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10ユニホーム問題②~陽咲視点~

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 途中から陽咲視点に切り替わります


「ということで、私は女子の陸上選手のユニホームに異議を申し立てます!」

 夕食はひやし中華だった。10月になっても蒸し暑い日が続き、夏の料理でもまだまだおいしく食べられる季節である。そんなことを思いながら食事をしていると、妹が口火を切った。

「昼間も聞いたけど、いきなりどうしたの?陽咲は陸上部じゃないでしょ?」

 正論である。私も陽咲も高校に入ってからは部活に入っていない。いや、入れと言われたので運動部ではない部活に一応、所属している。私は美術部で、陽咲は調理部である。しかし、ほとんど参加していないので、帰宅部も同然である。そんな彼女が話題にする内容ではないのだと不審に思ったのだろう。母親が疑問を口にする。

「お父さんは、その気持ちわかるかな。僕も陸上部の顧問をしているけど、大会に行くと、県大会に行く選手が多い強豪校とか、女子のユニホームは結構過激だからね」

「ああ、確かにそれを言うのなら、入っていなくても見ているだけで、破廉恥だなあと思うわね。肉体美を自慢するのはいいけど、別に腹見せて走らなくてもいいと思うわ」

「盗撮の問題もあるしな。あんな格好していたら、盗撮したい奴が喜んで写真に納めそうだ」

 意外なことに、両親は自分の娘が陸上部ではなく、実際にあの破廉恥なユニホームを着ないのに、話はもりあがりを見せた。

「そうそう、私が実際に着るわけじゃないんだけどさ、友達が陸上部でさ……」

 両親が話を聞いてくれそうだと理解した陽咲が興奮してこの話題を提供した理由を話し出す。どうやら、友達、この場合はおそらく麗華のことだろう。彼女がきっかけで興味を持ったらしい。両親は黙って話を聞いていたので、私もそれに倣い、妹の話を黙って聞くことにした。






「あ、あの、陽咲さん。今度の土曜日の大会にわ、私、選手として出場するので、み、見に来てもらえますか?」

 麗華に声をかけられたのは先週の月曜日のことだった。休み時間に話しかけられたのだが、私は不思議に思って聞いてみた。

「どうして、私にだけ話すの?昼休みに喜咲たちに話したら、みんなで応援に行くけど?」

 大抵の話は、昼休みに隣のクラスの双子の姉の喜咲の教室で昼食を取りながら話すことが多い。それなのに、今回は休み時間に私にだけ話している。しかも、自分が選手として出場するのなら、なおさら、応援は多い方がうれしいものだろう。

「ええと、応援に来てくれるのはうれしいのですが……。実は問題があって」

「問題?」

 その時は麗華の表情があまりにも暗かったので聞けなかったが、昼休みになり、喜咲のクラスで昼食を取っているときも、なんとなく理由を聞ける雰囲気ではなかった。結局、その意はそのまま放課後になり、麗華は部活に行き、私もそのまま帰宅した。



「それで、問題って何だったの?」

 次の日の休み時間、私は昨日のことを麗華に質問することにした。せっかく大会に応援に来て欲しいと言われているのに、私だけで応援に行くのは外野が少ないのではないかと思った。だったら、理由を聞いて一緒に応援に行けるようにすればいい。

「ええと、それはその……」

「まどろっこしい。さっさと言いなさいよ。私は応援に来て良くて、喜咲たちがダメな理由は何なの?」

 今日もまた、言葉を濁している麗華に、しびれを切らした私はつい、大声を出してしまった。ここが教室であり、休み時間とはいえ、他の生徒もいる中での大声にやらかしたと思ったが、すでに遅い。クラスメイト達が私たちに興味を示し始める。

「汐留さん、どうしたの?そんなに大声出して」

「麗華、あんた汐留さんに何か変なことでも言ったの?」

 女子に声をかけられるのなら問題はないが、クラスには男子生徒も共学のために当然、一定数存在している。

「また汐留かよ。どうせ、おれたち男がどうとかだろ」

「そうそう、気にする方が無駄だって」

 私の大声は男子の耳にも当然入っていた。彼らには申し訳ないが、私は男アレルギーを発症しているので、男に話題にされるだけで身体の震えが止まらなくなる。


「違うよ。今回は私たちの問題だ。勝手に変な推測するなよ」

「れ、麗華」

「行こう。教室以外の場所で話そう」

 というとこで、私たちはクラスの男子や女子たちの変な推測をされてしまうのを防ぐため、いったん教室を出ることにした。きっと、すでに変な推測はされていると思うが、教室で話す内容でもない。

