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待て待て待て、結婚とかまだ早いから!!
⑥
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……いいよ、パパ。約束する。そのかわりパパも、たくさんの人に音楽を聞かせてあげてね……
確かタリサはそんな風に、大人ぶって答えたはず。
父はそれを聞いて、とても喜んでいた。
その後にどんな話をしたかなんて覚えていないけれど、父が嬉しそうにしていたから、自分も嬉しかったはず。
……パパ、今、どこにいるの?誰と居て、何をしているの?
考えたって仕方のないことを、それでも考えながら、タリサは父の身を案じ、無事を祈らずにはいられない。
もう八年も帰ってこない父を、どこかで野垂れ死んだのでは、という人もいる。
我が身の自由を得るため、実の娘を捨てたのだから、どうなっていても仕方ないという人も。
だからそんな酷い父親のことは忘れて、立派な祖父やイトコ達をもっと頼りなさいと、色々な立場の大人から何度も説教された。
その度にタリサは頑として首を横に振ったから、強情な子だ、誰に似たのかしら、なんて呆れられたりもしたけど、大好きな父を忘れることなんてできるはずない。
……二人で旅をしていた時、パパは私を信頼できる人に預けて、どこかへ行ってしまうことが何度かあったけど、いつもちゃんと帰ってきてくれた。
私を置いて、消えたりしなかった。
だからここで待っていれば、いつかきっと迎えに来てくれるはず。
でも……どこか遠い家へ嫁いだら、そうはいかないかも……
昼間はカノンとマルセルの手前、平気なフリをしていたタリサだが、本当は不安で仕方ない。
『脅かしてごめんなさい、お祖父様は賢明で良識のある方だもの、あなたをイヤらしい成金に嫁がせたりしないわ。きっと断ってくれるから、安心して』
カノンとマルセルが駆け出した後、中庭に残ったマルグリットはそう言って、降って湧いた縁談に怯えているカノンを慰めてくれた。
ついでに
『あなたも、嫌なことはイヤと言わなきゃダメよ。
お祖父様は厳しいけれど、愛情のない方ではないもの。
結婚に限らずあなたが心底から嫌がることや、望まない生き方はさせないはずよ。
だからもう少し、怖がらずに自己主張なさいな』
とも。
やや厳しい言葉遣いではあるが、彼女なりに心配してくれているのは伝わってきた。
何事もハッキリと口にできるマルグリットからすれば、優柔不断なタリサは見ているだけで苛立つ存在だろう。
でもネチネチと意地悪してきたりはしないし、根は優しい女性だと知っているから、嫌いではない……
そう、タリサは決して、クローベル家の人々を嫌ったり憎んだりはしていない。
性格が違いすぎてうまく仲良くできないけど、マルグリットは遠巻きながら気を遣って親切にしてくれる。
マルセルもちょっと怖いけれど、強くてまっすぐで頼りになる。
子供の頃、私生児だという理由でタリサが遠戚の悪童たちにいじめられているのを見つけた時など、怒り狂って全員叩きのめしてくれたし、今日だってタリサの為に当主のもとへ抗議に行ってくれた。
その当主はタリサにとっても祖父である訳だが……やはり感謝こそすれ、恨みなど無い。
末の息子がどこの馬の骨とも知れない女との間に作った子供など、面倒を見る必要などないのに、孫と認め手元に置き、貴族として育ててくれたのだから、慈悲深い人だ。
恨んだりしたらバチが当たる。
だからもし、“この家へ嫁げ”と命じられたら、その通りにする気ではあるが……
名家のご夫人なんかになっちゃったら、たくさんの人の為に歌うっていう、パパとの約束は守れなくなっちゃうな。
身近になってきた結婚、守れそうにない約束、今の家族との関係。簡単には答えの出ない様々な問題に悩むのも疲れてボンヤリとしていると、窓のほうからコン、という音が聞こえた。
小さなものだったし、気のせいかと思ったが、一拍置いて、また聞こえた。
誰かが何か、たぶん木の実みたいな軽い物を投げ、タリサの部屋の窓へぶつけているらしい。
こんな時間に、こんな子供のイタズラみたいなことをする人なんてこの家には……いや、一人だけ、心当たりがある。
タリサは立ち上がってオルゴールを寝台横のテーブルに置くと、窓へ駆け寄りカーテンを開けた。
ちょうど下から放られてきたヘーゼルの実が、目の前で窓硝子に当たる。
コンッと音を立てて実が落ちた後、急いで窓を開き下を見ると、厚いショールを羽織ったカノンが立っていた。
確かタリサはそんな風に、大人ぶって答えたはず。
父はそれを聞いて、とても喜んでいた。
その後にどんな話をしたかなんて覚えていないけれど、父が嬉しそうにしていたから、自分も嬉しかったはず。
……パパ、今、どこにいるの?誰と居て、何をしているの?
考えたって仕方のないことを、それでも考えながら、タリサは父の身を案じ、無事を祈らずにはいられない。
もう八年も帰ってこない父を、どこかで野垂れ死んだのでは、という人もいる。
我が身の自由を得るため、実の娘を捨てたのだから、どうなっていても仕方ないという人も。
だからそんな酷い父親のことは忘れて、立派な祖父やイトコ達をもっと頼りなさいと、色々な立場の大人から何度も説教された。
その度にタリサは頑として首を横に振ったから、強情な子だ、誰に似たのかしら、なんて呆れられたりもしたけど、大好きな父を忘れることなんてできるはずない。
……二人で旅をしていた時、パパは私を信頼できる人に預けて、どこかへ行ってしまうことが何度かあったけど、いつもちゃんと帰ってきてくれた。
私を置いて、消えたりしなかった。
だからここで待っていれば、いつかきっと迎えに来てくれるはず。
でも……どこか遠い家へ嫁いだら、そうはいかないかも……
昼間はカノンとマルセルの手前、平気なフリをしていたタリサだが、本当は不安で仕方ない。
『脅かしてごめんなさい、お祖父様は賢明で良識のある方だもの、あなたをイヤらしい成金に嫁がせたりしないわ。きっと断ってくれるから、安心して』
カノンとマルセルが駆け出した後、中庭に残ったマルグリットはそう言って、降って湧いた縁談に怯えているカノンを慰めてくれた。
ついでに
『あなたも、嫌なことはイヤと言わなきゃダメよ。
お祖父様は厳しいけれど、愛情のない方ではないもの。
結婚に限らずあなたが心底から嫌がることや、望まない生き方はさせないはずよ。
だからもう少し、怖がらずに自己主張なさいな』
とも。
やや厳しい言葉遣いではあるが、彼女なりに心配してくれているのは伝わってきた。
何事もハッキリと口にできるマルグリットからすれば、優柔不断なタリサは見ているだけで苛立つ存在だろう。
でもネチネチと意地悪してきたりはしないし、根は優しい女性だと知っているから、嫌いではない……
そう、タリサは決して、クローベル家の人々を嫌ったり憎んだりはしていない。
性格が違いすぎてうまく仲良くできないけど、マルグリットは遠巻きながら気を遣って親切にしてくれる。
マルセルもちょっと怖いけれど、強くてまっすぐで頼りになる。
子供の頃、私生児だという理由でタリサが遠戚の悪童たちにいじめられているのを見つけた時など、怒り狂って全員叩きのめしてくれたし、今日だってタリサの為に当主のもとへ抗議に行ってくれた。
その当主はタリサにとっても祖父である訳だが……やはり感謝こそすれ、恨みなど無い。
末の息子がどこの馬の骨とも知れない女との間に作った子供など、面倒を見る必要などないのに、孫と認め手元に置き、貴族として育ててくれたのだから、慈悲深い人だ。
恨んだりしたらバチが当たる。
だからもし、“この家へ嫁げ”と命じられたら、その通りにする気ではあるが……
名家のご夫人なんかになっちゃったら、たくさんの人の為に歌うっていう、パパとの約束は守れなくなっちゃうな。
身近になってきた結婚、守れそうにない約束、今の家族との関係。簡単には答えの出ない様々な問題に悩むのも疲れてボンヤリとしていると、窓のほうからコン、という音が聞こえた。
小さなものだったし、気のせいかと思ったが、一拍置いて、また聞こえた。
誰かが何か、たぶん木の実みたいな軽い物を投げ、タリサの部屋の窓へぶつけているらしい。
こんな時間に、こんな子供のイタズラみたいなことをする人なんてこの家には……いや、一人だけ、心当たりがある。
タリサは立ち上がってオルゴールを寝台横のテーブルに置くと、窓へ駆け寄りカーテンを開けた。
ちょうど下から放られてきたヘーゼルの実が、目の前で窓硝子に当たる。
コンッと音を立てて実が落ちた後、急いで窓を開き下を見ると、厚いショールを羽織ったカノンが立っていた。
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