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番外編【暑すぎる】2○○ネタはどうでしょう?
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「ねえ、先輩。次の新作のネタって決まっていますか?」
暑い中、私は会社に向かい、今日も無事にエアコンが効いた銀行で受付業務に徹していた。隣で同じように受付をしていた河合さんが声を潜めて話しかけてきた。
「もうすぐ昼休憩だから、その時に聞くよ」
「どうせ、この時間は、暑すぎて人なんて来ないですよ」
腕時計で時刻を確認するが、確かに時刻はもうすぐ12時になるくらいだ。この時間は太陽が真上に上がってきて、気温がかなり上がってくる時間だ。お客さんもわざわざ日中のこんな暑い時間には、よほどの用事がない限り来ないかもしれない。
「でも、一応、今は仕事中だから」
「先輩って、監禁系の話って書いたことないみたいですけど、興味ないんですか?」
話は昼休憩に聞くと言っているのに、河合さんは爆弾発言をして自分の席に戻っていった。仕事場で【監禁】とか危ないワードを言うのはやめて欲しい。返事は昼休憩に、ということだろうか。
監禁系。河合さんに言われて、自分の今までの創作物を振り返ってみる。いろいろなシチュエーションで物語は書いてきたが、まだ手を出していないことに気づく。とはいえ、私の生み出すキャラクターの中で、そこまで独身欲の強いやばい奴はいない、はずだ。だから、危ない犯罪系の発想を実行に移すキャラはいなかった。
「監禁、ねえ」
河合さんには悪いが、そっち系のやばいものにはあまり興味がない。しかし、創作ネタとして新たなジャンルに挑戦するのはありかもしれない。昼休憩に入るまで、私は人が来ないことをいいことに、河合さんから言われたことをずっと考えていた。
「そういえば、大鷹さんは好きな人を監禁して、好きな人の視界に自分だけが映ってほしいとか、思ったことありますか?」
夜、大鷹さんに思い切って恋愛においての【監禁】という要素をどう思っているのか聞いてみた。河合さんは【監禁】にずいぶんと興味を示していて、ぜひ私の次の作品に使ってくださいと熱弁されたが、そう簡単に作品に取り入れられる内容ではない。
そもそも、私は好きな相手を【監禁】しようなどという発想はなかった。しかし、大鷹さんのような恋愛経験の多そうな男性には、そういった願望があったりするのか興味があった。
「監禁、ですか……。特にない、ですけど」
なんだか歯切れの悪い返事である。もしかして、過去に誰か好きな女性を監禁しようとして失敗したのか。いや、成功していたら大鷹さんは犯罪者で、私とこうして平穏な夫婦生活はしていない。
(もし、好きな相手を監禁したいと思っているのなら)
私を監禁したいと思うこともあるのだろうか。普段の言動や行動から、大鷹さんは私に好意を持っていて、かなり愛が重いということがわかっている。もし、監禁願望があるのなら、私はいずれ、大鷹さんに監禁されてしまうのか。
いやいや、それはない。
すぐにその考えを否定する。だとしたら、昨日のテレワークの話題でその片鱗が見えてもおかしくなかったはずだ。それなのに、あろうことか、大鷹さんは私にテレワークに向いていないと言ってきた。私がテレワークで働けば、外部との接触がかなり減るに違いない。
「自分だけが好きな相手の視界に入る」という目的は自然と果たされる。それを否定するということは、監禁願望はないということだと思われる。
「【監禁】なんて不穏なワード、どこから拾ってきたのですか?もしかして、新作のネタにでも使う予定なら、やめたほうが」
「大鷹さんは、監禁系は苦手ですか?」
「い、いや、そういうわけでは」
「独占欲とかありますか?」
「あるに決まって、いやいや、僕は何を言わされているのか……」
私の質問に正直に答えかけた大鷹さんだったが、自身の発言に我に返ったのか、私を一睨みして大きな溜息を吐く。
別に大鷹さんを質問攻めにしたかったわけではない。でも、せっかく正直に答えてくれた大鷹さんに、私もこの件について正直に答えよう。
「僕は」
「私は」
そう思って口を開いたら、なぜか、言葉が被ってしまった。お互いに先に発言を促すが、らちが明かない。仕方ないので私から発言することにした。
「私が大鷹さんに愛されているのは理解しています」
「はあ」
「ですが、私の性格上、監禁しても意味がないことも、同時に理解しております」
「ええと」
「なので、もし、好きな人を監禁したいという願望があるのなら」
「ちょ、ちょっと、待ってください。どうして僕が紗々さんを監禁するという話に」