「でもさ、次の授業……」

「そうだね。どうしようか」

「私に振られても困る」

 廊下を歩いて落ち着いたのか、麗華が私に振り返ったが、私に聞かれてもどうしようもない。授業には出た方がいいだろう。

「まあ、5分で話し終えられるような内容でもないしね。放課後はどう?今日はたまたま、部活が休みになっているから、時間がある」

 私たちが二次元の主人公たちだったとしたら、間違いなく授業をさぼっていることだろう。しかし、ここは残念ながら三次元であり現実世界で、私たちは真面目な一般生徒だ。仕方なく、私たちは教室に戻ることにした。



 放課後はあっという間にやってきた。今日の昼休みも結局、麗華が大会に出るので応援しようという話を切り出すことはできなかった。麗華にじっと見つめられてしまい、話題にしにくかった。

 教室からクラスメイトが次々と部活や帰宅に向かう中で、私たちは最後まで教室に残って、クラスメイトが教室から去るのを待っていた。

「あの、それで大会についてなんですけど……。まずはこれを見てもらえますか?」

 二人きりになった途端、麗華の方から話しを振ってきた。そして、スマホを私に見せてくる。スマホの画面にはある動画が再生された。

「これは、高校の県大会での100m走の決勝戦のレースなんですけど」

 その動画には、高校生が陸上のユニホームを着て、トラックの直線を走っている様子が映っていた。これが何だというのだろうか。高校生女子が青春を謳歌しているように見える動画で、特に不自然な点は見当たらない。強いて言うのであれば。

「まあ、ユニホームがちょっと過激ではあるね」

 動画の中の彼女たちのユニホームに問題があると言えばある。走っている女子選手は6人。その内の半数以上の4人が腹を出した、いわゆるビキニ型のユニホームを着用していた。鍛え上げられた腹筋が丸見えとなっている。

「そ、それが問題なんです。実は」

 どうやら、ユニホームが麗華にとって問題らしい。詳しく話を聞くことにした。


「高校の陸上部の女子のユニホームは、基本的にはタンクトップにショーバンにスパッツという形が普通です。ですが、強豪校になるにつれて、動画のような、お、お腹が見えてしまうようなユニホームを着る傾向にあるんです」

 お腹の部分で恥ずかしくなったのか、後半の説明は声が小さくなっていたが、大体の事情は分かった。とはいえ、私の学校の陸上部は大して部活が強いとは言えない。麗華の言う通りならば、ユニホームは昔ながらのタンクトップにショーバンではなかろうか。

「ですが、今年から、うちの学校の陸上部の顧問が変わって、そいつがユニホームの変更を言い出してきて」

「まさか、うちの学校がこの破廉恥ユニホームになったとかじゃないよね」

「そのまさか、です」

「うわあ、それってセクハラだよね。ていうか、うちの学校の陸上部の女子って腹が割れてない子もいるはず。確かうちのクラスの子も」

 私がこの動画の女子が着用されているユニホームを着ているところを想像してみる。どう考えても、醜い身体をさらして恥ずかしい思いをするだろう。高校の部活に命を懸ける人間はそこまでいない。ただ純粋に走るのが好きで入部した人間もいるはずだ。その中には腹が割れていない、引き締まっていない身体を持っている人も少なからず存在するだろう。

「わ、私は反対したんです。もちろん、先輩も同級生も。でも、顧問は陸上の強豪校から来た先生で、反論しても聞き入れてもらえなくて」

 自分のユニホーム姿を見られるのが嫌だった。


「だから、私だけを大会に誘ったというわけだ」

「はい、せっかく大会に出るので陽咲さんにはぜひ応援してもらいたくて」

 本当は喜咲たちも応援に呼びたかったが、みんなに自分の破廉恥な格好を見られるのはいやだったと麗華は語った。

「ねえ、その顧問を訴えることはできないの?」

「わ、わかりません。でも、自分は全国大会まで出るような選手を育てたという実績をかざして、誰も強く言えなくて」

「ふうん」

 誰も強く言えない。それは難儀な話である。だが、そう言うことなら、一人、心強い味方がいる。そいつに頼るのは癪だが、麗華の悩み、しいては女子部員のためになることだ。

「ねえ、さすがに今週の大会はそのユニホームで出てもらう必要があるけど、それを最初で最後にできるかもしれないよ」

「えっ」

 私は麗華のために一肌脱ぐことにした。あいつなら、そもそも出世欲も大してないだろうし、自分の担当している部活の時間を減らした男だ。きっと私の頼みを聞いてくれるはずだ。

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