62 / 63
61
しおりを挟む「ロイド」
弟の部屋の扉を何度かノックして声を掛けるが、全く反応がない。あれから十日経つ。ロイドは完全に部屋に引き篭もってしまった……。毎日こうして部屋を訪れるが、弟は出て来てくれない。食事などは部屋に運んでいるが、侍女の話から、殆ど手を付けていないそうだ。
無理矢理引き摺り出す訳にはいかないので、これまでは見守っていたが、いい加減ロイドの身体も心配だ。なので今日は引かない。ユスティーナは躊躇いながらも、扉に手を掛けた。
「ロイド……」
弟はカーテンを閉め切った薄暗い部屋の片隅で蹲っていた。一瞬昔の弟が頭を過ぎり、ユスティーナは眉根を寄せる。
「……勝手に、入らないでよ」
ゆっくりと近付くと、小さな声でそう言われた。
「ごめんなさい。でも、どうしてもロイドと話がしたくて」
「……」
黙り込む弟の前にユスティーナはしゃがみ込んだ。
「ねぇ、ロイド。私とヴォルフラム様が結婚する事、喜んでくれないの?」
「……どうせヴォルフラム殿下から全部聞いたんだろう」
「ロイド……」
「分かってるよ‼︎どうせ姉さんはあの人が良いんだ!そんなの、分かってるよ……」
ロイドは勢いよく顔を上げるとそのまま立ち上がった。見下ろされた状態になる。
「でも、僕だって姉さんを幸せにしたいんだ!僕だって、姉さんが好きなんだ!」
スッとユスティーナは立ち上がるとロイドの手を取り握った。
「ロイド、私はね。お父様と貴方の家族でいられて凄く幸せよ。例え血の繋がりがなくても」
「っ……」
「私ね、知ってたの。貴方やお父様と血の繋がりがないって。お母様から聞いていたから……。何時か、ロイドも知る時が来るって分かっていたけど、正直怖かった。貴方にもう家族じゃないって、姉とは認めないって言われたらどうしようって、ずっと不安だった。でもそんな事なかった……。ロイド、私を嫌いにならないでいてくれて、ありがとう。こんな私を好きになってくれて、ありがとう。私も貴方が大好きよ。それはこれから先もずっとずっと、変わらないわ。でもね、貴方の気持ちには応える事は出来ないの。私は貴方の姉以外にはなれないし、なるつもりもない。こんな姉で、ごめんなさい。でもね、もしもそれが赦せないなら、私の事は……‼︎」
姉だと思わなくて良い……そう続ける前に、ロイドに抱き締められ口を閉じた。
「嫌だ、姉さんは僕の姉さんだっ。居なくなっちゃ嫌だっ」
◆◆◆
「それで、どうしたの?」
「これまで通り姉と弟でも良いから、見放さないでって、泣かれちゃいました」
それから数日後。
ユスティーナはヴォルフラムと孤児院の仮住まいである屋敷の裏庭で、横並びにベンチに座っていた。少し離れた場所ではロイドがリックに剣の稽古をつけている。
「今はまだ気不味さもありますけど、少しずつ元の仲の良い姉弟に戻れると思ってます」
「何だか、姉と言うより母親みたいだね」
「そうですね」
ヴォルフラムは冗談めいて言って笑うが、ユスティーナは頷いた。彼は予想外の反応だった様で目を丸くしている。
幼い頃二人共に実母を亡くし、父は仕事が忙しく構ってくれるどころか、殆ど屋敷には帰って来なかった。一歳しか違わないが、ユスティーナは一生懸命弟が寂しくない様に世話をしてきたと自負している。
だから姉であり、母代わりと言っても良いかも知れない。だがそれ故にロイドは錯覚を起こしたのだろう。ユスティーナはロイドの自分への想いは錯覚に近いものだと思っている。姉として母代わりとしての愛情を一身に受けてきた弟は、元々ユスティーナに対して独占欲があり、それが血の繋がりないと知り過剰に反応したのだと考えている。家族としての愛と、異性としての愛が混合して分からなくなったのだ。
「ロイドは大切な弟であり、息子みたいなものです」
ふふっと笑って見せてから、一生懸命に剣を振る弟達を見遣る。
「何だか妬けるな」
「ヴォルフラム様⁉︎」
不意に抱き締められ、ユスティーナはアタフタする。恥ずかしくて離すように言うが、彼は意地悪そうに笑い益々腕に力を込めた。
「君はもう僕の奥さん同然なんだから、そんな愛おしそうな目で他の男を見ちゃダメだよ」
「男って……ロイドは弟です」
「僕は心が狭いからね。弟だろうが何だろうが、君がそんな目で見て良いのは僕だけだよ。ねぇ、ユティ」
甘えた声で耳元で囁かれ恥ずかしさに「はい……」と小さく返事をして俯いた。
「二人共、こんな真っ昼間から、こんな場所でイチャつくのやめてくれますか⁉︎」
暫く抱き締められたまま夢心地だったが、ロイドの不機嫌そうな声に我に返り顔を上げた。すると目の前には声の通りの不機嫌な顔をしたロイドが仁王立ちしており、その隣ではリックが不思議そうに此方を見ていた。
「ち、違うの、別にそんなつもりじゃ……」
「なら場所を変えようか?ユティ、僕の部屋においで。そこで続きをしよう」
「えっ」
その瞬間身体が宙に浮いた。
「僕はさ、ユスティーナ以外に妃を娶るつもりはないんだ。だから君には僕の子供を最低でも二人は産んで貰いたいんだよね」
ヴォルフラムのとんでもない発言に、思考が停止する。上手く言葉が出ずに口を魚の様にパクパクさせた。ロイドは顔を真っ赤にして怒り出すが、彼は意に返す事なくユスティーナを横抱きにしてさっさと踵を返した。
「姉さんを離せ‼︎この変態がー!」
変態って……ー。
後ろから彼を罵る声が聞こえてくる。だがヴォルフラムは愉快そうに笑っているだけだった。
62
お気に入りに追加
5,122
あなたにおすすめの小説

