上 下
44 / 167

番外編【バレンタイン】7バレンタイン当日~やはり紗々さんでした~

しおりを挟む
 次の日からお互いに仕事が始まった。今年のバレンタインは平日の木曜日。すでにオレは手作りのお菓子を紗々さんに渡している。しかし、それとは別に、ひそかにあるチョコを購入していた。紗々さんがリクエストしたものだ。それを渡して、今度こそ、自分の気持ちを改めて紗々さんに伝えようと心に決めていた。

 オレは木曜日にそのチョコを渡した紗々さんの顔を楽しみに仕事に励んでいた。会社でもちらほらとバレンタインの話で盛り上がっていた。楽しそうに盛り上がっていたが、他人に興味はないので、無視して仕事をしていた。


 


 そして、いよいよ木曜日がやってきた。バレンタイン当日である。

 朝は、オレの方が早く家を出る。


「いってきます。」
「いってらっしゃい。」

 普段の朝の光景である。オレも紗々さんも今日がバレンタインということは知っているはずだが、朝食時にその話題が上ることもなく、家を出るときも何も起こらなかった。




 会社につき、自分の机にたどりつく前に、女性社員に声をかけられた。オレ達の仕事を補助してくれる大事な人材だ。

「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」

 挨拶すると、恥ずかしそうに手に持っていた何かをオレに渡してきた。何かといっても、今日が何の日かわかれば簡単に予想できる。

「これ、私たち女子社員からのチョコです。いつも大鷹さんにはお世話になっているので、日ごろのお礼です。受け取ってください。」


 よく見ると、確かにチョコが入っている箱らしき上にメッセージカードがついていた。そこには「女子社員一同」と書かれている。

「ありがとう。」

 素直にお礼を言って受け取っておく。明らかに義理と分かるものまで断る必要もないだろう。お礼を言われた女子社員は顔を真っ赤にしていたが、気にしない。これは義理チョコなのだ。


 女子社員からのチョコをもらい、自分の机に座り、今日の仕事を確認する。そして、朝礼が始まり、仕事が始まった。


 オレは結局、仕事を終えて帰宅するまでに合計5つのチョコをもらった。日ごろのお礼と称されるチョコばかりだ。女性一同のチョコがあったにも関わらず、オレに個人的に渡してきた女性がいたのだ。中には明らかに本命らしきチョコもあったので、そこは自分の直感を信じて断った。

 そのため、今オレの手元には3個のチョコが残っている。そもそも、本命を渡す方がどうかしている。オレは、結婚指輪こそつけていないが、結婚していることを隠してはいない。それなのに本命チョコを渡す方がおかしいのだ。









 家に帰ると、何やらチョコレートらしきいいにおいが部屋中に充満していた。もしや、紗々さんがオレのために、などと言う考えが一瞬頭をよぎったが、すぐにそれはないと思いなおす。バレンタイン前に話していたではないか。お菓子作りなど面倒なことはしない、と。

 しかしだとすると、この甘いにおいの正体は何だろうか。玄関で考えていても仕方ないので、急いで、靴を脱いで、においの正体を探りにキッチンに向かった。


「ああ、おかえりなさい。大鷹さん。ちょうどいい感じに溶けたので、一緒に食べましょう。」

 リビングのキッチンには大きな鍋が置かれていた。中身をのぞくと、そこには茶色いチョコレートが液体状に溶けて入っていた。その隣にも鍋が置いてあったので、それものぞいてみると、中身は白っぽい何かだった。においをかぐと、チーズのにおいがした。




「せっかくなので、今日の夕飯にしてみました。どうでしょう。」

「いや、どうと言われても。チョコとチーズフォンデュのダブルなんて、なかなかお目にかかれないと思いますけど。」

「それがいいんじゃないですか。いろいろ材料をそろえるのに苦労したんですよ。甘いものばかりだとオカズにならないと思って。」

 テーブルには紗々さんの言う通り、いろいろな具材が乗っていた。定番のフランスパンはもちろん、イチゴやバナナなどのフルーツにソーセージにからあげなどが置かれていた。


「これは想像していませんでした。食べる前に着替えてきます。」


 紗々さんの行動には驚かされることが多いが、今回も驚きだ。そうと分かればオレも驚きをプレゼントしよう。自分の部屋に向かい、急いで着替えて、購入したチョコをもって紗々さんのもとに向かった。





