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やる気出ない日々に現れた、あなたは誰?
④
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こんなに気取らず、自然体で振る舞えたのなんて、いったい何年ぶりだろう。
宮廷にいた頃は庶民だからって舐められないよう片肘張ってたけど、気づかないうちに無理してたのかな。何だか肩が軽いわ……
作り笑いではない、心からリラックスした笑顔を浮かべているカノンを見て、タリサは琥珀色の瞳を輝かせた。
「ああ、でもお美しさは聞いていた通り、素晴らしいわ……本当に花の精みたいな方」
うっとりしているタリサに、ありがとう、あなたも凄く可愛いわよと伝えると、そそそそんなことは、そんなことは、と目に見えて焦り出した。
あまり褒められるのに慣れていないのだろう。
わたわたする姿がどうにも愛らしくて、もういっちょ褒めることにする。
「それに声もいいわね。さっきの歌、とーっても素敵だったわ」
「え………」
ジタバタしていたタリサは、ぴたりと動きを止め、少し不安そうな、でも真剣な表情を浮かべる。
「ほ、ほんとですか?私の歌…良かったですか?」
縋るような目を向けてきたタリサに、カノンは自信を持って、しっかりと頷く。
「ええ、もちろん!!私、昼寝しようとしてたんだけど、あんまり上手いから目が覚めちゃったくらいで…
そうだ、もう一回、ここで歌ってくれないかしら?ぜひ近くで聞いてみたいわ」
タリサはどうしようか迷っているようだが、カノンがベンチに座って待ちの体勢を取ると、心を決めたようだ。息を吸い、吐き、また大きく吸って、歌いだした。
……あぁ、本当に、なんて綺麗な声。
さっき距離を置いて聞いたのも趣があって良かったけど、近くだとまた臨場感が違う。
マルグリットが歌っていると苛々した詞も、全然気にならないどころかすこぶる良いものに聞こえる、心に沁み入る。
複雑に変わる旋律と音程のなか、高く上がる部分も長く伸ばす音も、タリサは澄んだ声のまま難なく表現し、みごと歌いきった。
最後のフレーズを奏でた彼女の小さな唇が閉じた後、カノンはほぅっと小さく息をついた。
自らの呼吸もおろそかになるくらい、聞き惚れていた……心地良い余韻に浸りながら、奇跡的な歌声の持ち主に小さく拍手を贈る。
「はーっ……本当に素晴らしいわね……いつもその歌、マルグリットが伴奏つきで歌ってるけどさ、同じ曲とは思えないわ」
「ああ……」
マルグリットの名前を聞いて、タリサは困ったように眉を下げた。
「確かにあの人が歌うとイマイチだけど、仕方ないんです。
マルグリットの声の音域はアルトなのに、この歌のキーはソプラノだから、どうしても高音を出そうとすると割れたり掠れたりしちゃうんです」
「ふーん?」
あまり音楽には明るくないカノンだが、声の低いマルグリットが高音メインの曲を歌うから無理があるというのは何となくわかった。
わかったけれど、そうするとまた別の疑問が湧いてくる。
「そういうことなら、アルトの曲を歌えばいいのに。
どうしていつもあの歌ばっかり練習してんのかしら?」
聞かされるこっちの身にもなってみろ、とゲンナリしているのだが、タリサはその答えも知っていた。
「それもしょうがないんです。
今年の記念公演でマルグリットに割り当てられてるのは『パルミネッラ』の愛の精の役ですから。
ちゃんと公演日までこの『森の奥にて狩人のため霧晴らす乙女の歌』をレッスンしないとダメなんです」
「んん?記念公演……パルミ……えっ??」
こうピンとこない単語ばかり出てきては、さすがにカノンも混乱する。
「ごめんなさい、記念公演って?
