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2汐留家の日常①~双子~(2)

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 カラオケに着いた私は、いまだに何を歌おうか悩んでいた。そもそも、なぜ、私は彼女たちとカラオケで遊ぶ約束をしてしまったのだろうか。そのきっかけとなった会話を思い出してげんなりする。

『ね、ねえ、私の家はダメだけど、カラオケくらいなら一緒に行ってもいいよ。私の家はダメだから埋め合わせとして』


「家に来なくなったのはいいけど、よりによって、どうしてオタクがばれそうなカラオケにしようと提案するかな、私」

 待ち合わせ場所に少し早めについた私と陽咲は、手持無沙汰にスマホをいじっていた。私の言葉を陽咲は聞いていないようだった。私の言葉に何も返事することなくスマホをいじっていた。


「おまたせ。じゃあ、中に入ろうか」
「遅れてごめん」

 待ち合わせ時間から五分ぐらい過ぎたころ、彼女たちはやってきた。私たち四人はカラオケの中に入ることにした。






「それで、何から歌おうか?」

 カラオケに来たのだから、皆が思い思い、好きな歌を歌えばいいだろう。それなのに、なぜか芳子が私に聞いてきた。私は人が何を歌おうが気にしないので、適当に答えておく。

「私のことは気にしなくていいから、芳子のすきな歌を歌いなよ、私は音痴だから、聞いているだけでいいよ」

「それは嘘。喜咲は音痴じゃない。私よりうまいから」

「何をいって」

「そうかあ。人前で歌うのが恥ずかしいのか。かわいいところもあるんだね。しおどめっちも」

「うんうん、喜咲にも可愛い面があるとは」




「私のことは気にしないで、自分たちが好きな歌を歌ったらいいでしょう。どうせ、オタクが歌うようなキモい歌だろうけど」


 陽咲が余計なことを言ったせいで、こなでにかわいいと言われてしまった。芳子も同じ感想なのか、二人に生暖かい目で見られることになってしまった。やけになった私はつい、言わなくてもいいことを言ってしまった。

 言ってしまって後悔した。自分はなんてことを言ってしまったのだろう。彼女たちは好きだからこそ、カラオケで歌うのだ。それをキモいと一蹴してしまった。これでは、楽しいはずのカラオケが盛り下がり、最悪、歌う前に解散になってもおかしくはない。自分の今の発言をどう弁解しようかと考えていると、はあと大きなため息が聞こえた。


「本当に、喜咲はオタクが嫌いなんだねえ。何かトラウマでもあるの?確かに私たちの趣味は、世間にだいぶ認知されてはいるけど、やっぱり自慢していい趣味ではないことはわかっているよ。それにしても、喜咲のその嫌いぶりは気になるね。そこまで嫌いな理由を知りたいな。興味と、友達としての心配、両方あるけど、理由を聞いてもいいかな?」

 ため息とともに吐き出された芳子の言葉は、私の心に突き刺さる。私の言葉に怒ることなく、優しく声をかけてきた。こなでも言葉を発しないが、傷ついた様子はあるものの、それでも私のことを心配している表情だった。そんな彼女たちになんと言葉を返したらいいか考えていたら、陽咲が先に言葉を返す。

「気にしなくていい。喜咲は、オタクであるパパとママの楽しそうな様子がうらやましくて、オタクに嫉妬しているだけ。ただの八つ当たり、ああ、私の男アレルギー発症したことも、オタクと関係しているから、余計にオタクに過剰反応しているのかも」


「何それ。男アレルギーって。昔から男が嫌いじゃなかったの?」

 陽咲は、また余計なことを彼女たちに吹き込んでいた。そんなわけがない。私は絶対に両親がうらやましくなんてない。よくわからない謎の会話、その会話を心底楽しんでいるくそ両親の笑顔がいいなと思ったことなど皆無。将来、自分の趣味をわかってくれる心優しい旦那を見つけたいとは思っているが、絶対に父親のような変人とのお付き合いは遠慮したい。それにそれに……。


