20 / 22
勘違い貧乏侯爵家と、ラストバトル!!④
しおりを挟む「あ……」
よりによって、ブチ切れて大暴れしていたところを、最愛の人に見られた。
ショックで肩の力が抜け、武器にしていた箒を取り落とし、シュンとしてうなだれたリリーの元へ、慌ててザックが駆け寄って来る。
「大丈夫ですか?リリー」
「ええ…と言いたいところだけど、あまり大丈夫ではありません」
「それは良くない。さ、こっちへ」
ザックの顔を見て怒りが消えたはいいが、全身から脱力してしまったリリーの肩を抱き、優しく支えながらザックはゆっくりとステップを昇る。
「お、おい、君達……」
途中、侯爵が声をかけてきたが、ザックが一睨みするとすぐに黙った。
呆気にとられている侯爵父子は放っておいてそのまま進み、玄関前の最後の一段の上へリリーを座らせると、ザックは自分もその隣へ腰を下ろした。
「さ、ゆっくり息をして……落ち着きましたか?リリー」
「ええ、少し……でもザック様、どうして此処に?」
「所用があって近くに寄ったので、せっかくだからこの間いただいたお酒の礼を言ってから帰ろうと思ってこちらにも来てみたんですが、どうも揉めているようだったので門番に頼んで入れてもらいました。
あまり良くない訪問の仕方ではありますが、まあ正式な婚約者なのだから、それほど問題ありませんよね?」
いたずらっぽく微笑む彼に笑い返したいのに、上手くできなくてリリーは肩を丸め、ますます縮こまる。
「まだ…婚約者でいてくれますか?ザック様」
「ん?なぜ、そんなこと訊くんです?」
「だって、怒ったら口が悪くなって、箒を振り回す女ですわよ、私。
そんなんで、ザック様の妻にふさわしいかどうか……」
今回は自分に責任があるのだから、婚約破棄されても仕方ないと覚悟するリリーだが、ザックは明るく笑い飛ばしてくれた。
「俺の育ちの悪さを舐めてはいけませんよ、リリー様。
王都へ来る前はもっと汚くて下品な言葉を日常的に聞いていたし、箒どころか角材や斧を振り回す女だって見たことがある。
それに比べたらあなたの箒を振る姿なんか可愛いものだ……いや、俺の目にはあなたがどんなことをしたって可愛らしく映ってしまう。
なぜだか解ってくれますか?」
あまりにまっすぐな口説き文句を、真剣な顔で放ってくるから、いっそ嬉しくて泣けてくる。
涙ぐんだリリーは、深く頷いた。
「ええ、解ります。私だって、そうですから……
最初にお会いした時から、私の目にはもうあなたしか見えていません、ザック様」
「リリー……」
もはやお互いのことしか瞳に映っておらず、声も聞こえていない状態の二人は、ステップの下でレナードが「こらーー!!人前でイチャイチャするなーーー!!!」と叫んだことも、見苦しく騒ぐ息子の襟首をむんずと掴んで侯爵が歩き出したことにも気づかない。
「ち、父上、いいのですか!?我が侯爵家が、ひどい侮辱を受けたままで……」
「うるさい、帰るぞ!!」
不満げな息子に向かってピシャリと言い放ち、侯爵は早足で出口を目指す。
「どうやらリリー・アルシェ嬢は、生涯の伴侶を見つけたようだ。もう我が家の入る余地はない……
それより、帰ったらすぐに旅支度をするぞ。お前も、他の息子達も、全員連れて行く」
「はい?旅って、どこへ?」
「まだ詳しくは決めておらんが、とにかくまずは国境の防衛戦線だ。
それから、寒村や貧しい漁港も巡る。その目で見て、学ぶべきことが、たくさんある」
「ええ~~!?嫌ですよ、そんな危険で、辛気臭そうな所、行きたくありません!!」
「黙れ!!行くと言ったら行くのだ!!
