本日私は姉を卒業します!

秘密 (秘翠ミツキ)

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アンジェリカと初めて出会ったのは、隣国の城で開かれた舞踏会の時だった。ディルクは余り社交の場が好きではない。故にそれまでは、何かと理由をつけては弟のロランに代わって貰っていた。無論出席した事がない訳ではないが、随分前に出席した時に、余りの出来事に嫌になってしまったのだ。

だがディルクも16歳になり、いつまでたっても参加しない訳にもいかず、諦めて出席する事にした。

そして予想通りの展開に、ディルクはげんなりとなりため息を吐く。

「ディルク様!」

「ディルク様、宜しければ私と踊って下さいませんか」

「ディルク様、是非お話を……」

「ディルク様」


正直鬱陶しい。だから嫌なんだ、とディルクは思った。気が付けば周りを煌びやかに着飾った令嬢達に囲まれて、キンキン声でああでもない、こうでもないと騒がれる。ベタベタ触られ、むせかえる様な香水の匂いに気分が悪くなった。

だが笑顔だけは崩さない。幾ら舞踏会で無礼講といっても、友好国の客人として招待を受けている身だ。嫌な顔など出来る筈がない。

「ディルク様!私、アンジェラと申します!」

この時、様々な令嬢を押し退けディルクに迫ってきたのがアンジェリカの双子の妹のアンジェラだった。話を聞くと、どうやら公爵令嬢のようで周りの令嬢達も遠慮をしている。にしても、1番嫌いな……いや苦手なタイプだ。

アンジェラからのダンスの誘いをやんわりと断っても、兎に角しつこかった。アンジェラが1人で喚いている中、ディルクは話を右から左に聞き流していた時だった。少し離れた場所にアンジェラと似た容姿の少女が目に入った。

壁を背にして何をするでもなく、1人佇んでいる。その様子に、ディルクは何となく気になってしまう。

「ディルク様、それでですね~」

懸命に話すアンジェラを他所に、ディルクの関心は少女に完全に移っておりアンジェラには視線すら合わせない。

「……すみません、ちょっと外させて貰いますね」

「え⁈」

不意にディルクは扉へと向かって歩いて行くと、そのまま広間を後にした。その理由は、先程の少女が広間を出て行ってしまったからだ。

広間を後にする際に、背後からアンジェラの「ディルク様~」と呼び止める声が聞こえたが完全に無視した。






「確か、こっちに……」

ディルクは、少女の後を追って中庭まで来ていた。辺りは当然だが薄暗い。誰もいない、か。

暫く辺りを見渡したが、少女の姿はなかった。ディルクは仕方なく諦め踵を返そうとした時。

にゃ~。

「……にゃ~?」

ディルクは訝しげな表情を浮かべると、声の方向を見遣る。どうやら木陰の方のようだ。



「猫は良いね。私も猫に生まれたかったな……」

薄暗い中、月明かりがしゃがみ込む少女を照らしていた。少女は子猫を持ち上げると抱っこする。

猫に話しかけている?

ディルクは音を立てないようにそっと近寄り、木の陰に身を隠す。至近距離だが、少女がディルクに気づいている様子はない。

「私ね、双子の妹がいるの。双子だから見た目は似てるんだけど、私とは違って妹は愛嬌もあるし、ずる賢くて、立ち回りも上手で……何かあると直ぐに私の所為にして。私の所為じゃないのに、結局私が悪者で……」

少女はどうやら悩み相談を猫にしているようだ。思わず笑いそうになるが、堪えた。他意はない、素直に可愛いと思ったんだ。


「私の何処がダメなんだと思う?」

その後も少女の話は続いて行く。無論相手は猫だ。何も応える筈はない。

「にゃ~。ダメじゃないよ」

「へ⁈」

いきなり喋った猫に少女は立ち上がり、思わず猫を落としそうになった。目をまん丸くして口をパクパクさせている。

「僕は猫だよ、にゃ~」

落ち込む少女を見ていられなくなり、ディルクは猫のフリをして話しかけてみた。まあ、子供騙しもいいところだ。直ぐにバレるだろう……が。

「本当に、猫……ううん、猫さん?」

意外とバレてない。

「そうだよ、にゃ~。君の名前はなんて言うの?にゃ~」

ディルクは自分でやっていて、恥ずかしくなった。きっと顔は真っ赤になっている事だろう……。

「私はアンジェリカよ」



アンジェリカ……。ディルクは確りその名を心に刻んだ。

アンジェリカは今まで見てきた、どの女性とも違う。煌びやかな訳でもむせかえる様な香水の匂いもしない。キンキン声で喚いたりもしない。それどころか、アンジェリカの声は心地よかった。優しくて温かい。いつまでも、彼女の声を聞いていたいとさえ思う。そして隣に立つ事は出来ない故分からないが、絶対にいい匂いがする、とディルクは思っている。あの抱きかかえられている猫になりたい……。



それから、ディルクは隣国で開かれる舞踏会には積極的に参加するようになった。その度にアンジェラに迫られ鬱陶しいが、アンジェリカに会うためなら些細な事に過ぎない。

幾度もアンジェリカと逢瀬を重ねた、とディルクは勝手に思っている。アンジェリカには猫だと思われており、人間とすら認識はされておらず……正直、悲しい。

だが、彼女と過ごしたこの時間はディルクにとってとても大切なものとなった。いつか、ディルクとして彼女と話したい……そう願いながらディルクは今宵も「にゃ~」と鳴いた。





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