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9退学した生徒①

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「そういえば、私たちのクラスから、一人いなくなった子いるよね?」

「ああ、そういえば、クラスの人数が一人減っているね」

 夏休みが空けて一カ月が経過した。転校生がやってきたが、彼女とは仲良くなれそうにないことがわかった。私たちはいつも通り、妹の陽咲、陽咲のクラスメイトの麗華、クラスメイトのこなで、芳子の四人と一緒に昼休みを過ごしていた。

 そこで唐突に取り上げられた話題が、クラスからいなくなったクラスメイトの話だった。こなでがたった今気づいたかのように振ったこの話題が、彼女たち恒例の二次元と三次元の違い談議に発展してしまった。

私もクラスメイトの一人が夏休み明けから来ていないなとは思っていた。しかし、転校したのか、退学したのかはわからない。担任は特に彼女のことを話題にすることなく、夏休み明けに机が一つ減っていたことで、そういえばクラスメイトの一人が教室からいなくなったと気づいた程度だった。

「私、彼女と同じ部活だから知っているんですけど、どうやら退学したみたいです」

「そうなんだ。麗華って確か、陸上部だったよね」

「はい。同じ短距離専門で一緒に練習することが多かったのですが……」

 隣のクラスなのに、麗華は彼女を知っているようだった。彼女が陸上部で麗華と同じ部活に入っていたとは知らなかった。妹の陽咲が興味深そうな顔で麗華を見つめるが、麗華は高校を退学した同じ部活仲間のことを話したくなさそうだった。

「麗華がそんな顔をするってことは、あんまり面白くない理由で退学したんでしょ。陽咲、話したくなさそうにしている人に、そんな視線を向けない方がいいよ」

「えええ、気になるし。まあ、どうせ二次元みたいなぶっとんだ理由とかはないとわかっているけどね」

 陽咲は退学した彼女の話を聞きたそうにしていた。妹の視線に対して、芳子が良くないことだと指摘する。



『はあ』

 その場にいる陽咲以外が深いため息を吐く。もちろん、私もため息が出た。ただし、ため息の種類は三つに分かれていた。

①教室から姿を消した生徒の退学理由が気になる。二次元と三次元との比較ができる良い機会だが、麗華のことを考えるとなかなか聞きづらい。ああ、残念だ。

②教室から姿を消した生徒を思い出し、暗い気持ちになった

③二次元と三次元の話題につなげないよう、麗華に配慮しなければという使命感

 ①の理由でため息をついたのは、クラスメイトの芳子、こなでである。彼女たちの趣味のような二次元と三次元の違い談議。今回もクラスメイトの退学理由を二次元と三次元について考え、その違いで大いに盛り上がりたいのだろう。三次元である現実に嘆きながらも、楽しく話したいに違いない。しかし、今回の題材は、麗華にとってつらい話題になるので、葛藤してのため息だろうと予測できる。

 ②については、 退学の理由を知っているだろう麗華である。きっと、陽咲たちとは違って、真面目に退学した彼女を嘆いているのだろう。

 ③は私のため息の理由である。毎度毎度、二次元と三次元の違いを並べ立てて何が楽しいのかわからない。とはいえ、なんだかんだ言いながら、最終的にはその話題を楽しむ自分がいるのが恐ろしい。今回は、麗華の気持ちを考えて自嘲するつもりである。むしろ、陽咲や芳子、こなでたちを止めるために全力を尽くするつもりだ。

 ちらりと彼女たちの様子を観察すると、三人は真剣な顔で麗華を見つめていた。さすがに、今回は暴走しないのかと安堵しかけたが、そうはならなかった。




「じゃあ、今回も二次元と三次元の違いを検証していきましょう!」

『了解です!』

「私の家でやりましょう!いいよね。お姉ちゃん!」

 芳子が先ほどの真剣な表情のまま宣言する。その言葉に同意したのが陽咲とこなでである。ちゃっかりしている妹は、自分の家で話し合おうと言い出した。

「ちょ、ちょっと待って。芳子、あんたさっき、陽咲のことを注意したのに、これはいったいどういうこと?」

「どういうことって、ちゃんと麗華から真実を聞こうってことだよ。陽咲みたいにあからさまな視線は良くないけど、堂々と質問したらいいかなって」

「いやいや、それもどうかと」

 麗華の様子をうかがうと、彼女は何やら難しそうな顔をしていた。しかし、私たちの家に行かないとは言わなかったので、このよくわからない話題に乗っかるつもりだろう。

「私は構いませんよ。一人で抱えるには重たいものでしたから、誰かに彼女のことを相談したいと思っていたので、ちょうどいいです」

「麗華がいいというのなら、大丈夫だね。ということで、お姉ちゃんも参加してね」

「ワカリマシタ」

 夏休み明けから姿を消したクラスメイトの名前は「橋本まりん(はしもとまりん)」。クラス内での影は薄く、あまり存在感がない生徒だった。クラス内に親しい友人はいなかったと記憶している。学校に登校していないということで、ようやく退学したのだと気づく程度の存在だった。私がそのように認識しているのだから、きっと他の生徒も似たような印象だと思う。

 そんな彼女の退学理由はいったい、どんなものなのだろうか。

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