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やる気出ない日々に現れた、あなたは誰?
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* * *
翌日の午後二時、初めてドレスを纏って舞踏会に行った時みたいにウキウキしつつ、王都から持ってきた秘蔵の小箱を抱えて中庭のベンチへ向かうと、タリサはもう座って待ってくれていた。
「タリサ!!」
嬉しくなって名前を呼ぶと、走り寄って来るカノンに気づいて立ち上がろうとしたから、それより早く隣にドカッと腰掛ける。
「ねえ、聞いたわよ。記念公演のこと!!」
小箱を脇に置いたカノンは、堅苦しい挨拶など抜きにしてさっそくお喋りに入る。
タリサとの会話を膨らませる為に、昨日のうちに部屋つきのメイド達から出来る限り情報収集しておいた。
元庶民の聞き込み能力舐めんな。暇つぶしの井戸端会議とも言うけど。
それによると先々代のクローベル公、今の老当主の更に祖父に当たる人物が無類の芝居好きで、王都やお隣の侯爵領にある劇場へ観劇に通うだけでは飽き足らず、とうとう自領の市街地に立派な劇場を建てた。
およそ片田舎には似つかわしくないような、音響、照明、舞台装置などこだわり抜いた、王都の劇場にも引けを取らない素晴らしい建物だそうだ。
その評判を聞きつけて続々と著名な舞台人達が集まり、こぞって芝居を披露すると、娯楽の少ない田舎住まいの人々は喜んで通い詰め、連日押すな押すなの大盛況になった。
当時のクローベル公の名を取って「ジェイデン・ホール」と名付けられ大成功を収めたその劇場は、王都では上演許可の降りない、ちょっと過激な芝居も観られるということで、王侯貴族向けの高尚な舞台に飽き飽きしていた都会からの客も訪れるようになり、今でも貴重な観光資源としてクローベル家が管理している。
そんな訳で領民および全国の芝居好きな人々から愛されているジェイデン・ホールでは、クローベル家への敬意と感謝を表し、毎年建立記念日に特別な公演をするのが決まりになっている。
演目はその時によって違うのだが、必ずクローベル一族の若い娘が役をもらい、歌や演技をお披露目するのだ。
大抵は当主の娘が務めるが、適当な者が居ない時は姪や従姉妹が選ばれる。家臣の娘が舞台に上がったこともあるとか。
もちろん本職の女優ではないから三文芝居になるのだが、そこは周りの演じ手達が全力でカバーし盛り上げるので、毎年楽しい催し物になるそうで。
当主は愛娘やお気に入りの姪なんかを自慢できるし、ご令嬢は気持ち良く歌って自尊心を満たせて、領民は滅多に見られない貴族令嬢のご尊顔を拝見できる。まさしく良いこと尽くめという訳だ。
ここ三年はずっとマルグリットがその役を務めており、今年もあと一週間後に迫った公演日に備えて練習に余念がない。
おかげでカノンは来る日も来る日も窓の外から襲ってくる怪音波に悩まされている訳だが―――いやマジで、一週間に一回くらいなら『あんまり上手じゃないね~~』って苦笑いして終わりで済むけど、毎日何回も聞かされてみろ。トぶぞ!!悪い意味で!!―――タリサの歌を聞く切っ掛けにもなったし、まあ良しとしよう。そんなことより。
「ねえ、あなたはどんな役で出るの?」
メイドに確認したところによると、タリサは今年14才。マルグリットが舞台デビューした年だ。
当然、彼女も役をもらったはずだと信じて目を輝かせながら訊ねたのだが……タリサは悲しげな顔で、小さく首を横に振った。
「私は……出ません。今年だけじゃなくって、来年からも、ずっと」
「ええ!?どうしてよ!!」
「どうしてって、それは……」
私生児だし、母が、とゴニョゴニョ呟くタリサだが、そんなことはもう聞き飽きているカノンは苛立ちが治まらない。
「何よ、クローベル公もケチだわね。ご自分の孫だって認めてるなら、チョイ役くらいに起用してくれたっていいじゃない。納得できないわ」
荒ぶる感情を隠さずカリカリしているカノンを、タリサは不思議そうな顔で見ている。
なぜ部屋住みの日陰者である自分に、家族でもない彼女がここまで心を向けてくれるのかさっぱりわからず、勇気を出して問いかけてみる。
「あの…どうして私のことで怒っているんですか?」
「はぁ?そりゃ決まってんでしょ。あなたには歌の才能があって、それを認められるべきなのに、つまらない理由で潰されそうだからよ!!」
外見の可愛らしさからは想像もつかない、ド直球な物言いに、タリサは面食らっているようだが、自分でも止められなくなってカノンは口を動かし憤りを吐き続ける。
「誰が聞いたってあなたの歌声は素晴らしくて、これからもっと伸びるわ。
もっといい環境で練習して、然るべき場所でどんどん発表していけば、きっと王立劇場お抱えの歌手にだって負けない歌姫になれる。
なのに、それをさせないだなんて……母親の身分が低いとか、父親の素行が良くないとか、そんな本人にはどーしようもない理由でチャンスを与えないなんて、愚行にも程があるわよ!!」
不遇な生い立ちで、飼い殺しにされているという共通点があるせいか、つい自分と重ね合わせて憤慨するカノンだが、タリサは怒りよりも悲しみのほうが大きいらしい。丸くしていた目を伏せ、また俯いてしまった。