慌てている大鷹さんは見ていて面白かったが、同時に自分の言葉にあきれてしまう。愛されているなんて、随分と自意識過剰なセリフである。加えて、監禁しても意味がないとは。自分の言葉なのに頭が沸いているとしか思えない。きっと、連日の猛暑のせいだ。そうに違いない。
大鷹さんが私の言葉に戸惑っている。そりゃそうだ。いつも変な言動をしているとはいえ、今回の発言はいつにもまして頭がいかれている。
「まさか、紗々さんも僕と同じことを考えているとは思いませんでした」
その後、お互いに冷静になったところで、大鷹さんがぼそりと、とんでもないことを言い始めた。
「同じこととは……」
「【監禁】のことですよ。僕は紗々さんを家に閉じ込めるようなことはしません。だって」
「私が、すでに家に閉じこもりがちの【引きこもり】だからですか?」
「まあ、そんなところです。それに、ただでさえ外とのかかわりが少ないのに、家に閉じ込めるなんてことしたら、紗々さんの将来がとても不安です」
「ご心配アリガトウゴザイマス」
わざわざ、妻の心配までしてくれるなんて……。ていうか、私も自分で思ったことだ。大鷹さんも私と一緒に居て、脳みそがだいぶいかれてきているらしい。思考が似てきたというのは、良い夫婦の証拠かもしれない。
「とはいえ、監禁はしないですが、紗々さんがほかの男性の元に行きそうになったら、何をするのかわかりません」
うん、素晴らしいほどの愛されぶりだ。
「私に限って、そんなことないですよ。もし可能性があるのなら」
大鷹さんの方ではないか。
最後まで言うことはできなかった。だって、先ほどからの会話の流れで、この言葉は地雷過ぎる。さすがに暑さでいかれた脳みそでも言ってはいけないとわかる。大鷹さんの視線が痛い。
「もし可能性があるのなら、そのときはぜひ、監禁して下さい」
ほかの男に目が行くのなら、それは外部との接触が出来始めたということだ。そうなれば、監禁する目的が明白になる。
「普通、自ら【監禁】してくださいなんて、言わないですよ」
これだから、紗々さんは……。
とりあえず、その場の空気は一気に和やかなものになる。それにしても、今回は私も大鷹さんも発言がだいぶいかれている。
夏の暑さも考えものだ。しばらくの間、私たちの脳みそは通常の思考ができないかもしれない。
ちなみに、あとで監禁の話題が河合さんからのものであるとばれてしまった。とはいえ、何とか大鷹さんの機嫌を取り、河合さんと大鷹さんの全面対決にはならないで済んだことは報告しておこう。そして、私は監禁系のネタで新作を投稿するのだった。
暑い中、私は会社に向かい、今日も無事にエアコンが効いた銀行で受付業務に徹していた。隣で同じように受付をしていた河合さんが声を潜めて話しかけてきた。
「もうすぐ昼休憩だから、その時に聞くよ」
「どうせ、この時間は、暑すぎて人なんて来ないですよ」
腕時計で時刻を確認するが、確かに時刻はもうすぐ12時になるくらいだ。この時間は太陽が真上に上がってきて、気温がかなり上がってくる時間だ。お客さんもわざわざ日中のこんな暑い時間には、よほどの用事がない限り来ないかもしれない。
「でも、一応、今は仕事中だから」
「先輩って、監禁系の話って書いたことないみたいですけど、興味ないんですか?」
話は昼休憩に聞くと言っているのに、河合さんは爆弾発言をして自分の席に戻っていった。仕事場で【監禁】とか危ないワードを言うのはやめて欲しい。返事は昼休憩に、ということだろうか。
監禁系。河合さんに言われて、自分の今までの創作物を振り返ってみる。いろいろなシチュエーションで物語は書いてきたが、まだ手を出していないことに気づく。とはいえ、私の生み出すキャラクターの中で、そこまで独身欲の強いやばい奴はいない、はずだ。だから、危ない犯罪系の発想を実行に移すキャラはいなかった。
「監禁、ねえ」
河合さんには悪いが、そっち系のやばいものにはあまり興味がない。しかし、創作ネタとして新たなジャンルに挑戦するのはありかもしれない。昼休憩に入るまで、私は人が来ないことをいいことに、河合さんから言われたことをずっと考えていた。
「そういえば、大鷹さんは好きな人を監禁して、好きな人の視界に自分だけが映ってほしいとか、思ったことありますか?」
夜、大鷹さんに思い切って恋愛においての【監禁】という要素をどう思っているのか聞いてみた。河合さんは【監禁】にずいぶんと興味を示していて、ぜひ私の次の作品に使ってくださいと熱弁されたが、そう簡単に作品に取り入れられる内容ではない。
そもそも、私は好きな相手を【監禁】しようなどという発想はなかった。しかし、大鷹さんのような恋愛経験の多そうな男性には、そういった願望があったりするのか興味があった。
「監禁、ですか……。特にない、ですけど」
