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60不自然な手紙
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相沢は妊娠が発覚してからも仕事を続けていたが、出産を控え、会社を退職した。和音が最初に事件を起こしてから、もう少しで一年が経とうとしていた。
「おはようございます」
「おはよう。栄枝さん」
実乃梨は、五年間お世話になった会社を退職した。相沢の退職を機に、実乃梨も転職をしようと決意した。相沢が退職するころには、不老不死の女性が殺害されることはもうないだろうという社長の判断から、永徳の護衛が外されることになった。
「護衛を外されても、僕と栄枝さんの縁が切れることはありません」
危険に晒される心配がなくなっても、永徳は実乃梨の護衛を続けたいと、社長に訴えた。今までは、実乃梨の身に危険が差し迫っていたから、会社が実乃梨の護衛にかかる費用を出してくれていた。しかし、その心配がないとわかったなら、護衛を外すのは当然だ。実乃梨としても、会社にこれ以上迷惑をかけたくないと思っていたので、社長の判断に感謝していた。
社長との口論の末、永徳は実乃梨の護衛を卒業することになった。社長は気を利かせたのか、相沢の退職日と永徳の護衛の解任日は同日となった。
「思い出しただけで、背筋が凍るわ」
「どうしたの?」
「いえ、前の会社でのことを思い出して」
今度の職場は、前職からはかなり遠い場所である。永徳の執着ぶりを考えると、遠くに行けば行くほど安心だと思ったからだ。
「でも、さすがにここまで遠くに引っ越すことはなかったかもしれない……」
関東中心に職を転々としてきた実乃梨だが、今回は思い切って東北まで足を運ぶことにした。冬の寒さが身に染みて、不老不死とはいえ、すでに百五十年も生きている実乃梨にとっては、厳しい場所だと言えた。
とはいえ、仕事は今までも行ってきた事務仕事がメインであり、土日、祝日が休みで、定時に帰ることができたため、不満も不安もなかった。冬に雪かきという重労働があるが、それ以外は東北と言っても、ネット環境も整っているし、関東とそこまで生活が変わることはない。実乃梨は新しい生活に満足していた。
ただし、いくつかの不安材料を抱えていた。
定時に仕事を終え、実乃梨が帰宅すると、郵便受けに黒い封筒が投かんされていた。見覚えのある封筒に実乃梨は期待を膨らませ、慌ててアパートのカギを開けて家に入る。
『実乃梨さんには、ずいぶんと待たせてしまいました。この手紙が無事に届いていることを願います』
実乃梨は、和音からの連絡をずっと待ちわびていた。あの日、家からメッセージを残して去っていった和音のことをひそかに心配していた。殺人はやめたと言っていたのに、実乃梨と一緒に暮らせない理由は何かを必死に考えた。お嬢様とか言っていたから、由緒ある家系なのかと、ネットで「不和」という苗字を検索してみたこともあった。
検索した結果、「不和」という苗字でヒットした項目の中に、和音の家系かもしれないというものは見つかった。
「まさか、警視庁のお偉いさんが『不和』だったとは」
不和という苗字は、周りであまり見ない。偶然かとは思ったが、和音のばれないという自信、お嬢様という身分から推測すると、もしかしたら。
推測したところで、和音とは連絡がつかないので、真意を聞くことができなかった。和音と連絡を取り合うときに使っていた携帯番号が、和音の失踪以降、使えなくなっていた。
連絡手段を失って、和音のことを心配する日々を過ごして一年近く。ようやく彼女の方から連絡をよこした。しかし、なぜ、スマホに連絡をしてくれなかったのだろうか。
「まあ、私の居場所を突き止めた時点で、和音らしいけど」
実乃梨は自分の転職事情を考え、苦笑する。基本的に、転職する際は、個人情報は可能な限り変更している。住所はもちろん、スマホの番号もメールアドレスも変更している。念のためにと、SNSのアカウントも既存のアカウントを消去して、新たにアカウントを作成していた。
以前に勤めた会社の社員には、新しい連絡先を伝えていない。転職先で人間関係を一からやり直すことにしていた。不老不死だとばれないための苦肉の策だ。しかし、それで問題なく生活ができているので、さほど困ってはいない。ただ、時折、孤独を感じるくらいだ。
自分の過去を振り返りつつ、実乃梨は届いた黒い封筒を開けていく。A4の白紙に和音の近況報告が印字されていた。
