結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ

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番外編【創作あるある】3こんなこともある

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「ねえ、紗々さん」
「なんですか。大鷹さん」

「最近、パソコンを開いていますか?」
「ええと……」

 現在は仕事納めが終わった12月30日。銀行勤めとは年末年始の休みが少なめなのだ。帰宅してまったりとリビングでお菓子を食べながら過ごしていたら、一足先に仕事納めとなった大鷹さんが神妙に話しかけてきた。私の正面の椅子に座り、じっと見つめてくる。

 ここ最近、仕事が忙しくて仕事から帰宅すると、夕食を食べてその後は入浴、そのまま就寝、もしくは無料の漫画アプリや動画を見てダラダラ過ごして寝る、という仕事の為に生きる生活をしていた。漫画や動画を見る暇があるのなら、パソコンを開いて、小説を執筆する時間があるのでは。そう言われることは重々承知している。しかし、言い訳にしかならないが、言い訳させてほしい。

【0から1を生み出すエネルギーはかなりのものだ】

 どこかの誰かの言葉であるような気がするが、そうなのだ。実際、妄想は24時間、暇さえあれば頭の中で出来る。今だって、頭の中には妄想上の人物が私の思い通りにわちゃわちゃと楽しそうに行動している。しかし、それをいざ、実際に文字に書き起こす作業が結構ハードルが高い。

 今時、スマホで小説を執筆するという人もいるらしいが、私はどうにも気が進まない。どうしても、パソコンに向かってポチポチと打って小説を作り上げたい。まあ、それができていないので、今後は常日頃、下手したら寝る時間と仕事時間以外は触っているスマホで執筆をした方がいいのかもしれない。私が黙っていると、大鷹さんがさらに私に追い打ちをかける。


「紗々さんだって、立派な創作者です。仕事が忙しいのは分かりますが」

「どうせ、私には更新を待ってくれる読者なんて……」

 つい、ネガティブな言葉が口から出てしまう。とはいえ、読者がいないとは、言い切れなかった。目の前のイケメンな男。この男が私の小説の更新を待ち続ける一人であることは間違いない。しかも、彼は私の旦那。彼の言葉を無下にするわけにはいかない。だから、私は慎重に言葉を選んで答えていく。

「いることはわかっています。でもそれ以上に、私の中に余裕というものがなかったんです!」

 私の小説を待つ読者は何も、大鷹さん一人だけではない。きっと、同僚の河合さんだって私の小説の更新を楽しみにしているだろう。でも、それだけで小説がスラスラ執筆できるとわけではない。期待を糧に執筆出来る人もいるだろうが、私はそういうタイプではない。

「心の余裕、ですか?」

「そうです。小説を執筆することがストレス発散という人もいますが、私の場合は、心の余裕があるときにする趣味、ということです」

「余裕がなかったから、書けなかった、と」

「そういうことです。もう、この話は終わりにしましょう。この話は不毛すぎます。せっかく始まった年末年始の休み。もっと建設的で楽しい話題にしましょう」

 ここで、私は強引にこの話を終わりにしようと試みた。これ以上、こんな底辺作家の執筆環境など話していても意味がない。

「今年の休みは何か、したいことはありますか?」

 大鷹さんも私に気を遣ってくれたのか、話を合わせてくれた。相変わらず、空気の読める良い男である。

「今年は……」

 なんやかんや、今年もいろいろあった。大鷹さんの風邪騒動があったり、運動を始めたり、ストレスで食べ物アレルギーもどきが発症したりした。とはいえ、何とか今年1年も無事に乗り越えられそうだ。大鷹さんも私も無事に仕事を終えることができて、年末年始の休みに入ったのだから。

「なにも考えていないってことは無い、ですよね?まさか、今年もごろごろ過ごすだけ、とか言わないですよね?」

 空気は読めるはずなのに、どうして私が家から出ようとしないことに対してだけ、こんなにも高圧的な態度になるのか。人間には短所の一つや二つあるものだ。それを受け入れることも必要だろうに。

「ま、まだ世間では流行病が流行っているでしょう?それに、忘年会、という文化もここ数年で廃止にしているところも多いですし、もう、年末年始はおとなしく家でゆっくりと身体を休める方向に、世間は動いているのではないか、と」

「違いますね」

 大鷹さんは私の意見をバッサリと切り捨てた。いつにもまして強気な態度に違和感を覚えるが、休日をどう過ごそうが私の勝手である。夫婦であっても一緒に過ごすことが義務付けられているわけではない。そこで、私は大鷹さんを打ち負かす良いアイデアを思い付いた。

「大鷹さん」

 年末と言ったら、家で過ごす理由として挙げられる理由は一つしかない。これをすることが日本の恒例行事といっても過言ではないだろう。

「今年は年末の大掃除を頑張ろうと思います」

「大掃除、ですか?」

 私の返事はそこまで驚くようなことだっただろうか。世間一般の意見を言ったつもりなのに、なぜか大鷹さんは頭を抱えてしまった。どうやら、私の答えは大鷹さんの予想にはなかったらしい。とりあえず、大掃除という案を推すことで、私の家でのまったりタイムを獲得できることがわかった。だとしたら、あとは頑張って説得するのみ。

「お、大掃除とはまた、まともな意見を言うのですね。確かに大掃除は大切ですが……」

「そうでしょう、そうでしょう?これを機に自分の部屋の断捨離でもしようかなと。ほら、断捨離すると、新たな風が吹きそうな気がするし。新たな縁も作れそうですよね」

 私は何も考えずに断捨離のメリットを口にしていた。大鷹さんは黙って何も言わない。なんだか背後が黒い靄に包まれている気がしたが、そんなのはファンタジーの見過ぎだ。人のオーラなど見えるはずがない。

「新たな縁。断捨離はとても良いものですね。そうですか。断捨離で新たな縁を……。紗々さんに限ってオレ以外の男との縁を作りたがるとも思えない。単純に新たな人間との出会いを言っているのかもしれないし、でも、紗々さんだしな……」

 いや、前言撤回。黒いオーラというのは正解に近い。何やら私の発言が大鷹さんの何かに触れてしまったらしい。何やら急にぶつぶつと不審者みたいに何事かつぶやき始めた。とはいえ、こういった情緒不安定な大鷹さんにも、断捨離の効果が期待できそうだ。

【部屋の乱れは心の乱れ】

 こんな言葉がある。きっと、今まで片付けや断捨離をおざなりにしていたから、大鷹さんの精神が不安定になっているのだ。今は一年の終わりの年末。ここで部屋をきれいに片付けることで、来年一年、私も大鷹さんも心に余裕を持ち、精神が安定して運気がアップして幸せに過ごせるようになるかもしれない。小説の執筆も順調に進められる気がする。

「とりあえず、まずは各々、自分の部屋の掃除をしましょう!そのあとは、リビングとかお風呂場とかを一緒に掃除したらどうですか!」

「確かに、一緒に掃除とかいいですね。思えば、去年もおととしも、年末年始は家で過ごしていたことを忘れていました。やっぱり、紗々さんと楽しく一緒に過ごせるのが一番です」

 一緒に掃除をしょうと提案しただけなのに、今度は急に上機嫌になりだした大鷹さんの情緒はいったいどうなっているのか。不安になるが、黒いオーラはいつの間にか消えていたので、まあ、問題はないだろう。

 私たちは年末の大掃除を始めた。日付は12月30日。果たして年始までに掃除は終わるだろうか。
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