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放棄からの公開求婚①

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「父上!!」

玉座のほうを振り返って最高権力者である父王とまっすぐ向かい合い、僕は真剣そのものの表情を作る。

「もはや王太子ではなくなった僕ですが、もしこの身を少しでも哀れんでくださるのであれば、一つだけ聞き届けていただきたい願いがございます」

「何だ?アンドリュー。何でも申してみよ」

ククク……そう来ると思った。アレン=ロイドと違って僕のことは上手く愛せない分、負い目があるから父上が僕の頼みを断れるはずないんだ。

……何かもうその辺の乗り換え王子よりよっぽど腹黒いな僕。まあいい、話を進めよう。

「実は僕には、心から愛する一人の女性がいるのです。
僕が王位を継ぐ身である限り、その方とは結ばれぬ立場と思い諦めていましたが、ただのアンドリュー・フィリップとなった今、彼女に求婚し将来を共に歩む誓いを立てることを、お許しいただきたいのです」

「はああああああああ!!?」

シャーリーとファンテーヌが、悲鳴に近い声をほぼ同時にあげた。
二人とも、目も口も大きく開けて、凄い顔になっている……年頃の娘が、良くないなあ。
変顔してるとそういう顔になっちゃうよって、小さい頃お母さんに言われたでしょ。

さて鳩が豆鉄砲食らってる二人は放っておいて、と。

「彼女の名を明かしてもよろしいでしょうか?父上」

王はゆっくりと頷いた。

「いいだろう、申してみよ。お前が王位継承権を捨ててまで結ばれたいと願う淑女……それはいったい、誰なのだ」

「感謝いたします、父上。その方の名は、メアリーベス・パクストン!」

シャーリーもファンテーヌも、玉座近くにいる上級貴族達も、怪訝な顔になる。
頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えるようだ。

「パクストン?」

「聞いたことないわ、あなたご存知?」

「ん~~……確か東のほうの……カボチャがたくさん採れる所だったような?」

そう、パクストン領とは東の果て。中央では滅多に話題に登らない農業地帯、みなさん大好きおいしいカボチャの名産地。

王都からはあまりに遠すぎて移動するのも大変だから、今日みたいな大きな式典でもない限り、領主一家が宮殿に招待されることもない。

そんな家柄だから勿論、僕は領主はもちろん、今名前を挙げた令嬢にも会ったことはない……ないから貴族は全員参加が義務になっている、毎年恒例の国王への年始挨拶にて遠くから見かけ、一方的に見初みそめたということにしておく。

そんな作り話まで用意して、なぜその娘にこだわるかって?そりゃもちろん、上手く婿入りできれば王宮から遠く離れて、静かに暮らせるからさ!!

思えばこれは前世からの悲願……「上京すればシティボーイになって、刺激的で華やかな生活ができる!!」と信じて故郷の山梨を後にしたけど、とんでもなかった……

寝ることもままならず、薄給で馬車馬のごとく働かされる日々……そして召された後も、王子なんぞに生まれ変わったばっかりに、物心ついた頃から休む間もなく勉強と武芸の稽古、公務だお茶会だサロンだ舞踏会だ、分刻みのスケジュールでやっぱりいつも目が回るほど忙しい!!

もうこんな日々はごめんだ、陰謀渦巻く宮廷も、美女達との恋の駆け引きもクソ食らえだ!!
そういうのは優秀な弟に任せて、僕は田舎に引っ込んでゆっくり暮らすよ。

農業なめんなって?ご心配なく、実家はエンドウ豆農家だったんでね。
実家から通ってたFラン大を卒業して上京するまではバイトも兼ねて手伝ってたんで基礎はバッチリさ。

という訳で田舎暮らしが最大の目的だから、別に顔も知らない娘に求婚する必要はないのだけど、これはいわば保険だ。

僕が独身でいる限り、シャーリーは諦めず追いかけてくるかもしれないし、ファンテーヌのほうの攻略シナリオに巻き込まれる可能性も高いからね。

妻帯してしまえば僕はもうわずらわしい色恋沙汰からイチ抜けできるし、もしフラれたとしてもシャーリーもファンテーヌもプライド高いから、“自分達を捨てて第三の女を選んでおきながら、むざむざフラれた男”なんてカッコ悪いモノに用は無いだろう。
気高い白鳥が、残飯をあさるカラスみたいな真似はしない。

つまりどう転んでも、この求婚は僕にとっていいことづくめって寸法さ!!

どこかからカスだのクズだのゲスだのと罵る声が聞こえてくる気がするが、何とでも言ってくれたまえ。
僕はヒロインも婚約者もバッサリ縁切りして、第二の人生を謳歌する。

というわけで我が未来の花嫁よ、カモォ~~~~ン!!フるならフるで、全然いいからね。

「メアリーべスとやら、前へ出るがよい」

父王の厳粛な呼びかけに続いて、聞こえて来たのは、何だか面白い響きのセリフだった。

「な、なんちゅうこっちゃ」

壮麗な宮殿には不似合いな、でも柔らかくて優しそうな男性の声だ。

「おお~~、なんちゅう…なんちゅうこっちゃだぁ、メアリぃぃ……」

声のするほうを向けば、玉座のはるか向こう、大広間への出入り口近くで、小柄な初老の男性がオロオロしているのが見えた。

小太りで背が低く、耳の周り以外は殆ど髪のないその人は、いかにも流行遅れな夜会服を着て、どこからどう見ても生粋の田舎者という感じ。
けれど小さな丸い目と団子鼻には何とも愛嬌があって、親しみやすい雰囲気の人だ。

初老男性の前には、シャーリーと同じくらい小柄で華奢な女の子が立っている。
俯いていてこちらからはよく顔が見えないが、あれがメアリーべス嬢か。

「お父様……」

ぽつりと耳に届いた声は、瑞々しく透き通っている。うん……いいぞ、悪くない。

メアリーべス嬢に父と呼ばれた男性、つまりパクストン公は、ポチャポチャした手で娘の肩をぽんと叩く。

「と、とにかく陛下のお呼びだでよ。行って来なさいメアリー。くれぐれも失礼のねえようにな」

「……はい」

こくりと小さく頷いた令嬢は、そっと体の向きを変え、玉座を目指して歩き出した。

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