しばらくは、誰にも贅沢なんぞさせんからな!!」
嫌がる息子を引っ張りながら足を進める侯爵は、己の事を心底から恥じている。
辺境伯の娘があんなにも賢く、慈悲深く育ったというのに、我が息子達ときたら……七人揃って姿が良いだけの、穀潰しばかりだ。
そうなったのは、自分のせいだという自覚もあった。
ちょうど侯爵が今のレナードと同じくらいの年の頃、仲の良かった一つ年下の従弟が、名誉を求めて参加した防衛戦にて戦死する、という悲劇があった。
若くして命を失ったというだけでも哀れだというのに、弔いの儀で目にしたその屍の凄惨さに、若かりし頃の侯爵は愕然としたものだ。
敵の罠に嵌まって穴に落ちたところへ熱した油をかけられた上、死後に面白半分で敵兵から切り刻まれたそうで、端整な姿の若者だったのに、二目と見られない有り様にされていた。
それでも従弟は帰ってこられただけマシなほうだった。
多くの名も無き兵士達はその場に野ざらしで放置されるか、ゴミのように積み上げられて焼かれるか……そんな話を聞いて、自分の家族は絶対に戦場になんか行かせないと、侯爵は心に決めたのだ。
折りしもその頃の彼は現在の妻である、当時は王都一の美女と評されていたご令嬢と婚約したばかりで、絶対に彼女のことを不幸にするまいと気負っていたこともあり、侯爵はその後も自分自身に立てた誓いを守った。
結婚してから次々に生まれた息子達には剣を持たせず英雄の戦記も読ませず、代わりに楽器を習わせ非現実的で幻想的な詩集を暗唱させ、危険から遠ざけてきたつもりだったが、その結果がこれだ。
だが、子供達のせいではない。悪いのは自分だ、なんと愚かな父親だったことか……
情けない限りだが、まだ間に合うはず。
長男とて二十代の始めであるし、末っ子に至ってはほんの九歳だ。
今から世の中の陰の部分、きらびやかな貴族社会の一方で、光りの当たらない場所でどんなことが起きているかをしっかり頭の中へ焼きつければ、リリー・アルシェほどでなくとも、少しはまともな人間へ成長してくれるのではないだろうか。
ずいぶん遠回りはしたが、己の間違いを潔く認め、新たな決意と共にこれからの人生に対して希望の光を取り戻した侯爵が、先ほど邪険にした門番達へ丁重に謝り、不肖の息子を連れてデッケン伯邸から出て行った頃、玄関の前では相思相愛を自覚したザックとリリーが、互いに手を取り合っていた。
160
お気に入りに追加
3,887
あなたにおすすめの小説
【完結】ヒロインの女が死ぬほど嫌いなので悪役令嬢を全うします
当麻リコ
恋愛
貧乏侯爵家に生まれついた主人公・イルゼ。
彼女は生前プレイしていた乙女ゲーム世界の悪役令嬢ポジションに転生していた。
だからといってヒロインをいじめるほど暇でもないので放置していたが、なんだかやけに絡まれる。
どうあってもイルゼを悪役ポジションに置きたいらしい。
ただでさえ嫌いなタイプの女なのに、無理やり視界に入ってくる。
婚約者を取られた時、とうとうイルゼの堪忍袋の緒が切れた。
よろしい、ならば戦争です。
婚約者は無能なのでいりませんが、その性根が気に食わない。
私がいじめの主犯だと言い張るのならそれを全ういたしましょう。
イルゼは幼馴染みで従者でもあるヨシュアと共に、真っ向からヒロインの挑戦を受けることにした。
あざとかわいい系ゆるふわヒロインに、クールビューティ系主人公が嫌味と嘲笑でチクチクやり返すほのぼのストーリーです。
※主人公はほどほどに性格と口が悪いですのでご注意ください。
※ヒロイン(主人公じゃない方)は前世持ちではありません。
【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」
まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05
仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。
私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。
王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。
冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。
本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
(完)愛人を作るのは当たり前でしょう?僕は家庭を壊したいわけじゃない。
青空一夏
恋愛
私は、デラックス公爵の次男だ。隣国の王家の血筋もこの国の王家の血筋も、入ったサラブレッドだ。
今は豪商の娘と結婚し、とても大事にされていた。
妻がめでたく懐妊したので、私は妻に言った。
「夜伽女を3人でいいから、用意してくれ!」妻は驚いて言った。「離婚したいのですね・・・・・・わかりました・・・」
え? なぜ、そうなる? そんな重い話じゃないよね?
婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む
柴野
恋愛
おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。
周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。
しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。
「実験成功、ですわねぇ」
イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな、と婚約破棄されそうな私は、馬オタクな隣国第二王子の溺愛対象らしいです。
弓はあと
恋愛
「たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな」婚約者から投げられた言葉。
浮気を許す事ができない心の狭い私とは婚約破棄だという。
婚約破棄を受け入れたいけれど、それを親に伝えたらきっと「この役立たず」と罵られ家を追い出されてしまう。
そんな私に手を差し伸べてくれたのは、皆から馬オタクで残念な美丈夫と噂されている隣国の第二王子だった――
※物語の後半は視点変更が多いです。
※浮気の表現があるので、念のためR15にしています。詳細な描写はありません。
※短めのお話です。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません、ご注意ください。
※設定ゆるめ、ご都合主義です。鉄道やオタクの歴史等は現実と異なっています。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】私がお邪魔だと思われますので、去らせていただきます。
まりぃべる
恋愛
アイリス=トルタンカン伯爵令嬢は、自分の屋敷なのに義母と義妹から隠れるように生活していた。
やる事が無くなった時、執事のタヤックに提案され、あることをしながらどうにか過ごしていた。
18歳になり、婚約しなさいと言われたのだが義妹が駄々をこね、お父様と義母様までもが…?
仕方がないので居場所がないアイリスはお屋敷を去ることにした。
そこで…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる