56 / 63
55
しおりを挟む彼女は首筋のドレスをずらしていく。
まさかこんな場所で……⁉︎
生唾を呑みながらもヴォルフラムは慌てた。
「ユ、ユスティーナ!流石にこんな場所ではまずいよ。ば、場所を移動しよう!城に帰ってから、いや、君が待てないなら……ば、馬車の中でもっ」
柄にもなく興奮してしまい、言葉が上手く出てこない。
ユスティーナがこんなにも積極的で大胆だったなんて、意外だ。意外だが、コチラとしては大歓迎だ。いやしかし、彼女は初めてな訳で、幾ら待てないと言っても、馬車などでするのは如何なものだろうか……。愛する女性は大切に扱いたい。やはり初めては優しく丁寧に、少し焦らしながら彼女を気持ちよくしてから、それから一緒に自分も……。慣れてきたら焦らしに焦らして、彼女の口から「欲しい」と言わせるのも悪くない。それくらいになれば、ベッドの上以外でするのも良いかも知れない……馬車の中でも、無論いい。
「ヴォルフラム様?」
名前を呼ばれて我に返りユスティーナを見遣ると、目を丸くして首を傾げていた。
「如何なさったんですか?待てないとは一体……それに馬車の中とは……。もしかして急用ですか⁉︎私の事はお気になさらずに、お戻り下さい」
話が噛み合わないユスティーナに、ヴォルフラムの思考は無になる。これは完全に違う。一人勘違いをして頭の中で盛り上がり妄想を繰り広げ……最悪だ。
「あ、いや、違うんだ……何でもないよ。それより首がどうかしたのかな、ハハ……」
ドレスが少しずらされ白い肌が露わになっている首筋を改めて見遣る。そこである事に気が付いた。
「痕が、ない」
ユスティーナの首筋には火事で出来た火傷の痕がくっきりと残ってしまっていた筈だ。まさか彼女と会わなかった四ヶ月で完治した?いやあり得ない。あれだけ酷い痕なら、多少薄れる事があっても一生残る筈だ。
「ルネ様から婚姻の祝いと、手向けにと魔法の水が入った小瓶を頂いたんです」
「魔法って……。ユティ……もしかして、それを飲んだの?」
「はい。飲んだ瞬間、全身から火傷の痕が綺麗に消えていきました。私、本当に驚いてしまって……でも、でも嬉しかった……」
余程嬉しかったのだろう。彼女は泣き笑いの様な表情になる。それを見てヴォルフラムも自然と笑みになった。
「それにしても、魔法なんて本当にあるんですね!驚きました。魔法なんて本の中のお話で……」
更に今度は眩しいくらいの満面の笑みを浮かべながら魔法の話を始めたユスティーナを見て、ヴォルフラムの顔は引き攣った。
危う過ぎる……ー。
ルネ云々ではなく、得体の知れない幽霊から貰った如何にも怪しげな水を、何の躊躇いもなく飲むなど危険にも程がある。純粋無垢な所は、彼女の良い所ではあるが、危うい。
「ユティ、痕が消えたのは本当に良かったと思う。やはり女性の君には辛い事だからね。まあ、僕は痕があろうがなかろうが、君への気持ちが変わる事はないけど。だが、今度から絶対にそんな得体の知れない液体は口にしてはダメだよ」
「得体の知れなくはないです……。ルネ様に頂いたんですから」
少し不満そうに唇を尖らせる姿は、可愛過ぎて嘘でも肯定してあげたくなる。だが彼女の為だ。それに自分の為でもある。ユスティーナを喪うなんて考えられない。
「例えそうだとしても、安易に口にするのは危険過ぎる。他人を信じるなとは言わない。だが疑う事も忘れてはダメだよ」
「……ヴォルフラム様の事も、ですか?」
「そうだね。君はもう分かっていると思うけど、僕は善人ではない。利用出来るモノはなんだってする。君への気持ちに嘘偽りはないが、君を利用しないとは限らない。だから大切な事は自分自身で確りと見極める事だよ。それに男は皆獣だからね。安易に信用してはいけないよ」
「はい……」
「良い子だ」
そこでヴォルフラムは、ふとある事を思い出した。
「そう言えば以前、ユスティーナは悪魔を凄く怖がっていたよね?幽霊は平気なの?」
素朴な疑問だった。あれだけ悪魔に過敏に反応を見せていたのにも関わらず、幽霊はまるで怖がっていない。腑に落ちない。
「悪魔は苦手ですけど、幽霊は大丈夫です」
「……」
彼女の基準がまるで理解出来ない。確かに二つは別物だが、この世のものではないといった点では同じだ。ヴォルフラムからしたら、そもそも幽霊よりも悪魔の方が更に非現実的な存在であり、怖がる必要性を感じないと思うのだが……。
「昔良く、お母様から、悪い事をすると悪魔に食べられちゃうわよって言われたんです。私それが怖くて怖くて、今でも悪魔って聞くだけで無意識に身体が縮こまってしまいます……。でも幽霊は元は生きていた人ですから、怖くはありません。寧ろ亡くなってからも会えるなら、羨ましいくらいです。私も会えるなら、幽霊でも良いから、お母様にもう一度会いたいって思います」
成る程。彼女らしい考え方だ。本当に彼女は面白い。頬が緩むのを抑えられない。
その後、ヴォルフラムはユスティーナを屋敷まで送り届け、その日は城へと戻った。
46
お気に入りに追加
5,119
あなたにおすすめの小説
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
我慢するだけの日々はもう終わりにします
風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。
学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。
そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。
※本編完結しましたが、番外編を更新中です。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※独特の世界観です。
※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる