結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ

文字の大きさ
上 下
154 / 204

番外編【変人になりたい】1趣味とは言っても……

しおりを挟む
 月日が過ぎるのはあっという間だ。新しい年が始まったと思えば、すぐに半年が経過している。幼馴染?の当間が私の会社で働き始めてから、半年が過ぎようとしていた。


「最近、小説の投稿がないみたいですけど、どうしたんですか?」

 6月の休日。家で大鷹さんと一緒に昼食のそうめんを食べていた時のこと。大鷹さんに突然、心配そうに尋ねられた。

「それ、私の投稿が止まるたびに言っていますけど、私は本業が小説家ではないので、投稿が止まることだってあります。それにいちいち言及していたら、疲れませんか?」

 確かに私はここ最近、小説の投稿をしていない。読者にとっては私の生存状況が気になることだろう。

 まあ、それは人気作家限定かもしれない。

 幸運なことに、私の小説にも多少の読者は存在する。しかし、熱心にコメントをくれるのは大鷹さんと河合さんくらいで、後のつつましい読者たちは、私の更新が止まろうが特に何も反応がない。きっと、心の中では新作が読みたいのだろうが、コメントまではできない、といったところだろう。とはいえ、あくまでこれは私の憶測にすぎない。

 小説節投稿サイトの作品で、更新が止まった小説の感想欄を見ると、「更新が止まっていますが大丈夫ですか?」「早く続きが読みたいです。更新待ってます!」などのコメントを見かける。

私だって、面白い小説を読んでいて途中で更新が止まっていたら、同じようなことを思う。しかし、私はそんな更新が止まった作品に対して、作者に何かコメントを送ったことはない。私の読者と同じということだ。世の中、なかなかコメントを送れない人が多い。

「僕以外の『紗々の葉先生』の読者もきっと、先生の新作の小説を今か今かと楽しみに待っていると思います。だから、一読者として彼らの言葉を僕が代弁していると……」

「はあ」

 思わず、大鷹さんの言葉を遮って溜息が出てしまう。大鷹さんの言いたいことはわかる。しかし、創作者にしてみれば、読者の言葉は励みにもなるが、かなりのプレッシャーでもある。創作と向き合うためにはかなりの体力を使う。

「何か、執筆できない事情でもあったのでしょうか?悩みがあるなら、僕でもいいし、なんなら河合江子でもいいし、ご両親でも僕の親戚にでも相談してみたら」

「いえ、その心配は無用です」

 これに関しては即答できる。今回の件は相談しても仕方のないことだ。私はそうめんを口に入れて、咀嚼して飲み込んでから一度深呼吸をする。既に初夏のような気温だが、まだエアコンを入れるほどでもないため、最近出した扇風機を回している。風が気持ちよく私にむいて吹いてくる。

「仕事が忙しくて、精神的に創作するほどの力が残っていなかっただけです」

 そう、ただそれだけだ。4月に入って新年度が始まり、なんだか仕事が忙しくなってしまい残業が少しあった。ブラック企業ほどでもないが、支店にやってくるお客も多く、心が疲弊していた。

「創作する時間がないほどの残業でもなかったと思いますけど」

「うううう」

 これは手痛い質問だ。大鷹さんの言う通り、私の帰宅時間がそこまで遅くなることはなかった。夕食は一緒に大鷹さんと取れるくらいだった。しかし、時間があるからといって、創作できるかといえば、そうとは限らない。大鷹さんの追及は続いていく。

「僕、知っていますよ。最近、紗々さんはスマホで動画をずっとダラダラと見たり、ゲームをしたりして過ごしているのを」

「それはその……。新たに物語を生み出す気力がなかったんです!」

 これは言い訳させてほしい。わかりやすく、SNSで見かけたイラストレーターの話を取り上げて説明する。

「イラストレーターのSNSで見かけたんですけど、仕事のイラストは描けないのに、趣味のイラストは投稿している。これを見て、大鷹さんはどう思いますか?」

「突然ですね。まあ、同じイラストなら仕事をして欲しいな、とは思いますね」

「それですよ!」

 大鷹さんの言葉につい、声を荒げてしまった。大鷹さんは驚いて私を見つめるが、いつものことなので気にしない。

「仕事と趣味は違います」

 私はイラストを描く能力はないので、完全には理解できないが、これを小説に当てはめるとなんとなく理解できる。

 小説を書くことで、気分転換できて元気に仕事に向かう人もいるが、私は残念ながら、そこまで小説を趣味として生きていない。きっと、その人にとってはイラストを描くことが生きがいなのだろう。しかし、仕事だと思うとやる気が出ない。そんなジレンマを抱えているに違いない。まあ、私は仕事のせいで、趣味の小説を書くことができていないので反対ではあるが。

「じゃあ、紗々さんは小説を書くことを仕事だと思っていたってことですか?」

「いや、そういうわけではなくて……」

 続く言葉が見つからない。趣味ではあるが、精神的に疲れすぎて物語を執筆する気力がなかったのだ。いくら趣味とは言っても、無理な時もある。

「で、でも、仕事もようやく落ち着いてきましたので、今日からでも少しずつ執筆していく所存であります!」

「いや、僕が言い過ぎましたね。紗々さんの小説が読みたくて強要させることを言ってしまいました。すみません。書きたくなったら書いてください。無理はしないでください」

 せっかく、私がやる気を出そうとしているのになんてことを言うのだ。大鷹さんは私に小説を書いてほしいのか、欲しくないのか。

 きっと、心の中では書いてほしい思いでいっぱいだろうが、私の負担にならないように気を遣ってくれているのだ。

 そうめんを食べ終えた私は、大鷹さんがキッチンで洗い物をしているのを見ながら決意した。

「自分でやるって言ったんだから、頑張りますか」

 自分の部屋に向かい、久々にパソコンを起動することにした。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...