 心の中で両親に対しての言い訳を探していると、その様子を見た彼女たちが、私が言葉を発しないことに心配して、顔を覗き込んできた。

「大丈夫。なんか、顔色が悪いみたいだけど。やっぱり、私たちオタクと一緒に居るのは嫌?」

「まあ、わかっていたことだけど、それでも実際に割けられるとけっこうきついかな」




「違う!」

 慌てて否定の言葉を述べるが、その後の言葉が続かない。視線を右往左往させていると、陽咲が驚きの行動をとり始めた。

「ぎゅう」

「く、るしい」


「喜咲、考えすぎだよ。彼女たちは両親と同じだけど、彼らじゃない。喜咲の、私たちの友達だよ。これからの高校生活、お世話になるんだから、もっと心を開いた方がいい。今のままだと、高校生活、ボッチで寂しいことになるよ」

 ぼそりと耳もとでつぶやかれた言葉に言葉が詰まる。そうだった。私は何に固執していたのだろうか。私の中の何か黒いよどんだ物体みたいなものが溶けていくのがわかった。

「ちゅっ。これで喜咲は元通り」

「なっつつつつつ!」

 耳元でつぶやかれたかと思ったら、陽咲は私の正面に来て、ちゅっと私の頬にキスをした。これには驚いて、ずさっと思い切り後ろに下がってしまった。後ろはカラオケのイスだったので、膝にあたり、ボスっと私の身体はイスに沈み込む。



「まったく、かわいいねえ。私のおねえちゃんは。こんなので赤くなってたら、いつまでたっても、あの二人を越えることはできないよ」

「うおおおおおおお、今のチョー萌える。スマホで写真撮りたいから、もう一回同じ場面を再現して」

「こなで。さすがに再現って」

「ダーメ。喜咲は私のものなので、写真撮影は禁止でーす」

『えー!』

 先ほどまでの暗い雰囲気はどこへやら、陽咲の行動で一気にその場の空気が和みだした。どこまで考えてやっているのか、空恐ろしい妹である。ちらと妹を見るが、妹はいつも通りのひょうひょうとした様子で、双子でありながら、心の中までは読むことができなかった。





「ひさきちゃんって、なんか独特な歌い方だね」

「そう?喜咲はどう思う?」

「どへたくそ。どうして、それで人前で歌えるか疑問なレベル」

「ひどおい。でも、そんなところが」

「だまれ」


 私たちは、めいっぱいカラオケを楽しむことにした。陽咲がトップバッターで歌い始めるが、その独特な歌声、要は音痴な開幕に彼女たちは苦笑いだ。しかも、選曲は百合アニメのオープニング。再婚相手の娘同士の恋愛ものだった。なぜ知っているかというのは、ここでは語るまい。誰だって、毎晩、洗脳されるようにアニメの布教をされれば嫌でも覚えてしまうものだ。何気にかっこいいオープニングだった。


「次は私だね。私はこれ」

「私は、この曲にしよう!」

 陽咲のどへたくそな歌から始まったカラオケは、芳子とこなでのハードルを下げたようだ。二人は、BLと百合のアニメのオープニングやエンディングをかわるがわる歌いだした。それらすべてを何のアニメの曲か理解できた私は、頭を抱えることになった。二人は、互いの曲に新鮮さを見出して、曲の批評をしていたが、それらに参加することを私の頭は拒否していた。


「この二人は、なかなかのおたくぶりだねえ。でもその曲全部を網羅している喜咲は、超がつくほどのおた」

「だまれ」

 どうにも、私のオタクからの脱却、晴れやかなリア充高校生活はまだまだ先が長そうだということに気付いた一日だった。

 ちなみに私が歌ったのは、アニメのオープニングやエンディングではあるが、テレビにも出演している有名アーティストばかりだ。間違っても、濃厚な、過激な濡れ場のあるBLや百合ものの歌を歌えるわけがなかった。

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