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「なので実質私が貴方に差し上げられるのは、この身一つとなります。それでも、ヴォルフラム殿下が私を望んで下さるなら……私は貴方と共に地獄にだって堕ちる覚悟です」

彼女の口から出た言葉にヴォルフラムは耳を疑った。それくらい信じられなかった。

僕と共に地獄に堕ちるー。

これ以上ないくらい、なんて甘美な言葉だろうか。ヴォルフラムは内心歓喜に打ち震えた。

「それが、君の気持ちなんだね」

「はい」


彼女には敵わない。多分これから生涯を共にしたとしても、敵うことは出来ないだろう。優しく慈悲深い、それだけじゃない。

彼女は強いー。

無論物理的な意味ではなく、精神的な意味でだ。迷いなく即答する彼女の姿に、ヴォルフラムは全身の力が抜ける様な気がした。

「ルネに、感謝しないとね」

ヴォルフラムは独り言の様に呟くと、ユスティーナを掻き抱いた。本当は紳士的に優しく抱き締め様としたが、気持ちが押さえられなかった。彼女を抱く腕に、力が籠る。

「ヴォルフラム殿下」

暫く大人しくされるがままになっていたユスティーナが、少し身動いだ。少し力を緩めると彼女は徐につま先を立てると、腕を上げた。その行動に目を丸くしていると、彼女の手がヴォルフラムの頭に触れる。

「いいこ、いいこ」

「っ⁉︎」

あの日の幼い彼女と今の彼女が重なり合い、まるで時が止まった様な錯覚をする。彼女は幼かった故にあの時の事を覚えていない様だが、もしかしたら思い出したのだろうか……柄にもなく胸が高鳴る。「ユスティーナ、もしかして……」そう言い掛けた時、先にユスティーナが口を開いた。

「ヴォルフラム殿下、此処には私と殿下だけです。だから、良いんですよ」

一瞬何を言われたか理解出来ずに、首を傾げると彼女は優しく微笑んだ。

「貴方は、もう一人じゃありません。貴方には私がいます。だから私の前では無理しないで下さい。私にはヴォルフラム殿下と全く同じ思いをする事は出来ません。だからこそ貴方の苦しみや悲しみ、辛さを簡単に分かったフリをしたくない。ヴォルフラム殿下の悲しさ苦しみ辛さを、少しずつでもいいので私に分けて下さい」

ユスティーナの決意に、これ以上ないくらいに見事に完敗だった。先程の告白でもう十分過ぎるくらい胸はいっぱいなのに、更に追い討ちを喰らった。とどめを刺された気分だ。

「君は……狡いな……」

その瞬間、自分の瞳から一筋涙が流れたのを感じて、慌てて顔を伏せる。愛する人から此処まで言われたら、幾らなんでも冷静ではいられない。

「ヴォルフラム殿下」

すると彼女はスッと身を離すと、徐にベンチに腰掛けた。そして、自分を手招きする。予想外の自分の涙に、動揺していて上手く頭が働かず、何も考えずに彼女に手招きされるがまま側へと近付いた。

「なっ⁉︎」

腕を力強く引っ張られ不意打ちをくらったヴォルフラムは、そのままユスティーナへと倒れ込んでしまった。情けない自分の姿に、顔が熱くなるのを止められない。

「ユ、ユスティーナ⁉︎」

「ヴォルフラム殿下、そのまま横になって下さい」

少し強引にベンチに横にされ、頭は彼女の膝の上に乗せられた。所謂膝枕だ。

「はい、顔はコチラに向けて下さいね」

柔らかい……ー。

顔をユスティーナの腹部付近に向き直された。急展開過ぎて、彼女の考えが読めない。ただ一つ言うなら、これは我慢するのが辛い……。

「ユスティーナ、これは一体……」

「これで顔は見えませんよ。だから泣いても大丈夫です」

「っ……」

「ヴォルフラム殿下は、自分自身に厳し過ぎるので、これからは代わりに私が殿下を甘やかすと決めたんです」

そう言ってた彼女に、頭を優しく包み込む様に抱き締められた。

「良き王になられます様に……」

「それは……」

「ルネ様が別れ際にそう仰ってました」

「っ……」

あの日からずっと堪えていたものが一気に溢れ出した気がした。ヴォルフラムはユスティーナにしがみ付く様にして顔を伏せ、泣いた。苦しくても痛くても、産みの母が死んでも、育ての母が死んでも、泣かなかった。物心ついてから泣いたのはこれが、初めてだった。





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