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勘違い貧乏侯爵家と、ラストバトル!!④

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「あ……」

よりによって、ブチ切れて大暴れしていたところを、最愛の人に見られた。

ショックで肩の力が抜け、武器にしていた箒を取り落とし、シュンとしてうなだれたリリーの元へ、慌ててザックが駆け寄って来る。

「大丈夫ですか?リリー」

「ええ…と言いたいところだけど、あまり大丈夫ではありません」

「それは良くない。さ、こっちへ」

ザックの顔を見て怒りが消えたはいいが、全身から脱力してしまったリリーの肩を抱き、優しく支えながらザックはゆっくりとステップを昇る。

「お、おい、君達……」

途中、侯爵が声をかけてきたが、ザックが一睨みするとすぐに黙った。

呆気にとられている侯爵父子は放っておいてそのまま進み、玄関前の最後の一段の上へリリーを座らせると、ザックは自分もその隣へ腰を下ろした。

「さ、ゆっくり息をして……落ち着きましたか?リリー」

「ええ、少し……でもザック様、どうして此処に?」

「所用があって近くに寄ったので、せっかくだからこの間いただいたお酒の礼を言ってから帰ろうと思ってこちらにも来てみたんですが、どうも揉めているようだったので門番に頼んで入れてもらいました。

あまり良くない訪問の仕方ではありますが、まあ正式な婚約者なのだから、それほど問題ありませんよね?」

いたずらっぽく微笑む彼に笑い返したいのに、上手くできなくてリリーは肩を丸め、ますます縮こまる。

「まだ…婚約者でいてくれますか?ザック様」

「ん?なぜ、そんなこと訊くんです?」

「だって、怒ったら口が悪くなって、箒を振り回す女ですわよ、私。
そんなんで、ザック様の妻にふさわしいかどうか……」

今回は自分に責任があるのだから、婚約破棄されても仕方ないと覚悟するリリーだが、ザックは明るく笑い飛ばしてくれた。

「俺の育ちの悪さを舐めてはいけませんよ、リリー様。
王都へ来る前はもっと汚くて下品な言葉を日常的に聞いていたし、箒どころか角材や斧を振り回す女だって見たことがある。

それに比べたらあなたの箒を振る姿なんか可愛いものだ……いや、俺の目にはあなたがどんなことをしたって可愛らしく映ってしまう。
なぜだか解ってくれますか?」

あまりにまっすぐな口説き文句を、真剣な顔で放ってくるから、いっそ嬉しくて泣けてくる。
涙ぐんだリリーは、深く頷いた。

「ええ、解ります。私だって、そうですから……
最初にお会いした時から、私の目にはもうあなたしか見えていません、ザック様」

「リリー……」

もはやお互いのことしか瞳に映っておらず、声も聞こえていない状態の二人は、ステップの下でレナードが「こらーー!!人前でイチャイチャするなーーー!!!」と叫んだことも、見苦しく騒ぐ息子の襟首をむんずと掴んで侯爵が歩き出したことにも気づかない。

「ち、父上、いいのですか!?我が侯爵家が、ひどい侮辱を受けたままで……」

「うるさい、帰るぞ!!」

不満げな息子に向かってピシャリと言い放ち、侯爵は早足で出口を目指す。

「どうやらリリー・アルシェ嬢は、生涯の伴侶を見つけたようだ。もう我が家の入る余地はない……

それより、帰ったらすぐに旅支度をするぞ。お前も、他の息子達も、全員連れて行く」

「はい?旅って、どこへ?」

「まだ詳しくは決めておらんが、とにかくまずは国境の防衛戦線だ。
それから、寒村や貧しい漁港も巡る。その目で見て、学ぶべきことが、たくさんある」

「ええ~~!?嫌ですよ、そんな危険で、辛気臭そうな所、行きたくありません!!」

「黙れ!!行くと言ったら行くのだ!!
しばらくは、誰にも贅沢なんぞさせんからな!!」

嫌がる息子を引っ張りながら足を進める侯爵は、己の事を心底から恥じている。

辺境伯の娘があんなにも賢く、慈悲深く育ったというのに、我が息子達ときたら……七人揃って姿が良いだけの、穀潰しばかりだ。

そうなったのは、自分のせいだという自覚もあった。

ちょうど侯爵が今のレナードと同じくらいの年の頃、仲の良かった一つ年下の従弟が、名誉を求めて参加した防衛戦にて戦死する、という悲劇があった。

若くして命を失ったというだけでも哀れだというのに、弔いの儀で目にしたその屍の凄惨さに、若かりし頃の侯爵は愕然としたものだ。

敵の罠に嵌まって穴に落ちたところへ熱した油をかけられた上、死後に面白半分で敵兵から切り刻まれたそうで、端整な姿の若者だったのに、二目と見られない有り様にされていた。

それでも従弟は帰ってこられただけマシなほうだった。
多くの名も無き兵士達はその場に野ざらしで放置されるか、ゴミのように積み上げられて焼かれるか……そんな話を聞いて、自分の家族は絶対に戦場になんか行かせないと、侯爵は心に決めたのだ。

折りしもその頃の彼は現在の妻である、当時は王都一の美女と評されていたご令嬢と婚約したばかりで、絶対に彼女のことを不幸にするまいと気負っていたこともあり、侯爵はその後も自分自身に立てた誓いを守った。

結婚してから次々に生まれた息子達には剣を持たせず英雄の戦記も読ませず、代わりに楽器を習わせ非現実的で幻想的な詩集を暗唱させ、危険から遠ざけてきたつもりだったが、その結果がこれだ。

だが、子供達のせいではない。悪いのは自分だ、なんと愚かな父親だったことか……

情けない限りだが、まだ間に合うはず。

長男とて二十代の始めであるし、末っ子に至ってはほんの九歳だ。
今から世の中の陰の部分、きらびやかな貴族社会の一方で、光りの当たらない場所でどんなことが起きているかをしっかり頭の中へ焼きつければ、リリー・アルシェほどでなくとも、少しはまともな人間へ成長してくれるのではないだろうか。

ずいぶん遠回りはしたが、己の間違いを潔く認め、新たな決意と共にこれからの人生に対して希望の光を取り戻した侯爵が、先ほど邪険にした門番達へ丁重に謝り、不肖の息子を連れてデッケン伯邸から出て行った頃、玄関の前では相思相愛を自覚したザックとリリーが、互いに手を取り合っていた。


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