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください
今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。
しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。
ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。
しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。
最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。
一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。
「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。
石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。
ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。
ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。
母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。

助けた青年は私から全てを奪った隣国の王族でした
Karamimi
恋愛
15歳のフローラは、ドミスティナ王国で平和に暮らしていた。そんなフローラは元公爵令嬢。
約9年半前、フェザー公爵に嵌められ国家反逆罪で家族ともども捕まったフローラ。
必死に無実を訴えるフローラの父親だったが、国王はフローラの父親の言葉を一切聞き入れず、両親と兄を処刑。フローラと2歳年上の姉は、国外追放になった。身一つで放り出された幼い姉妹。特に体の弱かった姉は、寒さと飢えに耐えられず命を落とす。
そんな中1人生き残ったフローラは、運よく近くに住む女性の助けを受け、何とか平民として生活していた。
そんなある日、大けがを負った青年を森の中で見つけたフローラ。家に連れて帰りすぐに医者に診せたおかげで、青年は一命を取り留めたのだが…
「どうして俺を助けた!俺はあの場で死にたかったのに!」
そうフローラを怒鳴りつける青年。そんな青年にフローラは
「あなた様がどんな辛い目に合ったのかは分かりません。でも、せっかく助かったこの命、無駄にしてはいけません!」
そう伝え、大けがをしている青年を献身的に看護するのだった。一緒に生活する中で、いつしか2人の間に、恋心が芽生え始めるのだが…
甘く切ない異世界ラブストーリーです。

王太子殿下が私を諦めない
風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。
今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。
きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。
どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。
※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。

酷いことをしたのはあなたの方です
風見ゆうみ
恋愛
※「謝られたって、私は高みの見物しかしませんよ?」の続編です。
あれから約1年後、私、エアリス・ノラベルはエドワード・カイジス公爵の婚約者となり、結婚も控え、幸せな生活を送っていた。
ある日、親友のビアラから、ロンバートが出所したこと、オルザベート達が軟禁していた家から引っ越す事になったという話を聞く。
聞いた時には深く考えていなかった私だったけれど、オルザベートが私を諦めていないことを思い知らされる事になる。
※細かい設定が気になられる方は前作をお読みいただいた方が良いかと思われます。
※恋愛ものですので甘い展開もありますが、サスペンス色も多いのでご注意下さい。ざまぁも必要以上に過激ではありません。
※史実とは関係ない、独特の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法が存在する世界です。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる