小説を小説投稿サイトにアップする。「投稿されました」の文字が出るころには、すでに16時を回っていた。
「トントン」
そして、タイミングよく大鷹さんがドアをノックする音が聞こえた。まるで私のことを監視していたかのようなタイミングだが、大鷹さんに限ってそんなストーカーじみたことをするとは思えない、こともないがきっとそんな漫画みたいなことはしていないと信じたい。私の部屋に監視できるような道具はぱっと見では見当たらない。
「どうぞ」
当然、私が大鷹さんを拒否することはない。すぐに大鷹さんが部屋に入ってくる。手には先ほどと同様にスマホを片手に持っていた。
「よ、ようやく先生が新作を……」
「ま、まあ、短編だし、大したネタではないのでそこまで感動されるようなことでもないのかと」
「いえいえ、更新された、という事実が読者にとってはとても重要なんですよ。今まで、コメントはしないけれど、ささのは先生を心配していた人は多いと思います。少しでも、こうして更新してもらえると、読者はかなり安心するのではないでしょうか。かくいう僕も安心している読者の一人ですし」
「はあ」
そういうものか。とはいえ、大鷹さんのいうこともわからないわけでもない。私だって、創作者であると同時に読者の一人でもあるのだから。
私たちは約束通り、おやつを食べるためにリビングにやってきた。予想した通り、大鷹さんは買い物に出かけていたようで、私が知らないお菓子を取り出して、テーブルに準備していた。どうやら、私の家の近くにあるケーキ屋で買ってくれたようだ。
「脳を使う作業には、やはり糖分が必要でしょう?だから、先生のために、奮発してケーキを買ってきました!」
大鷹さんは、今日は私を先生呼びすることにしたようだ。商業化もしていない、読者もそこまでいない底辺作家であるのに先生呼びは恥ずかしい。とはいえ、先生と呼ばれることは初めての経験ではない。
「先生、なんて呼ばれると、なんだか昔のバイトを思い出します」
「バイト、ですか?」
「はい。大鷹さんには話していませんでしたっけ?私、大学時代に塾講師のバイトをしていたんですよ。その時に」
「ああ、なるほど」
先生、なんて久しぶりに呼ばれた気がする。いや、たまに大鷹さんが勝手に先生と呼んでいたかもしれない。とはいえ、もし今、大鷹さん以外に先生と呼ばれるとしたら、シチュエーションはひとつしかない。
「私の作品が商業化した暁には、編集者の方とかに呼ばれる可能性があるということか……」
「そうなるように、もっとたくさん小説を投稿してくれると嬉しいです」
「まあ、精進します」
「それで、どれにしますか?先生が好きそうなものを買ってきたんですが」
ケーキは二つあり、チーズケーキとフルーツタルトだった。どちらもおいしそうだが、今回はフルーツタルトを選択する。
「いただきます」
気が利く大鷹さんは二人分の紅茶を用意してくれた。ケーキに紅茶。優雅な休日のティータイム。私たちは、まったりとおやつの時間を堪能した。
0
お気に入りに追加
236
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる