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いざ馬を駆れ!初舞台だ!!
④
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* * *
……よし、まずは、第一関門突破!
待ち合いから出ていった二人を見送ったカノンは、大満足で握ったままの拳を軽く振って喜ぶ。
座長がセクシーすぎるのはビビったけど、頭の固い人じゃなくて良かった。
必殺の泣き落としも、相手が女性じゃ効きづらいし。
ここまで来たら後は、タリサがいつものように歌えれば、まず間違いなく採用されるはず。
少なくともマルグリットよりは上手く歌えるんだから大丈夫。
……いいえ、あなたより素晴らしい歌声の持ち主なんて、国じゅう探したっていないわ。
だからタリサ、頑張って。
本物の女優達がやっているみたいに、実力で役を勝ち取って、舞台に立つのよ……!!
マダムのもとで精いっぱい歌っているであろう年下の友人に、声には出さず心の底から熱い応援を送っていると、廊下のほうからバタバタと騒がしい足音と、複数の人間が会話する声が聞こえてきた。
「それで、タリサは……」
「今は控え室のほうにいらっしゃいます」
「お祖父様、ここは座長の判断に任せてみては……」
「ならん!!すぐに連れて帰る!!」
張り詰めた様子で言葉を交わしているのは、クローベル公とさっき会った副支配人、マルセルもいるらしい。
来たわね。ま、想定済みよ。
カノンはぐっと眉を寄せて厳しい表情を作ると、ボンネットを外して長椅子の上に放り、下ろした髪をかき上げて自分自身に気合いを入れると、次の戦いに向けて大きく一歩を踏み出した。
昨晩から咽喉の調子が悪く、今朝になってとうとう声の出なくなったマルグリットの代わりに、タリサを出演させようと進言する者は、残念ながら城の中には一人も居なかった。
もし居たとしても当主は首を縦には振らなかっただろうし、カノンもそう都合良く事が運ぶ訳はないと百も承知だったから、計画通り強硬手段に出た。
すなわち、離れで観劇へ向かう準備をしていたタリサを連れ出し、厩舎で一番足の速い馬を無断で拝借…そう、借りただけよ。盗んでないわよ…して、城門を抜け街の中を疾走し、一足早く二人で劇場へ乗り込んだ。
体重の軽い少女とはいえ二人乗りだとなかなかバランスは取りにくいものだが、そこは経験の賜物。
荒野で鍛えた乗馬術を駆使し、カノンは見事な手綱さばきで城から劇場までの道のりを駆け抜けた。
あの頃はここまでやる必要あんのかよスパルタ鬼ババア!!と思ってたけど、おかげで今やりたい放題できるわ。ありがとうババア!!!
そんな令嬢というには勇ましすぎる道中、タリサは不安そうではあったが、カノンがやろうとしていることはそれなりに察してくれているようで、何も言わずついてきてくれた。
先ほどマダム・エスペランサに連れられ歩いていくその目には、数日前のすべてを諦めていた彼女には無かったもの―――……希望の光が浮かんでいた。
今はまだ微かに灯された、小さな火に過ぎないが、それを消す訳にはいかない。
タリサの為……そして、自分の為にも。
カノンが衝立から出ると、クローベル公を先頭にした一行は、廊下の角を曲がろうとしているところだった。
あの先にたぶん、マダムの控え室があるんだろう。カノンは素早く走り寄り、一行の前へ躍り出た。
「お待ちください、クローベル公!!」
突然現れた人影にクローベル公は驚いたものの、前を塞ぐ少女がカノンであると気づくと、うんざりした顔で溜め息をついた。
「また貴女か、カノン嬢」
こういう対応をされても仕方ないということくらいは、カノンも自覚している。
タリサの周りで騒ぎが起きると、必ずカノンが居るのだから、そりゃ老公ならずとも嫌気は差すだろう。
でも、今日のカノンの仕事は、ここからが本番。
クローベル公には悪いけど、私はしつこいわよ。
勝利するまで、噛みついて離さないわよぉ。
いつもならお得意の、胸の前で手を握り合わせ上目遣いで瞳をウルウルさせる、男殺しのお願いポーズを取るのだが、今日はどうしてかそんな気分にはなれず、ただまっすぐにクローベル公を見据える。
「どうかこのまま、タリサを舞台に立たせてやってください。
まだ出演できるって決まった訳じゃないけど、座長の許可が出たら、今日の公演で歌わせてあげてほしいんです」
「……俺も、カノン嬢に賛成です。お祖父様」
いつになく真剣な様子のカノンに感化されたか、クローベル公の隣にいたマルセルが、そっと助け舟を出してくれた。
「俺は、音楽についてはまるで素人ですが、タリサの歌唱力が確かなものだということくらいは解ります。
子爵様もここまでおっしゃってることですし、一度くらい任せてみてもいいのではないでしょうか」
わざわざ子爵様と言い換えてカノンの身分を強調するとは、中々やる。
マルセルのやつ武芸バカを装ってるけど、地頭はいいわね。
密かに見直しているカノンと違い、クローベル公は頑として孫の言い分も受け付けはしない。
「確かな才があるからこそ、歌わせてはならんのだ。
タリサに父親のような生き方はさせたくない。あの子には、いち令嬢として穏やかで幸せな暮らしを……」
「……タリサの幸せを、あなたが決めないでください!!」
最後まで聞いていられず、カノンはクローベル公の言葉を遮って鋭く叫んだ。
「タリサは歌いたがっています。舞台に立ちたいって、強い気持ちもある。
どうかそれを、あなたの勝手な都合で潰さないで!!」
うわぁ~~、ダメダメ。こんなの全然、計画どおりじゃないわっ。
……よし、まずは、第一関門突破!
待ち合いから出ていった二人を見送ったカノンは、大満足で握ったままの拳を軽く振って喜ぶ。
座長がセクシーすぎるのはビビったけど、頭の固い人じゃなくて良かった。
必殺の泣き落としも、相手が女性じゃ効きづらいし。
ここまで来たら後は、タリサがいつものように歌えれば、まず間違いなく採用されるはず。
少なくともマルグリットよりは上手く歌えるんだから大丈夫。
……いいえ、あなたより素晴らしい歌声の持ち主なんて、国じゅう探したっていないわ。
だからタリサ、頑張って。
本物の女優達がやっているみたいに、実力で役を勝ち取って、舞台に立つのよ……!!
マダムのもとで精いっぱい歌っているであろう年下の友人に、声には出さず心の底から熱い応援を送っていると、廊下のほうからバタバタと騒がしい足音と、複数の人間が会話する声が聞こえてきた。
「それで、タリサは……」
「今は控え室のほうにいらっしゃいます」
「お祖父様、ここは座長の判断に任せてみては……」
「ならん!!すぐに連れて帰る!!」
張り詰めた様子で言葉を交わしているのは、クローベル公とさっき会った副支配人、マルセルもいるらしい。
来たわね。ま、想定済みよ。
カノンはぐっと眉を寄せて厳しい表情を作ると、ボンネットを外して長椅子の上に放り、下ろした髪をかき上げて自分自身に気合いを入れると、次の戦いに向けて大きく一歩を踏み出した。
昨晩から咽喉の調子が悪く、今朝になってとうとう声の出なくなったマルグリットの代わりに、タリサを出演させようと進言する者は、残念ながら城の中には一人も居なかった。
もし居たとしても当主は首を縦には振らなかっただろうし、カノンもそう都合良く事が運ぶ訳はないと百も承知だったから、計画通り強硬手段に出た。
すなわち、離れで観劇へ向かう準備をしていたタリサを連れ出し、厩舎で一番足の速い馬を無断で拝借…そう、借りただけよ。盗んでないわよ…して、城門を抜け街の中を疾走し、一足早く二人で劇場へ乗り込んだ。
体重の軽い少女とはいえ二人乗りだとなかなかバランスは取りにくいものだが、そこは経験の賜物。
荒野で鍛えた乗馬術を駆使し、カノンは見事な手綱さばきで城から劇場までの道のりを駆け抜けた。
あの頃はここまでやる必要あんのかよスパルタ鬼ババア!!と思ってたけど、おかげで今やりたい放題できるわ。ありがとうババア!!!
そんな令嬢というには勇ましすぎる道中、タリサは不安そうではあったが、カノンがやろうとしていることはそれなりに察してくれているようで、何も言わずついてきてくれた。
先ほどマダム・エスペランサに連れられ歩いていくその目には、数日前のすべてを諦めていた彼女には無かったもの―――……希望の光が浮かんでいた。
今はまだ微かに灯された、小さな火に過ぎないが、それを消す訳にはいかない。
タリサの為……そして、自分の為にも。
カノンが衝立から出ると、クローベル公を先頭にした一行は、廊下の角を曲がろうとしているところだった。
あの先にたぶん、マダムの控え室があるんだろう。カノンは素早く走り寄り、一行の前へ躍り出た。
「お待ちください、クローベル公!!」
突然現れた人影にクローベル公は驚いたものの、前を塞ぐ少女がカノンであると気づくと、うんざりした顔で溜め息をついた。
「また貴女か、カノン嬢」
こういう対応をされても仕方ないということくらいは、カノンも自覚している。
タリサの周りで騒ぎが起きると、必ずカノンが居るのだから、そりゃ老公ならずとも嫌気は差すだろう。
でも、今日のカノンの仕事は、ここからが本番。
クローベル公には悪いけど、私はしつこいわよ。
勝利するまで、噛みついて離さないわよぉ。
いつもならお得意の、胸の前で手を握り合わせ上目遣いで瞳をウルウルさせる、男殺しのお願いポーズを取るのだが、今日はどうしてかそんな気分にはなれず、ただまっすぐにクローベル公を見据える。
「どうかこのまま、タリサを舞台に立たせてやってください。
まだ出演できるって決まった訳じゃないけど、座長の許可が出たら、今日の公演で歌わせてあげてほしいんです」
「……俺も、カノン嬢に賛成です。お祖父様」
いつになく真剣な様子のカノンに感化されたか、クローベル公の隣にいたマルセルが、そっと助け舟を出してくれた。
「俺は、音楽についてはまるで素人ですが、タリサの歌唱力が確かなものだということくらいは解ります。
子爵様もここまでおっしゃってることですし、一度くらい任せてみてもいいのではないでしょうか」
わざわざ子爵様と言い換えてカノンの身分を強調するとは、中々やる。
マルセルのやつ武芸バカを装ってるけど、地頭はいいわね。
密かに見直しているカノンと違い、クローベル公は頑として孫の言い分も受け付けはしない。
「確かな才があるからこそ、歌わせてはならんのだ。
タリサに父親のような生き方はさせたくない。あの子には、いち令嬢として穏やかで幸せな暮らしを……」
「……タリサの幸せを、あなたが決めないでください!!」
最後まで聞いていられず、カノンはクローベル公の言葉を遮って鋭く叫んだ。
「タリサは歌いたがっています。舞台に立ちたいって、強い気持ちもある。
どうかそれを、あなたの勝手な都合で潰さないで!!」
うわぁ~~、ダメダメ。こんなの全然、計画どおりじゃないわっ。
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