「着替えるのにそんなに時間がかかりますか。」

「ハッピーバレンタインです。日ごろの感謝と愛をこめて。」


 有無を言わさず、オレは紗々さんにチョコを手渡した。


「えっと。あ、ありがとうございます。」

 まさか、月曜日に引き続き、またもらえるとは思っていなかったのだろう。目を白黒させて戸惑っていた。


「そう、そういえば、月曜日にくれたお菓子のお礼を言いそびれていました。お、おいしかったです。ありがとう、ございました。て、手作りには驚かされました。それで、今回のはいったい……。」


「喜んでいただけて何よりです。お菓子作りは面倒でしたが、それでも紗々さんの喜ぶ顔が見たくて作りました。それとこれは、紗々さんの希望の品です。希望の品は二種類でしたけど、一つは自分で用意していたようですね。」


 オレは手作りとは別にアルコール入りのチョコも準備していた。紗々さん本人が食べたかったかどうかはわからないが、欲しそうだったので、準備した。もう一つは鍋に入っているので、それで満足だろう。


「こ、これはやばいですね。驚きすぎて、考えがまとまりません。」

 あまりにも呆然としていたので、何か不手際でもあったのか心配になってしまう。しかし、心配には及ばなかったようだ。


「でも、これだけは言えます。私は素晴らしい夫と結婚したということです。素晴らしい。」

「それは良かった。では、紗々さんが準備してくれたものを冷める前に食べましょう。」

「ハイ。今日の夕飯をこれにした理由は……。」



 紗々さんが理由を語りだす。それをオレは、はいはいと笑って聞いている。ささいな、けれど幸せなほっこりとした日常だ。








 しかし、その後のカオスな状況はいただけなかった。チョコフォンデュもチーズフォンデュもおいしくいただいたが、その方法がやばかった。

 どうやら、紗々さんはオレとチョコプレイをしたかったらしい。オレの口にフォークで材料を運んで食べさせてくれた。それはよくある、食べさせあいで許容の範囲内だ。


「ああ、口にチョコが。拭いてあげますよ。」

「ああ、指にもついていますよ。まったく、おっちょこちょいなんですから。」

 わざとだろうが、口に運ぶ直前にオレの頬にチョコをつけてくる。そうなると当然、オレの口元や頬にチョコが付く。挙句の果てにはチョコをわざとオレの手にかけてくる始末だ。それを当然のようにぬぐってくる。ただし、なぜかそこは濡れタオルだった。理解不能だ。




「うふふふふふ。」

 チョコとチーズをたらふく食べ、食後のお茶を飲んでいると、突然笑い出した紗々さん。

「楽しいですねえ。」

 何やら顔が赤く、目がうつろになっていた。嫌な予感がするが、そんな展開はそれこそ、紗々さんがいうように、二次元にしかないと思っている。

「紗々さんはいつから、二次元の仲間入りしたんですか。」


 いつの間にやら、オレが買ってきたアルコール入りのチョコレートの箱が空になって、床に落ちていた。9個入りのものを買ったはずなのに、全部食べてしまったのだろうか。


「おいしかったですよお。ひっく。ああ、私はお酒で酔ったことはないから心配いらないですよお。」


 ああ、どうしてこうなるのだろうか。


 そう思いながら、仕方なく、酔いつぶれた紗々さんの面倒を見るオレだった。理性が飛んで襲いそうになったのを必死にこらえていたことは紗々さんには内緒である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

小児科医、姪を引き取ることになりました。

sao miyui
キャラ文芸
おひさまこどもクリニックで働く小児科医の深沢太陽はある日事故死してしまった妹夫婦の小学1年生の娘日菜を引き取る事になった。 慣れない子育てだけど必死に向き合う太陽となかなか心を開こうとしない日菜の毎日の奮闘を描いたハートフルストーリー。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...