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「ゴホン。沙頼さんに嫌われたら元も子もないので、単刀直入に言います」

 じっと私を見つめてくるREONAさんに、思わず背筋が伸びる。何を言い出すのだろうか。いや、この流れ的に予想はできる。できればそうなってほしくはない。

「沙頼さん、15年前からずっとあなたのことが好きでした。私と一緒に暮らしてくれませんか?」

「嫌です」

 反射的に返事をしてしまう。唐突すぎる告白である。

「バカだな」

「いいえ、あなたは私と離婚するしかない。そもそも、あの当時、あなたが手をかけた女性は沙頼さんだけではなかった。証拠はありますよ」

 REONAさんはそう言って、私の言葉を無視して男に自らのスマホをかざして見せた。そこに映っていたのは私の席からは見えないが、男にとって効果てきめんだったようだ。スマホの画面を目にした瞬間、顔が急激に青ざめる。

「どこでこんなものを。あいつにはオレのことは口止めしていたはずだ」

「ところがどっこい。私が彼女に問いただすと、すぐに口を開いてくれましたよ」

「そ、それなら、この女を離婚理由にしてくれた方がましだ」

「では、離婚に承諾してくださりますね」

 この写真は私の人徳のおかげで手に入りましたよ。嬉しそうにつぶやいている彼女の顔は悪魔に見えた。美人な顔が醜くゆがんで、普通なら見ていられない顔になってしまうのだろうが、彼女の場合、それすら魅力的に見えてしまう。

 脅しのような言葉に男は一瞬、言葉を探して視線を宙に漂わせる。私の家を出るために背を向けていた身体はいつの間にか、REONAさんの方を向いていた。

「離婚に承諾しますか?しませんか?」

 言葉を発しない男に再度問いかける。最終通告のような言葉に不謹慎だが笑ってしまう。自分に言われていないと思うと、少し余裕ができる。とはいえ、私が離婚理由になるのは確定らしいので、私も余裕があるわけではない。

「お、お前は悪魔だな」

「おほめにいただき光栄です。アニソン歌手時代は、小悪魔キャラで通していたので、今更悪魔にクラスチェンジしたところで、誉め言葉にしかならないです」

 なんだか、彼女のスマホの画面一つで離婚が成立してしまいそうだった。それなら、今までの私のこの部屋での会話は無意味だったのではないか。

「はあ。わかった。離婚は受け入れよう。だが、翔琉のことはどうする?あいつをオレは引き取らないぞ!」

「そんなことは百も承知です。私が責任を持って社会人になるまで育てます」

 話はまとまったらしい。男はあきらめた顔で、今度こそ私の家から帰る支度を始めた。席を立ち、荷物を持って出ていこうとする。REONAさんもこの家で話したいことは全て話し終えたらしく、彼女もまた、帰る支度を始めた。




「あの、どうして離婚の話を私の家でしたんですか?REONAさんの直接の離婚理由は、あの男の不倫だったのでしょう?私も男の不倫相手になると思うのに、なぜ私ではない女性を理由に離婚にこぎつけたのですか?それでは、今までの茶番は?私をただおもちゃにして、反応を楽しんでいたのですか?だとしたら、あの告白はいったい」

「そんなに一度に聞かれても、答えられません。そうですね。沙頼さんって、小説家のくせに、鈍感なんですね。鈍感系ヒロイン?主人公の典型みたいです。そんなところも、今時の女性と違って、魅力的ですけど」

「だから、私の話を聞いて」

「REONA、どうせこいつに何を言っても無駄だ。そうか、オレはお前にまんまと振り回されていたというわけか」

「あなたは黙っていてください」

 私のどこが、鈍感系ヒロインなのだろうか。彼女の言うことは意味不明だ。そもそも、鈍感だと言われたことはない。言われるような関係の友人がいないだけなのだが。いや、家族や親せきだって、私のことをそんな風に言う奴はいない、はずだ。

「深波には言われたかもしれない」

 とにかく、これで彼女たちの問題は解決した。柚子については、私から話して今まで通り、深波の家族として生きていくように言っておこう。翔琉君との関係は、恋人同士という関係はやめておくよう、言って聞かせるしかない。何せ、彼らは異母兄妹なのだから。

「ゴホン。今更だがオレは、15年前のことを謝るつもりはないぞ」

「わかっていますよ。あなたがどんな人間なのか理解しています」

「だが、REONAと結婚してからは、他の女には手を出していない」

 帰り際に何を言い出すのか。突然の発言に目を丸くして驚いていると、REONAさんもそれに対して補足する。

「それは本当ですよ。この男、意外にもおんな遊びはあの時で終わったみたいです。実は私のこと、大好きだったのでしょう?」

「好きじゃない。ただ、女と遊ぶのも飽きただけだ」

「じゃあ、離婚理由はいったい」

 先ほど見せていたスマホの画面に青ざめていたのは確かだ。あれは何を見せられていたのか。

「それも含めて後日、また改めて沙頼さんの家に上がらせてもらいます」

「一気にずうずうしくなったなお前」

「これ、ばらされてもいいの?」

「それだけは勘弁してくれ」


 よくわからないが、本当に彼らはそのまま帰っていった。部屋に来た時の二人の険悪な雰囲気が嘘のように、家から出ていく姿は、仲の良い夫婦にしか見えなかった。
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