パル何とかっていうのは、劇のタイトルかしら?」
「あ…そか、来たばっかりですもの、ご存じないですよね。それは……」
ちんぷんかんぷんなカノンの為、せっかくタリサが細かい説明をしてくれようとしたのに、
「お嬢様!!」
しゃがれた声が、それを制した。
宮廷にいた頃は庶民だからって舐められないよう片肘張ってたけど、気づかないうちに無理してたのかな。何だか肩が軽いわ……
作り笑いではない、心からリラックスした笑顔を浮かべているカノンを見て、タリサは琥珀色の瞳を輝かせた。
「ああ、でもお美しさは聞いていた通り、素晴らしいわ……本当に花の精みたいな方」
うっとりしているタリサに、ありがとう、あなたも凄く可愛いわよと伝えると、そそそそんなことは、そんなことは、と目に見えて焦り出した。
あまり褒められるのに慣れていないのだろう。
わたわたする姿がどうにも愛らしくて、もういっちょ褒めることにする。
「それに声もいいわね。さっきの歌、とーっても素敵だったわ」
「え………」
ジタバタしていたタリサは、ぴたりと動きを止め、少し不安そうな、でも真剣な表情を浮かべる。
「ほ、ほんとですか?私の歌…良かったですか?」
縋るような目を向けてきたタリサに、カノンは自信を持って、しっかりと頷く。
「ええ、もちろん!!私、昼寝しようとしてたんだけど、あんまり上手いから目が覚めちゃったくらいで…
そうだ、もう一回、ここで歌ってくれないかしら?ぜひ近くで聞いてみたいわ」
タリサはどうしようか迷っているようだが、カノンがベンチに座って待ちの体勢を取ると、心を決めたようだ。息を吸い、吐き、また大きく吸って、歌いだした。
……あぁ、本当に、なんて綺麗な声。
さっき距離を置いて聞いたのも趣があって良かったけど、近くだとまた臨場感が違う。
マルグリットが歌っていると苛々した詞も、全然気にならないどころかすこぶる良いものに聞こえる、心に沁み入る。
複雑に変わる旋律と音程のなか、高く上がる部分も長く伸ばす音も、タリサは澄んだ声のまま難なく表現し、みごと歌いきった。
最後のフレーズを奏でた彼女の小さな唇が閉じた後、カノンはほぅっと小さく息をついた。
自らの呼吸もおろそかになるくらい、聞き惚れていた……心地良い余韻に浸りながら、奇跡的な歌声の持ち主に小さく拍手を贈る。
「はーっ……本当に素晴らしいわね……いつもその歌、マルグリットが伴奏つきで歌ってるけどさ、同じ曲とは思えないわ」
「ああ……」
マルグリットの名前を聞いて、タリサは困ったように眉を下げた。
「確かにあの人が歌うとイマイチだけど、仕方ないんです。
マルグリットの声の音域はアルトなのに、この歌のキーはソプラノだから、どうしても高音を出そうとすると割れたり掠れたりしちゃうんです」
「ふーん?」
あまり音楽には明るくないカノンだが、声の低いマルグリットが高音メインの曲を歌うから無理があるというのは何となくわかった。
わかったけれど、そうするとまた別の疑問が湧いてくる。
「そういうことなら、アルトの曲を歌えばいいのに。
どうしていつもあの歌ばっかり練習してんのかしら?」
聞かされるこっちの身にもなってみろ、とゲンナリしているのだが、タリサはその答えも知っていた。
「それもしょうがないんです。
今年の記念公演でマルグリットに割り当てられてるのは『パルミネッラ』の愛の精の役ですから。
ちゃんと公演日までこの『森の奥にて狩人のため霧晴らす乙女の歌』をレッスンしないとダメなんです」
「んん?記念公演……パルミ……えっ??」
こうピンとこない単語ばかり出てきては、さすがにカノンも混乱する。
「ごめんなさい、記念公演って?
パル何とかっていうのは、劇のタイトルかしら?」
「あ…そか、来たばっかりですもの、ご存じないですよね。それは……」
ちんぷんかんぷんなカノンの為、せっかくタリサが細かい説明をしてくれようとしたのに、
「お嬢様!!」
しゃがれた声が、それを制した。
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