なんだか歯切れの悪い返事である。もしかして、過去に誰か好きな女性を監禁しようとして失敗したのか。いや、成功していたら大鷹さんは犯罪者で、私とこうして平穏な夫婦生活はしていない。
(もし、好きな相手を監禁したいと思っているのなら)
私を監禁したいと思うこともあるのだろうか。普段の言動や行動から、大鷹さんは私に好意を持っていて、かなり愛が重いということがわかっている。もし、監禁願望があるのなら、私はいずれ、大鷹さんに監禁されてしまうのか。
いやいや、それはない。
すぐにその考えを否定する。だとしたら、昨日のテレワークの話題でその片鱗が見えてもおかしくなかったはずだ。それなのに、あろうことか、大鷹さんは私にテレワークに向いていないと言ってきた。私がテレワークで働けば、外部との接触がかなり減るに違いない。
「自分だけが好きな相手の視界に入る」という目的は自然と果たされる。それを否定するということは、監禁願望はないということだと思われる。
「【監禁】なんて不穏なワード、どこから拾ってきたのですか?もしかして、新作のネタにでも使う予定なら、やめたほうが」
「大鷹さんは、監禁系は苦手ですか?」
「い、いや、そういうわけでは」
「独占欲とかありますか?」
「あるに決まって、いやいや、僕は何を言わされているのか……」
私の質問に正直に答えかけた大鷹さんだったが、自身の発言に我に返ったのか、私を一睨みして大きな溜息を吐く。
別に大鷹さんを質問攻めにしたかったわけではない。でも、せっかく正直に答えてくれた大鷹さんに、私もこの件について正直に答えよう。
「僕は」
「私は」
そう思って口を開いたら、なぜか、言葉が被ってしまった。お互いに先に発言を促すが、らちが明かない。仕方ないので私から発言することにした。
「私が大鷹さんに愛されているのは理解しています」
「はあ」
「ですが、私の性格上、監禁しても意味がないことも、同時に理解しております」
「ええと」
「なので、もし、好きな人を監禁したいという願望があるのなら」
「ちょ、ちょっと、待ってください。どうして僕が紗々さんを監禁するという話に」
慌てている大鷹さんは見ていて面白かったが、同時に自分の言葉にあきれてしまう。愛されているなんて、随分と自意識過剰なセリフである。加えて、監禁しても意味がないとは。自分の言葉なのに頭が沸いているとしか思えない。きっと、連日の猛暑のせいだ。そうに違いない。
大鷹さんが私の言葉に戸惑っている。そりゃそうだ。いつも変な言動をしているとはいえ、今回の発言はいつにもまして頭がいかれている。
「まさか、紗々さんも僕と同じことを考えているとは思いませんでした」
その後、お互いに冷静になったところで、大鷹さんがぼそりと、とんでもないことを言い始めた。
「同じこととは……」
「【監禁】のことですよ。僕は紗々さんを家に閉じ込めるようなことはしません。だって」
「私が、すでに家に閉じこもりがちの【引きこもり】だからですか?」
「まあ、そんなところです。それに、ただでさえ外とのかかわりが少ないのに、家に閉じ込めるなんてことしたら、紗々さんの将来がとても不安です」
「ご心配アリガトウゴザイマス」
わざわざ、妻の心配までしてくれるなんて……。ていうか、私も自分で思ったことだ。大鷹さんも私と一緒に居て、脳みそがだいぶいかれてきているらしい。思考が似てきたというのは、良い夫婦の証拠かもしれない。
「とはいえ、監禁はしないですが、紗々さんがほかの男性の元に行きそうになったら、何をするのかわかりません」
うん、素晴らしいほどの愛されぶりだ。
「私に限って、そんなことないですよ。もし可能性があるのなら」
大鷹さんの方ではないか。
最後まで言うことはできなかった。だって、先ほどからの会話の流れで、この言葉は地雷過ぎる。さすがに暑さでいかれた脳みそでも言ってはいけないとわかる。大鷹さんの視線が痛い。
「もし可能性があるのなら、そのときはぜひ、監禁して下さい」
ほかの男に目が行くのなら、それは外部との接触が出来始めたということだ。そうなれば、監禁する目的が明白になる。
「普通、自ら【監禁】してくださいなんて、言わないですよ」
これだから、紗々さんは……。
とりあえず、その場の空気は一気に和やかなものになる。それにしても、今回は私も大鷹さんも発言がだいぶいかれている。
夏の暑さも考えものだ。しばらくの間、私たちの脳みそは通常の思考ができないかもしれない。
ちなみに、あとで監禁の話題が河合さんからのものであるとばれてしまった。とはいえ、何とか大鷹さんの機嫌を取り、河合さんと大鷹さんの全面対決にはならないで済んだことは報告しておこう。そして、私は監禁系のネタで新作を投稿するのだった。
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