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アイリス・ゼナ・フロージュ嬢の華麗なるお誕生日パーティー⑤

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「わざわざ自宅まで迎えに来ておいて、断ってもいいですって?素直に私の力が必要だって、頼めないのかしら」

「あぁ?勘違いするなよ、お嬢様。俺はただ通常訓練の成績順に声を掛けてるだけだ。
 お前が来れないなら次点の者に打診する。それだけだ。」

「まっ、勘違いしてるのはそっちの方でしょう。次点が誰だか知らないけれど、私を差し置いて戦力として期待できる生徒なんて、一人もいないはずよ」

「……まったく、口の減らない奴だな」

「ああら、お互い様よ」

 ひとまず彼を黙らせることに成功し、満足感は得られた。フフンと高飛車に笑いながら髪を掻き上げる私を睨みつけてくる、薄氷のごとき瞳……
 あーーー、最っ高。これが私の欲していたもの。
 家柄や身分差に物怖じせず、ガンガン責め立ててくる感じ、たまんないわ!!

 ようやく得られた楽しいひとときを味わいながら、今度こそ完全に私は理解した。

 これ、婚約破棄からの下剋上&溺愛とか、破滅ルートから脱却してスローライフ&溺愛とかそういう羽っかえりんじゃない。
 ゴリッゴリの戦闘機アニメで、私の立ち位置は〝ツンデレ気味な令嬢パイロット〟だ!!

 ……朝からずっと、何かおかしいな~~とは思ってたのよ。でもこれで、やけにとんがったV字の前髪も、〝ゼナ〟っていう厳つめのミドルネームにも納得がいく。
 私は、実力はピカイチだけれど跳ねっ返りで強気でプライドの高いお嬢様で、目の前に居る彼…自分とは正反対な生き方を歩んできたウォルフ・ギムリックに、長いこと片想いしてるんだ。

「それで、どんな状況ですの?」

 少々口の悪い跳ねっ返り令嬢から一転、きりっと表情を引き締めて訊ねると、ウォルフのほうも真剣に答えてくれる。

「前回のフライトとそう変わらない。俺達に割り当てられたのは国境に近い荒野の上空で、侵入してきている無人戦闘機や偵察機の一掃が任務だ。市街地付近の戦闘や有人と思われるマシンの相手は正規の部隊が行く」


「国境沿いで、小蝿退治というわけね。了解……すぐに支度します。二人は先に現場で待ってて」

「アイリス…!」

 感極まった様子で私を呼んでくれたのは、ウォルフの隣にいる少女だ。この子のことももう、ちゃんと思い出した。

 名前はトキワ・ハヤセ。
 東の果てにある〝ヒノモト〟という国から亡命してきたということ以外はまったく素性の知れない女の子だけど、ウォルフとは一歩踏み出せないだけで、たぶん……いや間違いなく、相思相愛の仲だ。

「せっかくのお誕生日を邪魔してしまってごめんなさい。でも……あなたなら、そう言ってくれると思ってました」

 私の参戦を心から喜んでくれている笑顔が、直視できないレベルで眩しい。
 これはウォルフじゃなくても惚れてしまうわ、くっそぉ。

「よく言うわ。どうせアナタなんでしょ?ウォルフにここへ来させたの」

「え?」

「あぁら、すっとぼけるおつもり?ウォルフを担ぎ出せば、私は必ず来ると解ってて、ここまで迎えに来るよう差し向けたんでしょ。大した策士だこと」

 悔しまぎれに小声で因縁をつけてやったら、トキワは首や手を振ってわたわたと慌て出した。
 うーん、この仕草もカワイイ。狙ってやっていないところが逆にあざとい。

「そ、そんなことはありませんっ。オンラインメッセージを送るよりは直接行って話をつけたほうが早いって言い出したのはウォルフで……私はただ、こじれるようだったら仲裁してほしいって頼まれたからついてきただけです。
 いつも喧嘩腰だけれど、ウォルフは本心ではあなたをチームメイトとして認めているし信頼もしています。ああいう性格だから、素直になれないだけなんです」

「えっ」

 トキワの言うこと、本当かしら?彼は私を認め、信頼している。それって……まだ可能性はゼロじゃない。
 強力なライバルはいるけれど、私にもチャンスはあるってことじゃない?

「……おい、何をゴチャゴチャやってるんだ」

 せっかく興味深い話を聞けていたのに、痺れを切らしたウォルフに遮られた。こういう態度も天の邪鬼なだけだと思えば、ちょっと可愛いかも。

「召集に応じるんだろ、だったら早く着替えて基地へ移動しろ。俺達は先に自機でポイントへ向かう」

「了解。レディーに向かってそんな、噛みつきそうな顔をしないでほしいわ。もっと愛想良くしてちょうだい」

「どこにレディーがいるんだよ。跳ねっ返りのジャジャ馬が、ちょっと飛行技術が高いからって調子に乗るな」

 ブツブツほやきながらこちらに背を向けるウォルフに、ふと思いついて「ウォルフ、ねえ!」と声を掛ける。
 どうしても訊いておきたいことがあるんだ。

 面倒臭そうに振り向いた彼に、スカートの裾をちょっと抓んで持ち上げ、美しい布地をアピールしてみた。

「このドレス…どうかしら」

 ウォルフは少し考えてから、だるそうな表情で答えてくれた。

「ああ、まあ……キラキラしてていいんじゃないか?動きづらそうで、俺は好きじゃないが」

 はあ…もう……この、乙女心なんか一欠片も理解してない、野暮天で無神経な男ったら…………
 好き!!大好きすぎる!!鼓動がトキメキが、ノンストップだっつーの!!!

 早足で門から出て行くウォルフとトキワを見送った後、私は今日初めて正真正銘、心からの笑顔を浮かべ、招待客達に向き直った。主役がいなくなるんだから、きちんと挨拶はしなくちゃね。

「皆様、お聞きの通り国家の危機ですの。私は自機にて出動しなくてはなりません。後のことは母に任せますので、どうぞ引き続きご歓談くださいませ。では、良い午後を!」

 深く一礼してから、ウォルフが来てから演奏を止めている楽団のほうへ目を向ける。右手を上げ、再開の合図を送るけど、リクエストはもちろんワルツじゃない。

「行進曲をお願い。うんと勇ましいものを!!」

 顔馴染みの楽団長は、にっこり笑って頷き、腕を振り上げた。一拍置いて始まった激しい指揮に合わせ、力強い曲が響き出す。

 うん、いいリズム。音楽はこうでなくちゃ。
 足取り軽く玄関前のスロープを上がろうとしたら、ちょうど裏庭から戻って来たテオおじさまと目が合った。

 この人と心が通じる理由も、今はわかる。
 貴族の血筋に生まれながら、テオドール・ミラベスクは上流社会の一員として生きることを良しとせず、ハイスクールを卒業後すぐに海軍へ入隊した。
 それから二十年以上、職務に服して国防に身を捧げ、現在はもう退役してしまったけれど、未だ心は海にある。私の心が空にあるように。

 二人の間に、言葉はいらない。一族の〝はみ出し者〟同士、ニッと笑い合う。
 大好きなテオおじさまから勇気をもらって、私は重石のように髪を引っ張っているバレッタに手を掛けた。

 留め金を外し、抜き取ると、波打つ金髪がバサリと背中に広がった。最高の解放感に浸りながら私は、一刻も早く仲間の元へ向かうべく、ステップに足を掛けた。

 
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