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「ロイド」

弟の部屋の扉を何度かノックして声を掛けるが、全く反応がない。あれから十日経つ。ロイドは完全に部屋に引き篭もってしまった……。毎日こうして部屋を訪れるが、弟は出て来てくれない。食事などは部屋に運んでいるが、侍女の話から、殆ど手を付けていないそうだ。
無理矢理引き摺り出す訳にはいかないので、これまでは見守っていたが、いい加減ロイドの身体も心配だ。なので今日は引かない。ユスティーナは躊躇いながらも、扉に手を掛けた。

「ロイド……」

弟はカーテンを閉め切った薄暗い部屋の片隅で蹲っていた。一瞬昔の弟が頭を過ぎり、ユスティーナは眉根を寄せる。

「……勝手に、入らないでよ」

ゆっくりと近付くと、小さな声でそう言われた。

「ごめんなさい。でも、どうしてもロイドと話がしたくて」

「……」

黙り込む弟の前にユスティーナはしゃがみ込んだ。

「ねぇ、ロイド。私とヴォルフラム様が結婚する事、喜んでくれないの?」

「……どうせヴォルフラム殿下から全部聞いたんだろう」

「ロイド……」

「分かってるよ‼︎どうせ姉さんはあの人が良いんだ!そんなの、分かってるよ……」

ロイドは勢いよく顔を上げるとそのまま立ち上がった。見下ろされた状態になる。

「でも、僕だって姉さんを幸せにしたいんだ!僕だって、姉さんが好きなんだ!」

スッとユスティーナは立ち上がるとロイドの手を取り握った。

「ロイド、私はね。お父様と貴方の家族でいられて凄く幸せよ。例え血の繋がりがなくても」

「っ……」

「私ね、知ってたの。貴方やお父様と血の繋がりがないって。お母様から聞いていたから……。何時か、ロイドも知る時が来るって分かっていたけど、正直怖かった。貴方にもう家族じゃないって、姉とは認めないって言われたらどうしようって、ずっと不安だった。でもそんな事なかった……。ロイド、私を嫌いにならないでいてくれて、ありがとう。こんな私を好きになってくれて、ありがとう。私も貴方が大好きよ。それはこれから先もずっとずっと、変わらないわ。でもね、貴方の気持ちには応える事は出来ないの。私は貴方の姉以外にはなれないし、なるつもりもない。こんな姉で、ごめんなさい。でもね、もしもそれが赦せないなら、私の事は……‼︎」

姉だと思わなくて良い……そう続ける前に、ロイドに抱き締められ口を閉じた。

「嫌だ、姉さんは僕の姉さんだっ。居なくなっちゃ嫌だっ」







◆◆◆


「それで、どうしたの?」

「これまで通り姉と弟でも良いから、見放さないでって、泣かれちゃいました」

それから数日後。
ユスティーナはヴォルフラムと孤児院の仮住まいである屋敷の裏庭で、横並びにベンチに座っていた。少し離れた場所ではロイドがリックに剣の稽古をつけている。

「今はまだ気不味さもありますけど、少しずつ元の仲の良い姉弟きょうだいに戻れると思ってます」

「何だか、姉と言うより母親みたいだね」

「そうですね」

ヴォルフラムは冗談めいて言って笑うが、ユスティーナは頷いた。彼は予想外の反応だった様で目を丸くしている。

幼い頃二人共に実母を亡くし、父は仕事が忙しく構ってくれるどころか、殆ど屋敷には帰って来なかった。一歳しか違わないが、ユスティーナは一生懸命弟が寂しくない様に世話をしてきたと自負している。
だから姉であり、母代わりと言っても良いかも知れない。だがそれ故にロイドは錯覚を起こしたのだろう。ユスティーナはロイドの自分への想いは錯覚に近いものだと思っている。姉として母代わりとしての愛情を一身に受けてきた弟は、元々ユスティーナに対して独占欲があり、それが血の繋がりないと知り過剰に反応したのだと考えている。家族としての愛と、異性としての愛が混合して分からなくなったのだ。

「ロイドは大切な弟であり、息子みたいなものです」

ふふっと笑って見せてから、一生懸命に剣を振る弟達を見遣る。

「何だか妬けるな」

「ヴォルフラム様⁉︎」

不意に抱き締められ、ユスティーナはアタフタする。恥ずかしくて離すように言うが、彼は意地悪そうに笑い益々腕に力を込めた。

「君はもう僕の奥さん同然なんだから、そんな愛おしそうな目で他の男を見ちゃダメだよ」

「男って……ロイドは弟です」

「僕は心が狭いからね。弟だろうが何だろうが、君がそんな目で見て良いのは僕だけだよ。ねぇ、ユティ」

甘えた声で耳元で囁かれ恥ずかしさに「はい……」と小さく返事をして俯いた。

「二人共、こんな真っ昼間から、こんな場所でイチャつくのやめてくれますか⁉︎」

暫く抱き締められたまま夢心地だったが、ロイドの不機嫌そうな声に我に返り顔を上げた。すると目の前には声の通りの不機嫌な顔をしたロイドが仁王立ちしており、その隣ではリックが不思議そうに此方を見ていた。

「ち、違うの、別にそんなつもりじゃ……」

「なら場所を変えようか?ユティ、僕の部屋においで。そこで続きをしよう」

「えっ」

その瞬間身体が宙に浮いた。

「僕はさ、ユスティーナ以外に妃を娶るつもりはないんだ。だから君には僕の子供を最低でも二人は産んで貰いたいんだよね」

ヴォルフラムのとんでもない発言に、思考が停止する。上手く言葉が出ずに口を魚の様にパクパクさせた。ロイドは顔を真っ赤にして怒り出すが、彼は意に返す事なくユスティーナを横抱きにしてさっさと踵を返した。

「姉さんを離せ‼︎この変態がー!」

変態って……ー。

後ろから彼を罵る声が聞こえてくる。だがヴォルフラムは愉快そうに笑っているだけだった。











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