実乃梨は、封筒に宛先がなく、切手も貼られずに郵便受けに投函されている不自然さに気付くことはなかった。
「おはようございます」
「おはよう。栄枝さん」
実乃梨は、五年間お世話になった会社を退職した。相沢の退職を機に、実乃梨も転職をしようと決意した。相沢が退職するころには、不老不死の女性が殺害されることはもうないだろうという社長の判断から、永徳の護衛が外されることになった。
「護衛を外されても、僕と栄枝さんの縁が切れることはありません」
危険に晒される心配がなくなっても、永徳は実乃梨の護衛を続けたいと、社長に訴えた。今までは、実乃梨の身に危険が差し迫っていたから、会社が実乃梨の護衛にかかる費用を出してくれていた。しかし、その心配がないとわかったなら、護衛を外すのは当然だ。実乃梨としても、会社にこれ以上迷惑をかけたくないと思っていたので、社長の判断に感謝していた。
社長との口論の末、永徳は実乃梨の護衛を卒業することになった。社長は気を利かせたのか、相沢の退職日と永徳の護衛の解任日は同日となった。
「思い出しただけで、背筋が凍るわ」
「どうしたの?」
「いえ、前の会社でのことを思い出して」
今度の職場は、前職からはかなり遠い場所である。永徳の執着ぶりを考えると、遠くに行けば行くほど安心だと思ったからだ。
「でも、さすがにここまで遠くに引っ越すことはなかったかもしれない……」
関東中心に職を転々としてきた実乃梨だが、今回は思い切って東北まで足を運ぶことにした。冬の寒さが身に染みて、不老不死とはいえ、すでに百五十年も生きている実乃梨にとっては、厳しい場所だと言えた。
とはいえ、仕事は今までも行ってきた事務仕事がメインであり、土日、祝日が休みで、定時に帰ることができたため、不満も不安もなかった。冬に雪かきという重労働があるが、それ以外は東北と言っても、ネット環境も整っているし、関東とそこまで生活が変わることはない。実乃梨は新しい生活に満足していた。
ただし、いくつかの不安材料を抱えていた。
定時に仕事を終え、実乃梨が帰宅すると、郵便受けに黒い封筒が投かんされていた。見覚えのある封筒に実乃梨は期待を膨らませ、慌ててアパートのカギを開けて家に入る。
『実乃梨さんには、ずいぶんと待たせてしまいました。この手紙が無事に届いていることを願います』
実乃梨は、和音からの連絡をずっと待ちわびていた。あの日、家からメッセージを残して去っていった和音のことをひそかに心配していた。殺人はやめたと言っていたのに、実乃梨と一緒に暮らせない理由は何かを必死に考えた。お嬢様とか言っていたから、由緒ある家系なのかと、ネットで「不和」という苗字を検索してみたこともあった。
検索した結果、「不和」という苗字でヒットした項目の中に、和音の家系かもしれないというものは見つかった。
「まさか、警視庁のお偉いさんが『不和』だったとは」
不和という苗字は、周りであまり見ない。偶然かとは思ったが、和音のばれないという自信、お嬢様という身分から推測すると、もしかしたら。
推測したところで、和音とは連絡がつかないので、真意を聞くことができなかった。和音と連絡を取り合うときに使っていた携帯番号が、和音の失踪以降、使えなくなっていた。
連絡手段を失って、和音のことを心配する日々を過ごして一年近く。ようやく彼女の方から連絡をよこした。しかし、なぜ、スマホに連絡をしてくれなかったのだろうか。
「まあ、私の居場所を突き止めた時点で、和音らしいけど」
実乃梨は自分の転職事情を考え、苦笑する。基本的に、転職する際は、個人情報は可能な限り変更している。住所はもちろん、スマホの番号もメールアドレスも変更している。念のためにと、SNSのアカウントも既存のアカウントを消去して、新たにアカウントを作成していた。
以前に勤めた会社の社員には、新しい連絡先を伝えていない。転職先で人間関係を一からやり直すことにしていた。不老不死だとばれないための苦肉の策だ。しかし、それで問題なく生活ができているので、さほど困ってはいない。ただ、時折、孤独を感じるくらいだ。
自分の過去を振り返りつつ、実乃梨は届いた黒い封筒を開けていく。A4の白紙に和音の近況報告が印字されていた。
実乃梨は、封筒に宛先がなく、切手も貼られずに郵便受けに投函されている不自然さに気付くことはなかった。
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