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勘違い貧乏侯爵家と、ラストバトル!!②

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「立派に戦い、たくさんの人から敬われていたと聞いています。でなきゃ竜騎士の称号なんて得られないわ」

「ああ……そのご様子では、やはり知らないのですね」

ザックを庇うリリーに、侯爵は大袈裟な仕草で額を押さえ、溜め息をつく。

……どうして今までこの人のことを、気高い方だなんて尊敬してたのかしら。
変に芝居がかってて、憎たらしい!!

「戦績と武勲によって平民から竜騎士へ取り立てられた誉れ高い騎士だという触れ込みだが、戦場での評判はまさしく悪鬼です。

たとえ相手がまだ十五ほどの少年でも、七十になろうかという老人でも、敵と見れば情け容赦なく斬って捨てていたとか」

今度はリリーが、鼻で笑ってやった。
貴族同士の決闘や力比べの槍試合いみたいな見世物ならともかく、互いに命がけで相争っているなかで、情けですって?バカバカしい。

「たとえ何歳いくつであっても、武器を持てば戦士です。
こちらの命を狙って刃を向けてくる相手が若すぎたり老いさらばえていたら、迎え撃つなとでもおっしゃるのですか?

それじゃ命がいくつあったって足りないし、敵兵におめおめと殺されることが兵士として正しい行動だとは思えません。

国境を守るため敵を斬り伏せてきたことを悪評と捉えるなんて、話になりませんわ」

「……なんて恐ろしいことを」

いっそう眉をひそめて嫌悪感を剥き出しにした表情で、レナードが呟いた。

物騒なことを平然とした顔で語るリリーを見て、“こんな女と結婚しなくて良かった”と心底から思っているのだろうが、それはこっちも同じだ。弱虫の坊ちゃんめ。

「なるほど、なかなか芯の据わったご令嬢であらせられる。
……では、敵兵に情けは無用としても、味方を見殺しにするのはどうですかな?
それも騎士として当然のこととおっしゃいますか?」

息子と違ってまったく怯んだ様子のない侯爵が、からかうような調子で訊ねてきた。

何だろう、これは……すごく嫌な感じがする。

「どういう意味です?侯爵様」

「そのままですよ、リリー・アルシェ嬢。

あなたの婚約者、ザック・ダ・トルスという男がその名を上げた“グリフィン”との戦いで、作戦の主軸となった500人の軽装兵のうち200余名……つまり、実に半数の兵が、グリフィンの吐く炎から逃げきれず戦死した。

指揮を取った竜騎士ザック……その頃はただの兵士長ですな。
彼はそもそもこの作戦を立てた時、決死兵として参加者を募ったとか。

つまり元から部下を生きて帰還させる気はなく、使い捨てを前提としたただの駒として戦略を立て、実行した……見殺しというよりは、生け贄というべきか」

「駒……生け贄……」

「そう。勝利を得るためならば、同胞の死も厭わない……そういう男なのですよ、竜騎士ザックというのは」

それ以上は聞いていられず、リリーが背を向けると、侯爵は勝利を確信して片方の口角を吊り上げた。

「長くなりましたが、このような危険人物があなたの夫にふさわしいとは思えません。

恥と無礼を承知で申し上げますが、我が家にはレナードの他にも未婚の息子がおります故、もしいずれかあなたの気に入る者がいれば……ぜひ一度、会うだけでも……」

無言で肩を震わせるリリーに、不敵な笑みを浮かべた侯爵が図々しい縁談を持ち掛けてくるが、リリーは別に悲しかったり恐がったりで震えている訳ではない。

この震えはそう、純粋な怒りからだ。

侯爵父子から目を背け、奥歯を噛み締めているリリーの脳裏には、今は亡き母に連れられ訪れた戦傷者のための病院で目の当たりにした光景が浮かんでいた。

そこは、幼いリリーの目には、まさしくこの世の地獄のように映った。

病室はおろか狭い通路にも、所狭しと並べられた小さな簡易寝台の上に横たわる、傷ついた兵士達。

砲弾や刃物での攻撃を浴びて顔は崩れ、皮膚も焼けただれ、彼らが巻き込まれた戦闘の凄まじさを生々しい傷痕が物語る。

それでも五体が揃っている者はまだマシなほうだ。残酷な子供に弄ばれた昆虫のように、手足のない者のなんと多いことか。

『目を逸らしてはだめ、リリー・アルシェ』

苦しむ兵士達の姿を見ていられなくて、俯いたリリーを、母は厳しい口調で注意した。

『あなたが楽しく遊び、美味しい物をたくさん食べて、暖かいベッドで眠っている間、この人達は休みなく戦っていたの。

こんな体になるまで戦い抜いて、私達を守ってくれていたのよ。
遠い地で命を失い、帰って来れなかった人は、もっとたくさん居るわ……辛いかもしれないけれど、貴族に生まれたからには見て、聞いて、知っておきなさい。

この国を守るためにどれほどの犠牲が払われているか……そして、生きて帰ってきてくれたこの人達のために何ができるか。

命を賭して戦ってくれた彼らを、今度は私達が、持てる力を尽くして守るの。
それが高貴なる者の義務なのよ、リリー』

……そうよ、きれいな服を着て、大きな家に住んで、自分より階級の低い相手に偉ぶるだけが気高さの証ではないわ。
傷ついた民を想い、国のために戦ってくれた恩に報いることこそ、高貴なる者の務め。

それに、あの悲惨な状況下でも、希望はあった。

お見舞いや闘病生活のお世話に来た患者の妻や恋人、母親が、変わり果てた夫や息子の姿を見て泣き崩れると、傷ついた兵士達はみな笑い、口を揃えてこう言うのだ……

『俺は大丈夫だよ、それよりあなたが無事で良かった。戦場へ行った甲斐があった』

と。

あの人達は王侯貴族のためなんかじゃなくて、自分の愛する人を守るために戦っていた。
前線で辛く、苦しい思いを味わい、癒えない傷を負っても、大切な人のために笑えていたあの人達を、私は誇りに思う。

たとえ英雄と呼ばれなくたって、ひとりひとりの兵士がどれだけのものを背負って戦っているか、教えてくれた父と母のことも。

そして何より、その兵士達と共に戦い、長い時間を最前線で過ごしてきたザックを、誰よりも誇りに思う。

上流貴族といえど、ろくに剣も持ったことのない者から、悪鬼呼ばわりされる謂れはない……!!
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