結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ

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番外編【大掃除で得たもの】1年末の恒例行事

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 大鷹さんとは、年末に出掛けない代わりに大掃除をすることで合意した。とはいえ、今の時刻は12月30日の夕方。既に夕食の時間を迎えている。そこから大掃除など始められるはずもない。

「ぐうう」

 案の定、お菓子を食べていたにも関わらず、私の身体は空腹を訴え始めた。話し合いが終わり、大鷹さんは夕食の準備の為にキッチンに立っている。私の帰宅前にはすでに煮込んであったようだ。今日はおでんらしく、火をかけた鍋からだしの良い匂いが部屋に充満している。

「よく考えたら、紗々さんは今日が仕事納めでしたね。それなのに、外出とか小説の執筆をゴリ押ししてすみません。僕が休みだからと勘違いしていました。紗々さんは、年末年始は休みが少ないことをすっかり忘れていました」

 私の空腹の音は、大鷹さんにもばっちり聞こえていたはずなのに、華麗にスルーしてくれた。さらには先ほどまでの強引な態度から一変、申し訳なさそうな顔をされて謝られてしまった。まあ、私も少しきつい言い方をしてしまったかもしれないが、大掃除ということで解決したので、仲直りだ。

「別に怒ってはいません。とりあえず、お腹が減ったので夕食が先に食べたいです」



『先輩、こういうイベントごとに参加しないなんて、人生損している気がしますよ。でもまあ、それが先輩の面白ところかもしれないですね』

 唐突に年末の忘年会のことを思い出す。最近は流行り病のせいか忘年会をしない企業が増え始めている。私の勤めている銀行も今年は任意の参加で忘年会を行うことになった。任意などと言われてしまえば、引きこもりコミュ障の私は参加しない一択だ。河合さんは参加する気満々だったが、知ったことではない。参加しない私を恨めしそうに見つめていたが、本人は参加するらしい。

 今日の仕事終わりにバカにしたような発言をされた。そんな態度が癪に障ったが、彼女は私より後輩で年齢も下だ。それに、彼女の言動に一喜一憂していたら、私の心は崩壊してしまう。いや、もうすでに崩壊していたらしい。

「ご忠告ありがとうございます。私には忘年会で会社の人と一緒に過ごすよりも、一秒でも早く、夫のいる家に帰って、彼と一緒に過ごす方が有意義な時間を過ごせると思いますから」

 我ながら、とんでもないことを口走ってしまった。河合さんは驚いたような顔をしていたが、私の発言の意味に気づいて大爆笑していた。年末の最後の仕事が終わった更衣室で、彼女の笑い声はほかの職員にもばっちり聞かれていた。何なら、狭い更衣室で私の旦那に対する惚気も。

「倉敷さんって、旦那さん大好きだったんですね。普段、あまり話題にしないから、少し心配していたんですよ」

「いいなあ。私もそういう惚気みたいな理由で忘年会とか断ってみたいなあ」

 他の職員、安藤さんと平野さんに生温かい視線を向けられてしまった。基本的に発言には気をつけているつもりなのに、大鷹さんのことになると、たまに私の頭はバグを起こしてしまうらしい。あまりにも恥ずかしい発言に穴があったら入りたくなる。


「紗々さん?」

 大鷹さんに顔を覗き込まれる。私が思い出に浸っている間に、テーブルには二人分のおでんが盛られた皿と茶碗、温かい緑茶が入った湯呑が二つ置かれていた。私は大鷹さんに夕食の支度をすべてやってもらっていた。いくら仕事があったとはいえ、これはさすがに据え膳過ぎる。

「す、すみません。忘年会を断ったことをからかわれたことを思い出してしまって……」
「出たかったんですか?」

「いえ、それは無いです」
「即答されるのも、微妙な気分です」

 つい、即答してしまったが、事実なので嘘ではない。嘘は言っていないのに、なぜ、大鷹さんが微妙な気分になるのかわからない。まあ、他人の心を100%理解できるはずもないので気にしないことにした。

『いただきます』

 それよりも今は、ほかほかと湯気を立てているおでんを食べることが先決だ。私がさっそくテーブルの上のおでんの具にくぎ付けになっているのを見て、大鷹さんが苦笑する。そして、私が手を合わせると、大鷹さんも同じように席に着いて手を合わす。

 私たちの食事の挨拶は見事にハモリ、部屋に大きく響き渡った。



『ごちそうさまでした』

 食事中は基本的にテレビをつけないことが多い。私は昔からあまりテレビを見ないで育った家庭だが、大鷹さんも同じくらい見ていなかったようだ。おでんの具の味のしみた大根や卵を堪能しながら夕食を完食したのち、私たちは食事を終えた。夕食の準備をしてもらったので、片付けは私の担当だ。食器をシンクに運んでいたら、唐突に年末恒例のテレビ番組を思い出す。

「今日はレコード大賞発表の日だ」

 ドラマは見ないし、流行の曲もアニソンしかわからない私だが、なんとなく毎年暮れの音楽番組はチェックしている。各テレビ番組の歌番組はもれなく録画して、興味がわいた部分だけ見ていた。

「確かに言われてみれば、もう、30日ですもんね」

 片付けを終えてテレビをつけ、チャンネルを変えていくと、予想通りにレコード大賞の中継をやっていた。新人賞の発表をしていたが、誰が誰だかさっぱりわからない。

「はあ」

 見ていても、興味がわかないのでテレビをつけて早々だが、すぐにテレビの電源を落とした。それなら、録画していた過去の歌番組の好きなアーティストをもう一度見返す方が面白い。チラリと大鷹さんの様子をうかがうと、大鷹さんもまた、首をかしげていたので、私と同じで新人賞に出ていた歌手たちが誰かわからないのだろう。私と同じ人間がいてほっとした。

「さて、各部屋を掃除と言いましたが、ひとりで片付けできますか?」

 テレビを見ることをあきらめ、自分の部屋に向かおうかと考えていたら、大鷹さんが親から子供にかけるような言葉を掛けてきた。なんてことを言うのだ。私はこう見えて、30歳を過ぎた大のおとなだ。見くびってもらっては困る。片づけくらい、自分一人で出来る。

「できま」

「とか言って、いつの間にかスマホを開いたり、本棚の漫画を読み始めたりして、片付けがはかどらないのでは?」

「ううううう」

 大鷹さんが痛いところをついてくる。どうして私のそんなことまで知っているのかというと、引っ越しの際に一度、そのような片付けの進まない私の姿を見ているからだ。とはいえ、そんな過去は当の昔に捨て去った。同じミスはせず、学ぶのが人間というものだ。

「だ、大丈夫です。漫画だってそんなに買っていないですし、何なら、片付けの間はスマホを手の届かないベッドわきにでも置いておきますから!」

 そう、悪魔のささやきを訴えてくるスマホさえなければ、片付けはサクサク進むはずだ。

「そこまで自信があるのなら、何も言いません」
「まあ、今日はもう遅いので、片付けは明日になりますが」
「そうですね」

 そう、あくまで私の片づけは大晦日の31日の1日が決戦の時だ。

「私は別に一人でも片づけはできますが、どうしてもというのなら、手伝ってくれて構いませんよ。その代わり」

「その代わり?」

 私はとても良いアイデアを思い付いた。これは我ながら、王道の発想だがそれはそれで王道だからこそ、面白いというものがある。

「大鷹さんの部屋の片づけの手伝いをさせてください」

 今日の私の頭は冴え切っている。これは新しい小説のネタに使えそうだ。

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