翌日の午後二時、初めてドレスを纏って舞踏会に行った時みたいにウキウキしつつ、王都から持ってきた秘蔵の小箱を抱えて中庭のベンチへ向かうと、タリサはもう座って待ってくれていた。
「タリサ!!」
嬉しくなって名前を呼ぶと、走り寄って来るカノンに気づいて立ち上がろうとしたから、それより早く隣にドカッと腰掛ける。
「ねえ、聞いたわよ。記念公演のこと!!」
小箱を脇に置いたカノンは、堅苦しい挨拶など抜きにしてさっそくお喋りに入る。
タリサとの会話を膨らませる為に、昨日のうちに部屋つきのメイド達から出来る限り情報収集しておいた。
元庶民の聞き込み能力舐めんな。暇つぶしの井戸端会議とも言うけど。
それによると先々代のクローベル公、今の老当主の更に祖父に当たる人物が無類の芝居好きで、王都やお隣の侯爵領にある劇場へ観劇に通うだけでは飽き足らず、とうとう自領の市街地に立派な劇場を建てた。
およそ片田舎には似つかわしくないような、音響、照明、舞台装置などこだわり抜いた、王都の劇場にも引けを取らない素晴らしい建物だそうだ。
その評判を聞きつけて続々と著名な舞台人達が集まり、こぞって芝居を披露すると、娯楽の少ない田舎住まいの人々は喜んで通い詰め、連日押すな押すなの大盛況になった。
当時のクローベル公の名を取って「ジェイデン・ホール」と名付けられ大成功を収めたその劇場は、王都では上演許可の降りない、ちょっと過激な芝居も観られるということで、王侯貴族向けの高尚な舞台に飽き飽きしていた都会からの客も訪れるようになり、今でも貴重な観光資源としてクローベル家が管理している。
そんな訳で領民および全国の芝居好きな人々から愛されているジェイデン・ホールでは、クローベル家への敬意と感謝を表し、毎年建立記念日に特別な公演をするのが決まりになっている。
演目はその時によって違うのだが、必ずクローベル一族の若い娘が役をもらい、歌や演技をお披露目するのだ。
大抵は当主の娘が務めるが、適当な者が居ない時は姪や従姉妹が選ばれる。家臣の娘が舞台に上がったこともあるとか。
もちろん本職の女優ではないから三文芝居になるのだが、そこは周りの演じ手達が全力でカバーし盛り上げるので、毎年楽しい催し物になるそうで。
当主は愛娘やお気に入りの姪なんかを自慢できるし、ご令嬢は気持ち良く歌って自尊心を満たせて、領民は滅多に見られない貴族令嬢のご尊顔を拝見できる。まさしく良いこと尽くめという訳だ。
ここ三年はずっとマルグリットがその役を務めており、今年もあと一週間後に迫った公演日に備えて練習に余念がない。
おかげでカノンは来る日も来る日も窓の外から襲ってくる怪音波に悩まされている訳だが―――いやマジで、一週間に一回くらいなら『あんまり上手じゃないね~~』って苦笑いして終わりで済むけど、毎日何回も聞かされてみろ。トぶぞ!!悪い意味で!!―――タリサの歌を聞く切っ掛けにもなったし、まあ良しとしよう。そんなことより。
「ねえ、あなたはどんな役で出るの?」
メイドに確認したところによると、タリサは今年14才。マルグリットが舞台デビューした年だ。
当然、彼女も役をもらったはずだと信じて目を輝かせながら訊ねたのだが……タリサは悲しげな顔で、小さく首を横に振った。
「私は……出ません。今年だけじゃなくって、来年からも、ずっと」
「ええ!?どうしてよ!!」
「どうしてって、それは……」
私生児だし、母が、とゴニョゴニョ呟くタリサだが、そんなことはもう聞き飽きているカノンは苛立ちが治まらない。
「何よ、クローベル公もケチだわね。ご自分の孫だって認めてるなら、チョイ役くらいに起用してくれたっていいじゃない。納得できないわ」
荒ぶる感情を隠さずカリカリしているカノンを、タリサは不思議そうな顔で見ている。
なぜ部屋住みの日陰者である自分に、家族でもない彼女がここまで心を向けてくれるのかさっぱりわからず、勇気を出して問いかけてみる。
「あの…どうして私のことで怒っているんですか?」
「はぁ?そりゃ決まってんでしょ。あなたには歌の才能があって、それを認められるべきなのに、つまらない理由で潰されそうだからよ!!」
外見の可愛らしさからは想像もつかない、ド直球な物言いに、タリサは面食らっているようだが、自分でも止められなくなってカノンは口を動かし憤りを吐き続ける。
「誰が聞いたってあなたの歌声は素晴らしくて、これからもっと伸びるわ。
もっといい環境で練習して、然るべき場所でどんどん発表していけば、きっと王立劇場お抱えの歌手にだって負けない歌姫になれる。
なのに、それをさせないだなんて……母親の身分が低いとか、父親の素行が良くないとか、そんな本人にはどーしようもない理由でチャンスを与えないなんて、愚行にも程があるわよ!!」
不遇な生い立ちで、飼い殺しにされているという共通点があるせいか、つい自分と重ね合わせて憤慨するカノンだが、タリサは怒りよりも悲しみのほうが大きいらしい。丸くしていた目を伏せ、また俯いてしまった。
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